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江戸山乱理
江戸山乱理

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『おねしょと神頼み』(5)完

十一章 卒業間際の遊戯(67ー74) 67  妹の咲良からおねしょの世話をしてもらうという恥辱の体験は、優月にとって無意味では無かった。そのような咲良との親密なやり取りを通じて、わずかな期間で、優月の心境は大きく変化した。  ほんの数ヶ月前なら、おねしょをしたら、布団を濡らさなくても、自己嫌悪に陥って、その日は一日中ションボリとしていた。しかし、今となれば、(おねしょなんて、そんなに気にしなくてもいいかな)と軽く受け止めていて、むしろ、(おねしょしてもいいかな)というぐらいの気組みでいた。  そう思えるようになった途端に、ピタリとおねしょをしなくなった。おねしょとはそういう心理的な事情が大きく影響しているのだろう。  ある朝、優月と咲良は布団を畳んでいた。敷き布団の表面には、幾重ものおねしょの染みが残っているが、優月はその痕跡を見て、はるか昔の遺物のように思えた。 「私たち、最近全然おねしょしてないね」  咲良は自分の布団の染みを見ながら、しみじみとした口調で言った。 (そう言えば、そうだな……)  優月は今初めてそれに気付いた。もう二週間か三週間か、あるいは一ヶ月も二人とも粗相していないようだった。 「二人とも、このまま、おねしょ卒業かもね」 「そうだね」  普通に考えれば、そのことは喜ぶべきはずだった。しかし、なぜか、優月は心の中で一抹の寂しさを覚えた。その事情は咲良も同じらしく、その表情はどことなく沈んでいた。  しかし、優月は本当に治ったのだろうかと、なおも疑り深く、その点を確かめずにはいられなかった。一度自分の体を試してみようと思った。  咲良は寝る前に平気で水をゴクゴクと飲んで、しかも、それで翌朝、おねしょしないという情景を、優月は何度も驚嘆と嫉妬をもって見てきた。 (今の私なら、それと同じことぐらいできるはずだ)  優月はそう思って、ある夜、寝る前、密かにキッチンに忍び入って、冷蔵庫のジュースをコップ一杯あおった。  残念ながら、その翌朝、優月はおねしょパンツを濡らして目覚めた。ちょうどコップ一杯分ぐらいの量のおしっこをもらしていた。  優月はちょっとくやしい思いをしたが、それと同時に股間の温かさを懐かしく感じた。寝床の中で、濡れたおねしょパンツの感触を久方ぶりに堪能しながら、 (あんな風に、あえて余分な水分を取るなんて無茶をしなければ、おねしょしなかったはずなんだから、今回のは本当のおねしょじゃない)  というように都合よく解釈した。  おねしょパンツは、何日か穿き続けたら、おねしょをしなくても、洗うことになっていたので、その日のおねしょは簡単にゴマかせた。そもそも咲良は、優月がおねしょしたとはつゆとも疑ってもいなかった。 68  最近、二人はおねしょをしたとしても、それは、寝る前に水を飲み過ぎたとか、余程疲れていたなど、何らかの明確な原因がある時に限られていた。そのため、危ないかなと思った夜は、あらかじめ、しっかりとおねしょパンツを穿いて寝て、おねしょに備えることができた。  しばらくそのような状態だったので、姉妹の間でおねしょのことが話題に上ることも少なくなり、二人の記憶からも薄れようとした頃、突如、咲良がおねしょした。しかも、布団を濡らすという、近頃では珍しい失敗だった。 「あっ、やった」  ある朝、咲良は叫んだ。  優月はその声で目を覚ました。そちらを見ると、咲良は掛け布団をめくって、上半身を起こして、自分の濡れた股間を見下ろしていた。 