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最後の魔窟/プロローグ

ことの始まりは、今を遡ること50年前……まだこの星に生きる種族が、それぞれに閉鎖的であった時代に起こった。 青灰色の肌を持ち、豊富な魔力と長寿を誇る種族の一つ、魔人族の世界では、250年ぶりに王位の継承が行われた。 8つある高位の魔人家系、いわゆる魔貴族の中から、最も魔力の扱いに秀で、かつ膂力溢れる者が選ばれるしきたりに従い、ヘリアス家のデーマニスが王位を継いだ。 デーマニスは力のある魔人であったが、野心もまた非常に強く、近隣の他種族を少しずつ支配し、王国の領土を広げていった。 巨人族のうち、魔力に優れたオーガの一派を傘下に組み入れ、妖精族から、自分達とよく似た肌の色を持つダークエルフの一派を引き入れたのち、彼は汎人族、すなわち人間の世界への進出を決めた。 大軍勢を組織したデーマニスは、自らの家系以外の7つの魔貴族に対し、それぞれの当主のもとへ赴いて一人ずつ協力を求めていった。 元来、“力”による支配、強者の自由こそ当然の摂理と考える魔人族ゆえに、6つの魔貴族家はデーマニスに賛同した。 しかしただ1つ、マラトウ家だけが一向に首を縦に振らなかった。 かの家の当主は、名をメイモンといい、まだ後を継いだばかりの、魔族でいうところの“少女”であった。 「メイモンよ、まだうら若い汝には分からぬかもしれんが……  我ら魔族の大いなる力を示す良い機会なのだ。汎人族は弱いながらも多様な群れを持つ。かの種族を支配すれば、魔族はいっそうの享楽を味わえるだろう。  汝とて、その力を存分に奮いたいと思わんか?」 「魔王様……、私にはよくわからないんですよぉ。」 デーマニスに敬意を表しつつも、メイモンは気だるげに応対した。 「支配?脆弱なあの種族を配下においたところで私の欲は満たされないし、力を奮うなら毎日の“体操”でじゅうぶん。魔王様の言う享楽は、私には当てはまりませんわ。」 デーマニスは、世間知らずめ、とでも言うようにため息をついたが、ふと気になって、 「“体操”とは?」 と、居ずまいをいくぶん崩して尋ねた。 「マラトウ家は己の力を磨くことに執心してきた家柄ですわ。  鍛練こそ我が享楽。あまねく天地にあって自らの魔力を思いのまま発散し、己の力を高めてゆく………これが私の“体操”。  自由に、存分に力を奮う場は、すでに与えられております。」 両手を広げたメイモンから、圧を持った魔力が溢れだす。 爛々と輝く彼女の瞳に敵意はない。しかし、にんまりと笑む彼女の佇まいは、デーマニスの身を一瞬間強ばらせるほどの力を放っていた。 (………若くしてなかなかに見事だが………、総じて見るに我ほどではない。 汎人族を支配してからでも、配下におくことはできよう……) 「汝の好きにするがいい。我の成す享楽の世を、遠からず見せようて。」 「恐悦至極ですわ、魔王様。“汎人の奇跡”に、魅入られませんように……」 「忠告は聞いておく」 会談は終わった。 魔人族の宮殿から赤黒い火球が昇り、デーマニスが拳を握りしめるとともに、炸裂した光が魔人たちに降り注ぐ。 王国全体が雄叫びに包まれ、軍勢の行進が大地を揺るがす。 勇壮な出陣は、魔王の下に世界が治められることを疑わなかった。 うら若き魔貴族の“少女”だけが、憐れな眼差しを空へ向けていた……… それからたった5年のある日、魔王デーマニスは、汎人族に討たれた。 混乱を極める王国にあって、当主メイモンに動揺はなかった。 「だから言ったのに………。  汎人族は“神の奇跡”を受けられる種族。その全てが脆弱だというわけではないって………知らなかったわけでもないでしょうに。  さてさて、どうしようかしら。」 彼女の姿がマラトウ家の宮殿から消えたのは、それからまもなくのことである。 奇しくも、魔王の引き起こした戦いは、それぞれの種族がそれぞれの生き方を理解し、受け入れるきっかけとなった。 種族の縄張りは解かれ、新たな国が作られ、幾度かの小競り合いはあったものの、世界は風土の異なる6つの国に統合されて、均衡を保つこととなった。 今からちょうど40年前のことである───────


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