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土装番
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憧れの人の機械化調整録 1話先行公開版

 現代よりも遠く離れた未来の時代。人々の世界は機械技術、エネルギー研究など、様々な分野での多大なる成長を遂げ、確実に進化し、豊かになっていった。  しかし、時代が進むにつれて、諸大国が過去から抱え続けていた問題が爆発。治安は著しく崩壊し、各地で暴力が蔓延る世界が広がっていった。  それは皮肉にも都市部になるほどその傾向が強く、人々は逃げるように各地に散らばっていったが、それでも富裕層の支配力は衰えなかった。  中間層までの市民は暴力に怯え、市販の武器や、身体の一部や全身の機械化、または護衛アンドロイドを購入してなんとか対策していたが、上流層はそれら全てを使い身を守ることができた。  今の時代は、注射一本で身体の一部を機械に作り変えられる時代。  これは、そんな時代に、都市部から外れたある村で暮らすメカニックの少年と、その彼が憧れ惚れている女性との間に起きた、倒錯した日々の話である。 * * *  ある大陸の北側、その大部分を占める大国。消えることのない人工の輝きと、金属と暴力、金の臭いに染まった大都市から遠く離れた場所にある田舎町、グリントウッド。  自然溢れる農村地帯で、機械文明に染まる遥か前の人里を思わせるような景色。それでいて完全に機械を受け入れていないわけではなく、都市部には遠く及ばないが人々の活動を補助するような形で受け入れられている。  そんな自然と人間と機械が混ざり合っている村に、一人のメカニックの少年が暮らしていた。 「こんなもんかな。部品持っててよかったぁ……わざわざ取り寄せなくて済んだよ」  少年の名前はイアン=スミス。14歳程ながら、機械技師として確かな腕を持つ人物である。  プログラミングや修理、設計もお手の物で、町やその外からの頼みを受けて機械の修理を請け負い、日々の収入を得ていた。  住宅の集まる町中からは少し離れた、周囲に余裕のある開けた場所に立つ家で暮らしており、近所のことを心配しなくて良い分思う存分迷惑を考えず機械の修理が出来る。  まさに、今の彼にとっては理想的な環境だった。 「こっちは箱にまとめていいかな。それで、次はこっちっと」  修理の終わった機器を丁寧に緩衝材に包んで纏め、箱の中に入れると、イアンは次の依頼品に手を出していく。  彼の視線の先には、首元の人工皮膚が乱暴に破られたような、女性型アンドロイドの頭部が箱の中で横たわっていた。  この時代のアンドロイドは、まさに人間と遜色のない容姿や振る舞いをしているが、それだけに首元の断裂した頭部からは、本物の人間が首を千切られたようなリアルさがあった。 「……いつ見ても慣れないなあ。ちょっと触るの気が引けるし」  女性型の顔つきはまさに美少女と言ったような造形であり、笑顔のまま硬直している。  胴体部が無いことや、電子頭脳の予備電源が切れている為、全く動くような気配が無い。  イアンは、女性型の後頭部を両手で持ち上げ、ジロジロと首以外に外傷がないか確認した。  人工皮膚の心地良い感触が、指を伝って心を擽る。以前からアンドロイドの取り扱い自体はしていたが、女性型を扱う度に他の機械を扱う時よりも大きく平常心が乱されていた。  その度合いは年々大きくなっており、特に今は思春期真っ只中。見た目非常に美しい女性型は、自分の大好きな機械であることも重なり、とても強い刺激になっていた。 「………………まあ、修理するためなんだからいいよね」  一人で言い訳をしながら、イアンは停止している女性型の頬に触れる。  思わず心臓が飛び出しそうになるくらいに柔らかく、押して行く指をゆっくりと受け入れている。  肌は自分のそれとは比較にならないくらいすべすべとしており、とっかかりのない美しい肌をしていた。  