「お姉ちゃん、私、おねしょしちゃったよぅ」  咲良は狎れた口調で優月に言った。  優月も身を起こして、咲良の敷き布団をのぞき込むと、そこには三十センチぐらいの楕円形の模様が描かれていた。 「あらら、大変」  優月はつぶやいたが、そこに嘲りの意図はなく、純粋な同情だった。  咲良は自分ではおねしょが治ったと思い込んでいて、最近はずっと普通の下着で寝ていた。一方、優月は用心深く、まだおねしょパンツを穿いていた。  咲良はパジャマに着替える時に、「ほら、私、今日はこんなパンツだよ」とうれしそうに言って、可愛いパンツを穿いている姿を見せ付けたりした。また、「お姉ちゃんも、そんなダボダボかさばるおねしょパンツなんかやめて、普通のパンツにしたら?もう、お姉ちゃんもおねしょ、治ったんでしょ?」と誘ったりした。  そのようなことを言われても、優月は別に心証を害したりはせず、「そうね、そのうちね」などと言って、適当にあしらっていた。  今、優月は咲良の久しぶりのおねしょを目の当たりにしながら、様々な思いが頭の中を駆け巡った。 (おねしょパンツを卒業するのは、まだ早かったようね)  まずはそう思った。しかし、それと同時に、これが咲良の最後のおねしょになるかも知れないと思った。さらに、優月自身も、これからもう一度もおねしょしないかも知れないという予感がした。寝起きの頭で、優月は直感的に、その予感は正しく、きっとそうなるはずだと確信した。 (これで咲良も私も、おねしょとはお別れかも……。それは、うれしいようで、ちょっと寂しいな。なんせおねしょとは長い付き合いだったからな……)  次の瞬間、ふと奇妙な考えが心の中に湧いてきた。 (私も最後に一回、おねしょしておく……?)  しかし、その直後に、いくら何でもそんなダメだろうと、打ち消した。しかし、再び、 (でも、今この時を逃せば、その機会は永遠に失われてしまう……)  その点に気付いた優月は、もうそうするしかないと思った。今や、はっきりと目が覚めていた。 69  咲良はさっきからずっと、自分の濡れた敷き布団を気にしていた。  優月は今ならできると思って、グッとお腹に力を入れた。しかし、何も出なかった。 (ダメか……)  さらにグッと力を入れた。今度も何も起こらなかった。 (うーん、なかなか出ないものだな……)  優月は掛け布団の下で足を曲げて、正座のような姿勢になって、改めて下腹に力を入れると、おしっこはジュワッと出た。  いったん出始めると、その後は大して力まなくても、自然にジャージャーともれて、おねしょパンツの中の当て布に染み込んでいった。おねしょパンツはすぐにグッショリと濡れて、パジャマの上から触っても、おもらししたのが分かる状態になった。優月はちゃんとおもらしできて、ホッと溜息をついた。  さっそく優月は、ションボリとしている咲良に、 「咲良、実は私もしたの」  と明るい声で言った。 「したって……?」 「おねしょをしたのよ」 「ウソ!?」 「ホントだよ。疑うのなら触ってみてよ」  優月はそう言って、濡らしたばかりでホカホカのおねしょパンツを咲良に触らせた。 「うわっ、ホントだ。お姉ちゃんもおねしょか。偶然だね。なんで二人ともしたんだろう。昨日、寝る前、水をガブガブ飲んだりしたっけ?」 「うーんと……。ちょっと夜更かししたかな……。それともエアコンが利きすぎたかも……」 「そうだっけ?まあいいや。そうか、そうか、お姉ちゃもか」  咲良は心底うれしそうにしていたので、優月は、やっぱり、こうしてよかったと思った。 70  お風呂で一緒にお互いの体の洗いっこをした。  優月は咲良の痩せたお腹を撫でながら、 (こういうことをするのも、これが最後だろうな)  と思った。