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土装番
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機械女だらけの異世界で自由気ままな生活を! 1話先行公開版

 現代のとある島国。首都に無数にそびえるオフィスビル街にて、一人の女性が、日夜必死に働き詰めていた。   「こんな内容で良いと本気で思ってるのか? 一から書き直せ。言い訳も聞かないからな!」 「………………はい」  彼女の名前は天野千晶。年齢は23歳。とある雑誌のライターである。  少しだけブラウンの混じった、靡くごとにきらめきが見えるような美しい長髪に、宝石のような瞳、筋の通った鼻、薄めの唇、お淑やかな雰囲気と落ち着いた大人の魅力が詰まったような、シュッとしていてパーツがはっきりしている非常に美しい顔立ち。  身体は全体的に細いが、胸はスーツの下からでもはっきりわかる程に育っており、脚も歩く姿が非常に映える程にしなやかで、同年代の平均身長を上回る背の高さだということを如実に表していた。  まさに、容姿端麗、才色兼備という言葉を体現したような女性である。  しかし、彼女は現在勤めている会社でライターとなって以降、ひたすらにこっ酷く使われ、疲弊し、非常に擦り切れてしまっていた。   「ったく、そんなんだからいつまでもひよっこなんだよ。常日頃から本気で書け本気で。なんなら、俺が夜まで指導してやってもいいがな。へへへ」  千晶の上司は、日頃からパワハラ具合がかなり酷く、まるでカモでも見つけたかのように、理不尽に叱っては何度も記事を突っぱね、最悪の時には採用せんが預かっておくといった内容を、自分の手柄として雑誌に掲載するような横暴ぶりだった。  それに加えてセクハラの度合いも酷く、何度も手で持つようなジェスチャーをしたり、疲弊しきっているのをいいことに、去り際に尻や胸をはっきり触ったりと、反撃できない立場を利用して傍若無人ぶりを発揮していた。 「まーた言われてるよ千晶ちゃん。やっぱダメダメなのね」 「見た目だけの採用でしょ? 機嫌役でもやった方が似合うんじゃないの? あっ、今がそっか」  それに追い打ちをかけるように、同僚の女性社員達が彼女の容姿を妬み、能力も過小評価しつつ貶した上で、ギリギリ聞こえるかどうかという声で尊厳を踏み躙るような侮辱を日常的に口にし合うなど、社内には味方など誰もいないような状況だった。  辞めようにも、とっくにもうそのような気力は削がれており、今辞めたらどうなっちゃうかわからない、このまま路頭に迷って死んでしまうかもしれないと、深くマイナスな方向へ思考が迷い込み、完全なデッドロック状態に陥っていた。  負の循環に迷い込んだ千晶は、目に隈ができ、髪も痛み、肌も荒れて日に日に痩せ細り、もはや放置しててもいつか死んでしまうような状態となっていた。 「ただいま……あはは、何言ってるんだろう。誰もいないのに」  自分の住んでいるアパートの部屋も、ボロボロになった精神では日常生活もままならない。  玄関にはいつからあったかもわからないゴミが転がり、部屋中には足の踏み場が転々としか存在しない光景が広がっていた。  食事も何か選んだり自分で作るような余裕もなく、簡単なカップラーメンやレトルト食品で済ませるばかり。ペットボトルも飲みかけだったりと、ベッドのスペースだけ確保されたゴミ屋敷と化していた。 「ああ……また仕事……また明日仕事…………」  娯楽を楽しむ気持ちも出てこない。明日になればまたあそこに行かなければならない。喜怒哀楽の感情が欠けた状態で、ずっとベッドの上で寝転がりながら、何もせずに一日を過ごす。  少しでもこの時間が、仕事場に行かなくてもいいような、メッセージや通話がこないような時間が続けばいいなと思いながら、時間を消費し続けていた。 「………………もう、死んでいいかなあ」  そんな日々が積み重なった結果、彼女の感情はいつも生死の狭間ギリギリの位置にあった。少し勇気を出せば、喉元に包丁を突き刺すことも厭わないような。  過呼吸になり始め、思わず涙が出てくるような気分。