その日七瀬六は、盛大に後悔していた。 (吐きそうだ………。) 深呼吸をして部屋に入る。 事の発端は、コンビニで女性雑誌。 オシャレな想定や表紙であるが、描いてあることは直接的かつ卑猥な文言。 『マンネリエッチ解消!ちょっぴり過激な攻めスタイルで彼氏のハートに火をつける!』 燃えるようなセックスとやらに正直興味はないが、マンネリは飽きられる。 マグロ女子はありえないというような言葉は、六を少なからず動揺させた。 上司であり恋人である五郎と週末秘密の関係をはじめ、こういった禅問答は定期的に訪れる。 自身の依存心を満たす時や、ムリをした時に正すため。お仕置きをされている。 そして、そんな六の姿を眺めることが、五郎は楽しいから、今のままでかまわないと言ってくれるが。 自信が持てない。 だから、つい口走ってしまったのだと思う。 「SMに興味があるんですが。」 などと、正直なところ、六にそういった趣味はない。 野外排尿をオムツを着用状態で行わされても、羞恥こそあれ。 快楽や快感という感覚よりは。 帰りたいというキモチが強かった。 実際、SMといっても縛ったり叩いたりというイメージから考えて、到底好きになれるものではないとは思っている。 それでも、五郎に嫌われたくないという気持ちから言ってしまったのだ。 覆水もミルクも盆には返らない。 いつもと同じように訪れた部屋で、いつものように腰を下ろすことも出来ずまごまごとしていると。 五郎がポンと肩を叩く。 「むっちゃん、ムリしてない?」 「してません!」 食い気味の否定が余計にわざとらしさを強調するが、どう説明していいのか当人にだってわからない。 「それなら、かまわんが。」 問答を繰り返せばケンカになることを何度か繰り返すうちに学習している五郎は、すっと引きソファに腰をかける。 晩酌用に出したのであろう2本の冷たいビールをとりあえずテーブルに置くと。 「六が、期待しすぎて落ち着かないみたいだから先にやっちまうか。」 「っ」 身体の緊張が数倍強くなり、全身の神経が冷え込むような感覚に陥る。 「おいで。」 その声に誘われるがまま近寄ると腕を引かれ、いつものお仕置きの様に膝へと腹ばいにされてしまう。 一点違うとすれば、それは着替える前で、スーツのままというところだろうか。 「あ、あのゴロウさん?」 はりつくように声をさえぎる喉からどうにか声を絞り出し袖のボタンを外し腕まくりをしている五郎のほうを見上げる。 「おっと、お仕置きじゃないけど、動くなよ?あと、あんまり騒ぐと舌噛むぞ?」 やわらかい笑みではあるが、コレからすることがソレであることを否定されないあたり混乱がピークに達する。 「じゃ、まずはウォーミングアップだな。」 パンッ スーツごしに打ち付けられた平手は、音の割には痛くないが。 それでも、肩を叩いたりするより力を強めに叩かれた感覚は全身に響く。 「っ」 突っ伏したままソファに額をこすりつける体制で二発目の痛みに声を漏らさぬよう身体に力を入れる。 パン、パン、パン 比較的スローペースな音が部屋の中に響き。 布越しの焦れた痛みは段々と叩かれているという事実を身体に教え込まれていく。 痛いわけではない、けれど叩かれているという事実が脳をあわ立たせ、頬や項、耳たぶを熱くする。 いつもは不機嫌な口調で、静かな叱責を口にしながら。一発一発重く内臓が揺さぶられ。 そのたび心臓をわしづか無用な平手とは違う。 だから、怖くは無いのに、自分の感じている感覚を言葉に出来ず黙り込んでしまう。 フゥフゥと、段々と乱れる呼吸、紅潮した頬が物語るように、熱を帯びた顔面の熱さから額に浮かぶ汗。 ふと、手を止めた五郎を見上げると。 セーフワードがどうとかぶつぶつと言って、やわらかく笑いながら。 「痛くてもういやだと思ったり、怖くなったらそこでやめる。そのときは。そうだな一応はゴメンナサイにしておくか?」 「は、はい。」 尋ねられた意味を余り理解しないまま。了解をすると。 ぐっと、腰を抱きかかえられ、先ほどのように並べた膝とは違い組まれた膝の上に腹ばいになる形で、態勢としては四つんばいをするように尻を突き出すスタイルで。 ズボンをひき下ろされる。 ズボンの下、愛想のないトランクスの上から。 今度は先ほどより強い平手が連続で打ち付けられる。 「くっ………んっ」 悲鳴こそ上げなかったが、突然の痛みの強弱の差と、突き出された尻に打たれる平手の痛みに思わず喉から声が漏れる。 