そういう目で見ると、向かい合っている咲良の華奢な裸体が切ないばかりに愛おしく感じた。  そのことは咲良も分かっていたらしく、 「お姉ちゃんに体を洗ってもらうの、これが最後かな」  と悲しそうに言った。優月は自分の咲良への愛情を、どうにかして相手に示したくなった。 「ねえ、咲良、ギュッてしていい?」 「ギュってどういうこと?」 「こういうこと」  優月は咲良の裸体を掻き寄せて、自分の胸に密着させた。咲良は肌を密着されて、最初は、 「ひひっ」  と笑って、くすぐったそうにしていたが、すぐにそれを受入れて、自分も優月の背中に両腕を回した。しばらく二人は抱き合っていたが、やがて二人とも恥ずかしさが込み上げてきて、同時に噴き出して、身を離した。  また洗い合いをしていると、咲良は思い出したように、 「そうだ、お姉ちゃん、するんでしょ」  とさりげなく言った。 「何を?」 「おしっこを」 「え……」 「したらいいじゃん。ね?」 「……うん」 「いいよ。して」  咲良はそう言って、自分の手を優月の股間に差し入れた。優月は一応、少しは恥じらう素振りを見せてから、おしっこを放った。我慢していたので、勢いよくドバっと出て、咲良の手の平に当たって弾けた。しかし、咲良は少しも嫌な顔をせず、 「ふふ、お姉ちゃんのおしっこ、温かい」  と、むしろ、うれしそうだった。  優月はおしっこを出し終わると、 「じゃあ、次は咲良の番ね」  と言って、自分も咲良に同じことをさせた。咲良もおしっこを我慢していたようで、それは優月に劣らぬ程の勢いと量だった。  おしっこの掛け合い遊びをした後は、真面目にちゃんと濡らした服を洗った。  優月のおねしょパンツと当て布は咲良が洗って、咲良はのパジャマとパンツは優月が洗った。わざわざそうしようと言ったわけではないが、無言のうちにそうなった。 71  二人は脱衣所から出て、洗い物を入れた洗面器を抱えて、部屋へ向かった。一緒に全裸のまま廊下を歩きながら、どちらからともなく、自然に手をつないでいた。  部屋に戻ると、咲良は早速、タンスの引き出しを開けて、パンツを取りして穿こうとした。しかし、優月は、 「咲良、それはまだにして」  と言って、押し留めた。 「えっ、どういうこと?」 「洗い物を先に干しちゃおう。そのおねしょ布団も」 「干すのはいいけど、まだ私たち、スッポンポンだよ」 「いいのよ、それで」 「ええ?」 「おねしょの罰だよ」 「罰って、裸で干しに行くのが?」 「そう」  優月にいきなりそのような厳しいことを言われて、咲良は明らかに納得いかないという様子だった。しかし、すぐに表情をパッと明るくして、 「罰っていうのなら、お姉ちゃんも、そうしなきゃダメだよ。だって、お姉ちゃんもおねしょしたんだけからね。そうでしょ?」  とニヤリとして言った。しかし、優月は、 「うん、そうするよ」  と平然と言ってのけた。 「えっ」  咲良は優月を言い負かしたと思ったのに、相手に真顔で開き直られて、ポカンとした。 「じゃあ、行こうか。一緒においで」  優月は全裸のまま、洗面器を持って、平然と部屋から出ていく素振りを見せた。 「ちょっと、待って」 「さあ、早く」 「うう。裸んぼで外に出るなんて嫌だよ」 「もうっ。咲良は駄々っ子なんだから。あんまりワガママばかり言っちゃダメだよ」 「お姉ちゃんは裸んぼうで庭に出るの、恥ずかしくないの?」 「そりゃあ、恥ずかしいけど、おねしょした罰なんだから、しょうがないでしょ」 「ううっ……。あっ、そうだ、こうするのはどう?」 「どうするの?」 「パンツだけは穿くっていうのは?それぐらいならいいよね?」 「うーん」 「お願い。ほら、だって、これまでのおねしょの回数って、お姉ちゃんよりも私の方が少ないでしょ?