言葉に出して独り言を言わないとやってられないような状態に、自分でも嫌気が差し始めていた。 「そうだ…………もういっか…………もういいよね」  そして、脳内が死ぬ方法でいっぱいになる。もうやってしまおう。目の前にあるビニール紐で一歩踏み出しちゃう。  心の一線を超えかけたその時、彼女の耳に初めて聞く声が入ってきた。 「全然良くないですよ。こんなところで自分を消しちゃうなんてもったいなさすぎます」  謎の声に、千晶は思わずベッドの上で跳ね上がった。  疲れ過ぎて鍵をかけ忘れてしまったのだろうか。一体何がどうなっているのか、混乱しながら声のした方を向くと、そこには会ったことも見たこともない、神秘的な格好をした美女が空中に浮かんでいた。 「だ……えっ……えっ!? い、一体だ、誰!?」 「落ち着いてください。私は貴女の敵ではありませんよ。要らぬ罵倒や侮辱もしませんから、安心してください」  とても優しく、包み込むように落ち着いた、母性的で透き通るような女性の声。神々しさを美しさとして形にしたかのような、額出しの白銀のロングヘア。少々垂れ気味で、全てを見通しているかのような、宝石の如く眩い瞳に、人類が想像する理想の美の女神がそのまま顕現したような完璧な顔立ち。  露出度は高く、両腕両脚ともにはっきりと肌を晒しているが、傷つく姿が想像できないほどに透明感のある綺麗な肌をしている。  それでいて、母性を象徴する乳房は、はっきり大きいと言える程に膨らんでおり、千晶が今までに見たどのモデルや女優、アイドルよりも飛び抜けて美しくかつ扇情的だった。  そんな非現実的な美女が、目の前で浮きながら語りかけているという非現実的のミルフィーユに、千晶は簡単な言葉すら出てこず詰まってしまっていた。 「私の名前はシムニア。ありとあらゆる世界の創造神です」  千晶はまたもや言葉が出なかった。目の前に突然現れた美しい女性から、私は創造神だと言われて、非常に損耗している精神状態で何を言えばいいのか、全くわからなかったのだ。  これは少々配慮が足りなかったと、シムニアはこほんと改め、色んな過程をすっ飛ばし本題に入る。 「…………時に千晶さん。異世界に行くことに興味はありませんか?」 「異世界って……平行世界とか、別次元とかそういうのですか?」 「だいたいそう思っていただければ構いません。私はこれまで、沢山の世界を造ってきました。今も増えていますけどね。だから、私個人の楽しみとして、本来干渉しない別世界の住人を送り込んで、楽しんでもらおうと思って、このように直接話しかけたのです」  話が突拍子もない上に、現実感が全く無い。普通ならば妄言やただの幻覚として捨ててしまうが、今の千晶にはそれができるだけの余裕もなく、何より彼女の心が不思議とこれを嘘だと思えなかった。   「…………それで、私にどうしろと」 「これから私が、私が選んだ異世界に貴女を送り込み、そこで暮らしてもらいます。それに伴い、私が考えた能力を貴女にあげますよ。もちろん、きちんと役に立つ能力を考えていますのでご心配なく」 「全く話が見えないですね……その、シムニアさんの方にはどんな得があるんですか」 「私は、世界がどんな風に荒れるのかがみたいだけです。だって、私が創った世界なので、どうしようと私の勝手ですから。千晶さんが自由に選択し、自由に生きる姿が見られれば、それで世界にどんな影響が生まれるのかが見られればそれでいいんです」  けろっと、とても軽い口調で話しているが、彼女は大まかに言えば、世界がおかしくなる姿が見たいと言っているのだ。  創造神でもあれば邪神でもあると、千晶はこの時、目の前のとても美しい女神に対して思った。 「…………相当酷い神様ですね」 「ええ、自覚してます。それはそうとして……心の奥ではまだ私が神様だとは思ってないですよね?」 「…………そりゃあ、まあ……そんなことを聞いても実感湧かないし、どうせこんな状況から逃げられるとは思ってないので……現実感がすごいけど、これは夢で、明日からまた仕事なんだろうなって」 「わかっています。なので、これから私が神様だと証明してあげますね」  そう言うと、シムニアは荒れている千晶の手を優しく握った。  