彼の指は、頬から唇、鼻、額、耳、髪、首元と、次々と移ろい変わっていく。  年頃もあって、頬とはまた少し違う感触の唇に触れると、キスをしてみたいと思いかけるが、それを抑えて触るだけで我慢した。  それだけ自由に、されるがままに触れられても、電源が切られている女性型の首は、硬直した笑顔を保ち続けていた。  興奮の息を漏らしながらも、このままでは元々の仕事に影響が出てしまうとなんとか気持ちを切り替え、修理作業へ戻っていった。 「ふぅ…………すぅ…………ふぅ…………よし、集中集中」  首の断裂した断面部を確認し、それに合わせたケーブルを引っ張り出し、途中にハブを噛ませつつ接続する。  それから後頭部カバーを少し無理矢理こじ開けると、そこには所々に損傷が見られる電子頭脳が姿を現した。  イアンはその状態から電力を供給し、女性型の起動を行い、どのような状況かを確認した。 「………お、オにイ、ィィiiIイいいイさマさ、さまさ、さささ、さ? ききき、今日、今日今日今日今日、本 日は予定、よてイ、よ、ヨて、いぃぃぃイ…………???」  擬似人格が起動すると、目の前に設定された家族の誰かがいるような喋りで、ピッチが遅くなったり音飛びしたりと、元々の可愛らしい電子音声が台無しになるような音声を流している。  口を動かしちゃんと喋っているのだろうが、喋ろうとする度に頬がガクンと振動し、停止時の笑みに戻ってはまたガクンと揺れ、それを繰り返し続けている。  そもそも兄と設定された人物が目の前にいないのに話しているのも明らかにおかしい。  イアンは、電子頭脳の異常の面からアプローチして修理することにした。 「物理的な破損も引き起こしてるけど、どのパーツがダメになってるかを確認しないとなあ。色々軽く弄ってみよう」   「きききょうう、ウウ も私わ、わtaしはァァァぁぁ……おに、いいオniinnnさま、おおおにいおにいさまままままmmmmmまああああアアアああ」  電子頭脳に直接軽い刺激を与え、機能不全を起こしている部品が無いかを確認していく。  その度に、おそらく女性型が過去に発していたであろう音声が、突然ピッチが著しく上昇したり、唇や眼球が震えたり、ノイズを撒き散らしたりと、明らかな変化が起きてはここかは違うなと判断して次の推測箇所を移っていく。  これらは過去に、彼が教えてもらったこと守りつつ、仕事をしていく中で培ったノウハウによる独自のやり方だが、その腕は間違いなく確かである。  だからこそ、何度も仕事を頼まれている。  こうしてイアンは、人間の最上位クラスの美貌の頭部が、何度も非人間的な誤作動を起こす姿を晒しながら、神経を研ぎ澄ませて仕事に没頭していた。  女性型の異常の原因がわかり、電子頭脳の手当と一緒に、首の人工皮膚と接続部の修理まで済ませ、まるでマネキンヘッドのような姿になった女性型の頭部。  イアン側の配慮によって、目を閉じ口も閉じた表情に変えられながら、梱包材に包んで箱に詰め直すと、彼はようやく床にべたんと座り込んで一息をついた。 「はーーこれで終わった……アンドロイドってやっぱ骨が折れるなぁ」    神経と集中力を酷使する分、精神的にも肉体的にも大きな疲労がのしかかる。  だが、そんなぐったりとした状態になったとしても、心の底から活力が湧くような、このグリントウッドに住む上で生きる原動力にもなっている憧れの人が彼にはいた。   「もうこんな時間か……ということは、リリアンさん帰ってるかな」    携帯端末の高精細カメラについたズーム機能を用いて、イアンは窓の外のやや離れた向こう側に見える家を写し出す。  そこには、一人の女性が楽しそうに家事に励んでいた。 「今日は……トマトパスタでいいかな」  彼女の名前はリリアン=ムーア。イアンと同様に一人暮らしをしている、年上の女性である。  サラサラとしたブロンドのセミロングヘアーに、アメジストのように綺麗な色の大きな瞳。