だから、お姉ちゃんがスッポンポンで、私がパンツ一枚って、ちょうどいいんじゃない?」  その咲良の提案を聞いて、今度は優月が悩む番だった。それは咲良にしては、筋の通った理屈だった。また、あまり無理強いもし兼ねるので、それぐらいなら、聞き入れてあげようと判断した。 「うん。じゃあ、パンツだけならいいよ」 「やった。ありがとう、お姉ちゃん」  咲良はそう言って、そそくさとパンツに足を通した。それは無地のピンク色で、前にリボンだけがついた大人っぽいパンツで、咲良のお気に入りの一枚だった。  その姿を見せつけられて、咲良は、全裸のままの自分が急に恥ずかしくなった。 (うう、私もパンツぐらい穿けばよかったかな……)  少し後悔したが、今さら「私もパンツ穿く」などと言うわけにはいかず、グッと我慢した。 「よし、これ一枚穿いたら、もう安心。お姉ちゃん、干しに行こう」  咲良は、そんな優月の気持ちを知ってか知らずか、元気良く言った。 「う、うん」  優月はヘドモドと返事した。 72  優月と咲良はおねしょ布団の両端を持って、部屋から裏庭の物干し場へ運び出した。 「庭に出たら、地面にすらないようにしてよ」  優月は口ではお姉ちゃんらしく言ったが、内心では、(このまま全裸で外に干しに行くのか……)とオドオドしていた。しかし、結局は、両手でつかんでいる布団に引っぱられるように、縁側から庭に降り立った。  日光は優月と咲良の生白い裸体を照らした。二人はまぶしそうに顔をしかめて、布団を裏庭の物干し場へ運んだ。  「せえの」と力を合わせて、おねしょ布団を物干し竿にかけた。優月は布団を干してしまうと、手持無沙汰になって、日に照らされている自分の裸体を嫌でも意識してしまって、 (咲良はパンツ穿いてていいなあ)  と思った。しかし、咲良は咲良で、自分の粗相したおねしょ布団が白日の元に晒されて、気まずそうにしていた。 「咲良、今日は晴れてるから、すぐに乾くよ」 「そうだといいんだけど……」 「そんなに大きなおねしょじゃないからね」  優月は手を近付けて、指でその大きさを計った。 「あんまり触らないで。あっ、そうだ。私、洗面器の洗い物、持ってくる」  咲良は照れ隠しのためか、そう言って再び部屋の中に戻って行った。その場に一人残された優月は、全裸で腕を組んで、布団に描かれたおねしょの染みの模様を見つめていた。 73  背後でザッザッと足音がしたので、(やけに遅かったな)と思いながら振り返ると、そこには咲良だけでなく、ママもいた。 「あっ、ママ」  ここにママが来るのは予想外だったので、優月は思わず叫んだ。 「まあ、なんて格好してるの」  ママは全裸の優月を見て、目を丸くして驚いた。 「えっと、これは……」  優月はなぜ自分が全裸なのかを説明しようとしたが、ママは、 「いいのよ。もう、咲良から聞いたから」  と言って、それを遮った。ママはすでに事の経緯を知っていた。  おねしょの罰として、自ら裸になるという、その子供らしい生真面目さを、ママは微笑ましくと思っていたらしい。真っ裸で庭に出ている優月を見つけたら、普段のママなら、「女の子のくせにはしたないよ」と怒るはずなのに、今はニコニコしていた。  しかし、その一方で、そばで洗面器を抱えている咲良に対しては、何かひっかかるものがある様子で、そのパンツ姿をジロジロと見ていた。 「優月はスッポンポンだけど、咲良はパンツを穿いてるのね……」  ママは誰に言うともなく言ったが、その口調は何となく難詰めいていた。 「うん、そう。だって……」  咲良は少し慌てて、その理由を説明しようとしたが、ママは最後まで言わせなかった。 「でもね、お姉ちゃんがスッポンポンで、咲良はパンツを穿いてるのって、不公平じゃない?」 