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ある【ひとコマ】 ~消えたお姉さん~

これはある【ひとコマ】。 そんな事があるかもしれない…いや…あったかもしれない…。 そんなキャラクタショーのあるひとコマ。 ・・・ 「なあ…【志乃(しの)】…。【小春(こはる)】の動きおかしくないか??」 そう私に質問してきたのは、音響スタッフで本日のチーフである【里崎(さとざき)さん】だ。 「ですよね…。私もさっきからおかしいと思っていたんです」 「だよな…やばそうだな…」 私は今、キャラクターショーのステージの袖の音響席に座っている。 今日は、【アースモンスター】略して【アスモン】のショーの【司会のお姉さん】として、現場に来ていた。 こういうアニメもののショーの場合、一度ストーリーが始まってしまうと、司会はあまりやる事が無い。 こうして、音響席でショーを見ているケースが多い。 炎天下のステージショーの二回目、時間は13:30からのショー。 一番暑い時間帯だ。 そして先程から見ていて、どうも様子がおかしいと感じていたのは、ステージ上で演技を続ける、【ライアモン】の衣装を着た小春ちゃんの事だ。 ライアモンは、ライオンをモチーフとした可愛らしい造形の、ずんぐりむっくりとしたキャラクター。 元気キャラなので、中身の小春ちゃんもいつもは、はっちゃけて動き回っている。 しかし、このステージのライアモンには、覇気が無い。 覇気が無いどころが、途中から、少しふら付いている気配すらあった。 ライアモンは全身を毛で覆われてる上、体をや手足を包む衣装が、かなり分厚い。 それ故、もちろんの事だが、中身の子は暑さにやられ、かなりきついようだ。 春先でもめげる程の暑さらしい。 それで、この夏の炎天下。 恐らく中の小春ちゃんは相当な暑さに苦しんでいる事だろう。 事実、一回目のショーが終わった後も、着ぐるみのマスクを外すと、そこから現れた小春ちゃんの顔は、ゆでダコのように真っ赤に染まっていた。 そして、ボディを脱いだ後も、暫くは立ち上がれずにいたくらいだ。 その動きが、私が見ても分かるくらいに様子がおかしくなっている。 アクターでもある里崎さんも口にしているくらいだから、確信に近い。 「う~ん…。この暑さだから、かなりきてるな…あれは…。進化した時にテントの中で、一回マスクを外したほうがいいかもな…」 里崎さんが、かなり心配そうな雰囲気でそう言った。 「そうですね…。ハケる前に、テントの中でスタンバイしておきましょう…」 このアスモンショーは、通常時のストーリー展開では【ライアモン】が登場していて、後半の戦いになるところで、ライアモンが進化し、【アークモン】へと変わる。 もちろん、着ぐるみショーなので、進化といっても、ライアモンがテントへハケ、アークモンの着ぐるみを来たキャストが変わってステージへとあがるのだ。 つまり、アークモンが戦っている間は、ライアモンの小春ちゃんは休憩出来る。 休憩と言っても、最後の大団円では、再びライアモンへと戻るため、数分後にはステージに戻らなければならない。 しかし、今の小春ちゃんにとっては、その数分が大事な休憩となるだろう。 (大丈夫かな…小春ちゃん…。かなりふら付いている気がするけど…) しかし、司会である私と里崎さんは、ステージ上を見守る他、何も出来る事は無いのだった。 そして、ストーリ-は進行していき、ついにライアモンが【進化】する時が来た。 私と里崎さんは先に、テントの中に戻り、小春ちゃんを受け入れる準備をしていた。 飲み物を準備し、直ぐに水分補給も出来るよう待ち受ける。 【ライアモン…コズミック進化!!】 そして、進化のテーマ曲が流れる。 この曲に合わせて、ライアモンが急いでテントに戻ってくる段取り。 (え!?こ…小春ちゃん!?) いつもなら、この曲に合わせてテントに駆け込んでくる筈のライアモンだったが、今回は違った。 あからさまに足取りが重い。 フラフラとしながら、なんとかこちらに向かって来ているような雰囲気だった。 (やばい…間に合わなくなる!!) ストーリーは完パケのため、否応なしに進んで行ってしまう。 