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ヒドロ
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ラバー湯女

思いつきです。

https://twitter.com/hydroxyquinol/status/1398012634599854081

来月(書けたら)投稿予定です。



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 最初はただの古民家に思えて、そのまま通り過ぎてしまうほどだ。しかしいくらか不釣り合いな煙突が屋根から伸びていて小ぶりな看板と一緒に銭湯だと主張していた。

 看板は左から呼んで松ノ湯と書かれている。インターネットで場所と共に検索すると銭湯組合ホームページのウェブアーカイブに所在が残されていた。

 ここに来たのは全くの偶然だ。乗り放題の切符を使って乗り継ぎに乗り継ぎを重ねた結果で、飛び入りできる宿泊施設があるはずもなく、昨夜は自然公園で野宿のあとだった。予期していて装備も揃えたとはいえ、標高のせいで冷えた体は有刺鉄線を巻かれたように痛んだ。

 だから目の前に現れた銭湯は彼の心を掴んだ。しかも都合良く、明かりがついていて営業中のようだった。

 彼は引き戸をガラガラと無遠慮に開いた。会話を切り裂かれ、番台に座る妙齢の女性が彼を睨む。挨拶はない。料金を示すような掲示すらない。

「いくらですか?」

「三百八十円」

 ここが東京のスーパー銭湯だったなら、彼は腹を立てて帰っただろう。だけど、ここは観光地ではなく生活の場だ。むしろその対応はもっともらしいもので、却って彼は満足した。唯一の欠点はスマートフォンの充電のためにコンセントを借りることが叶わないくらいだ。

 釣り銭がないようにぴったり支払うと、下駄箱の札と引き換えにロッカーの鍵を受け取って脱衣所に進む。壁を隔てた向こうからは和気藹々とした会話が聞こえる一方で、男湯は彼の貸し切りになりそうだった。

 服を脱ぐ動作により凝り固まった筋肉がズレて、疼くような鈍い痛みを発する。バックパックから最低限の風呂道具を引っ張り出して彼は浮ついた気分で浴室に入った。

「あれ? こんな時間に珍し――」

 彼を出迎えたのは間違いなく女の声だった。入るべきでない場所に入ってしまったと思って、彼は正気を失いそうになった。踵を返して退出しようとする。

「すみません。間違えました」

「あっ! 待って待って! 合ってるよ! 初めての人? 大丈夫、ちゃんと隠してるでしょ」

 そう呼び止められ、彼は改めて彼女の姿を捉えようとする。確かに彼女は隠すべき場所を隠していた。

 それどころか露出しているのは頭だけで、その下からは黒で引き締めて銀色を散りばめられてある。つまりボディラインが丸見えで裸ではないというのは表向きだけだ。

 むしろ体を絞る装具や、性的な部位を強調表示する金属輪のせいで全裸の方がマシとまで言える。却って彼の方が恥ずかしかった。

「えっと、これはいったい……」

 フェイスタオルで股間を抑え、恐る恐る尋ねる。

「背中流しのサービス。良かったらおにーさんもどう?」

「結構です」

 予期していなかったから彼はそんな気にはなれなかった。いまだに彼の心拍は早いままだ。

「えっちなサービスじゃないよ。その証拠にほら、鍵がかけられて」

 からかうように彼女は自身の股間を指差す。言ったそのままに、ステンレスでできたマワシ、貞操帯という器具で局部は頑なに守られていた。

 施錠はそこだけでなく、ゴム製の全身スーツすら脱がせまいと、首とつく部位や太ももを括る枷にも南京錠が通っている。

「急いでいるので」

「残念だなあ。もし、気が変わったらロッカーの番号教えてね」

 その気はさらさらないと、彼は湯船のフチを掴んだ。急いでいるのは確かで、ここを脱出するためには一日二回発着する最寄りの列車に乗らなくてはいけない。彼は既に第一回を逃している。

「あ、体流してから入らないと」

 彼とて旅行慣れしているから、公衆浴場でのマナーは一通り身についているつもりだった。湯船に浸かる前に体を流すなんてどこにでもあるルールで初歩的だ。それすら飛んでしまった事実に、彼は苦笑いする他になかった。

