「お、おい!? ちょっとやめてくれ、早く服を着なさい……」
鉄次先生は、僕が急に服を脱ぎ出したことに慌てていた。そりゃそうだろう、この状況では放課後に教室で生徒を脱がした変態教師に思われてしまうからね。
そんな先生の慌てっぷりに構うことなく、僕はついに『入れ替わりスイッチ』を押してみた。念を込めて、鉄次先生のことを考えながら、しっかりと深くまで。
カチッ……
スイッチ音は静かに響き渡った。放課後の教室で、一人の教師と一人の生徒が向かい合う。「だから言っただろ、そんなおもちゃは……」と、鉄次先生が安堵の表情を浮かべた途端、
「う゛っ……!?」
僕のカラダは激しく痙攣を始めた。全身に力が入らなくなり、握っていたスイッチも床に落としてしまう。
「伊藤? おい、しっかりしろ!?」
「やっぱり……本当だったんだ……! 先生、よく見てて」
目を丸くする鉄次先生。だって、僕の身体が急に大きくなり始めたんだ。
最初に変化を始めたのは腕だった。細くて華奢だった腕はボンッと筋肉の膨らみが生まれる。それを覆い被せるように腕毛がにょきっと生えていく。短い脚もぐんぐん長くなると、太腿はまるで空気を押し込んだように大きな筋肉の塊が生まれた。さっきまで着ていた白いTシャツはもうパンパンではち切れそうだ。
「お前、そのカラダ……?」
「うまくいきそうですね。次は、顔かな」
僕はスマホを取り出し、自分の顔をよく見てみた。顔全体がぐにゃぐにゃと歪みだすと、顔の輪郭は逆三角から角張った四角型になり、髪はスポーティな短髪に生え変わった。さらにラウンド髭や顎髭も生え、目つきはくっきりとした一重に。さらに鼻も少し高くなり精悍な顔立ちになる。そこには中学生としての僕の面影はなかった。映っているのは、ずっと焦がれていた凛々しい顔つき。ガタイ。誰がどう見たって「玉木鉄次」に見えることは間違いなかった。
「あー、あー。よし、声帯も入れ替わったみたいですね」
聞き覚えのある、低音の雄らしい深い声。それは鉄次先生の声そのものだった。一方、本物の鉄次先生は口をぽかんと開けて言葉が見つからない様子だ。
「教室に鉄次先生が二人もいるなんて、なんだか変ですね」
僕は眉をひそめてわざと困った表情を浮かべてみた。頭を掻くと、毛根のしっかりした短髪のジョリジョリという感触がした。
「おい、これはどういう……」
先生はまるで状況を理解できないという表情だ。鏡の前のように、自分と瓜二つのカラダがあるのだから無理ないだろう。
「ほら、先生の入れ替わりも始まりましたよ」
「ん? あ……い゛っ!?」
鉄次先生のカラダも痙攣を始めていた。
「んあっ……な、なんだ!?」
身長はどんどん低くなり、体格のいいカラダもまるで空気が抜けたかのように萎んでしまった。太い腕や脚も細くなり、顎髭やラウンド髭が引っ込むとツルツルの素肌に。刻まれた小皺はなくなり、あどけない顔つきになっていく……。ぴったりサイズの上下のジャージはぶかぶかになっていた。
「おい伊藤、これはどういう……」
もちろん鉄次先生の声は、思春期まっ盛りの男児の声になっていた。
「だから言ったじゃないですか、これからは僕が先生として生きていくんだって。だから先生は、心置きなく伊藤健斗としての人生を楽しんでください」
僕は口をにんまりとさせて、新しい肉体をゆっくりと点検してみた。
「へえ、やっぱり鉄次先生のカラダってエロいっすね〜。雄っぱいはこんなにムチムチだし、腹筋も六つに割れてるじゃないっすか。少し脂肪付いてますけど、それもまたオッサン感あってアガりますね」
僕はその逞しい体躯を揉んだりつねたりしながら念入りに確かめた。盛り上がった大胸筋は深いくぼみを作っている。脚の筋肉もしっかり発達していて、太腿と腹筋の間にはなんともセクシーなライン。ふくらはぎも筋肉の膨らみでパンパンで、力を入れてみると血管も浮き出てきた。ああ、これが僕のカラダなんだ……思えば思うほど、チンポが反応して勃起を抑えることができない。