顔立ちは非常に整っており、全体的にシャープな造形をしている。  雰囲気も、お淑やかさと同時に個として確立した意志の強さを感じる。  背はスラっと高く、胸は衣服の下から浮き出ている程に大きい。ハリツヤ共に最上級でいつも胸を張っているように突き出ており、女性としての魅力がいつでもハッキリ強調されている。  それでいて全体的に無駄肉なく引き締まっており、映画のスター女優と見比べても見劣りしないようなスタイルと、まさにアフロディーテが産み出したような美しさを持っていた。  そんな彼女は、いつも農作業を手伝いつつ、自宅内に設置された端末に向かって何かしらの作業をしている。  どんな作業をしているのか、イアンは詳しくは知らないが、そんな彼女の一挙手一投足がとても魅力的で、いつもキラキラした目で見ていた。  今は、作物を使ったパスタ料理を作ろうとしている。慣れた見事な手付きで野菜類をカットし、スムーズにソースを作りつつパスタを茹でていく。 「フンフンフフーン……」  鼻唄を歌いつつ平和な空気を感じながら、リリアンは一人まったりとした日常を楽しんでいた。  そんな彼女の姿に、イアンは温かくネガティブさのない溜息をついた。 「はあ……リリアンさん、やっぱり綺麗だなあ」  彼はリリアンとの交友はあまりないが、一応何度か対面する機会があった。  それは、彼女の自宅に備わった防犯システムの整備、調整である。  自宅に取り付けられたそれは、イアンが一から取り付けて調整したものだった。その為、定期的に彼女のもとを訪ねるようにしている。 『はい、これでOKです。定期的に見に来ますんで、何か誤作動や故障が起きたら連絡ください』 『メカニックだって聞いたから頼んでみたけど、こんなにいい仕事できるなんて……ありがとう! 依頼料、上乗せするわね』  ある日、彼の噂を聞いたリリアンは、せっかくだから防犯システムをうちに実装してもらおうと頼み込み、そこで初めて出会った。  たいした会話ではなかったが、イアンはその時、彼女の笑顔や身体付きが目に焼きつき、心が傾き始めた。  それからまたある日、都市圏からやってきた、良い女を襲って金目の物や電子機器を強奪しようとしたレイダーが侵入した時、見事に仕掛けたシステムがそれを迎撃した。  だが、その際に反撃として強引に暴力で抵抗された為、破損を引き起こしてしまい、メンテナンスに向かうことになった。 『最近また危なくなってきましたよね……まさか設備自体に暴力でなんとかしようとする輩がいるなんて』 『一時はどうなるかと思ったけど、イアンくんのおかげよ。本当に助かったわ!』  リリアンは、表には出さなかった襲撃の恐怖と、心の底からのお礼とスキンシップを込めて、思いっきり抱きしめた。  肩紐付きのオフショルダーを着た彼女の胸がダイレクトに押し付けられ、体温を直接感じたイアンは、心拍数が急激に上昇した。  なんとか表面上はギリギリ平常心を保てていたが、既にこの時、イアンは彼女への情愛が噴き出してしまっていた。  それから定期点検の度に出会う程度で、殆ど外に出ないイアンが彼女に会う機会は限られている。その間にも、好意と性欲は日に日に増していき、いつも彼女の姿を見ていたいと思うレベルにまで高まっていた。  そうして、現在に至る。 「………………あの時の胸、柔らかかったなあ」  あの時の香りが、感触が、声が、顔が、身体が、表情がずっと脳裏に焼き付いている。  思春期の男子には刺激が強すぎたこの出来事は、彼を惚れさせるにはあまりにも充分すぎた。  仕事に支障こそ出ていないが、彼女のことを考える比率が大きくなり始め、悶々とした日々を送るようになっていた。  だが、話すキッカケもなく、どうすればいいのかもわからない。定期点検の日を待ち侘びながら、こんなことが起こればいいなと考えることが多くなっていたのだった。 「ああ……リリアンさんがアンドロイドだったらよかったのになあ。