【あらすじ】
伊藤健斗は、中学校の体育教師・玉木鉄次に強い憧れを抱いていた。その憧れはやがて「鉄次先生になりたい」という変身願望に変わり、伊藤は『入れ替わりスイッチ』で彼の人生を奪うことを計画する。
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僕は地元の学校に通う中学三年生の伊藤健斗(けんと)、15歳。クラスの中ではいわゆる「地味キャラ」と呼ばれる。特に殴られたり蹴られたり、暴力に遭っている訳でもないけれど、友だちと呼べる奴なんて一人もいない。部活は帰宅部だし、うちは親が転勤族だから友だちができてもすぐに離れてしまう。だから僕はいつからか誰かと仲良くなろう、なんていう気持ちが沸かなくなってきてしまった。
そんな僕が不満をこぼさず毎日学校に通っている理由。それは何と言っても、クラスの担任・玉木鉄次(てつじ)先生と会えるのが楽しみだからだ。イケメンで爽やか、黒髪短髪の整えられたラウンド髭に雄らしいくっきり一重の鋭い目つき。体育教師を務めていて、学生時代はハンドボール部でインターハイに主将として参加した経験もあるそうだ。今はハンドボール部の顧問として、日々カラダ作りを欠かさずに行っているそう。
そんなわけか、鉄次先生はもうすぐ40歳というのに体格がよくて若々しい。特にハンドボールという競技もあってか、腕はかなり太くてジャージを捲り上げると筋肉の筋がしっかり凸凹と浮き出る。それでも加齢にはあらがえないのか、引き締まった筋肉のうえに少しだけ脂肪を蓄えているようで、ややむっちりとした印象はある。そのことを先生自身は気にしているようだけれど、僕はそんなオッサンっぽいところも含めて好きで好きで堪らない。
「今日は解散、みんな気をつけて帰れよー」
「ありがとうございました!」
部活を指導している鉄次先生の姿を覗き見してみると、いつも本当に良い顔をしている。もちろん怒るときは怖いのだけれど、きっとそれも生徒に対する愛情なのだと思う。部員もみんな先生の指導を信じて、必死に食らいついている感じ。まさに青春という感じだ。ああ、僕も運動神経がよかったら、ハンドボール部に入ってもっと鉄次先生とお近づきできたんだけどな……。
ある日、いつものように下校しているとふと見覚えのない一軒の露店を見つけた。こんなに人気のない通りに、お店なんてあったっけ? なぜだか妙に気になって、誘惑されるようにその露店の前まで来ると、ある商品が目に飛び込んできた。
「入れ替わりスイッチ……?」
目線を奪われている僕のことを気がついた店の男が口を開いた。
「君、この商品に興味があるのかい?」
「ええと……、これはなんですか?」
「これは“入れ替わりスイッチ”と言ってね。対象となる人物のことをよく考えながら、ここにあるスイッチを深くまでしっかり押すと、お互いの人格が入れ替わるんだ」
「えっ、入れ替わる?」
思わず大きな声を出してしまった。まさか、小説やドラマの世界ではあるまいし、そんな夢みたいなことが起こるわけない。
「ああ、誰かと入れ替わったら、もう二度と元に戻ることはできない」
僕は唾を飲んだ。
「……どうやら君はまだ若いし、あまり勧めたくはないんだが、何か訳がありそうだ。今回はタダで君に渡してもいいぞ」
「えっ本当ですか!?」
「その代わり、ひとつだけ条件がある」
店の男は人差し指を立てて口を開いた。
「入れ替わった相手をここに連れてくるんだ。君みたいな若い子は、なかなかそっちの業界では需要が高いからね。きっと次に替わる相手は、上手いことやってくれるだろう」
そうやって流されるまま、僕は『入れ替わりスイッチ』を手に入れることになった。まあ、タダならやってみても損はないだろう。ただひとつだけ気になるのは、店の男が話していたこと。入れ替わったら、二度と元の自分には戻れない? 入れ替わった『僕』をこの場所に連れてくる? ……よくわからないけれど、僕にとっては多分どうでもいいことだ。僕の人生に悔いなんてない。誰かが僕に成り代わったら、その後はどうなったって知りやしない。
「もちろん入れ替わる相手は……」
翌日の放課後、僕は教室で一人きりの鉄次先生に声を掛けた。先生は部活の指導を終えたばかりで、教室まで荷物を取りに来たところだった。放課後まで待ち伏せて、ずっと後を付いてきたのだ。
「鉄次先生!」
「ああ、伊藤じゃないか。もう下校の時間だ、早く帰らないのか?」
「じつは……相談があって」
周りに誰もいないのを確かめて、僕は教室に入りゆっくりとドアを閉めた。鉄次先生はいつものように3本ラインのadidasのジャージ姿で、服の上からでもわかるほど胸板が分厚く盛り上がっていた。首元には白いホイッスルをぶら下げている。額には汗が残っていて、中年男性らしい酸っぱい臭いもほのかに感じられた。そんなフェロモンむんむんの鉄次先生と二人きりという状況に、僕の興奮度はぐんぐん高まっていく。
「ん、どうした? 伊藤の話なら、なんでも聞くぞ」
鉄次先生はなにか重大な話があるのだと悟ったのだろう、椅子に腰をかけて僕と向き合うような形になった。一重のくっきりとした目にやさしくクシャっと小さな皺ができる。「どんな話も受け入れるぞ」という寛容的な表情を浮かべた。なんて生徒想いの魅力的な先生なのだろう。そんな先生も、もうすぐ僕だけのモノに。
「じつは僕、先生と入れ替わりたいんです」
僕はポケットに隠していたスイッチを取り出した。
「入れ替わる? なんだ、そのおもちゃは?」
「おもちゃではありません。僕、鉄次先生の全部が好きなんです。雄っぽい顔つきとか筋肉とか、ちょっとオラついた雰囲気あるのに優しくて包容力あるところとか。……それで僕、鉄次先生のことを独り占めしたい。いや、鉄次先生になって、鉄次先生のすべてを手に入れたいんだって思うようになりました」
鉄次先生は困惑した表情を浮かべていた。
「ん……ああ、ありがとう。でもな、思春期っていうのは色々あるんだ。確かに俺とお前は違うキャラだとは思うが、お前はお前で……」
僕は先生の言葉を遮った。
「それじゃあ、早速これを試してみますね」
僕は着ていた制服を床に脱ぎ捨て、インナーのTシャツとブリーフパンツ一枚という姿になった。
「お、おい!? ちょっとやめてくれ、早く服を着なさい……」
鉄次先生は、僕が急に服を脱ぎ出したことに慌てていた。そりゃそうだろう、この状況では放課後に教室で生徒を脱がした変態教師に思われてしまうからね。
そんな先生の慌てっぷりに構うことなく、僕はついに『入れ替わりスイッチ』を押してみた。念を込めて、鉄次先生のことを考えながら、しっかりと深くまで。
(続)