 改めて体を流してから、彼は湯船に浸かった。長い距離を歩くうち擦り切れた皮膚にお湯がしみる。

 いい気分だった。ただ唯一、諸事情で好き勝手に股を押っ広げることだけは妨げられた。

 今までの経験のうちで彼女はもっとも露出が少ない女性だ。しかし彼には却って扇情的に感じられてしまった。

 とくに干渉してくる様子はないが、たびたび視線がぶつかって意識が向いてしまう。だからもう少し寛ぐつもりだったのが、落ち着かないで彼は早々と上がった。

 石けんを濡らしたフェイスタオルに擦りつけて泡立てる。遂に動いた彼女が側にやって来た。

「ねえね、悪いんだけど石けん貸して?」

 断りたかった。これを受けたら引き返せないのは薄々感づいていた。

「どうぞ」

 しかし断って冷徹な男になることもできなかった。彼女は石けんを受け取ると両手で転がす。

 繊維質な部分は全くないはずなのに彼よりもたくさんのきめ細かな泡を作る。そのために空気を巻き込む必要があり、合わせた手からそれなりの音が立った。

 そして潤滑された手は形のいい胸に向かう。なで回して、揉みほぐして、時折悩ましげな吐息を漏らす。

「それ意味あるんですか」

 洗っているのは彼女自身の体ではなく身に纏っている物だ。透水性があるならまだしも、彼が見た限りそれは全くない。

「こうするとね、表面が磨かれてツヤツヤになるんだよ」

 指先は股間に向かう。ただ、肝心なところは檻の中だから弾かれてしまう。

 それにはいくらか彼女ももどかしげに、柔らかな鼠径部をなで回して代わりにしていた。

「……上手ですね」

「えー何がー?」

 さも何でもない、当然のことだと主張する彼女に、彼は呆れたようにため息をついた。

「背中流しお願いします」

「ふふ、待ってました。ロッカーは……七番ね」

 目の前で自慰紛いのことをされては耐えられなかった。いくらになるか未知数だが、幸い現金はある程度の持ち合わせがある。この際ならもうこの機会を愉しんでしまおうと彼は吹っ切れた。

