「あぁ!?誰だ…って、うぎゃ!?」
俺が飛び出した瞬間、男に殴られていた誰かは、暴れ、男が怯んだ瞬間に藪の中へと消えていく。…そして。
「ちっ…!今日は散々やな…!いてこましたるわ…!」
金髪の男は、そう言いながらこちらを睨みつけ、ざっざと歩いてくる。そして、月明かりが男の顔を照らした瞬間!
「———ッ!」
俺は思わず、息を飲んだ。金髪でガラも悪い不良ではあるが、その男の髪型はツンツンとしていて、目はキリッとしていて———!
(テオ…!?いや、違う…テオはこんなことしない…!)
テオにはラルフ、という恋人がいると聞く。それに、よくよく見ればテオと比べて随分と品がない、とでも言えばいいだろうか。テオにあった、独特の「らしさ」が微塵も感じられない。…そもそも、この金髪の男は関西弁だ。よく似た他人なのだろう。
(テオじゃない…テオじゃない…けど…)
「…あぁんっ!?」
「う…あ…!」
睨みつけられた瞬間。俺の体はびくりと震える。テオのパワーに押し負け、リングに這いつくばり、悔しかったあの記憶。パワーでは勝てない、そう、思い知らされたあの記憶…!
「くっ…!」
トラウマの想起———俺の体はわなわなと震えだす。同時に、足はすくみ、
「あ?なんだあ?ビビってんのかあ?へっへ!」
震え、固まる俺に金髪の男、不良はニヤニヤしながら俺に近づき———
「オラ、顔みせーや!」
「っ!」
顎くい!俺の顎を乱暴につかむといやらしい目つきを向けた!
「へえ、よく見れば可愛い顔やん?この長い髪はいささか気にくわへんけど…」
「くっ…」
「オラ!」
ドスゥゥゥゥッ!
不意打ちの腹パン!震え、固まってしまったオレはボディーブローを叩き込まれると———
「へっへ!弱らせたところを美味しく頂かせてもらうで!」
バスゥッ!バシィィッ!
「ぐあっ!?く…そ…!」
ボディーをもらった俺は慌てて一歩下がるとファイティングポーズ!迎撃の姿勢を見せるも———
「オラオラ~!ぎゃはははは!どーだよ、オレのパンチは!こう見えてもボクシングジムに通っていたんだぜえ?」
男の大ぶりのパンチが俺の顔面を貫いた!———ボクシングジムに通っていた、というだけあってそれなりのパンチ力。とはいえ、俺もそれなりなボクサーだ。ファイティングポーズを見てわかる、大したことない相手。大したことない相手、なのだが…
「オラオラ~!どうしたどうした~!構えだけかー?ぎゃっはははははー!」
ドムゥゥゥッ!
「ぐううぅっ…!」
(ふん、パワーじゃ勝てねえぜ?)
(無様なボクシングしよってー)
「く…ぅ…!」
俺の体は震え、思うように動かない。———そんな俺に金髪の男は容赦なく、パンチを浴びせ!
「オラオラ、トドメだ~!なんてな!ぎゃっははははー!」
ドッムゥゥゥゥゥゥゥゥッ!
「がはあっ!?」
俺の鳩尾を男のボディーブローが突き上げる!
(だ…めだ…!あれだけ特訓して…立花さんにも、翔にも、竜にも、翼にも…見てもらったのに…俺は…!)
いいように殴られた俺はついに力尽き、その膝がガクリと折れ、ずしゃあっ!と前のめりに倒れると———
「う…あっ…あああああっ!」
俺は打たれた腹を抱えてのたうち回った。
(い…たい…苦しい…!こんな…こんな…!不良如き…に…!)
…瞬間。
むずっ!
「うあっ!?」
砂浜ではあはあと息を荒くする俺の長い髪の毛を男は掴み上げた。
「大した事ねえなあ?ま、たかがパンピーがボクサーたるオレに勝てるわけないやろってとこやな!ぎゃっははははは!」
テオによく似た、でも、全然似てない心根のそれが口を開き。
「ぅ…ぅぅ…!」
…俺は小さくうめき声をあげた。
ごふっ!
俺は小さく呻いた。…口の中が切れたのだろうか、吐き出した唾には赤いものが混じる。
(…俺…は…)
「ぎゃはははは!」
ぐりぃっ!
「っ!」
金髪の男の足が俺の背中を踏みつける。
「俺の邪魔するからこうなるんだよ、このボケ。ま、随分と可愛い顔してるみてーだし?テメエで代わりにパコってやるよ」
そして、男は俺の体をまさぐりだし———
「うっ…いや…!」
「暴れんじゃねえ!大人しくしてやがれ、負け犬が!」
「ッ!」
負け犬。その言葉を聞いた———その時だった。
―――――――――――――――
【ifルート】
・男の手が俺の股間を握りしめた!