「えっ、なんで?」 「だって、お姉ちゃんはおねしょしたけど、ちゃんとおねしょパンツ穿いてたでしょ。でも、あなたは穿かずにそのままおねしょして、布団を濡らしたんだよね。お姉ちゃんの方が良い子だよね?」 「……」  咲良はその理屈には一言もなく、黙り込んでしまった。横で聞いていた優月も、(なるほど、そう言えばそうだな)と感心した。  咲良は幼いながらも、ママの言わんとすることを察して、もうそれ以上は言わせなかった。さっき咲良は優月には駄々をこねたのに、ママには一言も抗わず、穿いたばかりのパンツを無言で自ら下ろした。 「よこしなさい」  ママは言った。咲良は脱いだパンツを素直にママに渡した。それはママのエプロンのポケットにしまわれた。 「じゃあ、それを干して」  咲良は洗面器に入った洗い物を物干し竿にかけ始めた。 「私も手伝うよ」  優月は、咲良一人にさせるのは忍びなかったので、一緒にした。洗濯物は大して多くもない量だったので、二人で干すと、すぐに終わった。 「ママ、全部干したよ」 「そうだわ、今日はせっかくのお天気だから、ついでに優月の布団も持ってきなさい」 「えっ?私は布団を濡らしてないよ」 「たまには干した方がいいでしょ」  その提案に反対する理由は特に無かったので、優月は「うん、わかった」と言って従った。優月が部屋に向かおうと、咲良も「私も行く」と言って、一緒に付いてきた。  二人はまた部屋に戻り、さっきと同じように布団を運び出した。「よいしょ、よいしょ」と廊下を歩きながら、咲良は、 「ママ、怒ってるかな?」  と心配そうに訊いた。しかし、優月は、(それほどじゃないでしょ。というか、裸ん坊の私たちを見て、面白がってたみたいだけどね)と思っていた。そう言おうとしたが、ふと、(そうだ、ちょっと咲良をだましてやろう)と悪戯心が湧いた。 「うーん、そうね、結構、怒ってるかもね……」 「そっか……」 「今はママの言うこと、ちゃん聞いた方がいいよ」  優月はさらにおどかしてやった。 「うん、そうする」  咲良は真面目な顔でコクリとうなずいた。優月はその殊勝さに噴き出しそうになったが、何とか我慢した。 74  物干し竿には、二枚の布団が並んだ。  朝の日差しの中で、母娘三人は一緒にそれを観察した。  優月の布団は今は濡れてはいないが、咲良のと同じように、その表面には今までにしてきたおねしょの模様が幾重にも残されていた。こうして改めて見比べると、優月のつくったおねしょの染みの方が、面積も大きく、数も多いのは、一目瞭然だった。 「お姉ちゃんの布団の方がおねしょの跡、多いね」  咲良は遠慮なく、露骨に言った。 「いや、同じぐらいでしょ」  優月は、内心では咲良の意見に同意しつつも、くやしまぎれに言い張った。 「うーん、そうかな……」 「そうだよ」 「じゃあ、数えてみようか」 「そんなのやめて。もう、あんまりジロジロ見ないで」  姉妹のそんなやり取りを見て、ママは愉快そうに微笑んでいた。  三人は何をするということもなく、何となく突っ立ったまま、裏庭の物干し場で朝の日差しを浴びていた。 「大分日差しが強くなってきたね」  優月はつぶやいた。それは遠回しに、(真っ裸でまだこんなことしててもいいの?)とママに訊いたつもりだった。  しかし、咲良はそれを真に受けて、 「そうだね、お日様、気持ちいい。うーん」  などと言って伸びをし始めた。  咲良は、ママの機嫌はそれほど悪くないと分かって、安心したようで、全身を日光に照らされながら、手足を伸ばしたり、背筋を反らしたりと、自分が全裸であることを忘れたかのように、軽躁にはしゃぎ出した。  ママは優月に答えるように、 「あなたたち、小さい頃、この場所でスッポンポンで日向ぼっこしたんだよ。