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ミケ空
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広瀬の1DAYルーティーン ~鷹の目は逃がさない!



 …俺、広瀬孝の1DAYルーティーンを知りたい?

 やれやれ。立花のようなヒーローのを覗いた方が面白いと思うが…なに?俺がいい?…なかなか物好きだな。まあ、いい。


 俺の朝はそんなに早くない。

「んんっ…!よく寝た…!」

 午前8時。前の会社ならばすでに出勤している時間に俺は目が覚める。…あの頃は懐かしいな。早く出て遅く帰るのは当たり前。給料は安く、サービス残業はたっぷりで。…疲れとボクシングに関われないストレスにまみれた毎日。でも、FNの社員となった今は違う。…俺の働いている場所、FNはアンダーグラウンドでありながらも仕事はホワイト。午後からの出勤も多く、夜型の俺にはピッタリな職場だ。


「ふう…朝は…こんなもんか」

 目覚めてまずやること。それは身なりを整えてからの簡単な朝食を作りだ。簡単、と言っても俺もボクサーの端くれ。タンパク質やビタミン、そう言ったものはしっかりと計算。プロではない地下格闘技場のファイターだとしても、こういうことはきっちりしておきたい性分だ。

「…いただきます」

 少し行儀は悪いが、飯を食べながらざっとスマホで新聞を確認。前の会社の癖みたいなもんだな。様々なニュースに目を通し、食事を終えたら次は———

「…行くか」

 朝のトレーニング。

(…今日は…このコースで走るか…)

 日によって変わるが、朝はロードワーク。ざっと5~8㎞は走るようにしている。ペースを落とさず、心肺機能の強化。…減量をメインとするならば朝食前にすると脂肪が燃えやすくて良いんだがな。FNの試合は体重、と言ったものに関してはかなりルーズだからこそ、今はこの形にしている。


「ふぅ…いいペースだったな。シャワーでも浴びるか…」

 ロードワークを終え、シャワーを浴びる。…ふと、鏡を見つめながら全身チェック。引き締まった体を見つめながら、軽くシャドー。…俺だって、負けたくない相手がいる。だからこそ、日々の鍛錬は欠かさない。

 シャワーを終えると大体10時。これからは少し家事をする。それと同時。

『広瀬せんぱーい!今日オレ、試合試合!』

『わかってる。レフェリーは俺だ。カッコイイ所見せろよ、ヒーロー』

『マジっすか!気合入るー!』

 毎日入ってくる立花へラインを返す。…立花は俺がジムにいた時の後輩。昔、俺は立花に完膚なきまでに叩きのめされ、ボクシングをひっそりと諦めたのだが…ま。あいつもFNに来るようになって、拳を合わせて。俺は立花のおかげで戻ることもできた。今ではあいつのことは…っと、それはいいか。俺はラインを返しながらゆっくりと家事をこなすために計画表とにらめっこ。…どうも、俺はきっちりと準備がしていないと気が済まない性格なようでな。買い物やなんかもこうして表にすることが多い。

 そして、11時ごろから仕事の準備と早めの昼食。FNの出勤時間は日によって変わることもあるが、基本12時~21時。幸い、今のアパートがFNに近いこともあって出勤時間はたった10分。それまでに飯を軽く食べながら今日の予定を見直す。

「…今日は17時から翔のコーチ…それから19時からレフェリー…っと。片付ける仕事は…」

 そうこうしているとあっという間に時間が来て出社だ。

「お疲れ様です」

「おー、広瀬くーん!お疲れさまー!」.