急がないと、アークモンが出るタイミングになってしまう。 しかし、子供たちに取っては、ライアモンがアークモンへと進化するのだ。 間に合わないからと言って、ライアモンがハケるまで、アークモンがステージに出る訳には いかない。 (小春ちゃん!急いで!!) そして、ステージ袖、ようやくお客たちから見えなくなる所までライアモンが到達した。 【バサッ!】 テントの横幕からライアモンがハケてきた。 タイミングはギリギリ。 間髪を置かずに、アークモンがステージへと飛び出て行った。 進化は何とか間に合った。 【バタン!!】 しかし、テントへ入って来たライアモンが、そのまま崩れ落ちるように倒れ込んだ。 「やばい!!」 里崎さんがそう言いながら、急いでライアモンのマスクを外しにかかった。 そして、ライアモンのマスクを外すと、そこには真っ赤に染まった小春ちゃんの顔が。 しかも、目をしっかり開けていない。 「小春!!大丈夫か!!小春!!」 里崎さんが小春ちゃんに呼びかけるも、しっかりとした反応がない。 これはやばい。 完全に小春ちゃんは暑さでダウンしてしまったようだ。 これは大変なアクシデント。 今の小春ちゃんを見る限りでは、とても数分後、ステージに戻れる状態ではない。 頑張り屋の小春ちゃんの事だ、なんとか、このシーンまで耐え、必死の思いで、テントまで帰ってきたのだろう。 「小春!大丈夫か!!」 里崎さんが必死に小春ちゃんに呼びかけた。 すると、薄っすらだが小春ちゃんが反応した。 「…ぅ…あ…ぁ…」 しかし、その反応からするに、完全にダウンしているのは間違い無かった。 私が持つ飲み物さえ飲める状況ではない。 「これはまずいな…」 里崎さんが頭を悩ませる。 何せ、ライアモンは最後にステージに戻らなければいけない。 しかし、今の小春ちゃんの様子を見る限りでは、立つ事すら困難な状況なのだ。 「どうする…。最後のシーンはライアモン無しで押し切るか…」 里崎さんが口にした言葉。 つまり、ショーが進行し、本来ライアモンがいないとおかしいシーンだが、登場させずに声だけの存在にして終わろうとするという事。 しかし、それはそれで、見に来た子供たちからしてもおかしく感じるだろうし、クライアントの目もある。 「小春はもう休ませないと、命に関わるかもしれないしな…しょうがない…」 里崎さんが腹をくくったようにそう言った。 確かにどうしようもない。 里崎さんもスーツアクターだが、里崎さんではどうにもならない。 ライアモンはあからさまに女の子が着る想定のサイズの着ぐるみなので、物理的に着る事が出来ないのだ。 (…そう…するしか…!?あっ!?) 里崎さんのいう通りにするしかないと思った、その瞬間であった。 私の頭の中に、一つの突破方法が浮かんできた。 (そうか…そうすれば…。でも…。うん…迷ってる暇はない!!) 「さ…里崎さん!!私がライアモンを着て、最後に出ます!!」 「え!?し…志乃が!?」 「はい!」 ここにいる無事な人間は、私と里崎さんだけ。 その二人のうち、着ぐるみを着られる身長なのは私だけ。 つまり、今、小春ちゃんの代わりが出来るのは私だけなのだ。 「ちょ…ちょっと待て、お前が中身になったら、最後の閉めの司会はどうするんだ!?」 私の頭がフル回転で回った。 「【美鈴(みすず)ちゃん】がハケて来たら、マスクだけ取って、影マイクでステージを締めて下さい!美鈴ちゃんは、少し司会経験あるから、締めるのと握手会の捌きくらいなら何とかなります!!」 美鈴ちゃんは今日のショーでは悪役の【ウィッチモン】の中身をやっている。 悪役なので、やられればテントにハケて来る。 ハケてくるとはいえ、中身を終えた後、汗だくの状態で司会としてステージに上がる訳にはいかない。 衣装を全部脱がなくても、マスクさえ取れば、影マイクで喋る事は出来るだろう。 ショー終わりの握手会は、スタッフ的にマイクを持って喋ればなんとかなる。 「そ…そうか…その手があったか…。で…志乃…お前はだいう丈夫なのか?」 「大丈夫です!?頑張ります!!それに、それ以外の手は無いです。里崎さん、早く小春ちゃんを脱がして下さい!!」 「わ…分かった…」 司会専門の私は、基本的には中身はやらない。 