すると、彼女の手はみるみるうちに瑞々しさを取り戻し、現在の会社の入社前のように、どころかそれ以上の肌の美しさが与えられた。  身体の変化は肌だけに留まらず、筋肉の強度が取り戻され、肌の水分が取り戻され、内側から気力が湧き上がり、まるで全身丸ごと生まれ変わったような気分に包まれていった。 「これって……どんどん身体が元気になっていく……!」 「これから異世界に向かうとなった場合、疲弊したままでは大変ですからね。でも、こういうことは何度もさせられませんよ」  魔法のような本当の出来事を、千晶は信じざるを得なかった。  ボロボロに潰され、常に自分を卑下して元気だった時の気分や口調までも出なくなってしまっていたが、神様の手によって、その感覚も取り戻された。  思わず嬉しさの声が漏れ出しそうになり、一歩前に出そうになる。  だが、現実が千晶をすぐに引き戻し、浮かない顔に戻っていった。 「どうしましたか? 何か心配なことでも」 「……私がいなくなったら、今やってる仕事の残りは誰がするんだろう、また私みたいに酷い目にあわされる人が出ちゃうんじゃないかって。それに、家をこのま汚いまま明け渡すわけにもいかないし、家賃の残りだって……」  目の前で助けてあげると言われても、そう簡単に刻まれた傷は塞がらない。  もしトラブルを起こしてなにか言われたらどうしようという懸念が、頭の中でぐるぐると渦巻き、もしものリスクが脳を縛り付けた。 「なるほど……でも安心してください。異世界に向かう際のアフターケアは、私がちゃんとしておきますから」 「本当に? それなら……」  徹底した手厚いケアを約束してくれる、突然現れた女神様の言葉に、未だ胡散臭さは抜けないものの、千晶の気持ちはすっかりと傾いていた。  この理不尽な地獄から抜け出せるのなら、目の前の女神に導かれる方がいい。無茶苦茶なことを言い出すイカれた人々と同じ空気を吸うなら、そんな奴が存在しない世界に行ったほうが何億倍もマシ。  千晶は、気持ちを完全に固めた。 「お願いします。私を異世界に連れてって」 「その言葉を待っていました。では、私の手を握って」  温かく、綿のように柔らかな肌の手を握ると、千晶はシムニアと共に光に包まれた。  既に身体が床から離れ、まるで空中に浮いているような気分になる。  そして、一瞬だけ包む光の輝きが強まった瞬間、千晶とシムニアはフッ、と部屋の中から消えた。  こうして、千晶は、唐突に神の手によって苦しみの日々から開放されたのだった。  千晶がいなくなった次の日。  アパートはきちんとした手続きによる退去が行われ、室内に散乱していた無数のゴミも、シミも、全て適切に処分され、その上で彼女の所有物の大部分は、シムニアの手元で保管されることとなった。  一方で、彼女が勤めている会社では、勤務時間中に大騒動が引き起こされることになった。 「いっ、いやこれは……出来の悪い社員だったもので、きちんと上司としての責任を持って指導をしなければと……」 「なんでこんな時にかけてきて……はぁ? ちょっ、大声出させないでよ……!!」 「どうしてバレ……いや、いえ違います! 私は無関係なんですってば! 本当です!」  シムニアの「事後処理」によって、主に千晶に対して悪辣なことをしてきた者達が、揺り戻しの如く無数の隠蔽の発覚や、不幸がのしかかってくることになった。  これらの事象に関しては、千晶を異世界へ連れて行く際の条件とはなんら関係ない。  あくまでシムニアの個人的な感情による、気分転換の神罰である。  創造神であるが故に、どんな秘密でも知ることができる。その上で、その世界に於ける法則やルールに則った傷を負わせて、多少の気分を解消する。  それが、シムニアが通りすがった場所に起こる事象。  それらも全て神の気まぐれであり、彼女を知らない人間は、それを認識することすらできずに終わるのであった。 * * *  とある世界の、明らかに人の手が加えられているとわかる、左右に草が別れて移動するべき進路を示している、開けた道の途中。  何もない場所から突如光の束が現れると、輝きが次第に強さを増し、楕円の形を作り始める。  そして、その中から現れたのは、元々の世界の外出着をそのまま着直した千晶だった。 