そしたらメンテナンスとかもできるし、一緒にいられるし、それに色々とこっちで設定も……」  彼の得意な機械点検ができれば、憧れの人に色んな方面から触れられるのに。その気になれば、直接システムに触れて……。  不純な気持ちまで溢れ出してきて、今にも暴走しそうになる胸中。いけないと分かっていても、その一線を踏み出してしまいそうになる、  しかしその直後、彼の脳裏に浮かんだアイデアが、それにより噴き出した感情が、衝動的に一線を飛び越えた。 「…………そうだ! 液体の機械化薬を使えばリリアンさんも……!」  メカニックとしての知識や情報もあって、都市部で広まっているテクノロジーや製品に関する事も、いくつも耳に入れている。  倫理を飛び越えたようなものや、特定のタイプの者達に向けた警戒情報、治安や事件など、様々な事柄が飛び込んできたり、自らネットから仕入れている。  その中で、たった今彼の思考に引っかかったのが、注射によって対象へ注入するナノマシン式機械化薬である。  人体の体内に、とある大企業製のナノマシンを注入することで、人体に適応するように調整しながら指定された部位の物質変換を行い、無機物へ生まれ変わらせるというものである。  都市部ではカジュアルに行われており、上流階級の人々の間では、人間らしい姿を保ちつつ身体の一部や全身を機械に変換するのが好まれている。  一方で、下層都市では暴力に生きるレイダー達の間で、略奪や違法販売によって機械化薬が出回っており、機械の身体を手に入れ改造を加えることで、さらなる能力向上が行われていた。  中には、正規に製造されたものではない為、変換に失敗に対象箇所がぐちゃぐちゃになったり、脳を機械化した瞬間に誤作動を起こし、無茶苦茶な声を叫びながらその場で全身が断裂する程暴れまわったという事例まで存在する。  それでも、機械になった一部をさらに兵器化することでさらなる力が手に入るという夢を追って、機械化するものは跡を絶たなかった。  イアンはきちんとしたメカニックである為、正規ルートで機械化薬を手に入れることができる。  彼はそれを使って、まずバレないようにリリアンの脳を電子頭脳に変換し、色々とテストをしてから、さらに少しずつ全身を機械に作り変えようと考えていた。  幸いにも、現在懐の余裕は十二分にある。そうと決まればと、彼は所持している端末から取り扱い店舗に注文を入れて、迷うことなく決済を終えた。 「これでよし……いつ頃届くかなあ。襲撃とかにあわなければいいけど」  心拍数の上昇が止まらず、そわそわして立ち上がり、その場を行ったり来たりしながら独り言を喋り始めるイアン。  かつて抱きしめてもらった時の感触と声、匂いを思い出しながら、いつか憧れの女性の側にいられる時を心待ちにするのだった。     * * *  注文から数日経ったある日の深夜。  周辺に人の気配や光がないのを確認しながら、イアンはこっそりとリリアンの自宅に足を踏み入れていた。  防犯システムを作ったのは他でもない彼。自分の製作物ならば、それの解除方法も当然理解しているし権限も彼が持っている。  つまり、彼女の家に自由にかつ安全に出入りすることが可能。  それを利用して、音を立てないように忍び足でゆっくりと侵入し、リリアンのいる部屋を目指していった。  彼の懐には、機械化薬が含まれている極細針の注射器と、表面麻酔薬。それらに加えて何かあった時の携帯端末。  部屋に音を出さないように少しずつ、少しずつ歩いていくと、不用心にもドアの開いている部屋があり、そこから小さな寝息が聞こえてきていた。 (ここがリリアンさんの寝室かぁ……)  窓から見える範囲は見えていても、点検の用事で通った箇所以外は内装を完全に把握しているわけではないイアン。  安心しているからこそのちょっとしただらしなさなのか。ともかく、音を立てずに済む要素が増えたことに内心で喜びながら、イアンはゆっくりと中に入り、ベッドの上で寝ているリリアンのもとへと近づいた。 