「…お疲れ様です、広瀬」

 俺が出社する時間、いつも事務所には畔柳社長と秘書の白木さんがいる。こういうと、大勢の事務員が働いているイメージを抱くかもしれないが…実を言うと、FNの事務員というのは俺だけらしい。

「早速ですが、片付けていただきたい仕事を机に置いておきました。本日中にお願いします」

「いつもありがとうねー、広瀬くーん!僕と白木君はいつもの社長室にいるから、何かあったら遠慮なく連絡してくれたまえ!」

「わかりました」

 いつも俺が出社する時間に二人はいてくれるが、そのあとはすぐに社長室へと移ってしまう。…となると、ほぼ狭い個室に俺は一人きり。

「さて…やるとするか」

 俺は与えられた事務員の仕事をこなすため、PCや資料にかかりっきりで仕事となる。…仕事の内容自体は簡単だ。単なるデータ入力であったり、資料作成であったり。量は少しあるが、前職のスキルで楽々こなせる程度のものばかりだ。それでも、畔柳社長あたりは「広瀬君が有能だから他の事務員さんはいらないねえ。でも、大変になったらすぐに雇うから言うんだよ!」と言ってくれたりするが。

(…自分のペースで仕事を黙々とこなす、というのも存外悪くない)

 案外、独りで仕事をするというのも気が楽なもんだ。それに、少しばかり量は多いが片付けられないわけじゃない。俺は午後から黙々と、仕事をこなしながら———

「…っと、時間か。そろそろ行かないとな」

 15時くらいから。俺は動きやすい服装に着替えるとトレーニングルームへと向かう。そして———

「広瀬さん!よろしくお願いします!」


「ああ、翔。よろしくな。…じゃあ、早速だが今日はコンビネーションの見直しから行こうか」

 この時間からはコーチとしての時間だ。選手としての時間、レフェリーとしての時間も悪くないが…

「シッ!シッシッ!」

 バスバスゥゥゥゥッ!

「いいぞ、翔!次は右のボディーからアッパー!」

「はいっ!」

 バスゥッ!バシィィィィッ!

「ナイスパンチ!いいぞ!」

 ———この瞬間も、悪くない。

(ほんと…コーチをさせてもらっていることにも感謝だな)

 俺は教え子に自分の持っている知識やスキルを全力で受け渡す。幸い、俺の担当する教え子———沙月翔、火宮竜、天河翼。その3人はどいつもこいつも少し癖はあるが素直でいい奴ばかり。教えがいがあるからこそ、コーチもやりがいがある。そして、1時間。

「…よし!今日はここまで!」

「ありがとうございましたッ!はあっ…はあっ…!」

「…相変わらず、いい動きだな、翔。お前は俺よりもランクが高いわけだし、俺のコーチなんか必要ないんじゃないか?」

「いえ…!それでも、俺は…!

 コーチを終えると、俺は決まって教え子たちとベンチに座って話をする。時間にして15分くらいだが———

「俺は…もっと強くなって慧が安心できるようになりたいんです…!」 

「慧を守る…か。幼馴染だっけか?」

「はい!それと…」

「慧が好き、だったな」

「…はい!」

「お前は強いよ、翔」

 コーチとしてボクシングの技術を伝えることも大切だが、この、傍から見える無駄話も大切な時間だと思っている。…FNという負けたら犯される世界。そんな中で、皆、何を理由に戦うのか。

 ———翔は大切な人を守るため。

 ———竜はライバルと切磋琢磨し、超えるため。

 ———翼は、かつての先輩に自分を認めさせるため。

(…皆、自分の目標や夢があって戦っている)

 こういう理由ってやつがしっかりしているやつはよく伸びる。そして、強くなる。

(…俺も負けてられないな)

 教えながらも教えられ、15分の無駄ながらも大切な時間を終えると事務所に戻り、休憩がてらもう一度シャワー。そして、休憩がてら今度はしっかりとしたレフェリーの衣装へと着替えると余った事務作業をこなし、そして18時。

 コンコンコン

「どうぞー!」

「…失礼します」

「お。広瀬君!そろそろ試合かな?」

「はい。それと今日の事務作業が終わりましたので提出に」

「受け取りましょう」

「では、広瀬君!今日の19時からの試合だが…!」

 俺は終わった事務作業の報告をしつつ、試合前に社長室へ。FNのボクシングはエンタメ性が強い。その為、時々レフェリーに突拍子もない指示が出てくることもある。…とはいえ。