「ここが……シムニアさんが言ってた異世界……?」  すっかり肌艶が良くなり、自身の奥底から湧き出る気力によって自ら歩けるようになった彼女。  今までいた本来の世界と同様に呼吸もできるし、太陽の日差しも感じる。  現時点の印象だけでは、まるで片田舎にある村中の道にしか見えない。  だが、降りた先の景色を見てみると、遥か遠くの方に、今にも天空と一つになりそうな巨大さを持つ、城らしき建造物が見えた。   「まずはあそこを目指せばいいんだったよね」  千晶はこの世界にやってくる前に、シムニアと二人きりの空間にて、一通りの説明を受けていた。  その内容は ・新たに向かう世界の特徴と名前 ・大地に立ってからまず最初に向かうべき場所 ・千晶が新たに与えられた能力   この三つだった。  千晶は頭の中でそれらを思い返し、少しだけ目を閉じてから深呼吸する。 「…………ここが『マテラシア』。住んでいる人々の9割以上が機械の身体を持つ世界……まだそんな雰囲気はあまりないけど、やっていけるか……はまだわかんないか」  シムニアからの説明によれば、この世界「マテラシア」は、9割以上の住民が機械の身体を持ちつつ、女性ばかりだという。  彼女と出会ってから今まで、非現実的なことばかり。話だけではあまり信じられない内容だが、非現実の象徴な彼女が言うならばそうなのだろうと受け入れた。    『きちんと足を着けられたようですね。ようこそマテラシアへ』 「うわっ!? し、シムニアさん!? ど、どこから!?」  周囲には誰もいないのに、不意打ちの如く聞こえてきたシムニアの声。  耳を塞いでも聞こえてくることから、どうやら脳内に直接語りかけているらしいと判断した。 『無闇に姿を現すわけにはいきませんので。もし何かあった時は、私がこうやって直接話しかけましょう』  ほぼ一方的な会話に区切りがつくと、彼女の声は脳内から消えていった。 「はぁ…………なんかもう滅茶苦茶……でも、なったものは仕方ないしね。よし、行こう!」  右も左も分からない状態だが、とにかく進めばなんとかなるはず。復活した気力をここで使わずいつ使うのか。  千晶は思いっきり息を吐きだし、もう一度吸って、己のタイミングを作る。  そして、向こう側に見える巨大な建造物を目指して歩き出した。    しかしそれからたった5分程度立った時、千晶の進む道の先に、一人の女性が立っている姿を見かけた。 「やっと人を見かけた……道を尋ねられればいいけど」  シムニアの力のおかげで、この世界の言語は脳内で自動翻訳できるようになっている為、言葉の面では何も心配はいらない。  それをわかっているだけでも、千晶にはとても大きな安心だった。  千晶はひとまず、この世界の住人に話を聞きに行こうと、少しだけ前のめりになって走り出そうとした。  だが、予想外なことに、先に走り出し近づいてきたのは女性側の方だった。  近づけば近づく程わかるようになる女性の表情。にこやかで美しく、色香を放っている。  その表情は、距離が縮まる程に近づくスピードが早くなっている。そして気づいた。右手にはナイフが握られていたことに。 「嘘っ!?」  残り50メートル程の距離になると、女性は一気に走り出し、千晶の懐めがけてナイフを突き刺そうと突っ込んでいった。  運良く事前に気がついた千晶は、慌てて身体を大きく横に動かして女性を避けた。 「…………あらあら、ちゃんと気がつけるだけの目はあったのねぇ……久しぶりに人間に会いましたから、つい昂ぶっちゃって」  お淑やかで母性的な喋りと、鼓膜をすり抜け脳まで響くような、落ち着きのある吐息混じりな心地良い声。  その声に上乗せして、さらに母性と成人女性的魅力を発する、美しい瞳の垂れ目。  口元は常に微笑みを絶やさず、大人の余裕を感じさせる。  それでいて露出度は高く、はっきりと胸元で露出されている乳房は千晶のそれよりも明らかに大きく、ボールのような印象を受けながらも形は縦にも広がっており、見るからに柔らかそうな雰囲気を見せている。  千晶よりも明らかに肉付きは良いが、各部に無駄肉らしい無駄肉は感じられず、肉体的魅力を、全体的に細い印象を保ちながら両立している。  