「胸すごい大きいなあ、改めて……寝顔もとても綺麗だし……なんだか、見ちゃいけないものを見てるような気もしてくる……」  少しだけ姿勢は崩れているが、眠り姫のように寝息を立てている彼女の姿は、美しいという言葉以外なかった。  月明かりに照らされていたら、美麗なイラストのワンシーンのようになっていただろう。  そんな彼女に見惚れそうになるが、居る時間が長くなればなるほどリスクは増大していく。  イアンは表面麻酔薬と注射器を取り出し、すぐに注入箇所に優しく、刺激しないように塗っていく。  慎重に慎重に、呼吸も抑えて塗っていく。 (よし、あとはこれを入れて……!)  そして、ゆっくりと正確に針を差し込み、一気に薬液を注ぎ込んだ。  中身が空っぽになり、すぐに針を抜いて下がるイアン。  見た目には全く変化はなく、また異変は起きていない。 (すぐに逃げなきゃ! セキュリティも全部元通りにして、足跡になる記録も全部……!)  何かが起こる前にと、急いでかつ慎重に家を抜け出したイアン。  防犯システムも元通りに直し、監視カメラの記録も改竄し、記録となるものの痕跡は全て無くしていく。  本当に大丈夫なのかと、製品面ではなく心理的な不安が過るが、それは明日少しだけ確かめてみようと、その場をあとにするのだった。  イアンが注射器を使用してから数分後。変わらず眠り続けているリリアンの身体は、呼吸に合わせて胸が動いている。  今までの人生と変わらない寝姿だったが、その異変は間もなく訪れた。 「……………………ァ……ァ………………ぁ…………」  両方の手指が、無作為にぴくっ、ぴくっ、と何かに反応しているように揺れ始め、小さく開いた口から、か細いうめき声が聞こえる。  その震えは次第に、着実に少しずつ大きくなり始め、間もなくリリアンは、ベッドの上で悪霊に取りつかれたかのように震えだした。 「ぁ……ぁぁぁ…………ぁ………………ぁぁぁぁァァァ…………」  現在彼女の体内では、注入されたナノマシンによる変換作業が行われている。  今回、イアンが購入した機械化薬には、生体脳及び骨格の変換が行われるようにプログラムされていた。  一気に全身を無機物へと置き換えるのではなく、少しずつ、少しずつ、慣れさせるように変えていく。  その最初が、中枢部である脳と、それと全身を支え守る骨格部分。  肉体に影響がないようにかつ、今後の全身変化の為の構造に作り変えられていくが、当然それは肉体に負担が大きくかかるものだった。  リリアンはとうとう目を見開き、ばくぱくと天井に向かって口を動かす。 「スケジュールの調整がヘイルストリートでの事件に関連してもうそろそろここも危なちょっと合成食じゃ満足でママはここから引っ越しまた銃撃騒ぎなのチーズいっぱいのせて!」  電子頭脳へと作り変えられる際の副作用で、電子情報へと変えられていく彼女の過去の全データが、意図せず声となって漏れ出してくる。  関連も繋がりも、時代も関係なく、無作為なタイミングの言動が声になって吐き出され、支離滅裂な言動となっていた。  背中がガクガクと小さくのけ反りながら震え、両眼は左右バラバラの方向を何度も動いている。その度に大きな乳房が扇情的に揺れて、不思議な色気を醸し出している。  意味不明な言動が続けられるうちに、徐々に涙が溢れ、涎が垂れ、ついには尿まで漏らしてしまう。  それでも、彼女の異変は一切止まることなく、しばらくの間ベッドと一緒に痙攣し続けていた。  そして、ピンと背中が大きく仰け反った状態で硬直すると、リリアンの身体はゆっくりと再びベッドに沈み込み、元の仰向けの姿勢に戻っていった。  震えそのものはまだ完全には収まっておらず、無作為にぴくっ、と各部が震えている。  シーツは乱れ、位置も元のそれから大きくずれているが、ようやく本来の状態を取り戻す。  全身が暴れ続けた末に静かになると、リリアンはぽかんとした口を動かした。 「生体脳の電子頭脳化、及び骨格の金属化、生体部位との最適化が完了しました。