これはある【ひとコマ】。 そんな事があるかもしれない…いや…あったかもしれない…。 そんなキャラクタショーのあるひとコマ。 ・・・ 今日は、巨大ヒーローのコスモマンの中に登場する女ヒロイン、コスモマン【フェリス】の握手撮影会の仕事で、あるショッピングセンターに来ていた。 私はそのフェリスのアクターとして、この現場に来ている。 今日の現場は司会のお姉さんである【皐月(さつき)さん】と二人のみ。 スタッフがいないので、音楽も流しっぱなし、皐月さんが進行して、お客さんと撮影会をするというもの。 控室も私と皐月さんだけなので、着替えも皐月さんに手伝って貰うという事なのだ。 このショッピングセンターの控室は、撮影会の現場となるイベントホールから、少し離れている。 しかし、イベントホールに着替えるスペースがないため、この控室で着替え、グリーティングをしながら現場に向かうという形になる。 「【志帆(しほ)ちゃん】、背中閉めるね」 皐月さんがそう言って、私の背中のファスナーに手を掛けた。 私は既に、フェリスの衣装に身を包んでおり、後は背中のファスナーを閉めるのみとなっていた。 このフェリスの衣装、他のコスモマンの衣装と同じで、手袋とブーツ以外は、完全に一体型。 ウエットスーツ素材の衣装で、体からマスクまでくっついている。 そして手袋とブーツの上にこのスーツを被せる様になっているため、手袋に関しては、スーツより先に付けて、腕を通していく。 その結果、この衣装を着るのに、最後にやる事が、背中のファスナーを閉める事になるのだった。 逆に言うと、背中のファスナーを開けない限り、手袋すら取れないということなのだ。 そして、このコスモマンフェリス、この衣装のマスクは、目の部分の小さな穴、そして口の部分に少しスリットがあるだけ。 体とマスクが一体になっているため、ファスナーを閉めると、私が外界と繋がるのは、そのマスクの小さな穴だけとなる。 もちろん呼吸も、その穴からするしかない。 それ故、本当に衣装に包み込まれる形となり、少し動けば呼吸も楽ではなくなる。 だから、この衣装を着るときは、ちょっとした覚悟が必要となる。 (よし…がんばろう…) そう腹をくくった私は皐月さんに返答をした。 「お願いします」 【ジーーーーーー】 すると、皐月さんがファスナーを上まで上げていく。 ファスナーが上がるにつれ、閉まった部分が、体にフィットし始める。 ウェットスーツ部分も比較的細目に作られているため、ボディもそこそこ締め付けられるのだった。 決して太っているわけでも無い私の体型でも、少しきついと感じるほどだ。 それ故、ファスナーが完全に閉じると、スーツの内部に余裕という部分は無くなる。 そして、ファスナーが完全に頭の部分まで上げられた。 皐月さんがマスクの後ろでゴソゴソと最終調整をしている。 この衣装のファスナーは、マスクの後頭部の飾りの中へと入り込み、見えなくなる仕組みになっているため、最終調整に少し手間がかかる。 その作りの為に、私自らでは開けたり閉めたりすることが出来ないので、完全に人任せになるのだった。 「よし、終わったよ」 皐月さんがファスナーの最終調整を終え、そう声をかけてくれた。 「ありがとうございました」 私はマスクの中から、少しくぐもった声で、皐月さんにお礼を言う。 完全に私はコスモマンフェリスの着ぐるみに包まれきった。 これからグリーティングがてら撮影会会場へと向かうのだった。 この会場は別のキャラクター、魔法少女物などでは何度も来ているので、勝手は分かっている。 そして、撮影会会場へと向かって皐月さんと歩いていく。 少し歩くだけで、呼吸が乱れる。 小さな呼吸穴、そして体の締め付けが、呼吸を荒くする理由でもある。 (ふぅ…やっぱり…この衣装は苦しくなるな…) 衣装的に魔法少女物などとは、やはり違いがあり、呼吸はしにくい。 少しの間だけ、お客の目に付くところを歩くため、ヒロインとして、キャラ作りをする。 お客さんに手を振り、歩きながら会場へ向かっていった。 撮影会会場であるイベントホールに到着し、正面の入口から入って行った。 時間は撮影会が始まる30分程前。 このホールの開場が30分前からとなるので、まだお客はいない。 それが狙いなのだ。 先にも述べたが、この会場に着替えるスペースはない。 四角いホールの一番奥のお客から見て左側、そこに狭い、人一人入れるくらいの部屋がある。 そこでは着替えは難しい。 なので、お客がホールに入る前に、そのスペースへとキャラクターが入り込み、スタンバイする。 お客がホールに入ってから、正面入り口から登場するのは間抜けだからだ。 私はいつも通り、そのスペースへと入って行った。 (ふぅ…ふぅ…やっぱり…なかなか息がしにくいな…) 歩いて来たこともあり、呼吸が乱れ、小さな呼吸口から、スゥースゥーと音を立てながら息を整えた。 すると皐月さんが私に声を掛けてきた。 「志帆ちゃん、もうお客さん入ってくるから、私は音響側にいるからね」 「はい、よろしくお願いします」 音響はステージスペースのお客から向かって右側。 