―――――――――――――――
ひゅー…どぉん。
花火の音。さっきからずっと上がっていた、その音が急にクリアに俺の耳の中に届いた。…同時。
(…快…!)
ふと、思い浮かぶのは———昔、魁斗一緒に見た花火大会の映像。
(慧にーちゃん、きれい、きれい!)
はしゃいでいたあの日。だけど、そんな快も俺がボクシングを許さなかったから…
(快…快…!)
俺の、俺の大切な弟。今もFNに捕らわれていて、薬の実験台にされていて、苦しんでいる。俺が傷つけてしまった弟…!
「お?意外といい体してんじゃん?雄っぱいもでけーし、ぎゃはははは!」
…俺の体がわなわなと震えだす。
「……るな…」
「あ?」
そして。
「触るな…この…!屑野郎ッ!」
バキィィィッ!
「うごあっ!?」
俺は振り向きざまに金髪の男に肘を叩き込むと、ざっ!と砂を蹴り、立ち上がり!
「はあっ…はあっ…!」
俺は無意識にファイティングポーズをとった!
「負けない…!負けない…!」
「いって…てんめぇ…!」
「俺は…!俺は…!負けてなんかいられない…!快の為にも…俺は…!」
「あ!?なにぶつぶつほざいてやがる!ぶっ飛ばしてやらぁ!」
そして———
「オラァァァァァァッ!」
金髪の男が拳を握りしめ、向かってきた瞬間!
「ッ!」
不意に、頭の中にイメージが湧いてくる。
(これは…立花さんとミットしたときの…!)
「死ねやゴラァぁぁッ!」
テオに似た、金髪の男のストレート!———けど!
「…ふっ!」
「うおっ!?」
俺はダッキング!その男のストレートを躱す!
(そうだ、そうだ!快…快…!快…!)
俺の頭の中にはっきりとしたヴィジョン———快の顔が見える。笑った顔、慧兄ちゃんと慕う顔!俺は…!俺は…!
(二度と…あの顔を…!穢さない…だから!)
「このっ!」
ドスゥゥゥゥッ!
「ぐあっ!?」
俺はダッキングしたままボディーストレート!男の腹を殴りつけてやると、男はたたらを踏みながら後ろへとよろける!
「もう許さねえぞ!いてこましたるわぁっ!」
そして男が再び、ファイティングポーズを取りながら俺へと向かってくる!———が!
「オラァッ!」
(…!見える…!)
俺はすっとスウェー!体を傾けながら男の大ぶりのパンチを避けると———
「シッ!」
バスゥゥゥッ!
「ぐえっ!?」
その顔面にジャブ!そして———!
「———ふっ!」
バスバスバスバスゥゥゥゥッ!
「ぐおあああああっ!?」
立花さんが良く見せるラッシュ!
(———そうか、そうか!そうだ、これだ!これが…!)
「ぐっ…くそ…くそ、くそおおおおおおっ!ぜってえ許さねえ!」
俺に押された男はどこからともなく、チャキッとナイフを取り出す!そして!
「死ねやごらぁぁぁぁぁっ!」
ナイフをもったまま突撃!———俺へとそのナイフを突き出そうとした、その瞬間!
「———そこだっ!」
ザンッ!
俺はナイフの突きをステップを踏みながら、体を捻り躱すと———
「ふっ!」
ドスゥゥゥゥゥゥッ!
「ごはあっ!?」
右ボディー!俺の得意のその一撃を男の鳩尾に叩き込むと———
「俺は…!俺は…!」
「ッ!?」
「俺はッ…変わるッ!シィッ!」
バッキィィィィィィィィィッ!
体をくの字に曲げた、男のその顔に左フックを叩き込んだ!
「ぐへああああああああっ!?」
男はそのまま、吹き飛ばされるようにずしゃあああっ!と砂浜へ倒れこみ。
「はあっ!はあっ…!はあっ…!」
俺は少しずつ。乱れた呼吸を取り戻すと。
「俺…俺…!」
俺は、湧き上がってきた感覚を確かめるかのように拳をぐっと握りしめた。
…テオに負け、パワーだけでは通用しない。そう言われたあの時から。翔や竜、翼たちとやみくもにスパーリングばかりして。立花さんに色々なことを教えてもらって、そして、花火の音と共に快を思い出して…!