事前に設定された内容の適用が完了しました。デフォルトの状態を人格エミュレート起動状態に設定。スリープモード解除後、適用を開始します。スリープモードに移行します」  自分以外誰もいない寝室で、アナウンサーのようにはきはきとして抑揚のはっきりとしながらも、感情の起伏が一切感じられない報告を喋り始めたリリアン。  たった今彼女の口から出てきた言動は、まさしく機械的なシステムメッセージ。  機械の本能とも言えるような言葉を発した後、リリアンは部屋着やベッドに生まれた汚れを気にする気配もないまま、目を閉じて眠りについた。  何事もなかったかのように寝息をつき、胸や肩を上下させて呼吸する。  外からは一切わからないが、彼女の脳と骨は、確かに無機物の集合体へと生まれ変わった。  それでも、残っている身体の生体部分は生命維持の必要がある為、人間と変わらない挙動を見せている。  当然、彼女にはそんな重大な変化が起きたなどという自覚は一切ない。いつもと変わらぬ一日を過ごしたと認識している。  自然由来ではない、いつも部屋で動かしている端末と同等の存在へ近づいたリリアンは、何も知らないまま、次の日まで人間だった頃以上の安定した安眠を享受するのであった。 * * *    小鳥のさえずりと風のさざめきが聞こえる、朝日気持ちいいこれまでと変わらぬ朝の7:30前。  窓から入る日差しに照らされるも、いつもならば目が覚めるタイミングで目覚めないリリアン。  時刻がちょうど7:30を刻んだ瞬間、目を瞑っていたリリアンは、ゆっくりと目蓋を開けて口を開いた。 「起床時刻になりました。スリープモードを解除します。設定が適用されました。これより、人格エミュレートを開始します………………んん……ぅ……」  光のない目で感情のない言葉を口にした直後、ゆっくりと人間らしさが戻り、寝起きの背伸ばしの声が漏れ出した。  何か特別なことやった覚えもないが、今日は不思議と寝起きなのに頭の中がスッキリと冴えており、身体も軽くて動かしやすい気がする。  起き抜けのちょっと鈍い感覚に合わないような開放感を味わった直後、リリアンはベッドのところどころに妙な違和感を覚えた。 「あれ……こんな寝相悪かったっけ……体調悪かったかなあ」  枕やシーツについている、おそらく唾液か何かであろう乾燥痕。こんなにも体調の悪いタイミングは昨日今日であっただろうか。  昨日の行動を事細かにはっきりと思い出せるのに、まったく覚えがない。異様に大きく跡が残るくらいのものなら、何かしらの身体的異常があったはずなのに。  それに加え、徐々に下半身から感じ始めている、こ館やその周辺からの濡れた感覚が、リリアンを少しずつ青ざめさせる。  うそでしょ……と思いながらシーツを上げると、予想はついていたがあたってほしくない光景が表れた。 「ええ……私、今までこんなことなかったのになぁ……水飲みすぎたわけでもないし……」  子供のおもらしのごとく、シーツや部屋着の股間部分に、はっきりとした尿漏れの跡が生まれていた。  乾き始めているのも不快感を煽り、ニオイもはっきり残っている。意図せず漏れたようなレベルではなく、まるで花瓶の水をひっくり返したような広がり方。  リリアンは溜息をつきながら、今履いている部屋着と下着を脱ぎつつ寝室を出た。 「やっちゃったかなあ……これからはないようにしないと。モーニングの前に洗濯しようかな」    こういうのは全部自分に返ってきて、余計な作業を求められるようになる。そう思考しながら、洗濯機へ濡れた下着と部屋着を持っていき、戻ってから濡れたシーツも持っていって洗濯機を動かした。  周囲が開けていて、人の気配が感じられないと、覗かれる心配も少ないのが良いと思いながら、再び寝室に戻ろうとする。  その時、彼女の思考に突然の変化が起きた。 「何着ようかな。ああでも、その前にシャワー浴びて洗い流」  うえ……まだ感覚残ってるわね。