一度だけ、着ぐるみの視界などを知るため、練習で着た事はある。 それくらいの経験じゃ、どうにもならないかもしれないが、いなければいけないキャラクターが、その場にいないよりはマシだろう。 (よし…) そして、私は司会の衣装を脱ぎ始めた。 上に着ていたジャケット、そして、穿いていたスカートを脱ぎ去った。 幸か不幸か、今日はアスモンショーという事で、元気系の衣装を着ていたため、下にスパッツを穿いていた。 上はこのキャミソールを脱いでしまうと、ブラになってしまう。 とりあえず、帰りの事は考えずに、このまま着るしかない。 「よし!小春、脱がせられたぞ!!」 そう言った里崎さんの方に目を向けると、ライアモンの抜け殻と、その横に寝転がる小春ちゃんの姿があった。 「面下は予備があったから、これ使え!!」 里崎さんが、予備の面下を私に渡してくれた。 完パケのショーは待ってくれない。 急いで着替えないと、間に合わない可能性がある。 私は直ぐに、渡された面下を被り、ライアモンの衣装に手を掛けた。 いつもは着替えを手伝う側で、これを自分で着る事になるとは思っても見なかった。 しかし、裏を返せば、手伝っているから、着方もしっかりと理解している。 (よし!着よう!) 私は急いで、ライアモンのボディに体を入れ込んでいった。 (うぅっ!!) ライアモン衣装はボディとマスク、そして足首から先だけの簡単なパーツ構成。 そのボディに手足を通した瞬間に、私の手足に感じられた感覚…。 それは、ビショビショに濡れた内部の感触だった。 私はインナー用の全身タイツを着ている訳ではない。 手足は完全に、私自身の肌が露出している状態。 つまり、ライアモンの内部に溜め込まれた、小春ちゃんの汗が私の肌に直に触れてくるのだった。 その汗のグショッとした感触。 決して、気持ちのいいものではない。 (で…でも…頑張らなくちゃ…) しかし、その感触は、今まで炎天下の中、小春ちゃんが頑張ってきた証なのだ。 そんな事に怯んでいる暇などない。 私は一気に体を着ぐるみの中に入れ込んだ。 「よし、じゃあ、背中締めるぞ!」 「お願いします!!」 【ジーーーーーー】 そして、背中のファスナーが締められ、私の体はライアモンに包まれた。 「足を付けるぞ」 そう言って、里崎さんが靴に当たる部分を穿かせてくれる。 この衣装はボディを来てしまうと、手がモコモコした着ぐるみの手に包まれてしまうため、他人に手伝ってもらわないと着る事が出来ない。 里崎さんがしっかりと足をつけてくれる。 さすがはベテランアクターなだけあって、中身の事はよく分かっている。 歩くのに問題ないように、しっかりと調整してくれたようだ。 「じゃぁ…マスクを被せるぞ」 「は…はい…お願いします!!」 すると、大きな頭のライアモンのマスクを里崎さんが持ち上げ、私の頭の上にかざした。 【スポッ】 マスクが降ろされ、私ん頭がライアモンのマスクに包まれた。 「首のベルト締めるぞ、少し上を向いてくれ」 「はい…」 そして、私が首を上げ、上を向いていると、里崎さんがマスクの中に手を突っ込んで、首の所で止めるマジックテープを止めてくれる。 「どうだ??このくらいなら苦しくないか??」 (ちょ…ちょっと…きつい感じもするけど…緩いと外れちゃいそうだし…) 「大丈夫です!!」 「よし、じゃあこれでオッケーだ。どうだ、いけそうか??」 里崎さんにそう言われ、自らの状況を確認する。 視界は思ったより悪くない。 ライアモンの瞳の部分の斜幕が大きいため、それ程見えないと感じない。 足を動かしてみる…。 足自体はかなり大きな造りだが、中のベルトがしっかり足に固定されているため、思った通りに付いてくる。 気をつければ、転びそうにはない。 「だ…大丈夫そうです…なんとか行けると思います!!」 「よし!じゃあ頼むぞ、志乃!」 「はいっ!」 完全に着ぐるみに身を包まれた。 後は、アークモンが戻ってくると同時にステージに上がるタイミングを待つ。 普段やらない事なので、とても緊張する。 【ドクン…ドクン…ドクン…】 心臓の鼓動が高まってくるのが分かる。 着ぐるみに包まれ、外界から遮断されたせいか、心臓の音が大きく聞こえる気がする。 