「それじゃあ、お互いの服を交換しましょうか。そうすれば実感も湧いてくるでしょ?」
僕は先生が着用していたジャージやアンダーウェア、靴下まで全てを剥ぎ取った。彼は抵抗しようとしたが、今の僕の腕っ節に勝てるわけがない。抵抗もむなしく、新しい“伊藤健斗”はボクサーパンツ一枚という情けない姿になった。
先生のTシャツとadidasのジャージに袖を通すと、ムワッと汗の臭いが漂ってきた。これから毎日嗅ぐであろう自分の体臭だというのに、まだ慣れないからか他人の服を着ているような違和感がして、それがまた興奮をそそる。
「さあ、先生も早く僕の制服を着てくださいね。誰か来たときに捕まるのは僕の方なんで」
そう言うと先生は慌てて僕のシャツやブレザーの制服を取り上げた。もう“玉木鉄次”には戻ることが出来ないというのに、教師として「裸の生徒と二人きり」というレッテルを貼られることに恐れを感じたのだろう。
「うわあ、実感増すな〜! これで本当に入れ替わったって感じですね!」
僕はポケットに入っていた先生のスマホで二人が写るように自撮りをしてみた。その写真は何の変哲もない教師と生徒のツーショットであった。
「……いい加減にしろ、元に戻せ」
鉄次先生はやっと我に返ったのか、怒りの形相で僕を睨みつけた。見た目は15歳の僕の顔なのに、こんなに相手を威嚇する表情を作れるだなんて。人格が違うだけで、こんなに印象が変わるんだなあ……と感心してしまう。
「実はもう一つのスイッチを押すと、記憶まで入れ替わっちゃうんです」
僕は拾い上げたスイッチをひっくり返し、隠されていた小さなスイッチを指差した。思わず笑いが止まらなくなる。『入れ替わりスイッチ』の取扱説明書には、一つ重要なことが書かれていたのだ。
「これを押すと、先生は玉木鉄次としての記憶を完全に失います。これで安心して伊藤として生きてくことができますね」
「もう勘弁してくれないか……」
「先生、たしか奥さんと娘さんもいましたよね? 大丈夫です、すぐ別れておくんで。これから男漁りするのに邪魔ですし」
「頼む……! 家族は俺の全てだ……それだけはやめてくれ……!」
僕はスイッチをくるくると撫でながら笑った。
「それじゃあ先生……いや伊藤、また後でな」
「おい、伊藤ッ、やめ……!!?」
その瞬間、僕を止めようとする鉄次先生の手がピタリと止まった。同時に僕の記憶には、玉木鉄次としての人生が流れ込んでくる。幼少期から学生時代のハンドボール部での経験、教師になったこと、結婚して子供が生まれたこと……玉木鉄次を構成する全てが理解できるようになる。……うん。玉木鉄次としての振る舞い方や喋り方、仕草まで完全に再現できるようになってきたぜ。
「なあ伊藤、大丈夫か?」
「え、伊藤? 僕は、玉木……いや、伊藤……?」
鉄次先生の方も、伊藤としての記憶が流れてきた様子。これまでの自分の記憶と新しい記憶の狭間で、ひどく混乱していた。
「伊藤、こんなところで何してるんだ。もう下校の時間だぞ」
「えっ!? あっ……はい、先生」
やっと新しい記憶に落ち着いたようだな。都合よく、“鉄次先生”としての記憶を失っているようだ。スイッチを操作した俺の方は、ちゃんと伊藤としての記憶もある。不思議な感覚だな。
どうして教室にいるのだろう、と困惑している表情の伊藤の頬に、俺は試しにキスをしてみた。「えっ!?」と伊藤の顔は真っ赤になる。ああ、可愛い奴だな。やっぱり、元々の男好きっつう性的対象は変わってねえようだ。
「なあ、伊藤。今夜ちょっと俺に付き合わねえか?」
「えっ鉄次先生と!?」
「ああ、ちょっと連れて行きてぇ店があってな……入れ替わりの……いや、なんでもねえ。さあ、一緒に行こうぜ」
俺は伊藤と一緒に学校を後にした。アイツ、嬉しそうにひょいひょい俺の後に付いてきやがるぜ。さて、あの露店でコイツを預けたらとっとと発展場に繰り出すか。いや、先に家に帰ってじっくりこの肉体で自慰に浸るのも悪くないな。
ああ、これからの俺の人生楽しみで仕方ねえぜ!
(終)