憶えてないかな」  と言った。 「へえ、そうだっけ?」  咲良は顔を振った。しかし、優月は微かにそのような記憶があるような気がした。 「この板の上にタオルを敷いて、二人並んで、寝っ転がって、日向ぼっこしたんだよ。どう?今、する?」  ママは微笑を浮かべながら、そんなことを言った。  二人は、その言葉が冗談なのか本気なのか、判断しかねて、顔を見合わせた。  咲良は、(お姉ちゃん、どうする?)というような表情をした。優月は曖昧に微笑を浮かべた。(それもいいかな)と思ったが、咲良がそれほど乗り気では無かったので、自分から「うん、しよう」とは言い出しにくかった。 (今は無理でも、これからの季節は温かくなるのだし、機会が見つけて、咲良を誘ってできるかな……)  と優月は今後のことを考え始めた。  二人が黙っていたので、ママは話題を変えて、 「その時の写真、残ってるはずだよ。後で探してみようか。あ、そうだ。せっかくだから、今、記念撮影しようか?」  と訊いた。 「えっ、なんの撮影?」 「おねしょの記念撮影だよ。もうこれが最後かも知れないでしょ。カメラ持ってこようか?」 「いやだよ、そんなの」  咲良は裸の胸を両腕で隠すように押さえて、逃げ腰になった。 「冗談よ。本気にしないの。うふふ」 「もうっ」  騙されて、ふてくされた咲良を見て、ママと優月は笑った。  しかし、優月も内心ではママの言葉を真に受けていた。(撮影か……。別にいいんじゃない?)と思っていた。  記念撮影はしなかったので、そのような写真は残らなかったが、おねしょ布団を挟んで、ママと裸の姉妹が立っているという情景を、優月はしっかりと脳裏に刻みつけておいた。 十二章 過去と未来(75ー76) 75  その後の二、三ヶ月間、優月と咲良は一度もおねしょをしなかった。  二人は自分たちでも、「もうおねしょは卒業した」と自信を持ったし、ママも「もう二人とも、おねしょは治ったみたいね」と言ってくれた。  それと時期を合わせたわけではないだろうが、ちょうど同じ頃、一家は近所の少し離れた場所へ引っ越した。  そこは前よりも一回り大きな家で、優月も咲良も自分だけの部屋を与えられた。その広い洋室にベッドや家具などを新調してもらったので、二人の喜びはひときわ大きかった。  優月と咲良は、新しい家と自分の部屋に心はウキウキを弾んで、数日間ずっと興奮しっぱなしだった。中学生の優月も年甲斐もなく、 「わぁい、やったぁ。私、うれしい」  などと言って、子供みたいに踊ったりしてはしゃぎ回った。  ただし、たった一つだけ難点があった。  二人は今までずっと、姉妹一緒に一室で布団を並べて寝ていたので、夜一人きりで寝るのは慣れておらず、どうしても寂しく嫌だった。自分の部屋をもらって大人になった気分の二人だったが、そこはまだ子供のようだった。  ただし、人並に見栄はあったので、「一人で寝るのが寂しい」などと言うのは恥ずかしくて、そのことはママには伏せておいた。  しかし、姉妹の間では、はっきり口に出さなくても、相通じる所があった。咲良は、 「夜は、お姉ちゃんの部屋で一緒に寝ていい?」  と、少し照れながら上目遣いをしてお願いした。優月の方も事情は同じだったので、 「うん、いいよ。おいで」  と、むしろ、その申し出を歓迎したぐらいだった。  そうして、しばらくの間は、寝る時間になると、咲良は枕を持って優月の部屋にやってきた。  優月は咲良を自分のベッドに引き込んで、自分もそのそばに横たわり、二人は一つのベッドに仲睦まじく一緒になって寝た。布団の下で、優月は咲良の体を両腕でギュッと抱いてやった。体質のためか年齢のためか、咲良の体温はことのほか高かった。  