あれは確か、小学2年生くらいの時だった。
外から見ると正面が円柱形の我が家には、2階に吹き抜けの通路がある。
形で表現すると…U字型の磁石だろうか。
玄関から見て左上が自分の部屋の扉があり、右上にはお姉ちゃんの部屋、そして、右奥にあるのが母の部屋だった。
2階通路の壁は一面本棚になっており、沢山の難しそうな本が右側に並んでいた。お姉ちゃんは時々、本棚から本を手にして自室で読み漁っているようで、分からないところを後で教えてもらっているようだった。
くすぐり拷問師としての仕事が忙しく、普段あまり家に帰らないことも多い母。
普段は鍵で施錠されているようで、近付くだけでも怒られてしまう。先日それで叱られてしまった。
「私の部屋には絶対に近付かないこと。分かった?」
「はい…ごめんなさい…」
その時は未遂だったため、特に母から"お仕置き"は無く厳重注意の形で終わったけど、その後お姉ちゃんにバレてこっぴどくこちょこちょされて泣かされてしまった…。
一体何があるのだろう。
止めておいた方がいいと身体が警告を出しているのに、好奇心はどんどんと膨らんでいくばかりだ。
**
ある日のこと。
今日は学校の無い休日の土曜日。
母も仕事が休みのようで、お昼過ぎからお姉ちゃんを連れて合気道の稽古場へと出かけたようだった。
「暇ならあんたも来る?稽古してあげよっか?」
「い、いいよ別に!!お姉ちゃん強いんだもん」
「ふ~ん。じゃあいい子で待っててね。」
一度だけ、姉が通っている合気道場へと見学に行ったことがある。せっかく来たということで胴着を着せられて、お姉ちゃんに散々投げとばされたりうつ伏せに押さえつけられてくすぐられてしまった…
今日はしばらく、家にひとりでお留守番。
自分の部屋でだらだらとしていたけれど、ふと"例の部屋"を思い出した。
今ならもしかして…入ることができるかもしれない。
危険な好奇心をどうしても押さえきれず、こっそりと誰もいない廊下を歩いて右奥を目指す。
念のため、2階から玄関の方を確認する。
まだ帰ってくる気配は無さそうだった。
ついに、禁止されている母の部屋の前までたどり着いた。
「…?あれ、扉が少し開いてる……?」
普段であれば鍵が閉まっている扉が、ほんの僅かに開いている。もしかして、鍵を締め忘れたのだろうか?
今なら…まだ引き返すことができる。
ドクン、ドクンと緊張で心臓の音が高く鳴り、背中から冷や汗が流れる。
だけど、それでも目の前にある誘惑に勝つことはできなかった。
ゆっくりとドアノブに手をかけて、
部屋の中を覗いてみる。
……特に、変わったところは無さそう。
お姉ちゃんの部屋に似ているかも。
奥に高そうなベッドがあり、右側には机、左側には本棚。
床には、棚に納まりきらない本やバインダーなどが山のように散乱している。
「え……これだけ……?」
もしかしたら、きっと何か危険な生物や見たことの無い珍しい物があるのではないかという微かに期待していたけれど、少しがっかりしたような気分だった。
もう少しだけ、部屋に入ってみる。
一体…何の資料なんだろうとキョロキョロ部屋を見渡す。
試しに、手元にあったバインダーを手にしようと腰を低めた時…
「こらっ!!!!何してるの!!!」
「ひっ!?あっ…ごめんなさぃ…!!」
突然の大声にびっくりして、思わず尻餅をついてしまう。
振り返るといつの間にか帰宅していた母がいた。
(あっ…怖い……)
鬼の形相で顔を覗き込まれる。
「私の部屋には入るなって、この前言ったよね?ここで何してたの?正直に答えなさい!」
「ごめっ、ごめんなさぃぃ…!!」
涙がボロボロと目から零れ落ちる。
会話にならないと判断したのか、お姫様抱っこで担ぎ上げられて強制的に場所を移動。
そのまま1階にあるリビングまで連れてこられた。
「ひっぐっ…ぅぅっ……」
「で?何してたの?怒らないから正直に答えて?」
じっと顔を覗き込まれて尋問される。
口調は優しげだけど、目は笑っていなかった…
しくしくと泣きながら、たどたどしく経緯を説明する。
どうしても好奇心に勝てなかったこと。
たまたま部屋が開いていたこと。
中にある資料には手をつけていないこと…
全て洗いざらい白状していった。
話を聞き終えると、母は少しホッとした表情になった。
「はぁっ…全くもう。鍵をかけ忘れた私も悪いけど、約束破って部屋に入るなんて…いい?よく聞いて。あの部屋には私がお仕事で使う資料や本が沢山あるの。それは大事な大事な情報が含まれているから、もし少しでも知ってしまったらあなたの"記憶が消える"まで拷問にかけないといけないし、私にも罰則があるの。だからもう、これからぜっったいあの部屋には入っちゃだめ。分かる?理解できたかな?」
「はぃ…ごめんなさぃ…もう二度と入りません…」
もし何かを知ってしまうと、自分も母も大変な目に遭うことは理解できた…
「反省したならいいよ。でも、次約束破ったら…どうなるか、分かるよね?」
「ひゃっ!?…やめっ…」
ピタッ、と首筋に10本のくすぐったい指を添えられただけで情けない声が出る。身体が悲鳴をあげて警告するのが分かるほど、"凶器"のようなくすぐったさを感じる指先だ…
ガクガクと歯や身体が震える…
たっぷりと恐怖を身体に刻みつけた後、また優しい表情に戻ってポンポンと軽く頭を撫でられる。
「もう本当に悪さしたらだめだからね~?」