ニオイも残ってるし、水飲みすぎないようにしたほうがいいかしら。うーん……まあいっか。色々考えても対策のしようがないし、早めにシャワー浴オナニーしないと。今からオナニーしないといけないわね。オナニーしたいんだから、しないと。 「ん…………っ……は……あっ…………」  リリアンは突如、廊下の途中でぺたんと座り込み、服の下から左手を滑り込ませ、乳首を左手で摘み弄りながら、右手を軽く舐めて濡らし、クリトリスを指で転がし始めた。  頬を赤らめる、呼吸を荒くしながら、本能のままに快感を求めて性器を刺激していく。  先程までシャワーを浴びることを思考していたのに、彼女の脳内は突如、自慰行為をすることに全て傾きだし、それに従い喘ぎ始めた。  明らかに正常でないその状態の理由は、リリアンの自宅から離れたイアンの方にあった。   「本当に機械化出来てたみたいだ……! こっちの指令もきちんと受諾して実行してる……!」  携帯端末の画面越しにリリアンの姿を見ていた彼の手元には、もう一つの携帯端末があった。  そちらの方では、特定の電子機器へ命令を送信するソフトウェアが起動している。そしてその対象は、生体脳が完全機械化されたリリアンである。  イアンは、彼女の姿を確認しながら、遠隔操作によって彼女の思考を操作し、唐突にその場で自慰を始めるように仕向けた。  彼が与えた命令は「他の行動よりも最優先で、絶頂に達するまで自慰行為を行う」というものだった。  機械はプログラムには絶対であり、それを元に動いている。それは、人間から生まれ変わった者でも変わらない。あくまで擬似的に、人間と同様の自由意志を作り出しているに過ぎない。  そこに対象を制御する人物が存在すれば、どうにもならなくなってしまうのだ。  それを見事に達成したイアンは、夢中で手淫を続けるリリアンの姿を目に焼き付けていた。  声は聞こえないが、憧れの人の乱れる姿がたまらなく綺麗で、卑猥で、いやらしい。何より、自分の領域に入り込んだ憧れの人の姿が、彼にとっては今まで以上に美しく見えたのだ。  そして、朝から心臓の鼓動を高鳴らせながら、唐突な自慰を続けていたリリアンは、廊下の真ん中で絶頂に達した。 「はあっ! あ、あんっ! あんっ! い、いいのっ! あんっ! あ、あ、あああああああああ!!!」  電脳化によって、感覚がより鋭く処理されるようになったことで、乳首や乳房でも快感を得られるようになったリリアン。  これまで久しく感じていなかった性的快楽に、思わず達する声を上げる。  床が愛液で濡れ、力が緩んで口内に溜まっていた唾液が少し垂れる。  首を天井に向けたまま、しばらく行為中のポーズで固まり余韻に浸った後、ようやく快楽信号の処理を終えたリリアンは、すくっと立ち上がり真下を見た。 「ああ……こっちも汚しちゃったわ。床拭いてからシャワーいこうっと」  自身の突然の行動変化に疑問も抱かず、汚れてしまった床への対処をしなければという、まるでこれまで通りの日常かのような振る舞いをして、リリアンはその場から離れて、改めて自室へ向かっていった。  一連の彼女の行動を見ていたイアンは、股間を抑えながらさらに心臓の鼓動を早くした。 「これでもっと、リリアンさんに近づける……もっと触れられるようになる……やった……!」  良からぬ妄想がいくつも浮かび上がり、ぐるぐると思考が止まらなくなっていくイアン。  発想が飛躍したり、言葉にしにくいことも色々浮かんだが、とにかく憧れの女性を好きにできるということが、倫理を超えて嬉しくて仕方がなかった。  こうして、本人には一切の自覚がないままにとてつもなく大きな変化が引き起こされた、イアンとリリアンの間柄。  少しずつ生身から機械になり、そうなるごとに人から離れながら、より親密になっていく、新たなねじれの日々が始まるのであった。


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