長らく一般人の上陸が禁じられてきた神の島――世界文化遺産の登録が決まり、テレビ番組の撮影のためキャストとスタッフは島へと向かう。島の決まりで男性は「みそぎ」をしなければならないのだが、それは全裸で行うのがシキタリらしく…… ~ 「一般人の上陸が許されてない神の島だなんて、ロマンがあるなぁ!」 ロケ地へ向かう車の中、人気男性アナウンサーの森林の声が響き渡る。 「着いたらすぐにみそぎ、だっけ?海に浸かって体を清めるんでしょ?しかも布っ切れ一枚も着用してはいけないとか、なんか儀式って感じでいいよね。今朝パンプアップしたから筋肉のコンディションも完璧――君さ、ちょっと確認してみてよ」 隣に座っていた若い女性AD の紺野さんが仕方なく森林の力こぶを触らされている。 「すごーい」 からっぽな言葉にも満足したようで、筋肉がウリの森林はチャラい口調でまたベラベラと喋り始めた。紺野さんには悪いが、こういう時スタッフに女性が一人でもいてくれると本当にありがたい。 俺たち撮影班が向かっているのは世界文化遺産の登録が決まったばかりの幻の島。普段は神社の神主がたった一人で住んでおり、関係者以外は上陸すらできない。そんな神聖な場所での撮影がなぜかあっさりと許可され、音声担当の俺、カメラマンやプロデューサー、その他諸々のスタッフがアナウンサーを引き連れ、ロケ取材に向かうことになった。 「島に着いたらまず神社に行って、海でお清めですよね、ポンさん」 助手席から見る運転手兼カメラマンのポンさんは相変わらずのタヌキっ腹だ(決してデブではない――本人曰く)。 「『みそぎ』な。まぁ、島までは船だからまだ大分あるけどな」 「そのみそぎ、全裸ってマジだったンすね」 「まぁ、島のシキタリらしいからな」 後ろからプロデューサーのヤマザキの顔がにょきっと出てくる。 「そりゃあ、そのために森林アナ連れてきたんだから、気合い入れてセクシーショット撮るよ。最近は男の裸で数字が出るんだから。その後の撮影はせいぜいおまけ、ってね」 「はぁ、そういうモンっすか」 人前で、更には地上波で裸体を晒したがるアナウンサーの神経は到底理解できない。もちろん局部は放映しない、もしくは編集で隠すわけだが、それにしてもだ。まぁ、脱ぐのは俺じゃないし、俺はいつも通り仕事に集中するだけだ――。 ~ 予定通り島に着いた俺たちは島の神主との挨拶を済ませ、早速みそぎ場での撮影準備に取り掛かった。そこは大きな岩に囲まれた浅瀬の海で、海岸沿いに鳥居が立っている。 ポールマイクを調整していると紺野さんが通りかかった。 「さっきはご苦労様だったよ、紺野さん」 「え?」 「脳筋のお相手」 「あぁ、そんなそんな、それも仕事ですから」 お互い苦笑いを浮かべ合った。 「おーい、音声君もちょっと来て」 さっきからポンさんと話し込んでいたヤマザキに呼ばれ、俺は腰を上げた。プロデューサーからの段取り説明だろうか。 「やっぱね、カメラさんと音声君も森林アナと一緒に海に入るべきだと思うんだよネ。だいぶ浅いし、最低限の撮影機材は使えるっしょ」 「うぇっ、俺たちも入るンすか?!」 「や、だってさ、遠くからだとみそぎ中の森林アナの声が入らないし、近くで撮った方が臨場感があっていいじゃん。セクシーショットも撮れるし」 「そりゃそうですけど……水着もなんも持ってきてないっすよ、俺。まぁ、後で下着を乾かせるんなら、パンイチでもどうにかなりますけど…」 「おいおいおい、なに言ってんの君?みそぎは裸で行うのがシキタリってさっき話したじゃん。水着もパンツもダメだよ――すっぽんぽんじゃないと!」 周りのスタッフは淡々と作業を続けている。 「えっ、ちょっ!えっっ?!ちょっと待ってくださいよ!なんで俺たちまで?!」 