人気の無い廃墟。
怪人が発生し始めてから加速度的に増えた風景だ。かつてはオフィス街だったが、今となってはコンクリートの残骸が広がるばかりだ。
その中を、レッドは1人歩いていた
「………」
虚ろな視線が何も無い瓦礫の山を捉える。ピンクとの戦いから3日後。彼は力無く廃墟の街を彷徨っていた。
自分の力への絶対の自負を持っていた。
亡き友のため、平和を必ず取り戻すつもりだった。
彼は最善の方法をもって、平和を掴み取ろうとした。そのはずだった。
ピンクの言葉は彼の全てを否定した。
「ぐっ……!!」
ピンクを思い出しただけで、次から次へと感情が溢れてくる。
怒りや憎しみや焦りが、とめどなく溢れてくる。
そしてもう一つ。
「違う……」
かわし、防ぎ、そして攻撃しようとした時。
戦いながら嫌でも目に入る、ピンクの豊満な胸やむっちりとした脚。
「違う……っ!」
負けるはずの無い格闘戦で、戦闘経験の浅い新人隊員である彼女に、男の急所を蹴り上げられる屈辱。
そして……レッドの全身全霊を込めた必殺の一撃を難なくかわし、ピンクはレッドの顔面を容赦なく蹴り上げ、彼を失神させた。
次の記憶は自室の天井だった。
呆然としながらも頭は回転を始め、やがて彼が敗北を完全に思い出した頃。
レッドの視線は自身の下半身の一点を捉えた。
「違うッ!!!」
瓦礫の山に拳を叩きつける。
かろうじて形を保っていたコンクリートの破片が完全に砂状になり、風にさらわれていった。
いくら否定しても、次から次へと否定したい記憶が脳内に溢れてくる。
ヘルメット越しに顔面を殴られた時に見えた、衣服越しにも分かる大きな胸の揺れ。
彼の急所と顔面を蹴り上げたむちむちと肉付きの良い脚。
翻ったスカートから覗く大きな尻と太もも。
「ぐぅうう……!!!」
下半身が熱くなり、呼吸が乱れる。
彼は怒りに任せ、目の前の瓦礫の山に二度、三度と拳を打ち込むのだった。
「ディフェンダーレッド!!」
「!?」
不意に背後から投げかけられた声に素早く振り向く。
別の瓦礫の山の上に立つ褐色金髪の女の姿が見える。
やけに露出の高い格好をしているが、鍛えられた体を見るに戦闘員のようだ。
しかし、何より目を引いたのはその見事なまでの胸と尻だった。
胸は戦闘服を破らんばかりに高く突き出し、女の鍛えられた体と鋭い雰囲気に反して少し動くだけでプルンプルンと震える小麦色の双丘はあまりにも扇情的だった。
尻から太ももにかけては思わず見入るほど大きく、それでいて美しく丸みを帯び、均整がとれていた。鍛えられながらも大いに発達した臀部と大腿部は彼女の雌としての魅力と秘めた暴力性を物語るようだった。
レッドは一瞬湧きかけた感覚が形を成す前にかぶりを振って雑念を消した。キッ、と眼光鋭く怪しい女を睨む。
「……何者だ?」
こんな危険地帯に女1人で来るなど、普通ではない。
「ふん、忘れてるわけ。つくづく忌々しいやつね!」
「どこかで会ったか?」
「カニ型の怪人を覚えてるかしら?あんたが苦戦したアレよ」
「……苦戦した奴はいるが、カニっぽくは無かったぞ」
「苦戦してたじゃないの!あたしの華麗なサポートとカニンガーの連携で!あんたなんかあたしがミスしなかったら今ごろとうに死んでるんだからね!」
「本当にカニは知らん。お前は誰だ?」
「くっ……このっ…」
ひとしきり拳を震わせた後、諦めたかのように女はこちらに向き直った。
「……まあいいわ。今日はお前に用があって来たのよ、ディフェンダーレッド」
「俺に?お前はまさか……怪人の手の者か!?」
女はニヤッと笑った。
「そうよ。私はヒルダ。お前を捕獲するために差し向けられた刺客ってわけ」
「捕獲…だと?このオレをか?」
「お前は覚えてないみたいだけど、あたしはかつてお前に一度負けてるのよ。眩しい上に爆発する迷惑なパンチで怪人ごと吹き飛ばされてね。今日はそのお礼に来たの」
そう言ってヒルダは不敵な表情を浮かべる。
レッドは怪訝そうな表情を浮かべた。
「万に一つもありえないが、仮にオレを捕獲したとして、何をするつもりだ?」
「自信過剰ねー。ほんと腹立つわ。………ディフェンダー戦隊の装備に興味のあるやつがうちにいるのよ。それだけ」
「ふん。生憎だがオレは身一つで戦っている。お前らが興味を示しそうな装備など無いな」
「あっそ。ま、戦闘服だけでもいいわ。なんか持って帰ってやったらいいだけだし」
ヒルダが地面に降り立った。そこそこの高さから跳んで降りたにも関わらず力みを感じさせない、軽やかな着地だ。
隙の無い物腰といい、大きい態度に見合うだけの実力を持っているようだが……。
「不用心だな。武器も持たずにオレの前に立つとは」
ヒルダは丸腰だった。何か強力な武器を持っている様子は無く、軽装そのものに見える。
しかし彼女は事も無げに言い放った。
「そんなもの必要ないわ。お前は私には勝てないんだから。ふふっ……」
「………相手の力量を見誤るとどういうことになるか、身をもって知ることになるぞ」
「そうはならないわ。お前の実力はちゃんと把握できてるから」
「ふん。生憎だが、ダラダラと長引かせるつもりはないぞ」
レッドは静かに拳を構えた。ヒルダの大き過ぎる胸や尻が嫌でも目に入ってくるが、どうにか意識の外に追いやる。