(…俺は…覚悟が足りなかったんだな…)
…その時。
「慧!」
「…翔!」
「慧、遅いけど何かあったのか…って、この人は!?」
「ああ、なんか襲われたから…」
「襲われた?!…すまない、俺もついていけばよかったな」
「ううん、大丈夫」
俺はそう、男を見つめながら———その近くに、先ほどまで男が持っていたナイフが転がっているのを見つけた。
(…ありがちな二番煎じ。そうかもしれないけど、そんなのもう、関係ない)
俺はすっと歩くと、そのナイフを手に取った。
「…慧?」
「翔。俺ね。…わかったことがあるんだ」
「わかった…こと」
「うん。俺ね。ずっとずっと、快の為に…ってやってきた。でもさ、ヴィジョンが見えなかったんだ」
「ヴィジョン?」
「うん。…この人に襲われたときにさ、花火の音が聞こえたんだ。その時に思い出したんだ。…昔、快と一緒に花火を見に行ったあの日のこと」
「………」
「俺ね、快を助ける!胸張って、カッコイイ兄貴でいよう!…そう言ってたけどさ。でも、やっぱり、それっておかしいんだよなって今思うんだ。…快の生殺与奪は向こうにある。手荒な真似はきっとしないだろうって、翔とも話したけど…俺が本当にすべきことは何だったのか」
「それは…」
「俺ね、翔。…反逆者、やめようと思う」
「慧…」
「胸張ってさ、カッコイイ兄貴で迎えに行きたいけど…現実をしっかりと見るとさ、今の俺にそれをするのは厳しい。その間にも快は、薬を飲まされて、狂わされて、俺に襲い掛かってきて…」
「…Curse Breaker!か」
「うん。…欲張り過ぎたんだと思う。俺にはさ、『本当にどうすれば快を助けられるのか』っていうヴィジョンがなかったんだ。…きっと、快を助けることに酔っていた」
「…そうか」
「だから…俺、FNでの自分の在り方を変えようと思う」
「…いいのか?あんなにボクシングのリングの上で、敗者に手を出すのは嫌だ、って言ってたのに」
「うん。もう、決めたからさ。それに…立花さんや翔、竜や翼が教えてくれた。パワーで勝てないからって捨てる必要はない。だから、俺もこの『反逆者』という信念を捨てるんじゃなくて、そういう信念を持っていたことを胸に秘めて、乗り越えながら。これからの俺という人生を歩いていく。快を助けるために…。これはその証」
俺はそう言うと、ナイフを首の後ろへとまわす。そして———
「見てて、翔。…これが俺の誓い。そして、覚悟。俺は…変わる。今を乗り越えて、今の自分を受け止めて、新しい自分を皆と一緒に作り出す。だから———」
ざしゅっ
俺は、自慢の赤茶色の長い後ろ髪をナイフで切った。そして、花火が鳴る音と共に、そっと、それを海へと差し出すとさあっと風が、俺の髪を巻き上げて海へと散らしていった。
「…俺、変わるよ、翔。反逆者を捨てて、新たな自分に。全てを乗り越えて———」
次の日。
「ほえええ、慧先輩、そんなことあったんっすか!?いいなー、俺も特訓したかった!」
「ちぇっ、ほんと、翼の言うとおりだぜ。試合さえなければな…にしても」
鷹。俺達の秘密基地。竜と翼は俺を見ると不思議そうな顔をして見せた。
「…髪が長くない慧先輩って、すげえ雰囲気違いますね」
「そ、そう?」
「だな。肌もしっかり焼けてやがるし…なんっつーか、より童顔が引き立つっていうか…」
「ど、童顔!?」
「はは、ま、いいじゃないか。…どんな姿をしていても慧は慧さ」
「翔…!」
「にしても、本当に反逆者をやめるんだよな、慧?」
「うん。…快を助けるために本当にするべきことは何なのか。俺の実力と、実績と。快の現状を見て考えて決めて、覚悟をしtことだから」
「そうなんっスね…大丈夫!慧先輩には俺がついてるっスから!」
「翼…」
「そうだな、慧。俺も、竜も翼も、今はいないけど立花さんも皆いる。だから…皆で乗り越えていこう」
「…うん!」
「うっし!そんじゃ、まずは、テオへのリベンジマッチだな!———浜辺で色々と技を覚えて強くなったんだろ?見せてくれよ、慧」
「あー!俺も慧先輩とスパーリングしたいっス!いつも竜ばっかりずるい!」
「るっせーなー、いいじゃねーか。オレが慧をコテンパンにした後、お前に譲ってやるよ」
「…いうねえ、竜。言っておくけど…進化した俺は竜なんかに止められないよ?」
「…お、言うじゃねえか?んじゃ、翔!レフェリー!お前は散々慧とやったろ?」
「…はいはい、んじゃ、二人リングに上がって…それじゃ、Box!」
カーンッ!
ゴングが鳴り響く。
(…新たな覚悟、新たな道。皆、ありがとう…!俺、絶対に…絶対に!快を助けるから…強くなるから…!)
俺は自分の覚悟を拳に乗せ、リングの上。俺は自分が見たVisionを噛みしめながら、新たな道を歩むのであった…。
【続く】
☆イラスト
・yukibouさん