そして、着ぐるみに身を包まれてから1~2分程しか経っていないというのに、衣装の中がかなりの暑さになってきた。 (あ…暑い…) 炎天下のステージの袖にあるテント。 テント内もかなりの温度となっているため、衣装を着ているだけでも、中が暑くなってくるのだ。 (す…凄いな…小春ちゃんは…。これを着て、ステージであんなに動き回ってるんだ…) 着ているだけで、暑さにやられそうな、この衣装。 小春ちゃんは、その上、元気よく動き回っているのだ。 尊敬の気持ちが生まれてくる。 この暑さに包まれながら待つ時間。 実際にはほんの数分なのだろうけども、恐ろしく長く感じる。 (うぅ…ホ…ホントに…暑いや…これ…) 額には既に汗が浮かび上がって来ていた。 暑さに耐えながら待ち続けていると、ステージからキャラクターがハケてきた。 【バサッ!】 テントの幕を開けて飛び込んできたのは、悪役の二人。 【ゴーレモン】と、【ウィッチモン】に身を包んだ美鈴ちゃんだ。 すると、テントに戻るなり、ウィッチモンが床に転がる小春ちゃんの姿を目にした。 「え!?小春ちゃん!!」 ウイッチモンのマスクの中から、美鈴ちゃんの声が聞こえてきた。 そして、すぐにウィッチモンが私のほうに視線を向けた。 「え!?じゃあ、このライアモンは!?」 「美鈴ちゃん、小春ちゃんがダウンしちゃったの!代わりに私が中身で行くから!」 「え!?まさか!志乃!?」 「マスクとったら、最後の締めは影マイクで美鈴ちゃんが対応して!」 「え!?…あ…あぁ…分かった!や…やるね!!」 そんな怒涛の説明をしている間に、アークモンが袖へと戻ってきた。 【バサッ!】 テントの幕が開く。 アークモンがテント内に入り切った。 (よし!!行こう!!) 【バサッ!】 私は慣れない足取りで、ステージ上へと上がって行った。 傍から見れば、あからさまに動きの悪いライアモンがそこにいるだろう。 当然だ、関係者ではあるが、素人同然。 必死に動いているが、とても本職の彼女たちには届かない。 しかし、私はなんとかこの場を乗り切ろうと必死に動いた。 炎天下の地獄のようなステージ上…。 恐ろしい暑さが私を襲う。 しかし、小春ちゃんは、あんなになるまで必死に頑張っていたのだ。 どれだけ暑かろうが、弱音を吐く訳にはいかない。 (あ…暑い…ほ…ホントに…死んじゃいそうなくらい…暑いよぉ…でも…でも…頑張ら…なきゃ…) そして、私はライアモンの中身として、大団円、そしてその後の握手会と壮絶な暑さに耐えながら、なんとか乗り切るのだった。 (ぁ…ぁ…暑い…暑い…暑い…苦しい…よぉ…) 暑さのあまり、軽くパニックになりそうなくらいであった。 握手会で子供たちが笑顔で握手していく。 しかし、その笑顔を受け止める余裕は、私にはなかった。 この暑さに耐えながら、その場で倒れないように必死に堪えている。 握手会が終わり、テントにハケる時、既に私の足はふら付き始め、他のキャラに手を引かれ、なんとかテントへと戻る事が出来たのだった。 (は…早く…早く…脱がして…お願い…もう…もう…限界………) アースモンスターのキャラクターショー。 二回目の最後に司会のお姉さんが出てこないという、変わった構成のショー。 そのショーの裏側では、こんな事態が起こっていたのだった。 誰も気が付かないだろう…。 消えてしまった司会のお姉さん…。 まさか、ショーの最初にステージでマイクを持って喋っていた司会のお姉さんが、ライアモンの中身として握手会をしているとは…。 ・・・ その後、小春ちゃんは元気を取り戻し、なんとか無事帰ることが出来た。 私はというと…。 下着は汗でびしょ濡れになってしまったので、結局、ノーパン、ノーブラで、季節感もなくジャージを着て帰る羽目となった。 帰りの電車の中は、ちょっとした痴女状態だ…。 まあ…なんとかショーを終える事が出来たのだから、よしとしよう…。 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ある【ひとコマ】 ~消えたお姉さん~

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