もっとも、そうするのは咲良への愛情というだけではなく、ベッドから落ちないようにという配慮でもあった。  慣れないベッドで、しかもシングルベッドだったので、油断していると、寝ている間に床に落ちた。これも、以前のように畳に布団を敷いて寝ている時と違って、気を遣う点だった。そういう理由もあって、二人はお互いに抱き合うように身を接して、毎夜眠りについたのだった。 「ねえ、今度はお姉ちゃんが私の部屋に来てよ」  と咲良は誘って、優月が咲良の部屋のベッドで寝る時もあった。  部屋の持ち主が主人役になり、招かれた方はお客さん役になるという取り決めが暗黙裡にできていたので、そういう場合は普段とは逆に、咲良が優月を抱くようにして眠った。  お互いの部屋を行ったり来たりするという習慣は、自分たちでも自慢にならないと分かっていたので、二人だけの秘密だった。もっとも、勘のいいママがそのことに気付いていないとは考えにくかったが、何も言われないので、バレていないものとして、続けていた。 76  しかし、最初の一週間が過ぎ、やがて二週間目にも入ると、姉妹はそれぞれ一人で寝るのにも徐々に慣れてきた。 「咲良、今夜は、あなたが私の部屋に来る?」  いつものように優月は誘った。しかし、咲良は、 「ううん、今夜は私一人で寝る」  と断った。 「あら、大丈夫なの?」 「うん、もう平気。寂しくないよ」 「へー、えらいじゃん。咲良はもう大人だね」 「えへへ」 「頭をナデナデしてあげよう」  優月はお姉ちゃんらしく、大げさに咲良を褒めてやったが、内心は複雑だった。今夜も含めて、これからも当面は咲良と一緒に寝るつもりだったので、いきなりそんなことを言われて、驚くとともに困惑した。  その夜、優月はベッドで仰向けになって、天井の豆電球の明かりを見上げていた。一人寝の寂しさのために、なかなか眠れず、ベッドの上で転々と寝返りをうっていた。頭の中には、咲良の華奢な体付きや熱い体温が懐かしく思い出された。 (ここに咲良がいたら、ギュッて抱きしめてあげるのにな……)  優月には誰にも言っていない秘密があった。寝ている咲良を自分の体に引き寄せて、頭頂部に鼻を押し当てて、子供らしい乳臭い匂いをクンクン嗅ぐという行為に病みつきになっていた。いきなりその機会を奪われたのは、心理的な痛手として小さくはなかった。  よほど咲良の部屋に行こうかと思った。しかし、咲良は一人で寝られると言っているのに、姉である優月が枕を持って行って、「一緒に寝て」とは頼めなかった。そもそも時刻も遅いので、すでに咲良は寝入っているはずだった。 (私って、咲良よりも寂しがり屋さんなのかな?私も早く、一人で寝るのに慣れなきゃな……)  優月は眠れないままに、ベッドの中でゴロゴロしながら、自分たち姉妹の関係を振り返った。 (私たち、最近、ずいぶんと仲良くなったなぁ。前まではそんなんじゃなかったのに)  以前は、どちらかというと、年の近い姉妹によくあるように、何かとムキになって対立することも多かったが、今では仲の良い友達同士のようだった。  もっとも、それを言い換えると、姉とか妹という立場の違いが曖昧になったということでもあるが、優月はその点は特に気にしておらず、現状に満足していた。 (来年は咲良も中学生か……)  優月の思いは将来のことにも及んだ。年をとるのは咲良だけではない。お互いに成長していく。そうなれば、自然に今のような子供じみた交わり方はしなくなるだろう。 (けど、それが大人になるということなら、そうしなきゃいけない……)  優月は、今後の人生の指針を漠然と決めると、目をつぶって、寝入った。(完)


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