「…ふうん、君が畔柳社長の紹介でうちに来た…」
「っす!よろしくお願いします!秋山凛ッス!…これ、畔柳社長から言われたバッチっス!」
凛はそう言うと、胸元につけた水仙の花のバッチを見せつけた。
「はは、畔柳社長も古風だね。今どきバッチとは」
「万が一の時はこれが身分証になる…って言ってたっすからね!」
「それにしても水仙か…花をバッチにするとか、なかなか面白い。では、凛君。うちの説明をしよう。FNほど大きくはないにしろ、うちも立派な地下格闘技場。そうだね、言うならば君は客員選手。短い期間だが、良い試合をお願いするよ」
秋山凛。
彼の名前を憶えている人がどのくらいいるだろうか?
「俺は伝説になる!」そんな口癖と金を目当てにFNに参入!ボクシング未経験ながらのパワーパンチで天河翼を倒す、など序盤は目立った戦績を上げるも———目立ったのは序盤だけ。次第に戦績も下がり、最終的にはラーニングを会得した翼に大敗北。「伝説になる!」が口癖の彼もいつしか、影が薄くなり、観客たちも彼を忘れていった。
そんな彼に、広瀬が声をかける。『翼はBUGNOSへ行って強くなった。お前もBUGNOSへ行ってみるか?』と。…そんな折だった。
「凛君、最近振るわないねえ」
「………っス」
「広瀬君から聞いたよ。君もBUGNOSへ行ってみたい…と。やはり、強くなりたいかね?」
「っス!俺は、伝説になるって決めてるんっス!翼には負けられない!強くなりたいんっす!」
「ふうむ…なるほど。ところで、伝説っていうのは…なんなんだね?」
「え?」
「伝説的に強いチャンピオンになる、伝説のロックミュージシャンになる…色々とあるとは思うんだけどねえ」
「あー…えっと…とにかく、伝説になるようなビッグな男になりたいって感じっす!そのためにも、まずは目の前のムカつくやつを超えたいって思ってて!」
「ふふ、なるほどねえ。いやいや、若くて大変よろしい!なればこそ…だ。君にはBUGNOSではなく別の場所へ行ってもらいたい」
「へ?」
「BUGNOSはうちの下請けみたいな地下格闘技場なんだけど、ちょっと殺伐としすぎててねえ…翼君との時にも、ちょっと翼君が潰されかけてたし。君にはそうじゃなくて地方行脚をしてもらおうと思うんだ」
「…地方行脚?」
「うむうむ!…いいかね。君はFNという地下格闘技場しか知らないと思うのだが…実は結構、こういう施設というのは各地に点在していてね」
「え!?マジっすか!?」
「マージマジ。実は隣町にもこっそりとあるしねえ」
「うお…!」
「というわけで、僕からそれらの地下格闘技場に声をかけておくから、君にはそこへ行ってもらい、試合をしてきてもらおう!大丈夫かね?」
「お…おお…!大丈夫っす!…あ、けど、遠いと学校…」
「はは、学校くらい心配しなくても大丈夫!僕に任せておきたまえ!」
「え!?」
「ふふん。これでも天祥市にある様々なものには顔がきくからね。心配しなくてもいいよ。では…そうだなあ…これを君に」
畔柳社長はそう言うと、引き出しを開け———小さな、銀色に光るものを取り出した。
「これは…バッチ?」
「そうそう!水仙の花のバッチさあ!別に水仙の花に意味はないけれど…君が地下格闘技場に行ったときは、これをオーナーに見せたまえ。そうすれば、あとは僕の名前を出すだけで全ては通じるようになる」
「おお…すげえ…!」
「だろー!僕もこう見えて結構やるんだよー?…で、君にはそこで試合をして、色んな人と戦ってきなさい。そして、全て回ったら、帰ってくるといい」
「…っス!」
「その場所にはその場所のルールがあるだろう。うちはボクシングもセックスも全部許可しているが、よそではセックスを許可しないところもあったり、ルールが違うところもあるかもしれない。なので、その時はオーナーさんの指示に従い、うちの看板に泥を塗らないようにね」
「了解っす!」
「では…改めて、凛君。僕はね、初めて君に会った時に思ったんだよ。伝説という言葉…君はそれを身に着けるにぴったりな「勇者」になれる、とね」
「勇者…っスか!?」
「そう、勇者!ぶっちゃけ、君の二つ名は伝説か、勇者か、がっつりレジェンドの3つで迷ったんだよー!まあ、最後の1つにしようとしたら白木君に睨まれちゃったんだけどー」
