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土装番
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機械女王が見下ろす戯れ場 1話先行公開版

 機械文明が発達した現世界とは違う次元に位置する異世界、シャントレーリア。  この世界では、魔法文明を中心に人々の生活が組み上げられ、外敵であるモンスター達から、フリーの狩人やギルドから依頼を受けた戦士達が仕事を請け負い、人々の平和が守られている。  同時に、モンスター達が隠している秘宝や秘術を求めて冒険する者も無数に存在しており、それにはエルフやドワーフ、ドライアドといった様々な種族が名乗り出ては、勝負したり共に協力したりと、たくさんの人模様が各地で繰り広げられていた。  そしてシャントレーリアでは、人間種族の中に機械族という者達が存在していた。  男性型、女性型、共にエルフのように容姿端麗で、ドワーフのような怪力を持つ。冷静さや判断力にも優れており、まさに非常に優れた種族と言えるだろう。  しかし、他の種族と違い生物ではなく被造物である為、多少の打たれ強さや痛みの遮断や機能を活かした四肢取り外しなどのしぶとさはあるものの、打ちどころが悪ければたちまち自律稼働も出来ないガラクタと化す可能性を秘めている。  生物と違い自己修復も出来ず、専門家や同族に修理してもらわなければ、損傷もそのままとなってしまう。  しかし、それだけの優れたスペックがある故に、冒険者や騎士、さらには慰安用など、色んな社会で他の種族と同様の活躍をしていた。  だが、そんな他種族との共生をしている機械族の中にも、社会と交わらず害をなす者も存在する。  これは、とある巨大な城を己の根城として、外界を見下ろし愉悦に浸る、一人の女性型機械族の楽しみの話である。 * * *  シャントレーリア、ミテリオン地方。  この地方の王国、グランエールは、他地方の国々よりも機械族が多く、城下町には様々な種族が共生している中で、比較的機械族向けの店がよく見かけられた。  そんなミテリオン地方、ひいては特にグランエールには、とある噂が絶えず流れ続けていた。 『ミテリオンにある、ノーマ山の下に広がる徘徊者の森。その先にあるダンジョンの洞窟を抜けた向こうにある、アルバール城の中には、目もくらむような秘宝が隠されているらしい』  この噂を聞きつけた冒険者や盗賊、ならず者達が、グランエールにはいつも集まっていた。  中には、噂を耳にした他地方の者達もおり、まさに夢を追い求める者達の泊まり場と化していた。  さらに、この秘宝の噂には、より情報を集めた者の間ではこのような内容も流れていた。 『徘徊者の森の先にあるダンジョンは、機械族しか挑むことはできないらしい』  それを知るものは、パーティーに機械族を加えたり、機械族だけで挑んだり、代理として向かわせたりと、考えうる限りの対策を持って挑み続けた。  しかし、現在までにその秘宝の最奥まで辿り着けた者はいない。  噂には到底尾ひれがつくもの。そもそも本当に秘宝が存在しているのかもわからないのだ。    だが、噂の中で語られているアルバール城は確かに存在する。  そこでは、一人の女城主が、玉座にて優雅に腰を落ち着かせながら妖しい笑みを浮かべていた。 「ふははは……愉快愉快。無謀に挑んで狂う姿はたまらないのう」  彼女の名前はソフィア=アルバール。アルバール城の主であり、噂を流した張本人でもある。  聡明さを印象づけるような、風の如くさらさらとした新緑色のセミロングヘアーに、流し目の美しい瞳とスッキリとした鼻筋や輪郭を持つ非常に美しい顔立ち。  王族のドレスのようでありながら、胸元や脚を露出させた改造ぶりで、それによって彼女の垂れる気配が一切ない正面を向いた大きな乳房や、無駄肉の存在しない細く綺麗なボディラインがはっきりと出ている。  