『天気の子』を触媒に英霊召喚をすると「男子中高生」が出てくる、そういう物語(『天気の子』ネタバレあり感想)
Added 2019-07-19 17:15:35 +0000 UTC最高だった・・・本当に最高だった、最高に気持ち悪かったありがとう新海誠(最上級の褒め言葉
天気の子、観てきました。この作品について考えれば考えるほどにニヤニヤが止まらなくてまじでキモいオタクになってるので少しでも発散するためにここで感想を書きます。観た人だけ読んでね!
もうね、男子中高生の願い、こうなったらいいな、妄想の塊なの。すべてのシーン、すべてのカット、すべての演出があのころ窓際の席で授業もろくに聞かず妄想にふけっていたあの物語なの。
まずは「家出をする」。これね。男子中高生なら一度はあこがれる家出。現状の生活に不便はないんだけど漠然と押し寄せる不安と不満。家を出て新しい環境に身を置けばそんな閉塞感が打破できるんじゃないかという期待。
そして行き着く先が東京。キラキラしてるんだ男子中高生にとって東京は。特に新海誠作品では「少年少女から見た東京の瑞々しさ」というのがすごく丁寧に描かれてきたし、今作では今までの作品で培ってきたノウハウがこれでもかというほど発揮されてた。新海誠は本当にこの街が好きなんだなっていうのが伝わってきて観てるこっちが嬉しくなるほど。
その東京で出会うのが「何をしてるのかわからない謎に包まれたおじさん」「胸の大きい美人のお姉さん」「野良猫」なんですよ。分かりますか?もうパーフェクト。完璧な三連星。非の打ち所がないね。
男子中高生の妄想にとって謎包おじさんは異世界への案内人としてマスト、美人お姉さんは言わずもがな。「お前も一人なのか?」で懐いてくる野良猫!餌付けしたいねぇ。
そして最後に出会うのが「自分と同世代の女の子」。しかも似た境遇。終盤で年上だと思っていた彼女が実は年下だったという設定、ここに関しては正直「新海誠!そこまで、そこまで自らの性癖を晒して良いのか・・・!?」と本気で心配になったし勇気をもらいました。表現者はそこまで表現していいのかと。コンプライアンスなんてかなぐり捨てていけ。
それから「拳銃」と「公権力からの逃避行」。助け出したいあの子のために法すら犯す。そこに誠実さと覚悟と信念があれば自分の中で正当化されるあれ。逃避行ではこれまで出会った仲間たちが手を貸してくれる展開までがセット!うわ何この映画最高じゃん・・・。
そうした「男子中高生の夢」を一本の大きな物語としてまとめるためにもちいられたのがいわゆる「セカイ系」と呼ばれる設定。特殊な能力を持った女の子がいて、その子か世界かどちらかを選ばなけれないけない、みたいな少し前に流行ったジャンル。ぼくは世代じゃないので詳しくは分からないんですけど。
でも新海誠はそのあたりの世代なんだよ。そういうことなんだよなぁそういうことなんだよこの物語は。
そして主人公は女の子を選ぶ。世界がどうなろうと知ったこっちゃない。俺が一番大切なのは君なんだ、と。君だけなんだと。
昨今の世界の思想や意識の潮流は、人権意識の向上によって男女平等、ジェンダーフリーであったり、働き方であったり、マイノリティであったり社会的弱者であったり。そういう事ごとに対して真摯で誠実で、丁寧に対処すること、対応すること、そしてさらにはそういう風に振る舞うことを「強要」するまでになりつつあると思っています。
もちろんそれは全く悪いことではないし、僕自身はそういう風に意識が流れていっていることはすごく良いことだと思います。隣の芝は青い、だとは思うんですが、この国はまだまだその辺が遅れ過ぎている。制度が変わってないのに意識だけで社会が変わるわけ・・・いや違う本筋から逸れそうなのでこの話はまたいつか。
新海誠監督 批判を乗り越えた先に | NHKニュース https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190718/k10011994941000.html
(引用)「でも、今回作品を作り始めた時の2017年の頭くらいは、もうすっかりその気分が変わっていて。おいしいごはんを食べるというよりは、ジャンクフードを食べる、家で節約料理を作るみたいなもののほうが僕たちの気分だし、節約しなきゃという気分。」
ただ、「それだけじゃないだろ」と。清廉潔白で品行方正、それだけが人間じゃないだろと。そんな思いをこのタイミングで、この時代のフォーマットで、ただひたすらに「自分のためのセカイ」を新海誠はこの『天気の子』で表現したかったんだと僕は勝手に受け取りました。違ってたらごめんね新海監督。でも訂正はしない。
新海誠監督、『天気の子』舞台挨拶で「怯まずにやり続けていくことが自分たちの役目」と胸中を明かす https://movie.walkerplus.com/news/article/198235/
(引用)「自分のすごく大事な人と、もっと多くの人の幸せのどちらを選ぶだろうかという時に、少しわがままな選択をする話。自分もそうだよって思う人が、この世の中に何人かいらっしゃるのかなと信じて、望みながら作った映画でもあります」
目まぐるしく変化していくこの世界で、昨日までは良かったものが明日からはダメになっているこの世界で、「男子中高生の妄想」という、人間が人間であるための原点のようなものをストレートに描き切った本作と新海監督は、内容としてはノスタルジーに浸れるレベルの古典ゆかしなものであるにもかかわらず、このレンズを通して見ているのはこの世界の未来、これからで。むしろその対比がそれをさらに強調しているかのようで。
みんなが「これが良いよ」「これが正しい」なんて言ってきて。多様性だのなんだの言ってる割には自分と違う価値観が許せなくて。追悼に仕方にさえ粗探しをしてしまうこんな世の中で、「自分はこれを大切にしてるんだ」に真正面から挑戦したこの作品は、良い子ちゃんにとっては異様にさえ映るかもしれない。
そんな考え方、物事の捉え方はこれからの世界にとっては「気持ち悪い」ものになってしまうかもしれない。それでもその思いを描こうとした新海監督に対して、一応クリエイターの端くれである僕は最高にリスペクトできると思ったし、なんなら「負けた」とも思いました。そこまで自分の本質、フェティシズムを描く覚悟がおまえにあったかと。何かを造る意味、もう一度考えろよと。
冒頭で言った「最高で、最高に気持ち悪い」、ってのはそういう意味です。伝わってるかな。伝わってなくてもいいんだけど。
冒頭書き始めたテンションと比べて今かなり落ち着いてきたんで書いてよかったなって勝手に頷いて勝手に納得してます。オタクキモいぞ。
あと書き忘れてたんですけどこの作品ロリショタがものすごく魅力的に描かれてましたよね。弟可愛すぎるしカナとアヤネはごめん笑った。
小栗旬も本田翼もほんと良かったよ~少し前に「本田翼のこの演技○ソ」とか言ったツイートが回ってきてたけどあれこそまさに「メディアの切り取り方」って感じしますね。まああのシーンを使った公式さんサイドにも少しは責任あるかもしれないけど。
素朴な疑問なんですけどこの作品一般受けするんですかね?自分の過去と重ね合わせる気持ち悪い見方をすることでより楽しめる作品だと思うんですけど一般ピーポー(死語)はそういう見方出来るのかな?いやしなくていいわ。
RADWIMPSファンは問答無用で絶賛してそう。いいねそういう価値基準大好きだよ。
新海監督、あのころの夢を見せてくれてありがとう。夏コミ原稿終わったら2回目観に行きます。