「…あぶね…」
「…僕はね、君の『何か伝説を残せるような男になりたい』という気持ち、わからないではないんだ。僕もね、君風に言うなら伝説に残るような売り上げを誇る試合をプロモートしたい…そう思い日々、ここで仕事をさせてもらっている。でも少し考えてもらいたい。凛君…伝説、というのはなんだね?」
「え?伝説って…その、有名な出来事じゃねえんっすか?」
「そう!出来事!つまり、過去のことなんだ!君は伝説になりたい、というが…それは過去の栄光になりたい、と言っているように僕には思えてねえ」
「過去…」
「そう、過去だ!君は、過去の偉人と同じことをしたいのかね?そんな小さな小さな志なのかね?」
「そ…それは…!」
「そう、違うよねえ。なら君がなるべきなのは———伝説ではなく、勇者だ!」
「勇者…!」
「そ!物語でよくあるだろう?そして、伝説になった!って!伝説を作るべき程の勇者になってほしい!それが僕の願いだ!」
「伝説を作れるほどの…勇者になる…!」
「そのためにも、君は様々な地下格闘技場へ行って!いろんな人に会い!自分自身がどんな伝説を残せる勇者になるのか、そして、その伝説を作るだけの力を身に着けてきたまえ!」
「お…おお…!」
「ぜひ、伝説を残せるような勇者になれるよう、各地の武者修行で強くなってきてくれたまえ、凛君!」
「っス!がんばります!俺、伝説の勇者になってくるッス!」
「よろしい!では、早速明日から行ってきてもらおう!———君が勇者になれるよう、祈っているよ!」
「あざっす!では、明日から早速、行ってきます!」
———こうして、水仙の花のバッチを手にした凜は武者修行の旅に出ることになる。すべては、伝説を残せるような勇者になるため。自信の求める伝説を知るため。…秋山凛の武者修行はこうして始まった…。
「…さすがでございます、畔柳社長」
「白木くーん!どうだい、僕の向上は!かっこいいだろう!」
「はい、私も是非参考にしたく。…ですが、質問があります」
「なんだいなんだい?」
「…畔柳社長は、白木が本当に伝説を残せるほどの勇者になれると思われているですか?」
「んん?」
「…私もここにきて、何人もの選手を見てきました。水瀬慧のように反逆者になるもの。沙月翔のように反逆者を守る騎士になるもの。立花将のようにヒーローに再びなろうとするもの。多くものもを見てきました。…彼らにはそれぞれの信念がありました。水瀬慧は自身が求める理想が。沙月翔にはそんな彼を守ろうとする心。立花将はヒーローという名前だけではなく、その二つ名が示すものの役割。ですが、私には見えないのです。秋山凛は『伝説』という言葉でビッグになろうとする言葉ばかりで、自分の目標がわかっていない———そんな気がするのです。そんなものが『伝説の勇者』になれるのでしょうか?」
「ふふ、白木君、よく見ているねえ。そう!君の言う通り!今の凛君は伝説っていうビッグネームが欲しいだけのただの不良たちと同じに過ぎない!僕もその意見には同感だよ!」
「…ですが、畔柳社長はそんな凜に地方巡業のような武者修行を課しました。ということは、『伝説の勇者』になれる見込みがある…ということですか?私にはその欠片もみられなかったので…」
「そうだねえ。こればかりは勘、という言葉が適切なのかもしれないが…僕はね。凛君は結構『伝説の勇者』に慣れる、と思っているんだよねえ」
「勘…ですか」
「そうそう。僕の記憶では…最初彼は伝説的なミュージシャンか何かになりたくて、お金に釣られるようにうちに入った。でも、今の彼はめっきりボクシング、いや、翼君に勝つことに夢中だ」
「はい。この移り気こそ、彼に信念がある証拠かと…」
「うむ、その通り。だがね、そんな移り気にも拘らず、彼は中級ランカーまでの順位を上げている…つまりは、それなりの地力はある、と思っているのさ」
「では、新年さえ手に入れれば、彼は本当に『伝説の勇者』ほどの強さになれる…と」
「まあ、勘だけどねえ♪たまにはこういうのもいいじゃない。丁度、地方巡業もしたいなと思ったし!…凛君に頑張ってきてもらおう!」
「…そうですね。秋山凛、彼がどこまで強くなれるのか———私も勉強させていただきます」
「ふふ…『伝説の勇者』の目覚め、楽しみにさせてもらおう…!」