玉座に座り、足を組んでいる姿は非常に様になっており、その脚のしなやかな造形も、彼女の美しさをさらに引き立てていた。  そんな彼女は、生身の身体を一切持たない機械族であり、美しさにも非常に納得がいく。  アルバール城の城主として稼働する彼女は、現在自分がいる玉座の間にて、空中に映し出されているホログラム映像を見ながら、愉しそうに声を出していた。 「おや、踏み込まずに帰ってしまうか……情けないのう。もっと焦り狂う姿が見たかったというのに」  彼女が根城を狙われるはめになるような噂を流した理由。それは、同族である機械族の女性型が、色んな形で壊れたり狂ったり、無茶苦茶になっていく姿を見たり体感したかったからである。  何も知らない冒険者や偵察者、盗賊やならず者が、誤作動やエラーを起こしたり、奇怪な行動を始めたり人間らしい身体から放れていく姿を見て、彼女は性的興奮を強く覚えるようになっている。  その為に、彼女は可変式の洞窟ダンジョンを作り、欠陥品も同然となった機械族がふらつく徘徊者の森をデザインし、目的に適うモンスターを呼び寄せ、噂を流したのだった。 「まあ、今回は骨が無かったということが。向こうからすれば賢明な判断とも言えるが……いや、また新たな冒険者が来ておるわ。思慮深くも見えんのう……ふふふ、これは楽しみだ」  常に妖艶さを纏ったような声で、新たな冒険者の到来を喜ぶソフィア。  彼女の「遊び」に巻き込まれた侵入者達は、その様子を監視されているとも知らず、秘宝の夢を目指してまた新たに足を踏み入れるのであった。 * * *    ふらふらと意思なく森の中を歩き回る者が見える徘徊者の森。  その中に一本だけある、踏みならされ地面が見えるくらいに雑草が避けられた一本道を、二人の女性が歩いていた。 「この先であってるんだよねリディア? 前も後ろもずっと同じ景色だから、正直不安なんだけど……」 「間違いないって! ちゃんと生還者の情報を頭の中に入れてきたからさ。それが正しければ、この先に入り口はあるはずだ」  一人は、赤いミディアムヘアーに、可愛い系統の顔立ち、厚めの魔法着に身を包んだウィザードのエリー。  もう一人は、銀色のショートヘアーに褐色の肌、目つきの鋭い美人顔で、全体的に露出度が高く胸も大きく、背中に通常のそれよりも重く大きな剣を背負った、活発的な印象を抱かせる見た目な機械族のリディア。  彼女達は冒険者であり、いつも二人で様々な場所に向かってはダンジョンを巡っている。  時には失敗して何も持てずに退散することもあるが、それでも諦めずに前に進み続けていた。  そんな彼女達も、噂の秘宝を求めて、アルバール城、そしてそれに続くダンジョンの洞窟を目指していた。 「……けど、生存者の情報を見るとなんか不可解なんだよな。同じとこに行ってるはずなのに、なんか食い違ってるというか」 「何がおかしいの?」 「どこに何があったのか、どんなモンスターがいたかとか、そういうのがどれも合ってねえんだ。一致してるのはほぼほぼ入って間もない時ぐらい。これも何か、危険な理由になってんのかなあって」 「確かに……なんというか、明らかにおかしいところだよね。情報も少ないし」  二人は得た情報の共有をしながら、実質的な一本道を歩み進めていく。  おそらくその洞窟があるであろう場所まではまだ時間がある為、何を気をつけていけばいいかなどの輪台を話していたその時、彼女達が向かうはずの方向から、一人の女性がふらふらと走ってきた。 「あれは……酒場で一度だけ顔を見た覚えがあるな」 「じゃあ、私達と同じ冒険者? けど……」 「何か様子がおかしい」  その女性も、風貌からして自分達と同じ冒険者だろうと推測はできた。  