「ごめんなさぃ…もう絶対しないからぁ…」
「よしっ♪いい子だね。じゃあ、香織帰ってきたら2人でお仕置きするから、覚悟しといてね?」
「………えっ……??」
思わず頭が真っ白になってしまう。
あれ…もう終わった話では……
「え、じゃないでしょ。私の部屋に入った件については大目に見てあげる。だけど、この前の"約束を破った"ことに関してはまだ許してないからね?私の言い付けを守れないってことだもんね?じゃあ、たっぷりと躾しないといけないね。」
指を見せつけるようにワキワキと動かされ、
また恐怖で頭が真っ白になっていく…
逃げようとしても、身体が動かない…
「そろそろ香織の稽古が終わる時間だから、一緒にお迎えしに行こうか。ほら、行くよ?」
母に手をしっかりと繋がれ、半ば強引に車の後部座席に座らされる。
家から車だと、7,8分くらい。
歩いても帰れる距離だけど、わざわざ迎えに行くということは少しでも自由に行動させないためであろう。
駐車場で待っていると、お姉ちゃんが車の後ろに乗り込んできた。
「帰りも迎えに来てもらってありがとうママ…ってあれ?あんたも来たの?珍しいね?お留守番寂しかったの?」
「ぁっ…いや…その…」
今日は機嫌の良いお姉ちゃんを前に、何も言えなかった…。
「お留守番してる間に勝手に私の部屋に入っててさ、何も見てないようだからお説教だけして一緒に連れてきたの。帰ったら香織もお仕置き手伝ってくれる?」
「…は?あんた、言い付け破ったの?この前私も本気で怒ったよね?どういうつもり?そんなにくすぐり殺されたい?」
「ひっ!?ごめんなさぃごめんなさぃぃ」
すーっとお姉ちゃんの表情が氷のように冷たくなる。
また身体が恐怖でガタガタと震え出していると…
「まぁまぁ、香織もそこまでにしてあげなよ。鍵かけ忘れた私も悪いしさ。反省もしてるようだし、"恐がらせ"すぎるのも良くないから。」
「…ママがそう言うなら…分かった。でも、後でたっぷりくすぐってあげるから、覚悟してなよ?」
家に着くまでの数分間、帰宅してからの事は考えないようにしていた。
**
再びリビングに連れてこられ、カーペットの床の上で仰向けに寝かされる。
「香織はしっかり両腕押さえててね。」
「はーい。ほら、大人しくしてなよ?」
お姉ちゃんに両手を万歳させられ、腕の上に馬乗りされて太ももで顔を挟み込まれる。
母は腰の辺りに馬乗りして、重すぎず、かと言って力ずくで逃げられないように体重をかけて拘束される。
ちなみに服やズボンは脱がされ、パンツ一枚の無防備な姿で押さえつけられている。
「今日は少し厳しめにお仕置きしてあげる。もう二度と約束を破れないように、たっぷりとくすぐったい恐怖を身体に刻み込んであげるからね?」
お姉ちゃんが顔を覗き込みながら、目の前で指をワキワキと動かしている。たったそれだけなのに、また身体の震えが止まらない程ゾクゾクとしてしまう。
「じゃあお仕置き開始ね?ほら、こちょこちょこちょ~」
「や、やめっ…ひっ!?ぎゃぁぁぁぁっあはははははははははははははははははははは!!ぁぁぁっひゃだぁぁぁぁぁぁぁっあはははははははははははははははははは!!!じぬぅぅぅひゃめでぇぇっぁぁぁぁぁっい、息がぁぁぁぁっ息できないからぁぁぁぁぁぁぁぅぁぁぁぁっ!!!!」
脇腹をガシッと掴まれ、くすぐったい両脇のツボをもみもみと指先に力を入れて責められる。
頭が真っ白になって呼吸が止まってしまう程、強制的に肺の中にある空気を絞り取られて死ぬほど笑い狂わされる。
お姉ちゃんは器用な指先で首筋や腋の下を容赦なくこちょこちょとくすぐり尽くしている。
母譲りのテクニックで、人体のどこをどうやってくすぐったら相手を笑い苦しめることができるのか…歳が上がるにつれて磨きをかけて成長しているように思えた。
あまりのくすぐったさに、心臓がバクバクと音を立てる。
逃げたくてもしっかりと押さえつけられて逃げられず、
抵抗する力もうまく入らない…
「ねぇママ見て~、この子ったら白眼剥いて笑い狂ってるんだけど。まだちょっとしかくすぐってないのに。」
「このままだと気絶しちゃうから、もう少し手加減してあげて?香織。」
ほんの気持ち程度、くすぐりが弱まった気がする…
過呼吸で目の前が真っ白になっていたのが、涙でぼやけた視界が見える…
どこをどうくすぐられているのかも分からない…
まるで1000本の指に全身を余すところなくこちょこちょされているかのような感覚に、ただ笑い狂うことしか許されない。
(くすぐったいくすぐったいくすぐったい…!!!)
永遠に続くようなくすぐったさに脳が支配され、
笑い声も段々とか細く虫の息になっていく…
「あひひっ…ひひっ…ひっ…あひっ…」
「おーい、大丈夫?生きてる??」
ようやくくすぐっていた指が離れても、まるで壊れたラジオかのように不規則な笑い声を漏らしていた。
顔は涙や涎でぐしゃぐしゃになって、全身ぐったり汗だくになりピクピクと小刻みに痙攣する。
お姉ちゃんが心配そうに顔を覗き込んでいる…気がする。
「今日のところはこの辺で勘弁してあげる。これに懲りたら、ちゃんと私や香織の言い付けを守ること。分かった?」
「はひっ…わか…ひました……」
その後のことは覚えていない。
ぐったりと疲れ果てて、気付けば自室のベッドに寝かされていた。
あれ以降、母の部屋に立ち入ったことは一度も無い。