四肢や腹部へそ周りのきめ細やかな肌を晒しながら、まるでそこに付け入る隙を与えないかのような殺気を、彼女は静かに放っていた。   「ほ、本当に襲ってきた……!」  千晶は、元いる世界と違っていきなり殺しに来るような者もいるから十二分に気をつけてと、シムニアから念を押すような助言を受けていた。  それが、新しい世界に来てから30分も立たないうちに引き起こされ、ただただ驚くしかなかった。  所謂通り魔に初めて出会った恐怖と、一瞬にして理解できた女性との常識の隔たり。  千晶は足がすくんで、咄嗟の退避を最後にうまく動けなくなってしまったが、それでも彼女には、シムニアから与えられた能力があった。 「でも、この後も逃げ続けられるような様子はなさそうねぇ……人間は鈍くさくてかわいらしいわ」  女性は、人間をすっかり舐めきっている様子で、千晶の全身を眺める。  どうやって、どのようにして襲おうか、殺そうかを考えている様子だった。  その間が、千晶の心を少しでも落ち着かせ、与えられた能力を使う時間を生み出すことに繋がる。  千晶は右手を少し開いた状態で前にゆっくりと突き出し、じっと女性の顔を見つめた。  そして、ゆっくりと右手に力を入れて拳を握りしめ始めた。 「貴女は人間の中でも素晴らしい容姿を持っていますね……ただ殺すには勿体ないですから私達とおおぉぉぉnnnnななじ機械機械きかかかぁぁぁぁぁ??」   直後、女性の頭部の動きがぴたっと止まった。  その後、微笑みを浮かべた流し目の表情で固まったまま、頭部がガクンガクンと、上下左右に揺れ始めた。  それに加えて、音声も明らかにノイズ混じりで耳障り。間延びした声の高低が無茶苦茶になったり、同じ所を音飛びの如く繰り返したりと、母性と魅力が掻き消えたようなおかしな音声と共に、声の個の形も明らかに崩れかけてしまっていた。 「す、すごい! 本当に、もらった力が効いてるの……!?」  女神が言った通りの方法。自分の能力によってやりたいことを念じて、目標を定め、イメージの中で相手にぶつける。  妄想の中の攻撃方法みたいだが、まさかそれが現実になるとは。  だが、女性は明らかにおかしくなってはいるものの、自身ではどうやらその異常に気づいていない様子だった。  女性は、胸を上下に官能的に揺らす程に痙攣しながら、一歩ずつ近づいてくる。 「街の人々ももきっ、きっととととと同じ機械族に機械族ななななななる事を歓迎して歓迎してくくれくれままますますますますすすうううううううう」  その光景はまるでホラー映画。微笑みを絶やさず、涙や唾液を垂れ流しながら、ダメージを受けているように首を揺らす女性が、震える手でナイフを突き立てながら接近してきている。  このまま逃げても確実に追いつかれる。その時、再びシムニアの声が聞こえてきた。 『もっと強く、力強く念じてください! そしてこう考えてください。あの機械人形の権限を取得すると。マスターになると』 「えっ!? は、はい!」  言われるがままに考えを転換し、念じていく千晶。  話を聞くだけでは足りなかったが、一度試すことでコツを掴んだ千晶は、授かった能力のエンジンを一気に引き上げた。  その時、それまで通常通りに動作していた女性がナイフを落とし、頭を抱えだした。 「不明なええエラー、エラーが、不正なマスター登録がおお行われ、行われれれれ、ややめ、やめなさやめなさマスたたたた……私の権限を取得されされされ覚えはあ、あ、アアアアああ、いいえ、キャンセルしししま、ししし、できま、せ、登録を実行実行実こここここkkkkkk………………」  遭遇した当初の母性的かつ人間らしい声、感情を感じられない無機質で淡々とした声、それらがエラーによって乱れてノイズのようになった声。  一つの口からいくつものパターンが混じった電子音声が絶え間なく垂れ流され、リップシンクが合っていなくとも、騒がしく喋り続けている。  視線は遠くを見つめ、支える力を失った口内から、人工唾液が絶えず垂れ流される。  同時に、乳房の先端や股間部にも水分によるシミが表れ、彼女は今各部から液体を垂れ流し続けている状態となっていた。  眼球が小刻みに揺れたかと思えば、ぐり、ぎょろ、とバラバラの方向へせわしなく不気味に動き出す。  