ステージを挟んで、私のいる場所と反対側となる。 なので、お客が入ると、皐月さんはこちら側に来ることはなく、撮影会の時間が来てステージスペースへと出ていくのである。 幸いにも私のいるスペースに時計が置いてあるので、時間は分かる。 時計を見ると丁度30分前だった。 外でお客さんのざわつきが聞こえ始めた。 後は、ここで時間まで待ち、皐月さんのきっかけを待つだけだ。 (よし…まだ30分はあるし…一回、マスク取ろっと…) ただでさえ呼吸をしにくいマスク。 時間はまだ充分にある。 お客から見えないので、魔法少女物の時も一度、ここでマスクを外して休憩をしているのだ。 そして、私は自らの後頭部に手を掛けた瞬間に、ある事に気が付いてしまった。 (あっ…!?この衣装…自分で…脱げない!?) そう、このコスモマンフェリスの衣装は、マスクの後ろのファスナーは自らでは開け閉めが出来ないのだった。 なんとかファスナーを下げる事が出来ないか、必死にマスクの後頭部をいじり倒してみる。 しかし、皐月さんが何も着用していない状態で、時間を掛けて閉めたファスナー。 フェリスの手袋をした私には、細かい作業などとても出来ない。 そして、手袋はスーツ脱がない限り、取る事は出来ない。 つまり、そのファスナーを開ける糸口はほぼないといってもいい状況なのだ。 (え!?…ちょ…ちょっと…これ…全然開かない…) 自らではファスナーを開けられない事を実感する。 (え!?じゃ…じゃあ…このまま着っぱなしって…こと??) その事実に気が付いてしまった瞬間、目の前にある呼吸口である目の穴が視界に入る。 それが私の呼吸の要と実感してしまい、焦りが生まれる。 (い…一回…脱ぎたいよぉ…) 私は音響席の方に座る皐月さんの方に目を向けた。 すると、皐月さんと目があったが、皐月さんはにこやかな笑顔で、こっそりと私に手を振った。 皐月さんは音響席に座っているが、お客さんから見えている状況。 小部屋に隠れている私には、大きなリアクションはとれない。 皐月さんには、暇している私が自分にちょっとしたコミュニケーションを求めたくらいにしか映っていないのだろう。 私がマスクを取れないという状況が伝わらない。 皐月さんに脱ぎたいと伝える事は無理だと理解する。 (うぅ…皐月さんには…伝わらない…) 伝わった所で、皐月さんが私の所に来るにはステージスペースを横切らなければならない。 今までのこの現場の状況で、それはされたことはない。 という事は、どうした処で皐月さんが、こちら側に来ることはない。 つまり、私はスーツを脱ぐことは出来ないのだった。 (しょうがない…このまま…待つしかない…) そうは思ったものの、前後の状況を考えると先が思いやられる。 着替えの部屋で、フェリスに身を包まれてからこの部屋に到着するまで、約15分程…。 そして、この狭い部屋でスタートを待つのが30分。 そこから30分の撮影会をこなす。 場合によっては、撮影会は30分を超えてくる事もある。 それが終わり、控室に戻るまで10分程。 つまり、私は一時間半近くはこの衣装に包まれた状態にいるしかないのだった。 (ふぅ…ふぅ…ふぅ………息を…整えないと…) 悪魔の所業か、このイベントホールの空調は決して涼しいものではない。 お客さんの服装に合わせた温度になっているため、今の私にとっては暑い温度となっている。 そこにいるだけで、スーツの中の温度は上昇し、体全体の体温を上げていく。 マスクを取る事は出来ない…。 マスクを取り、新鮮な空気を取り入れる事は出来ない。 そして、ホール内の温度が、ウエットスーツに包まれた私の体をどんどんと温めていく。 (うぅ…暑い…苦しい…一回…一回…脱ぎたいよぉ……) 魔法少女物と同じくらいに考えていた事が甘かった。 コスモマンフェリスの衣装…その脅威を軽視していた。 しかし、どんなに脱ぎたくても、この状況に置かれてしまっては、もう何も出来る事はない。 衣装を脱ぐことは出来ない。 しゃべる相手もいない。 無駄に動けば、余計に体温を上げるだけ…。 動く事も出来ない。 私はただひたすら、この狭い部屋の中で一人…待ち続けるのだった。 体を蝕む暑さ…。 スーツによる締め付け…。 息苦しさに耐えながら…。 目と口のところにある小さな穴から抜け出る呼吸音が、私のマスクの中に鳴り響いていた。 「すぅぅぅ…ふぅぅぅ…すぅぅぅ…ふぅぅぅ…すぅぅぅ…ふぅぅぅ…」 私がその後、コスモマンフェリスから解放されたのは、一時間以上経った後だった。 良いか悪いか、その人気から、撮影会は予定より長くなり、軽く30分を超えた。 この現場の【落とし穴】。 私は見事、その落とし穴に嵌ったのだった…。 キャラショーの現場で起きた、そんな【ひとコマ】 -------------------------END------------------------------------------
ももぴ
2022-08-22 09:41:50 +0000 UTCisyoya
2022-08-21 15:31:33 +0000 UTC