 タオルも預けて背を向けると彼女の両手がつるりと触れる。タオルを使うと思っていたから、彼は情けない声を漏らした。その様子に彼女もクスクスと笑う。

「七番さんはどこから来たの?」

「僕のことですか?」

「そーそ。どうせ名前聞いても答えたくないでしょ? あ、私のことはリナって呼んで」

「東京からです」

 感嘆の声を彼女は上げた。

「あらら、遠路はるばるようこそ。何にもなかったでしょ」

 彼女の言うとおり名所や名跡と呼ばれる場所はなかった。彼の宿になった自然公園も国土利用計画でそうなっているだけで本当に手つかずのままだ。

「でもリナさんに会えました」

 彼にとっては今までさんざんからかわれたことへの反撃だった。精いっぱい言った後で恥ずかしさが跳ね返ってきて彼は俯いた。彼女の素っ気なさも彼の自尊心にヒビを入れた。

「ふーん、ありがと。泊まりで来たの?」

 それは軽犯罪法に抵触しかねないから答えにくく、いくらか淀んだ。

「えっと、近くの自然公園で」

「うっそだー。朝方、えらく冷えたでしょ」

「まあ、覚悟してきたので」

「ホントに? 都会人にしては根性あるんだね」

 両手で包み込むように優しく擦り、肩甲骨の間に溜まりがちな垢も丁寧にこそぐる。彼女が動くほどに縛められている体から軋む音が聞こえる。

 脇腹に彼女の指が触れたが、彼は不思議とくすぐったさを感じなかった。黒色のゴムに包まれた手は人のものでないようで、えも言われぬ心地だった。

 一通り洗い終えると桶で湯を掛けて石けんを流す。前評判と違って、彼女がしたのは文字通りの背中流しだった。

「どお? 東京にこんなのないでしょ?」

 実のところの東京には背中流しをやっている施設がある。だけど、こんな格好でするのは間違いなくここだけだ。

「七番さん、歳はいくつ?」

「二十一歳です」

「え、私より年上だね」

 それは彼にも驚きだった。彼女は自称ではあるが十九歳だという。その肝の据わりからして、彼には彼女が年相応に感じられない。

「じゃあ、大丈夫だね」

 洗って終わりだと思っていたら、彼女は彼の腰に腕を回して抱き留める。柔らかな双丘が背中に当たった。

「お仕事は何してる人?」

「え……いや……え、学生です」

「ああ、そっか。夏休みかあ」

 指先は遂に彼の股ぐらに触れる。女性相手に過激な抵抗をすることもできず、甘んじて受け入れてしまった。

「ただの背中流しだと」

「まあまあ。そういうもんだと思ってさ。七番さんいい人そうだからサービスしたげる」

 凝り固まったリンパを開通させ、過労と緊張で強ばった体をほぐす。今まで良く耐えてきたが、結局刺激には逆らえず彼の陰茎は固くなる。今までにないくらいで、太ももで挟んで隠そうとすると根元が痛むくらいだ。

「こんなところで――」

 なんだかんだ言ってここは公衆浴場だ。いつ誰が入ってくるとも分からない。それに番頭だってすぐ側にいるはずだ。

「大丈夫だよ」

 いつの間にか、仕切られた反対側から話し声は全く聞こえなくなった。彼女の熱を帯びた吐息が耳にかかる。

「もうすぐ閉める時間だから」

 ゴムが彼の怒張に触れる。最初はそれこそ腫れ物に触れるようで焦れったかった。情けなくも、彼女に身を委ねてピクピクと一物を揺らしてしまう。

 彼女も乳房を擦りあわせて昂ぶっているみたいだった。鏡に映る顔はひどく淫靡だ。ぞくりと彼の背中に震えが走る。これから起きることへの期待だった。

 先端に甘露が降ると搾るような手つきになる。比喩でなくスベスベの手に触れ回される感覚はオナホと手のいいとこ取りだ。そのままガシガシと扱かれていたのなら、今まで焦らされた分も含めて果てただろう。

 勿体ぶって玉をこねくり回す。少しばかり力を入れられて甘い痛みが走ると、幾ばくか怖くなって萎えてしまう。休憩ではなく、快感を溜め込んでクライマックスをより高めるためだ。

 今度は竿をピストンしないで手のひらで剥き出した亀頭を優しく包み、もみくちゃにしてしまう。あんまりに突然で、強烈な刺激だった。自然と腰が震えて声が漏れる。

「あれあれ? もしかして、イジメられたいタイプだったりするかなー? 年下の女の子にいいようにされちゃってー」

 ささやかれた言葉は脳を右から左へ貫いて、心を引っかき回す。

「リ、リナさんにならいいですよ」

 気の利いたセリフを言ったつもりなのに、彼女はクスクスと笑った。

「もー。耳まで真っ赤にして言うセリフじゃないでしょ。聞いてるこっちが恥ずかしくなっちゃう」

 分泌液による潤滑が勝ると、さっきまで変幻自在だった動きが往復運動一辺倒になる。自分でいつもするペースとは食い違って、まるで始めて自慰をしたときのようだった。

 もうとっくに崖に追い込まれているのに、彼女はそこからも厳格だ。ただ手を前後させているだけのようで、指を変えたり緩急を使いこなして絶妙に刺激の違いを生み出す。

 いよいよフィニッシュになった。今までタイミングが合っていなかったようで、突き抜ける瞬間にぴたりと陰茎を根元に押しこむように圧をかける。それに反発するように煮詰められた白濁がまき散らされる。

 勢いよく、鏡の上隅に命中して粘っこく垂れていく。不意にそれが彼女の顔に重なって見えて、急速に気力を失ったはずのそれが息を吹き返す。

「あは、若いっていいね」

「リナさんってホントは何歳なんですか」

「女性には年齢を聞かない約束でしょ。ほら、こっち向いて」

 言われた通りに身を翻す。強調された彼女の豊満な体を目の当たりにすると抑えが効かなくなる。彼女を好き勝手にしたい気持ちが湧き上がってくる。

 それは物理的に叶わない。軋みと粘つく音に混ざって金属同士がぶつかる鋭い音が混ざる。

「ここ使えないから、口でね」

 彼女は舌を垂らすと溜まった唾液を陰茎にふりかける。そして甲斐甲斐しく跪き、赤い果実を口に含む。やっとのことで彼は彼女と直に触れ合うことができた。

 貞操帯は確かに彼女を守っている器具だ。だけどその裏返しに彼女を追い詰めているように彼は思えた。健気そうに股間に指を這わせてはコツンとはじき返される。胸をまさぐっても、ラバーは分厚いようで十分な触感を通しているようには見えない。

