小学5年生の頃の話。
社会の授業で、昔は警察の取り調べで被疑者には"黙秘権"というものが認められていたという話を聞いた。
不利益な供述をしないように、話さなくてもよい権利。
しかし、現代の社会では婦警によるくすぐり尋問や、母のような"くすぐり拷問師"による厳しい拷問が行われている。
言わば、"嘘をつくことが許されない社会"。
だけど、言いたくないことまで言わなくてもいい権利は必要ではないかと思った。
……そう言えば、次の授業の算数はこの前のテスト返しが行われるはず。あんまり手応え無いし、もし点数が低かったら母やお姉ちゃんからもきっと怒られる……
そうだ。黙秘権というものを使ってみよう!
そうすればきっと…何とかなるはず!…多分。
社会の授業も気付けば終わり、小休憩を挟んで次は算数の授業が始まる。
「はーい、皆席座って~!今日はこの前やった算数のテスト返していくから、名前呼ばれたら取りに来てね~。」
予想通り、今日はテスト返却の日だった。
「次、椎名~おいで~」
「はーい!」
隣の席に座る幼馴染みが立ってテスト結果を受けとる。ニコニコと嬉しそうな顔。そう言えば算数得意なんだっけ…?
「ねぇ栞~、何点だったの?」
「ふふっ♪秘密~♪後で見せ合いするならいいよ~♪なんなら勝負する?負けた方は放課後こちょこちょの刑ね♪」
「うっ…や、やめとく……」
かなり自信があるようで、ニヤニヤとしている。
そうこうしている内に、自分の名前が呼ばれた。
「次は橘~、おいで~」
「はい…」
先生からテスト用紙を受け取る時、小声で(もっと頑張りなよ)と言われてしまった。
結果は…38点。
駄目だ…家に帰ったらきっとくすぐり殺される……
「あれ~何か顔色悪いよ?大丈夫~?」
「だ、大丈夫…あはは……」
幼馴染みに心配されて顔を覗き込まれる。
で、でも、まだ何となかなる。
母は仕事で忙しいし、お姉ちゃんも算数のテストがあったことを知らないのではないだろうか。
「以上で全員かな?帰ったら保護者の方にもテスト用紙わたして確認してもらって、連絡ノートにサインを貰ってきてね。明日提出よろしく~。一応先生ちゃんと採点したつもりだけど、間違ってるとこないかペアの人と答案用紙交換して確認おねがいね~。」
……さらに血の気が引いた気がする。
そうだった。お姉ちゃんか、母に絶対見せないといけないんだ……。
「じゃあテスト用紙交換しよっか♪えいっ!…って、38点!?」
「わ、ちょ、ちょっと…!言わないでよぉ!!」
呆気なく幼馴染みにバレ、声に出されてしまった。
「あ~そういうかとかぁ…うん、よしっ、私が算数で分かんないとこ全部教えてあげるから安心して!これからテスト前になったら私と勉強会しようよ!それでいいよね?」
「うん、ありがとう…」
何だか急に頼もしく見える幼馴染みに、問題の解き方を解説してもらう。
「これは図形がこうなってるから、これに当てはめて~」
「あ~、こういうことか!」
「そうそう♪やればできるじゃん♪じゃあ次の問題は…」
意外にも教え方が上手な幼馴染み。
段々分かってきたことで、自信を取り戻していつもの調子に戻っていった気がした。
**
「じゃあまた明日ね~♪ばいばーい!」
「うん!また明日!」
幼馴染みと下校して家の前で別れる。
ランドセルの中には算数の答案用紙。
何だか急にドキドキハラハラとした気持ちになる。
「た、ただいま~」
玄関の扉を開けて、家の中に入ると…
「お帰り~!あれ?どうした~そんなに驚いた顔して?」
「い、う、ううん!何でもない!あれ、お母さん今日はお仕事休みだったの?」
「いや、午前中まで仕事してお昼頃帰ったよ。明日は一日休みだから一緒に夜ご飯食べようね!」
"くすぐり拷問師"という仕事は不定休らしく、母は平日休みでふらっと家に帰ることもあれば何日も泊まりがけで仕事をこなしていることもある。
まさか今日が休みの日だとは思ってもよらず、少し動揺してしまう。だけど、機嫌も良さそうだし素直に算数のテストを見せて連絡ノートにサインをもらおうか…それとも、"黙秘権を"というものを使ってみるか……う~ん…
「あ、そう言えば学校の連絡先ノートに私がいない時は香織がサインしてるんだって?今日は私がサインするから、今見せてみなよ」
続きのお話