しかし、装備はボロボロで、表情は弱々しく、何かから必死に逃げている様な雰囲気で、崩れたフォームでもお構いなしに走っていた。 「はぁ……はぁ…………う……っ……はぁ……はぁ…………」  女性は二人の近くで立ち止まると、今にも泣きそうな顔で進言した。 「あ、あなたたち……あのダンジョンに向かうの……?」 「? はい、そうですけど」 「やめたほうがいいわ……あのダンジョンは……行っちゃいけない……うっ…………」  何かを刻まれたような弱々しい声で忠告をぶつけると、女性は再び走り去ってしまった。  とても過酷で、逃げることすら困難な地獄が待ち受けているとでもいいたかったのかもしれないが、冒険者である以上それは重々に承知している。 「ああ言っていたが……どうする、エリー?」 「それは……もちろん行くつもりだよ。ここで引き返す理由もないし、なにより秘宝を手に入れたいから」 「あたしも同意見さ、危険なんて重々承知。ここで飛び込めなくて何が冒険者だっての!」  リディアはぐっ、と拳を握り、自分達の勇気を鼓舞してエリーを励ました。  その言葉に気持ちを引き上げられ、自分もがんばらないと、と前向きに顔を上げた。 「そうだよね。最初からびびってるなんて、私達らしくなかった」 「だろ? あたしとエリーなら、絶対に行けるさ。さ、行こうぜ!」  通りすがりの冒険者の忠告を受け止めつつも、二人は自分達の心持ちと夢に従って、止まらず前に進み続けた。  そんな二人の姿を、彼女達はどこかから見つめられているという事など、知る由もなかったのだった。  それとほぼ同時刻。アルバール城のソフィアは、あいも変わらず玉座にふんぞり返りながら、ホログラム映像を眺めていた。  そこに映し出されているのは、いざダンジョンへ入らんとするリディアとエリーの姿だった。 「ふふふ……怯まずにやってきおったわ。そうじゃそれが一番好ましい……が、うーん……見たところ片方は人間が。機械族だけに来てもらいたかったがまあいい。今回は有効活用するか。中の構造はさっき設定したばかりじゃが……まあ、このままで良いか。どれだけの狂う姿を見せてくれるか、楽しませてもらおう」  そうして、二人は徘徊者の森の先にある、アルバール城へと続くダンジョンの洞窟、その入り口へとたどり着いた。  見た目は、山の岩肌に開いた大きな横穴のようにしか見えず、なんの変哲もない洞窟という印象しかない。  とても、先程の女性が必死に逃げ帰る何かがあるような気配はない。何か、とてつもない暴虐的なモンスターでも潜んでいるのだろうか。 「……どう思う、リディア?」 「今の所危険な感じはしないな。けど、あんな表情になるんだから何かあるんだろうな。しっかり、警戒を怠らずに進もうぜ」  何が待ち受けているのかもわからないが、止まっていては結局向かわなかったのと同じ。  二人は意を決して、神経を尖らせつつ、洞窟の中へと入っていった。  影や暗闇からモンスターに襲われないようにと気をつけながら、明かりをつけつつ前進する二人。  しかし、洞窟内は最初から等間隔で灯りが点けられており、自分達で光源を用意するとむしろ明るすぎるくらいだった。  道筋もはっきりしており、今の所何かがいるような気配もない。  だが、そんな時ほど予期せぬ襲撃は引き起こされる。いつでも武器を抜けるように構えつつ移動していると、自然にできたものとは思えない十字路が目の前に現れた。 「……どうするエリー。一旦左右二手に分かれるか?」 「ううん、こういう時ほど危ないと思う。二人で真っ直ぐ進もうよ」 「確かに、その方が良さそうだな」  その場で二人の話し合いが行われ、一緒に行動するのを崩さないまま、先に行く方向を提案しようと、リディアが一歩前に出て、十字路の中心に立った。 「で、まずはどこから行くよ? あたしはまずひだ………………」  その時、足元からスイッチが押されたような音が聞こえた。  