 竿を介して喉の震えが伝わる。口の大きさに対してはオーバーサイズでいっぱいいっぱいだ。

 歯を当てないように舌を宛がい、返しの部分まで磨く。先端ばっかりでは気持ちよくても射精に至るまで遠い。だけど彼はその間を楽しめるようになった。

 ただ少しばかり仄暗い気持ちにもなった。彼女の所作はどこをとっても精細だ。それはどうも平然と生きていては得られそうもない。だから誰かに仕込まれているという結論に行き着いた。

「どほひたの」

 咥えたまま話されると彼もくすぐったかった。ゴム手袋は相応の厚さで体温も遮断していたが口は熱が直に伝わる。

「何でもない、です」

「ほっか。あはまつかんれ」

 提案は彼の罪悪感を増強した。自発的に咥えこもうとするが、深くなると途中で嘔吐いて引いてしまう。黒い気持ちを踏み切って頭に手を置く。

 最初は彼女の動きを助けるという名目も、徐々に自分本位になる。亀頭への刺激が足りないと思って赴くままに押さえつけてしまった。ねじ込まれた彼女は余裕がなくなって、離れようとする。

 だけどそんな抵抗や、反射も彼には心地よく感じられた。そうして彼は思うがままに彼女の頭を振って体液を放出した。最後は突き立てたまま、脳にでも注入するつもりだった。

 射精直後に来た冷静さは彼の肝を潰した。我に返ってやっと彼女を解放した。酸欠で肺いっぱいに空気を取り込みたいだろうに、絡みついた種汁のせいで咳き込むばかりだ。

「ごっ、ごめんなさい」

「いーのいーの。慣れてる」

 お別れに彼女は亀頭にキスをして、尿道に残った液を残らず吸い出す。そして舌で転がし、喉を鳴らして口の中を空にして見せた。

「ありがと」

「いや……」

 感謝されるような筋合いはない。慣れてるという彼女に、彼は身勝手な同情心を抱いてしまっていた。

「私もこれで上がりだからさ、ウチに来ない? 公園で寝て帰ったなんて、こっちとしても恥ずかしいし」

「……ぜひ」

「よかった。じゃ、先上がって待っててよ。私は片付けがあるから」

 こびりついたタンパク質が彼の目にも映る。俯瞰して見れば、殊の外ばら撒かれていた。

 浴室を出た彼はせわしなく挙動不審に身を整えて出た。番台脇のベンチに腰を掛けるといかんせん気まずかった。

 間違いなく事情を知っている。彼がロッカーの鍵を置いても、下駄箱の札は返ってこない。

「いくらでしょうか」

「千円」

 想定したより桁が少ないくらいだった。これも彼の気分を悪くした。ここで過剰に支払ったところで、間違いなく彼女の元には届かない。

 紙幣を一枚置くと無事に札が返ってくる。後始末を終えた彼女は浴室からでなく、玄関から現れた。その姿は外を出歩くに不適切だと彼は思えた。

 彼女は身に纏っていたゴムや革や金属の装具をそのままに、上にワンピースを被っただけだ。

 その場で会話はなかった。彼女はその姿の方が自然らしかった。

「仕事着とかじゃ、なかったんですね」

 銭湯の戸を閉めてやっと切り出すことができた。

「うん、そう」

「……脱げないとか」

「そうなるよね。鍵、かけられてるから」

 彼は目線が合わせづらかった。田舎道を歩くには似合わない、エナメルのハイヒールブーツを履いて背丈がいくらか高くなったことも影響している。

 集落から離れたところに彼女の家はあった。他の建物よりもう一回り時代遅れでポツリと佇む建屋は隔離されているようだ。

「ごめんね、歩かせちゃって」

「いえ……えっと」

 錠前だらけの彼女とは対照的に、立て付けの悪い玄関戸に鍵はない。ワンルーム程度の広さで、内装も外見相応に古ぼけていて修繕が必要なくらいだ。そして彼は強烈な違和感を覚えた。

