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ファンアートを描くときのスタンスについて

何日かぶりの1000文字作文。今回はちょっと波風建ちそうな内容なので支援者限定にします。


今日はファンアートとか、よその子とかそういうのを描くときの心持についてがテーマ。


これって多分だけど、喜ばれるために描く人が大半な気がしている。

でも最近の自分はそんなことなくて、どちらかというと自分のためになるかならないかで描いている。

じゃあ頼まれたときってどうするか?っていうと、かならず技術的に試すポイントをいれてたりしているので、これは気に入ってもらえなくても自分にプラスになったからオーケーという結論が出せるように仕向けてるわけ。

そりゃまあ雑に扱われたりしたら多少がっかりはするが、このスタンスになってから致命的にいやな気持になったことはない。


イマイチな反応なとき、そもそも相手は喜んでいない。

これは人間関係の部分も大きいが、純粋に作品に価値を感じてもらえなかったからだ。

それを無理に喜んだりしろというのもなんというかおこがましい話。

ただしこれには相手にも不利な点が生じている。

技術的感覚的に実力が不足していたとしても、描き続けてればいずれ相手の感性を上回るときがくる。

したがって最終的に主導権を握っているのはどちらかを考えた時に、こちら側が描いてやるかやらないかを決めれる。

これを知っているかどうかは結構大きい気がしている。

悔しさをバネにすることができるならばおまえみてろよ!という気持ちになれる。


悔しさというのは打ち据えられたままだと挫折の要素になるが、立ち向かう体力があればバネになる。

だからどんな作品を作るときでも必ず自分のためになる要素を残しておいた方がいいなと思う。

目的を作って絵を描くと必ずそれに伴う評価もできるので個人的にはなかなかにオススメ。

また、これは絵に限ったことではないとは思う。

ゲームをやるにしろ運動をやるにしろ、目的をもっていれば達成できたかどうか、質はどうだったかとかで反省点を洗い出せるし、もっと良くするにはどうしたらいいかを考えれる。


逆に、相手が喜んでくれると信頼にフルコミットしたファンアートの作成は評価を握っているのが完全に相手側なので、反応がいまいちだった時にとんでもなくがっかりして先がなくなってしまうこともある。

これは正直いうとなれ合いに振り切ったコミュニティでしか成立しないことが多いので、あまりいいことではないなと考えている。

だから気持ちとしては、おら!描いてやったぞどうだ!というような気持を持つと良いなと思う。


・まとめ

どんな作品でも作るときに相手だけに評価をにぎらせない

進歩が止まらない状態を作ればいずれは相手を上回れる。


ちなみにですが、相手の反応というのはとても大事な評価の指標なので、単純に人の好き嫌いとか嫉妬心とかで評価されないときもあるんだけど、見ておいて損はないものというのも忘れないと良いなと思います。

Comments

気を使うのは将来性に期待してかもしれないし、それを感じるなら次にまた頑張れば良い

羽部 凛

ファンアートは自分の(相手が喜んでくれることによる)満足感のために描きたいんだけど 周りの人はいい人ばかりだからどんな出来でも(表面上は)喜んで感謝をしてくれるのだろうと思うと 気を使わせたくないのでうまくなってからにしようと思ってしまうので無限に描けない

おことわり


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