エリーが咄嗟に視線を移すと、リディアの体重がかかっている十字路の中心部が少しだけへこんでいるように見えた。  そして、リディアは喋っている途中にも関わらず、動作が突然止まってしまっていた。 「リディア!? 大丈夫!?」  声を荒げて、エリーはすぐに彼女に駆け寄り肩を揺らした。しかし、彼女は喋っている途中の口で、時が止まったように表情や動作が固まっている。  頬に触れても、腕を叩いても、彼女からは何の反応もない。  リディアの異常に気を取られている間に、二人が歩いた道から何かが蠢くような音が鳴ったが、エリーはそれどころではないと全く反応できなかった。   「もしかしてこれって、機械族だけに反応する……」  自分には反応がない以上、機械族の電子頭脳に何か影響を及ぼしているのだとエリーは考えた。  すぐにここから離さなければとリディアの身体を引っ張ろうとした直後、十字路の左側通路の闇の中から、二発の針が二人めがけて飛んできた。  一発は、リディアの首筋の人工皮膚に突き刺さるが、痛がる気配も無くそのままの状態を保ち続けた。 「うっ……しまっ…………た…………」  だが、エリーの首筋にそれが刺さると、瞬く間に異常な眠気が彼女を襲い、その場にゆっくりと倒れるように眠ってしまった。  それから五分後。石像のようにポーズを取ったまま停止していたリディアが、ようやく動作を取り戻した。 「…………りがいいかな。あれ、エリー……!? エリー! どうした!?」  自分が停止していたことなど全く認識していない様子で、リディアは足元に倒れていた相棒の姿に慌てふためいた。 「こうなったら先に進めないな……チッ、いつの間にこんな」  可能なら攻略したかったが、こんな無防備な状態になってはどうしようもない。  リディアはエリーを担ぎ、自分達が歩いてきた道を戻ってダンジョンを出ようと結論を導き出した。  だが、十字路の中心部から出て、三歩来た道を戻った瞬間、再び彼女は何かのスイッチを踏んだ。 「なっ!? こんなの、来たときには無……な、なか、なか、かかかかかか…………」  不可解な状況に慌てる声が出そうになった直後、リディアは再びその場で硬直し、唇と身体が震え始めた。  声が不自然に揺れだし、次第に全身に痙攣を起こしだす。  そして、しばらくその状態が続いた後、ようやく収まったかと思えば、リディアはすっと姿勢を正し、またもや十字路の方へ振り向いた。 「トラップがどこにあるかわからないからな気をつけて行かなければエリーも気をつけろよ」  リディアは、どこか無機質で感情のない規則的な微笑みを浮かべ、視線を洞窟の先へ向けながら、真っ直ぐ正面の道へと歩き出した。  この時リディアが踏んだトラップ。それは、彼女の電子頭脳にハッキングを仕掛け、強制的に行動原理や認識を書き換えてしまうというものだった。  現在彼女は、向いている方向にはいないエリーに会話しているという認識で「外部からの命令を与えられない限り前進し続ける」という最優先命令が書き加えられている。  さらに、彼女の電子頭脳には稼働制限が加えられ、本来よりも大幅に性能が低下してしまっていた。  今のリディアは、自我のないゴーレムとさしたる差は無い。ただ、女性の形をして人間と同じ言葉と声を出す機械人形という程度のものになっている。  存在しないエリーへの喋りも、人間らしいテンポや合間などなく、垂れ流すように喋っており、反応などお構いなしにひたすら言葉を出している。  そんな状態で、リディアは不気味に等間隔な歩幅と一定の歩行速度、騎士のような綺麗な背筋と姿勢を保ちながら、最優先命令通りに歩いていった。 「もし秘宝が手に入ったらどうするよそういやそんなこと言ってたなあたしはまず新パーツを買って全身を新調してそうだよな油断できねえもんな」  リディアの声は、腕に抱えているエリーではなく、洞窟の向こう側へと放り投げられている。  