「あたり前じゃんよ!島のシキタリはちゃんと守るって条件で市から撮影許可を取り付けたんだから」 「いや、でも俺たち映らないし、森林さんが裸ならそれで十分じゃないっすか」 「違う違う!この海に入るにはみんな全裸必須――映るとか映らないとか関係ないから」 「そっ、それに……」 小声で続ける。 「……男だけの現場ならまだしも、紺野さんもいますし…」 「なんだ、そんなことか。それなら……ねぇねぇ、紺野ちゃん!」 「はいっ!」 「この二人さぁ、マッパで撮影しないとなんだけど、紺野ちゃんは大丈夫だよね?」 「あっ、私は全然!全然…!」 ほら!紺野さん困惑してまともに喋れてないじゃん! 「ほら、紺野ちゃんは平気だってさ」 今のどこが平気だっつーんだ!!それに、そういう問題でもなくて……!! 「ポンさんはっ!どうなンすか?」 ずっと口を挟まないポンさんに助けを求めた。 「まぁ……これも俺たち撮影班の仕事なんじゃないか?俺が若い頃はもっと色んなことをやらされたもんだぞ」 「で、でも、それは昔の――」 「それに、出演者が体張るっつーのに、俺たち裏方が体張らないのはプロとしてどうなんだ?」 俺に逃げ道がないことをその時ようやく思い知った。そもそも、初めから俺は指示に意見する立場にはなかった。 「まぁ、いいじゃないか。オレたちもついでに体を清めてご利益でも貰って帰ろうや」 「……はい、分かりました」 「そうそう、カメラさんのいう通り!そういうことよ!」 ヤマザキのヘラヘラした態度が一層鼻についたが、決まったことは仕方ない。こうなったらとっとと済ませて撮影を終わらせるだけだ。俺は平常心を保つのに必死で、ヤマザキの段取り説明の内容がなかなか頭に入ってこなかった。 ~ 小規模な撮影なので、準備に大して時間はかからなかった。 「森林さーん、後10分ほどで撮影開始しまーす!」 「了解でーす、肉体の最終チェックしときまーす」 森林はバスローブ姿で呑気なことをほざいている。すでに脱衣したらしく、たたまれた服をスタッフが運び去っていった。それをよそに、俺は機材のチェックをしながらやり場のない焦燥感をのど奥で感じていた。そろそろ俺たちも―― 「なぁ、正直なこと言っていいか?」 ポンさんの声がいったん俺の焦りを中断してくれた。 「なンすか」 「俺もな、撮影でここまでやらされるのは初めてだ」 「……――ちょっとー!ポンさーん!」 「かっかっかっ!」 「ハッパかけたンすか」 「だって、お前スゲー嫌がるからさ」 「っったり前じゃないっすか!ここまでする必要ないっすよ……」 「でもな、あのヤマザキってプロデューサー、何度か一緒に仕事をしたことがあるが、一度決めたことは絶対に曲げない。ああ見えて局内では名の知れた敏腕プロデューサーだし、お前もこれから先、仕事がしにくくなったら面倒だろ」 「まぁ、そうっすけど…」 なんだかうまく言いくるめられた気がする。 「よっし、俺たちも最終チェックするぞ」 「っす……えーと……」 マイクポールなどの音声機器を手に持ってしまうと服が脱げない。そしてすぐに本番撮影に入るのだから、この後ヘッドセットをつけ直したり脱衣している暇はない。 ついにこの時がきてしまった。さりげなく作業中の紺野さんの位置を確認してからその方向に背を向けた。 靴と靴下を脱ぎながら、俺は覚悟を決めた。この期に及んで尻込みするのは男として逆にカッコ悪い――俺は勢いまかせにパーカーとTシャツを脱ぎ捨てた。間髪いれずすぐにベルトを外し、ズボンとボクサーブリーフを一気に足元まで下ろした。片足ずつズボンを脱ぎ捨てると、俺はついに生まれたままの姿になってしまった。 〆 (後編)に続く…→ https://teopi.fanbox.cc/posts/4714422