 玄関先にはポリ袋が転がっていて、彼女はそれを掴んで居間に上がる。それを追って彼も上がり、旅行道具で満載の荷物を下ろした。

「私だけの食べ物しか無いんだけどいい?」

「全然、お構いなく」

「ありがと」

 受け皿にポリ袋の中身を空ける。グズグズに煮崩れた米粒を主体に、野菜の切りくずが混ざったお粥らしかった。見ようによっては吐瀉物だった。

 皿は床に置かれたままだ。穢れがある床から食事を区別できるものはない。違和感の正体は、そういった生活必需品の徹底的な欠如だった。

 スプーンや箸もない。彼女は当然のように、膝と肘を突いて顔の方を近づけた。顎の構造とは違うから犬食いは難しいが、彼女は綺麗に頬張って飲み下した。そうやって躾けられているらしい。

「あんまり……これは見ないでくれると嬉しいな」

 その様子に彼は目線を奪われていて、促されてやっと逸らした。異常事態のはずなのに日常的だった。

 黙々と彼女への給餌は続く。最後に彼女は皿を舐めることで清掃し、食事を終えた。いただきますもごちそうさまもない。

 事情を聞きたかった。しかし何故かそれをしてはいけないように彼は感じた。日差しはよくても、この辺りは息が詰まりそうな閉塞感がある。

 食事の後で彼女は睡眠を取らなければならない。彼も寝不足気味とはいえ昼夜逆転まではしていない。だから眠気はなかったが、邪魔している身で彼女の生活に優先する事項はなかった。

「布団敷くから、使って。ここを出られるのは明日でしょ? 私が居なくてもそのまま出て行っていいから」

 押し入れには布団が一式あった。ただ、普通の布団ではなく防水のライナーが裏打ちされているものだ。

「リナさんは」

「それは私のじゃないから」

「……一緒ならどうですか」

 それは許されているようだった。彼と彼女は背中を向け合って布団を半分ずつに共有する。ライナーは身じろぎの度にパリパリとした音を立てて安眠の邪魔になった。

「ありがと」

「それは僕が言わないと」

「ううん。会えたこと自体、ありがたいんだよ」

 彼の好奇心は殺されていた。彼は学生の身でちっぽけな存在だ。なにかことを荒立てようとするほど気概はない。

「ねえ、わがまま、聞いてくれる?」

「僕にできることなら」

 彼女は体の向きを変える。足と足が絡み合い、股を押し付けられると硬い異質な感覚が彼に伝わる。

「……えっと」

「いいの。そのままで」

 風呂場では石けんの匂いに紛れていた色々な臭いが彼を襲う。垢の臭い、鉄の臭い、ゴムの臭い。快適な臭いではないが、それが彼女由来だと思うと彼は受容できた。

 彼女の息が荒くなる。自分を慰めようとするその姿は必死ですらある。彼はもう寝るような状態でいられなくなった。

 間もなく眠りとまぜこぜになり、薄れた彼女の自我は壊れたレコードのように何者かへの懇願を口走らせた。ここに来てからずっと苛烈な欲求不満に苛まれているらしい。

 鉄の掟が頑なに絶頂を遠ざける。どんなにしても無意味なのは学習しているだろうに、彼女は止められない。

 そのまま数時間が経つと彼女は意識を取り戻した。中途半端な眠りは疲労回復どころか気だるさを残したようだ。眠る前より声に元気がない。

「起きてる?」

 彼は寝ているフリをした。

「じゃあ、またね。どこかで会えるなら」

 彼女は仕事場に向かう。入れ替わるように彼の方が眠りに落ちた。

 翌朝、目が覚めると彼女の姿はなく、まだ戻ってきていない。痕跡はカピカピになったズボンに残されていた。

 言われていた通りに鍵は閉めないで外に飛び出した。最寄りの始発まで時間はあったが、徒歩移動で今から間に合うかどうかは五分五分だ。

 彼この地域に根付く風習を知り、再び訪れたのはいくらか年月が経ってからだった。


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