誰も何も返答していないのに、まるで会話が続いているのを前提としたような独り言が続いていた。   「絶対に見つけてやろうな……な……な……あたしは別にいいけどそっちは本当にいいのかよお前はいつも危なっかしいからな」  会話の一時的な終着点のような言葉の後で、まるでロード時間のような不自然な喋りの隙間が発生する。  対話形式の言動が、それに似つかわしくない固定された微笑みから絶えず垂れ流される。  人間の容姿を持っている姿から行われるそれは不気味極まりないが、彼女のシステムは現状正しく動作していると認識した。  そのまま自身の異常以外何事もなく前進を続けていたその時、リディアの前に中間部分が欠けている石橋が現れた。  リディアは爪先が出るギリギリのところまで歩き、怖がったり警戒する様子もなくピタッと立ち止まった。 「どうでもいいけどまだまだ警戒は解けねえからななんだよエリー不安なのか心配すんなってあたしがががが……」  リディアの喋りが途中で止まり、数回程瞬きを繰り返し、外部から与えられた命令を受信する。  刹那、リディアは両腕に抱えていたエリーを、崩れた橋の下の大穴へと、力が抜けたように落としてしまった。  支えていた両腕はゆっくりと垂れ下がり、綺麗な気をつけの姿勢へと移行される。  穴の中へ落ちたエリーは、目を覚ます様子もなく、落下した音も聞こえずに奈落の底へと消えてしまった。  直後、崩れていた石橋が振動し始め、中間部を補うように断面部がくっつき橋としての機能を取り戻した。  リディアは、相棒を落としたことも、いなくなったことも認識する気配もなく、ただ与えられた最優先命令に従い、変わらない歩幅と速度で、再度ダンジョンの奥を目指して前進した。    相棒を失った後も、知らない誰かに与えられた命令に従って、微笑みを保ったまま歩き続けるリディア。  誰かが見ていれば人形らしい冷徹さだと言う者もいるであろう光景。彼女は、未だエリーと一緒にいるという認識を保ったままだった。  機械らしい振る舞いと、操り人形のような行動を続けながら進んでいると、彼女の目の前に、地面に埋まった大きめの石や隆起した岩によって起伏の激しい道が現れた。  天井からは、鍾乳石のように尖った岩もぶら下がっており、下手すれば怪我を負う可能性もある。  リディアは立ち止まるようなこともせず、足元の石を避けるような素振りもなく、同じ歩幅と歩行速度で進んだ。  すると間もなく、彼女はなんでもない石に躓き、頭から落ちるように転んでしまった。 「エリー気をつけろよエリー足元足元を足元に警戒ここはあたしに任せなってすぐに片付け、片付け片付け、てててやるよ。片付けやるよ」  地面と頭がぶつかった瞬間、彼女の止まらない喋りに異常が生じ、破損した音声のような声が飛び出した。  頭部への衝撃がそのまま電子頭脳に伝わり、全身が軽い痙攣を起こす。  すぐに立ち上がるが、ふらふらと危なっかしい動作をしており、受け身を取るような所作も無くダメージがそのまま伝わったためか、リディアの首が少しだけ後方に曲がった状態で固定されていた。  首元には、本来人間にはない人工皮膚の不自然なシワが生まれている。 「あたしの腕っぷしにはあたしの腕っぷしには、あたしが機械族だって、だって機械族誇りを見せて見せてみみみみみせてやるよ」  ずっと微笑みの表情のまま喋っているからか、内容や声色が顔と全く合っておらず、より被造物的な気味の悪さを醸し出している。  よりおかしくなった音声を喋り、歩きもだんだん左右にふらふらとよろけ始めたリディア。  足場の悪い場所では当然、さらに転倒や衝突の危険性が上昇する。  それを裏付けるように、今度は天井から垂れている尖った岩にぶつかり、バランスを崩して横の岩壁へと顔をぶつけた。 