「…つまり、今回の立花の相手は不法ドーピングしている可能性が高い…と?」

「うむ。それもとびっきりの、ね。建てに立花君に挑戦状を叩きつけたわけではないようだ。とはいえ、君もわかるとおり、うちはそれを咎めるつもりはない」

「…では、試合はそのまま…」

「と、言いたいところだが、君もそれでは納得がいかないだろう?何しろ、大切な後輩、立花君だしねえ?」

「…いえ、ここはFNです。上層部は試合にGOサインを出すのであれば俺はただ、それに従う…」

「はっはっは!真面目な君らしい解答だ。…いいかい、広瀬君?確かに、うちはエンターテイメントを重視する試合を臨む。今回、立花君が名も知れない相手に負けた、となれば試合も盛り上がるだろう。———だが、その後はどうかな?」

「その後…ですか?」

「うむ」

「広瀬、畔柳社長はその後にドーピングが蔓延する事態を憂いています」

「…!」

「今回、立花が負けることになれば『あのヒーローをも倒すドーピング』があるという噂が流れるでしょう。多少であれば、ドーピングも試合の良い刺激になりますが…過剰にあふれてしまってはFNの試合の面白さ、その根本が潰れてしまいます」

「さっすが白木君!僕の言いたいことを理解しているね!…そこで、君を選んだ、というわけだ」

「…つまりは、そういうことですか」

「うむ!そういうことだよ。というわけで…立花君が勝てばそれでよし。もしも負けてしまうようなら…その時は君に頼むよ、広瀬君?」

 …全く、ドーピングで立花を超えてくるような相手に対し無茶な依頼をしてくれる。そもそも、俺は立花よりも低いランクだぞ?…けど。

「承知しました。畔柳社長」

「うむ!君なら大丈夫だと信じているよ!」

 断る理由だなんてない。俺は、いつもよりも少しラフな服装に着替え直すと、改めて。レフェリーとしてリングに上がるのであった。




 レディィィィスッ!エェェンドッ!ジェントルメェェェェェェンッ! 

 ———高らか隣響くマイクコール。

(…やはり、この雰囲気はいいな)

 選手としてもレフェリーとしても、いつも感じるこの感想。世間に知られる有名な協議感ほどの広さはない、手狭なリング会場。だけど、スポットライトをあび煌々と輝くリングの上に立つと感じるこの、どこか肌を焼き尽くすような興奮に包まれたこの雰囲気。嫌でも感情が昂り、自身が高揚していくこの空気。———俺はけたたましいマイクコールを聞きながらすっと深呼吸。…そして。

「…そろったな」

「っス!」


 明朗快活で爽やかに、緊張の欠片も感じさせない立花。そして、

「へ…へへへへ…!」

 立花の今日の対戦相手。…名も知れないうだつの上がらないボクサー、ただの不良上がり。それだけに過ぎなかった男が突如ランクを爆速で駆け上がった話題のボクサー…なのだが。

(これは…やってやがんな。っつか、立花気づかねえのか…?)

 不自然に見開いき焦点のあっていない目。げへへと言わんばかりに歯をむき出しに笑っているその表情。

「いい試合にしようぜ!よろしくな!」

 …笑顔でグローブタッチをする立花に俺は心の中でツッコミを入れつつ、相手の体を見る。…無駄に筋肉がピクピクと痙攣し、不自然にも見える筋肉。

(っていうか、こいつこんなに筋肉もなかっただろ?相当やばい薬じゃねえのか…?)

 俺はそう思いながらも、立花に目を配らせるも。

「へへっ!見てろよ!ヒーローってやつの強さを見せてやる!」

 …立花はそんなことを気にしないほどの様子。

(…信じてるからな、立花)

 俺はゴクリ、と唾を飲み干しながらも二人をコーナーへと返すと、ちらりと時計を見た。———試合開始まであとわずか。自分の大切な人がこんな狂気じみた相手とボクシング。その事実に俺はどこかしら、不安を感じながらも———

 カァンッ!

「Box!」

 …俺は掛け声を上げると、試合が始まるのであった…。


「っしゃ!行くぜッ!受けてみな…オレの拳!」

 バスバスバスバスゥゥッ!バスゥゥッ!