最初の頃の人間らしい雰囲気はとうに消え失せ、誰がどう見ても人間のフリをした何かにしか見えない姿が晒されていた。   そして、背筋が一直線に伸びた瞬間、女性の身体は硬直し、ばたりと硬い地面に倒れ込んだ。  すっかりおとなしくなったが、エラーの処理がまだ残っているのか、時折がくんと全身が揺れ動いていた。 「よ、よかった……なんとかなったぁ……」 『お疲れ様です、千晶さん。ですが、倒したわけではありませんよ。あくまで、強制的にマスター登録を行ったわけですから』 「えっ」  突然の襲撃に、なんとか対応していた千晶だったが、何もかもが初めてかつ、とにかく言われたことをそのまま試すしかなかったので、何を意味しているのかまで考える余裕はなかった。  思考能力が少しずつ戻ってきたところで、その意味がようやくわかってきた。  それが形になるように、口から電子音をかき鳴らした女性が、先程までの機械的な乱れぶりからは想像できないくらいに落ち着いた様子で立ち上がった。  顔には土や砂が付着しているが、それを拭わないまま、遭遇した時のような、優しげな微笑みを千晶に見せた。 「目の前で取り乱してごめんなさいね、マスター。この時をもちまして、私、アルメ=マドリーは、貴方様に仕える機械族として稼働します。もし、私めのような者で宜しければ、命令してくれれば何でも実行致しますので、よろしくお願いします……うふふ」  いきなり襲ってきたのが嘘のように、その場で頭を下げて全てを明け渡したような言葉を淀みなく発したアルメ。  この時、千晶は理解した。あの神様がくれた力は、話に聞いた以上にすごいものだと。 「失礼ですが、マスターの名前をまだ聞いていませんので、お聞きになってもよろしいですか……? マスターに仕えているのに、名前も知らないなんてとても恥ずかしいですから……」 「……そういえば、まだ名乗ってなかったっけ。天野千晶」 「天野 千晶様ですね? あらあら、いい名前でいらっしゃいますね……ふふ、マスターの名前を登録しましたぁ……これで喜んで名前を呼べますね、千晶様」  ついさっきまで自分がしていたことを忘れたのかと言いたくなるほどのベタベタぶりに、戸惑いすら覚える千晶。  だが、設定通りに動くからこその機械であり、それはこの世界でも変わらないのだと思った。  と同時に、千晶はずっと気になっていたことをぶつけた。  「その、アルメさんって」 「アルメと、呼び捨てでよろしいですよぉ千晶様。私は、千晶様の下僕なんですからぁ」 「下僕……まあ、うん。アルメって、本当に機械なの? 今でもちょっと疑ってるんだけど」 「私が本当に機械か、ですね? ええ、もちろんです。私達機械族は、千晶様のような生体族と同様に、人としての同じ姿を持って製造されましたけど、細かい部分が違うんですよ」  アルメから、機械族という存在の説明を聞いていく千晶。その途中、脳裏に並行して浮かんだ疑問があった。  マスターと言う程に従うのであれば、自分の命令はなんでも聞くのではないか。だが、流石にそれでもある程度の分水嶺はあるのではないか。  あわよくば、彼女の中身が本当に機械なのかという疑問を晴らすのも兼ねて、千晶は試しに一つの命令を下す。 「……それじゃあ……アルメ、今すぐ自分のお腹を破って中身を見せて」  決して簡単ではない、相当な痛みが伴うはずの自傷行為だが、それに従うには相当な度胸が必要だろう。  しかし、アルメは改めて微笑みを浮かべ、両手を衣服の上から下腹部に置いた。 「お腹をですね? かしこまりました千晶様」  まるで当たり前のことのように、アルメは指先に強く力を入れ、衣服ごとブチブチと、己の腹部を覆う人工皮膚を引き破った。  人と同じ姿をしながらも、そこからは一切の血液が出てこず、血塗れになる気配もなかった。  その奥から姿を表したのは、専門ではない千晶にとっては何がどうなっているのかわからない、大量の金属部品の集合体。  かろうじて、骨格らしい部品と、これが動作を柔軟な動作を実現しているのだろうと予測できる箇所がある程度。  何より目を引いたのは、人間の子宮と同じ箇所に、卵巣や卵管の無い子宮が、股間の穴から繋がるピンク色の肉筒の先についていることだった。 