「あたしだってししし心配心配心配エリーののエリーのことエリーのことととぉぉぉぉooooo」  顔と壁がくっついたまま、ずるずると身体がずり下がっていき、ゆっくりと地面へと落ちていく。  音声がより劣化していく中、リディアが立ち上がると、彼女の顔の右半分の人工皮膚が擦り破れ、表情や瞼の動作を作る内部機構や眼球、金属骨格、ピンク色の歯茎が晒された。  それまで人工皮膚に吸収されていた動作音が露骨に鳴りだし、眼球や存在するはずだった瞼の動き、唇が半分失われ上下に動くだけの顎が、機械としての本来の姿を露出させた。  少しずつ進む度、人間らしい姿が失われていくリディア。  それでも、誰に与えられたかもわからない最優先命令を遂行するため、グールのような挙動で歩き続ける。 「あたしがあたしがあたしがががが、まも、守ってやる、守ってやるかか、かかから。あたしが、あ、あ、あ、あああ」  エリーへの優しい言葉を空虚に繰り返している途中、リディアはまたもや岩に躓き、正面から倒れてしまう。  しかもそこは、非常に運が悪く、針のように尖った岩の上だった。  危険物の認識すらできていない彼女のシステム。岩はそのまま、彼女の右乳房ごと胸を貫き、背中まで貫通してしまった。   「あ、あ、ががが、エリーエリー、え、えええ、え、胸部にじじ重大な、重大な損傷が損傷が発生しました。発生しま、発生ししし……復帰を、復帰を、修復、最優先命令をををを……」  乳房に空いた穴から乳液が溢れだし、岩や地面を白く染めていく。  とうとう発生した致命的な損傷に、リディアの声はそれまでの快活で活動的な女性の声から、淡々とした感情のない声へと変わってしまった。  これは機械族の特徴であり、擬似人格が様々な理由で動作不全に陥った時や、通常動作に大きな支障をきたすダメージを負い、危険だと電子頭脳内のシステムが判断した時に、擬似人格の動作よりも優先して発される音声である。  微笑みを絶やさぬまま、冷血的な声を出し、怪物に踏まれた時のように四肢をばたばたと暴れさせている姿は、生物ではありえない異様さが含まれていた。  苦しそうな雰囲気ではなく、ここから復帰しなければという動機と、誤作動からなる不自然な動作が入り混じった身振り手振りを起こしながら、なんとか抜け出し前進を再開しようとするリディア。  だがその時、彼女の背後から、同様に足音の感覚がいっていに聞こえる何者かが姿を現した。   「対象を発見しました。回収を行います」  その人物は、危険なダンジョンの中ではあまりにも不自然な、全裸姿をした成人女性だった。  彼女もリディアと同様の機械族だが、現在その女性は、何者かに操られて外から与えられている命令に従っているようだった。  影も形もなかった同族の姿は、視線が地面を向いているリディアには確認できるはずもなく、一瞬だけ耳に入った音声も、現状からの脱出が最優先事項として処理され、思考内に入り込むこともなかった。  女性は、歩く度に胸を揺らしながらすぐ側まで近づき、震えながら乳液や体液を散らす滑稽な姿のリディアを見下ろした後、後頭部の髪を掴んだ。 「この命令はソフィア様からの命令として伝達します。後頭部カバーを開放してください」   「エリー、エ、ええ、気をつけ、きき、気をつけけけ、優先命令を、優先めめ、命令を更新、こ、ここ更新、受諾しま、しま、受諾しししし、エリー、けけ、怪我したら、エリー、だだだぞ?」  リディアは、ハッキングによって自分の知らない上位者からの命令を機械的に受け入れ、引っ張られている後頭部カバーを開放した。  露わになる、彼女の中枢部である電子頭脳。通常時よりも大きな動作音と排熱音が鳴り、より彼女の機械的な要素を強調している。  女性はそんな重要な器官に手を伸ばし、思いっきり掴んだ。  現在、電子頭脳全体の温度はかなり高くなっており、ちょっと触れば反射的に手を離してしまいそうな程の熱さになっている。