(———流石立花。安定したボクシングだ)

 レフェリーとしてリングに立っていると、選手を一番間近で見ていることもありその力量、というのがよくわかる。立花はアマチュアで無敗のヒーロー、と呼ばれるだけあり、その動きはさすがの一言。圧倒的なスピード、だがそれで体の軸がぶれるわけでもなく、的確なラッシュ。———立花の代名詞ともいえる高速インファイト。だが、代名詞と言われるも、FNで打ち破られることは極わずか。

(それこそが、立花の実力の高さ。…が)

「おっしゃあっ!」

 バスバスバスゥッ!バスゥゥッ!

 立花の拳は容赦なく、相手の体へと突き刺さる。二人の実力差はそれだけに健著、ということなのだろう。…が。

「………」

(…全くの無反応。痛みや衝撃に顔をしかめることもしない…やはり、薬、か。立花、気づけよ…!)

 俺は眉をひそめ———

「シッ!」

 バッシィィィィッ!

 立花のストレートが相手の顔面を叩き潰し、その口からマウスピースが飛びてた、その瞬間!

「ぐ…」

「やった…!」

「ぐへへへへへへっ!」

「ッ!?」

 相手の顔が狂気に染まる!———それに一瞬だが驚いた立花は足が止まり。

「うごけけけけけけぇっ!」

「しまっ…!」

 ドッスウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!

 立花の腹に相手のグローブが深々と突き刺さる!

「けけけけけけけけっ!」

「くぅっ…!」

 眉が動く立花!すかさず、相手のストレート!

(立花ッ!)

 俺は心の中で思わず声を上げるも———瞬間!

「くっ…なめ…んなっ!」

 バッキイィィィィィィィッ!

 カウンター!立花はボディーを打たれ、苦し紛れながらもカウンターを決めると———

「う…げ…」

「…これで…さすがにやっただろ…!」

 立花の顔に冷や汗が流れる。———が!

「うげえええええええええっ!」

「ッ!?嘘だろ…!?」

 相手は立花のカウンターすらもまるでなかったかのように耐え抜くと———!

 ドッボオオオオォォォォォッ!

「———があっ…!」

 立花の腹に、再びのボディーアッパー!立花は体をくの字に曲げると、その表情はみるみると青ざめ。

「———ぐうっ…!」

 がしぃっ!

 まずい、と思ったのか。立花はその場でクリンチ!

「はあっ!はあっ!はあっ!」

 立花は必死に抱き着き、呼吸を整える!———が!

「ぐひゃはははははは!」

 がぶぅっ!

「あぐっ…!?」

(こいつッ!?)

 相手は立花の首筋に容赦なく牙を立て、かみつき!

「ストップ!」

 俺はすかさず、二人の間に割って入ると二人を引きはがした。

「うわっ…!」


 立花はその勢いにドスッ!と尻餅をつきリングに座り込む。

「…立花、大丈夫か。…出血してるな」

 俺はすぐさま容体確認。首筋に牙を立てられた部分が、まるで吸血鬼にでもあったかのように出血。

「ドクター!」

 すぐに冴羽先生に声をかける。そして、

「立花。試合は…」

 そう言った瞬間、俺の声が止まった。

「あ…あ…」

(…あの立花が…震えてる…!)

 ずっと戦ってきた立花。無敗ではなくなったけど、希望を見せられるようなヒーローとして戦ってきた立花。…その立花が、今までにありえない薬の狂人の不意打ちに恐怖を覚えている。

(…そうだよな。立花だって、普通の人間…ヒーローになろうと頑張っている人間なんだ)

「…ッ!」

 立花の顔がこわばる!それと同時、立花が何か言おうと口をパクパクとさせ———

「———ちっ」

 俺はすっと立ち上がる。

「見えないと…思っていたか…!」

 そして———!

「ぎへへへへへへへぇっ!」

 俺は振り向きながら!———今にもと飛び掛かってきた薬の狂人に向かい拳を突き出し!

 バッキイィィィィィィィィィッ!

「ぐへああああああっ!?」

 俺はカウンターストレート!狂人の顔面を叩き潰すと、その勢いで狂人はまるで宙を舞うタオルのようにドンッ!とリングを転がっていった!…そして。

「立て。…この程度で終わらねえだろ」

 俺は相手を睨みつけると、すぐさま、リングの下からグローブを渡された。

「…立花」

「っ!広瀬…先輩…」

「安心しろ。お前は…俺が守ってやる」

「あ…」

 俺は馴染みのグローブをつけるとファイティングポーズをとる。そして、

 わぁあっ!