暴れるほどではないが、段々と熱い頭とは別に、ジリジリとするような痛みと熱が尻も感じ始めていることだけは解る。 未だ耐えられる。 今日は、五郎を楽しませたい、だから、出来るだけガマンすると決めてきた。 そう思いながらも。 トランクスをTバックのように引かれぎゅっとタマと竿を強く締め付けられる形になると、そんな余裕が段々と揺らいでいく。 反射的に彼のズボンを握り、パンツを履いている状態ではあるが、ほぼ地肌を晒した状態での平手打ちに。 足掻くように指先がもどかしいようにさ迷う。 「った……っ」 まだ、大丈夫 まだ、大丈夫 まだ、大丈夫 もはや自己暗示か呪文のようになったフレーズが脳内でリピート再生され、引き上げられていたズボンが今度は性器が丸見えになるような状態ですべておろされたことにも気付かず。 平手打ちを受け続ける。 「六、本当にまだ大丈夫?」 「だ、大丈夫です。」 「痛いんじゃないか?」 連続で打ち据えられていて響いてた音が耳のなかで続くような感覚を覚えながら。 「大丈夫です。」 とちいさく答える。 本当のところ、叩かれている瞬間は確かにいたいのだが、叱責もなく叩かれる、快楽や行為の代替としてのプレイと思うと。 脳内が処理を拒否するように上手く対処してくれなかったのだ。 大丈夫といいながら、ぼんやりとした様子で、額から首元までじっとりとした汗をかき、張り付いた髪を乱す六の頬を撫で、髪をすくい。 頭をポンポンとなでると。 一度六を膝からおろす。 降りていいといわれても、脱力したようにずるずるとへたり込んで膝にしがみついたままの六に対し、五郎は。 苦笑しながら。 「見てみろ、お前の尻は、悪さして叱られたガキと同じくらい真っ赤だぞ?」 「っ」 少し抱き上げられるように向かい合わせのまま、膝へ上体を乗せたろくの尻を撫で、押し広げ、または包み込むようにしながら。 部屋の片隅の大きな姿見に映る、乱れた六の姿を見るよう誘導する。 叩かれている最中は叱られているときとは違い。 痛みや恐怖は薄かった。 そのため、まだまだガマンできる。 そんな気がしていたのだが、少しばかり何度も打たれたところが色濃くなり、尻たぶといえる部分の殆どは色白な地肌とは違う色に色づけられている事実に気付く。 いつもより痛くなかったと主張しようとしたが、その事実を視覚として認識してしまったからだろうか。 急に、ズキズキというような、ヒリヒリとズキズキがあわさったような痛みが尻に熱と共に自身の身体へと呼びかけてくる。 「っ。」 「今日はここまでにしよう。それに、むっちゃんがオシリペンペンが大好きなエッチな恋人になったら、お仕置きを別に考えなきゃいけなくなるからな。」 ニヤリと笑う五郎は。 六が考えていた意図を大凡理解していたらしい。 その上で、マグロだから、楽しませていないという罪悪感は必要ないということを理解させるため。 今回の恥ずかしさだけが残るオシリペンペンもといSMに付き合ったらしい。 あれほど体温を上げた行為も、三十分もたっていなかったらしく。 ビールは、六と同じように汗をうかべ、テーブルを汚しているが。 そこそこに冷たいままだった。 一本の蓋を開け、六を強引に横に寝かしつけると、そのまだ冷たい蓋の開けていない方のビールを六の尻へと当てる。 「火照りが消えるまで暫く冷やしてなさい。まぁ、濡れタオル用意してもいいけど、そのくらいなら少ししたらマシになるだろう。」 「……はい。」 このヒトには本当に頭が上がらない。 大人しくされるまま格好の悪い姿だと六は暫く火照りが引かない気がしてならないのだった。 六のマグロからの卒業失敗を落ち込む一方で、五郎は、必死に耐え、どうにか自分を喜ばせようと。 プレイ最中も、身をゆだねるより、混乱で目を白黒させていた六の姿を思い出し、口元を緩める。 不器用で献身的な恋人は知らぬようだが、プレイや愛撫などより、恋愛にまで努力や勤勉を持ち込もうとするそんな姿が愛おしく。 放っておけないから自分は惚れたのだと。 ただ、関係を結んだきっかけも随分乱暴だったため、六が五郎を愉しませる方法に悩むとは別に。 五郎自身、自身の好意をうまく表現することに毎日頭をかかえているなんていうのは年上の威厳から白状できないわけで。 根本的にすれ違いながらも絡み合い、お互いが大好き。 その答えだけは何一つ変わらないことを本人たちが自覚するのはもう少し先の話になるだろう。 fin