だが女性は、そんなこと気に留める必要もないとばかりに無表情のまま握り、思いっきり引っ張り始めた。  本体と電子頭脳の接続に異常が生じ始め、リディアの身体はさらに乱雑に暴れ始める。 「あたしに任せろあたしにあああアアaaaあ警 告電子頭nn脳の接続がせつゾく がエ rrrrラー正常にトり外■しエリー取tttり外ささささされ危険です危#$#@0険です危険中止してく0@ださ中 止し て中止し■@0$!0$0%1■」  少しずつ、頭部からそれが離れていくごとに、リディアはさらにばたばたと無茶苦茶な挙動を起こしていく。  貫いた岩から抜けようとしていた動作も、全身が暴れることでより深く刺さっていき、破損箇所を拡げていく。  乳液や体液も溢れ出し、股間には誤作動による影響なのか、はっきりとした液体のシミが発生していた。  音声も壊れだし、もはや彼女本来の声色もわからなくなるほどに不快な電子音が、微笑んだままの彼女の喉奥から発されていた。  そして、とうとうリディアの電子頭脳が、本体の頭部から外されてしまった。 「#0$■@0$23vyje/3j■■━━━━━━━━」  その瞬間、リディアの身体は、彼女の形をしているだけの人形となった。  直前までの動作の乱れっぷりから、まるで時間が止まったように、四肢や頭が浮いた状態で固まり、一言も発しなくなってしまった。  瞳の奥の光も失われ、口内に溜まっていた人工唾液が、力なく地面に垂れて濡らしていく。  女性が、人間の脳に近い形状の電子頭脳を軽く撫で回した後、一旦それを地面に置く。  それから、リディアだったものの首と腰に下から触れ、一気に力を入れて、尖った岩から身体を抜き取った。  乳房に空いた穴からは、残存した乳液がぽたぽたと溢れ、中には乳房やその奥の胸部の構造が見え隠れしていた。  身体はうつ伏せになったまま、その背中に電子頭脳を乗せると、女性はまるで、リディアがエリーにやったようにお姫様抱っこの形で持ち上げた。 「対象の回収が完了しました。城へ帰投します」  誰もいない方向に声を出すと、女性はやってきた時と変わらない綺麗な姿勢と一定の歩幅で、リディアを持って移動を開始した。  移動の間、リディアだったものの髪と頭、乳房や四肢は揺れ続け、固定された微笑みはずっと変わることはなかった。  こうしてまた、二人のダンジョンの犠牲者が新たに増えたのであった。 * * *  それから間もなく、アルバール城にて。  操っている女性の手によって運ばれたリディアが目の前までやってきたのを見て、ソフィアはいたくはしゃいでいた。 「ああ、中々に良い機械族だのう……この造形は私好みじゃ……」  仰向けの姿勢で床に置かれ、腹の上に電子頭脳を乗せたまま、間抜けにも見えるずっと同じ微笑みの顔をしたリディアの頭部に、ソフィアは優しく頬を撫でては指先で人工皮膚の感触を確かめ、唇をなぞった後、そっと一瞬ながらも熱いキスを重ねた。   「だが、こうも見事にかかってくれるとは、調整した甲斐があったというものだ」  電子頭脳を抜かれ、反応のない姿をそれも良しとして愛おしく感じながら、ソフィアの手は眼球、首筋、乳房、乳房に空いた穴、腹部、股間、太ももへと徐々に滑っていく。  されるがままでぴくりとも動かない、自分と同じ機械人形の姿に、ゾクゾクとした感情処理を行っていると、彼女の元へ一人の女性がやってきた。  それは、ダンジョンに現れた者とは違うが、同じように全裸姿の女性型機械族だった。 「ソフィア様、こちらの眼球が破損しておりました。いかがなさいますか?」  彼女の手の中には、機械族の女性達に組み込まれていた眼球ユニットがあり、そのどれもがレンズにヒビが入っていたり、半分程潰れて内部機構がぐしゃぐしゃになっていた。  