 ———盛り上がる観客席。観客の目から見ても明らかな薬を使った狂人の卑怯な一撃。それに崩れ落ちるヒーロー。そして、それを救おうとするレフェリー…

(いささか、不自然な構図だな。だが…)

「あいつを守るためならば…それも悪くない」

 俺はにいっと笑みを浮かべるとくいくいっと挑発。そして!

「うけえええええええええええっ!」

 向かってくる狂人!———俺はすうっと目を細めると。

「———鷹の目を…舐めるなよッ!」

 バッキイイィィィィィィィッ!

 ———俺は得意のカウンターをもう一撃。わかりやすい、直情的なストレートに必殺の一手を叩き込んでやると。

「うぎゃあああああああああああっ…!?」

 ドサッ!ゴロゴロゴロゴロ…がっしゃああああああんっ!

「…おっと、やりすぎたか」

 狂人はものの見事に吹っ飛び、リング下に落ちていく。…俺はそれを見つめながらも、観客たちの声に耳を澄ませ。

「…これでミッションクリア…で、いいよな」

 そう言いながら。その様子を後ろで眺めていた立花に振り向き。

「…大丈夫か、立花」

「あ…広瀬先輩…」

「今日はお前の勝利だ。…まずは治療を受けて来い」

 そう言うと、立花にふっと笑みを浮かべるのであった。



「…以上が、本日の試合の報告になります。こちら、まとめたものです」

 試合が終わったらすぐに報告書をまとめ、上層部へ報告。…畔柳社長は満面の笑みでこれを受け取ってくれた。

「さすが広瀬君だ!僕の予想通り…いや、予想以上の盛り上がる試合にしてくれたね!まさか!立花君をかばうようにレフェリーの君が暴漢を打ち倒すとはね!いやー!大満足だよ!あっはっは!」

「…恐縮です」

「やはり君に任せてよかったよ!今度の給料、楽しみにしててくれ!では!広瀬君、ご苦労さん!ゆっくりと休んでくれたまえ!」

 俺は一礼し、社長室を出るとエレベーターに乗り。

「…ふう」

 やっと一息。俺はレフェリーとしての仕事を終えるとそのまま、医務室へと向かう。———試合後は、医務室へ行って運ばれた選手の顔を見て声をかける。

「…大丈夫か、立花」

「広瀬先輩。…っス。検査終わったらすぐに帰れるって」

「そうか。大したことなくてよかった」

「…あの、広瀬先輩」

 …布団にもぐったままの立花の顔。どこか潤んだ瞳。

「大丈夫。…今日夜、待っている」

「…っス。あの…いつもの…」

「わかった」

 俺はそう言ってやると医務室を出る。…全く。ヒーローでない立花、というのは…案外乙女チックなものだな。どちらにせよ、もう少し、ケアが必要なようだ。




 夜21時。基本の退勤時間だ。もちろん、21時から試合が入ることもあるので、その時は出勤時間を遅らせたり残業。…そして、退勤後は俺個人のトレーニングの時間。FNは人を大切にする組織でな。トレーニングルームも充実、しかも恐ろしいほどの数がある。毎度、そこから人が少なく集中できるところを探すのだが…。

「この部屋はっと…」

「オラオラ!オレ達と一緒にスパーリングしよーぜえ?ぎゃはははは!」

 …リングの上、見たことある3人が「よく見る光景」を繰り広げている。すなわち、チンピラ不良どもの新人いびりの恐喝。

「ひひひっ!俺達しがない下級ランカーだからさあ…」

「あ…あ…!」

「へへっ!何なら筋トレでもいいぜえ?オレの筋肉の糧と…」

「馬鹿、圭太!こいつぶっ飛ばして気絶してる間に金取る算段だろうが!」

 新人の大人しそうなやつを脅す3人のありふれた不良。…見慣れたと言えば見慣れた光景。俺ははあ、とため息をついた。

「…ったく。おい、お前ら!」

「うげっ!?広瀬!」

「ひひひひひひっ…!まだ声をかけたばっかの今がチャンス!速攻で仕留めるぞ!」

「お、おお!?へへっ!よくわかんねえけど、扉明けた今ならチャンス…」

「なわけないだろうが!シィッ!」

 バッキィィィィィィッ!