「どうですか、千晶様……あっ……私、子宮ユニットを他者の為に晒したのは久しぶりで……あっ……風が吹いただけでも、刺激が……あんっ……」  曝け出された中身に、自然からの刺激が与えられ、色っぽい声を漏らすアルメ。  それに連動して、下腹部の動作系統から、人工皮膚で消されていた動作音がはっきり聞こえ、肉筒と子宮がバイブのように震えていた。  人間みたいに見えるし、振る舞いや喋り方も何もかも同じように感じる。  まさかここまでは言いなりにならないだろうと思っていなかった千晶は、躊躇なく破壊的行動を行う姿に、得も言われぬ、ひとの姿をした異物感を強く強く覚え、はっきり違う存在であることが、たった今理解できた。  と、同時に、中身が曝け出されているのに快感に浸る姿が、未知なる不思議な魅力を生み出し、まだ千晶にとって言語化できない感情を植え付けた。 「本題に戻りますね……あっ……私達機械族は各部が着脱可能なので、ほら、首や肩、腕や鳩尾、足にも継ぎ目が……」 「ありがとうアルメ。機械族のこと……よくわかった」 「助けになれて光栄です……ん……」  道を作られた野原の上で、初対面とは思えない奇妙な会話を繰り広げた二人。  今の所、シムニアから事前に聞かされた話は全て本当だった。この世界のことも、そこに住んでいる機械種族のことも。  その上で、シムニアから与えられた能力を思い返す。 『千晶さんに授けるのは、貴女の世界で言う、所謂アンドロイド、ロボットの電子頭脳を自由に制御、改竄することができる能力です。とても大雑把に言うならば、なんでも思い通りにできるということです。動きでも、記憶でも、設定でも』  使ってみるまで、実感するまではわからなかったが、もしかしたら自分は、言葉で聞く内容からの印象以上にとてつもない能力をもらったのかもしれないと理解し始めた千晶。  そんな考え事をしていると、マスターを守るように、肌がくっつきそうな程にアルメが接近した。 「これからどうしますか、千晶様? 私は、千晶様のためならどんなことだって行いますわ……あっ……」  艶めかしい声で、忠臣としての言葉を向けるアルメ。  耳に近い位置から声を聞くと、彼女の吐息混じりのような声は、実際に息が出ているわけではなく、音生の中にそれらしい音が混じっているだけだった。  一緒に過ごす時間が経過するごとに、アルメの人間ではない面が少しずつ解っていく。その度不思議と、彼女の機械としての魅力に惹かれているような気がした。  一時は命の危険を感じたが、それも過ぎ去り、安心の時が流れている。しかし、今はそんなことばかりしているわけにもいかないと、ハッとした千晶は、ひとまずの第一目標を目指すことにした。 「私ね、これからあの街に行こうと思ってるの。ここからでもわかるくらいに巨大な建造物があるところに」 「まあ! とっても偶然です! あの場所はヘブリウムと言います。あそこは私が住む街でもあるんですよ。千晶様の案内なら任せてください」 「本当に!? ありがとうアルメ……最初にアルメに出会えてよかった」 「あらあら、そんなこと……マスターに言っていただけるなんて、この上ない幸せですね」  つい先程設定されたばかりのマスターから頂いたありがたい言葉に、頬を染めて首を振りながら満面の笑みを見せ、曝け出された肉筒と子宮ユニットを気持ちよさそうに振動させるアルメ。  命の危険はありつつも、奇跡的に案内役を手にすることができた千晶は、この先もなんとかなりそうだというちょっとしたプラスの気持ちが宿っていた。  人間の姿を持ちながらも、自分のような生身の人間とは完全に違う機械族の仲間を、やや邪道ながらも手に入れられ、安心感も付与された。  殺されそうになったとしても、自分が生きていた本来の世界での人生に比べれば圧倒的にマシ。今の方がとっても生きている感じがする。  そんなことを思いつつも、機械族達との新たな出会いと、機械族を知ることを楽しみにしながら、二人でヘブリウムと呼ばれた都市を目指していった。  こうして、自ら死に近づこうとしていた人間女性の異世界人生が幕を開けたのであった。


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