この眼球は、ソフィアが今まで捕らえてきた女性型の機械族達から取ったものであり、これらをダンジョンの可変する岩壁の中や周囲一帯の様々な木々の中へと仕込み、監視カメラのような役割を負わせていた。  彼女がこの部屋から見ていたホログラム映像も、この眼球が写し出していたものである。   「破棄じゃ。色々とそれを使った楽しみはあるが……今はもう足りておる」 「かしこまりました」  女性は一例をすると、複数の眼球を持ったまま部屋を去っていった。  その後で、ソフィアの視線は入口付近へと移った。 「やはり、ダンジョンの仕掛けはあればあるほど良い。私のやりたいことにも繋がるが、何より自由が増える」  ダンジョン内の仕掛けは全てソフィアが考えており、気分や期間次第で内装やモンスター、トラップや構造の意図など、常に生物のように移り変わっていく。  彼女の存在など知る由もない冒険者たちは、それによって苦しめられることとなるのである。 「故にこうして、新たな収穫も得られるというわけだからのう……あのリディア以外にもな」  ソフィアはゆっくりと、視線を反らさぬまま歩いていく。  彼女の視線の先にあったのは、巨大な半透明かつ灰色のスライムだった。  その中には、全身の皮膚が溶け出し、筋肉を露出させたまま眠っている女性の姿があった。 「普段は人間の女などいらぬが、こうして私達と同じ存在に出来るなら話は別じゃ。物質置換スライムは改めて最高傑作じゃな」  スライムの中に、棺桶に入れられた死体の如く浮かんでいたのは、リディアが命令通りに穴へと放り込んだエリーだった。  物質置換スライムはその名の通り、取り込ませた対象を、スライムが吸収した物質へと置き換えることが可能となっている。  これを利用し、今までは門前払いしたり、機械族が見たいからすぐに排除していた人間を、自分達と同じ機械族へ造り変え、下僕にすることに成功した。  まさに今はその段階。筋繊維の下にある骨格は、既に金属のそれへと置き換わりつつあった。 「人間にしては麗しい容姿をしておったからな……リディア共々愛でてやろう。ふふふ、今回も上々じゃ」  ソフィアは機械族でありながら、同族が狂い、破損し、エラーや誤作動を起こし、データが書き換えられておかしくなっていく姿がたまらなく好きだった。  それ故に、このようなダンジョンを作り、自ら秘宝の噂を流し、カモとなる者達を誘き寄せていた。  その目的を知る者は、彼女をマスターとして登録させられた、城で稼働する元冒険者達以外には誰もいない。  今回も、そしてこれからも、ソフィアはダンジョンの形を変え、新しい玩具を誘いだすために、城で一人歓楽と好色の日々を送るのであった。 * * *   だが、死者や行方不明者が多く危険すぎるとなれば、自然と挑む者は減っていく。  そこで、極稀に彼女は、やってきた冒険者に対してのご褒美を用意していた。 「見ろよこれ! あのアルバール城に繋がる洞窟で見つけたんだ! 結局城までは行けなかったけどさ……こんな宝石があるんなら間違いないって!」 「マジかよ……これ売ったらどんだけ値がつくんだっけ?」 「これもううかうかしてらんないじゃん! 早く出発しようよ! あたしの右腕の換装代に使っても十分お釣り出るでしょ!」  ダンジョンの洞窟への挑戦者を絶やさない為に、ソフィアは本物の高価な財宝を仕込み、敢えて見つけさせることで希望を見出させて、踏破不可能だと思わせないようにしていた。  こうして、常に彼女が求めている女性型機械族の壊れる様を、外部から供給できるように調整しているのだ。  どのような思惑がその場所にあるのか、その正体すら誰も掴めないまま、この先もまた、アルバール城の秘宝を求めて、各地の機械族とその仲間はミテリオンを目指していくのであった。  加虐的な機械女王の存在も知らぬままに。


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