「うへええええええええええっ!?」

「…はあ。大丈夫か?」

「あ…は、はい…!」

「夜のトレーニングは結構危険だ。昼間に…そうだな。第2ビルの3Fの…このトレーニングルームなら比較的安全だ。なるべく、友達なんかと合わせて使うといい」

「わ…わかりました!あの、助けてくれてありがとうございます!」

 さながら自営団ごっこ。俺は色々なトレーニングルームの見回りを自主的にしながら、時々こうした『もめごと』を解決することが多い。…さすがというべきか。FNはアングラな世界なだけあってその治安は悪い。…ま、見過ごせないってやつさ。時々俺に襲い掛かるやつもいるが当然返り討ちだ。

(我ながら悪趣味か)

 そう思わないのでもないのだが、これが実際いい実戦経験にもなったりする。そんな趣味と実益を兼ねたような見回りをしつつ、俺は適度に人がいないトレーニングルームを見つけると、そこからは一人トレーニング。ロープを飛び、シャドーでフォームの確認。サンドバッグを盛大に叩き、筋トレも欠かさない。…たまには実践以外で手練れとスパーリングをしたい、そう思う時は立花に付き合ってもらうことが多い。けど、今日のあいつは…ふふ、ああ、だからな。

(…全く、しょうがないやつだ)

 バァンッ!バァンバァンッ!

 サンドバッグを叩きながら、俺は今日の立花を思い出す。普段凛としたヒーローである立花が不意に見せた素顔。怯え、震えるまるで子犬のようなあの顔———

(いかんな、どうも、あの顔が癖になっているようだ)

 ———バァンッ!

 俺はふっと笑みを浮かべながらも気合を入れてサンドバッグをもう一発。存分に体を動かし———



 午後22時。普段ならもう少し、練習をしている時間だが…俺は、とあるトレーニングルームへと足を運ぶ。普段、誰も来ることのないトレーニングルーム。だからこそ、格好の場所。

 …がちゃっ

「…来たか」

「広瀬先輩…!」

 リングの上。俺は試合の姿で立花を待ち受ける。そして…

「立花。…よく頑張ったな」

「…っス」

 リングの上。ぎゅっと。理不尽に振り回されながらも歯を食いしばった俺の後輩を抱きしめる。

(…色々あった。色々と振り回された。けど…俺の人生にとって、お前は…!)

 ぎゅっと力強く抱きしめる。…ドクドクと聞こえる立花の鼓動。

(…あったかい。本当に子犬みたいだ)

 そう思いながら、可愛い後輩に手を回していると———

「…へへ」

「すっかりもどったみたいだな?やっぱり、お前には笑顔が似合う」

「っス!元気出たっス!…あざっす、広瀬先輩!」

「おう」

「で…なんですけど…」

「…わかってる」

 …俺はそう答えると、にっと笑みを浮かべた。そして、俺は立花と…。




 帰ってきたのは1時。少し派手に遊び過ぎたか、そう思わないでもないが、明日は休み。FNの労働環境はやっている内容と正反対。しっかりと休みも取れる。もろもろに片づけを終わらせ、寝る前にストレッチ。そして、ベッドでぐっと体を大きく伸ばすと、俺はそっと目を閉じる。

(…今日もいい一日だった。明日も…)

 俺はそんなことを想いながら、深い深い夢の世界へと旅立っていく。



 …と、これが俺の1DYルーティーンだ。対して面白くもなかっただろ?…なに?立花とリングの上で何をしたか、だって?それについては…ふふ、メタなことを言ってしまうが、ぜひゲームで体験してみてくれ。クリスマスに公開予定だ。それじゃあな。


【終】


イラスト:ショウさん、堀井疾兎さん、yukibouさん、アマツさん


★ゲームファイル(12月25日0時公開!)

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