彼の体から赤いオーラが立ち上る。本気で戦う合図だ。
女相手に一度ならず二度も敗北するなど恥だ。なによりこの女は素手で戦うらしい。
馬鹿馬鹿しい。
彼に純粋な肉弾戦で勝てる者など男にすらいなかった。ましてや女になど負けようがない。
忌まわしい記憶を消し去るように、裂帛の気合いとともに構える。
「さあ!どこからでもかかってこい!!」
○
瓦礫の山に囲まれた中に、まだ原型を留めている平らなアスファルトが広がるエリアがある。いつもなら物音ひとつない。
断続的に聞こえる打撃音。
肉を打つ鈍い音が聞こえ、やがて『どうッ……』と重いものが地面に落ちる音が響く。戦いの最中、どちらかが地面に倒れ伏したのだ。
幾度もダメージを受けてダウンを喫したのは………。
「ぐっ……バカなっ……!!?」
「あっはははは!何よ、もうダウン?早くない?」
レッドは立ちあがろうとし、ヒルダはそれを見下ろして笑っている。
「ま、こんなもんね。あのディフェンダーレッドも私にかかれば大したことないわ」
「きっ……貴様っ……!!」
レッドは怒りに任せて踏み込み右拳を放つが、ヒルダはそれを軽くかわした。
「(攻めなければ…!仕掛けながら立て直す!)」
攻撃は最大の防御とばかりに踏み込んで拳を放つレッド。何発も放たれる切れ味鋭い拳が、しかしヒルダにはかすりもしない。
受け止め、受け流し、スウェーでかわす。
レッドの顔に焦燥が浮かんだ。
「(そんな……!!)」
ヒルダは余裕を持ってレッドのパンチをかわし続けていたが、やがてその内の一発を何の気なしに掌で受け止めた。
「ほんとパンチ下手ねぇ。こうやって…打つのよっ!!」
レッドの側頭部に重いフックが叩き込まれる。ヘルメットに亀裂が入り、欠ける。
「がはぁっ…!!」
正確かつ重いパンチでよろめくレッド。間髪入れずヒルダの膝蹴りが入り、腹を抑えるレッドの顎をアッパーがかち上げた。
ヘルメットが上空に飛び、レッドはどっ、と倒れ込む。
「ぐ……お……」
「思ったよりタフじゃない。格闘術は見れたもんじゃないけど、そこだけは褒めてあげるわ」
見下すように言うヒルダ。レッドは呻くように言った。
「戦闘員如きが……俺に勝てるわけが…」
「ただの戦闘員だと思ってるわけ?違うわ。私は怪人の遺伝子を利用して身体強化を施された『上級戦闘員』よ」
「な……に……!?」
呆然とするレッドを馬鹿にするようにヒルダは語った。
「怪人はお前たちヒーローに対しあまり優位性を持たなかったわ。強いやつも作られたけどあんま割に合ってないしね。何より、怪人は能力や強靭な体は持ってても戦闘技能自体はフィジカル頼りの奴らばっかり。怪人並みの強さで格闘術まで持つ奴には結局敵わないわけ。でも私は違うわ」
ヒルダは髪をかきあげながら続けた。
「格闘術も基礎的な身体能力もお前たち以上なのよ。ヒーローどもは怪人と戦うためにスーツを使って戦闘力を増強してるんでしょ?つまり中身はただの人間ってわけ。スーツの能力を凌駕し、かつ同じ技術を持った私のような存在には決して敵わないのよ」
レッドはその話を一笑に伏そうとしたが、たった今体感している現実がそれを許さなかった。彼の体にはヒルダの拳や蹴りで深刻なダメージが刻まれているのだ。
「どう?ヒルダ先生の分かりやす〜い上級戦闘員講義(笑)で落ちこぼれのレッド君も理解できたかしら?w」
「………」
「じゃあ、そのまま良い子に倒れてなさいよ。捕獲が面倒だから」
ヒルダは地面に落ちたレッドのヘルメットを拾い上げ、彼に近づいてくる。
レッドは何とか身を起こしたが、体に刻まれたダメージが立ち上がることを許さなかった。立ちあがろうとしても、顎へのアッパーは彼の平衡感覚を完全に破壊していた。
「(ありえない…………!!この俺が……こんな奴に……!!!)」
レッドは混乱と絶望の最中にあった。ほぼ敗北の状況まで追い詰められていることを本能で理解し、同時に全力で否定した。
数多の怪人を倒し、ディフェンダー戦隊最強の戦闘力を持つレッド。どのような相手が来ても、殴れる距離まで近づけば必ず勝てる自信があった。
格闘術を発揮できる状況なら必ず勝てる。そして、彼以上に優れた格闘術を持つものはいなかった。屈強な男たちも、怪人たちも関係ない。
正義の名の下に彼は揺らがなかった。強い決意を胸に、市民を助ける使命を帯び、そして怪人を倒してきた。
いくら強化されているとはいえ、一介の戦闘員などに一対一の勝負で負けるはずがない。
こんな、武器も何も持たない、怪人ですらない敵に。ましてや同じく格闘術を使う、それも女なんかに。
こんな……。
いやらしいムチムチした体の女なんかに………!!!!
レッドの目の前まで来たとき、彼女の目がレッドの体の一点を捉えた。やがて彼女の表情が次々に変化していった。
信じられないものを見て、一瞬目を疑ったような顔。
やがてそれは確認するように目を細めた顔になり、
そして汚らしい物でも見るような表情に変わっていく。
最後には…。
「ぷっ……!あっははははははははっ!!!」
あまりにも馬鹿馬鹿しく、堪えきれなかったかのような笑いが周辺にこだました。
「はーっ…はーっ……あーあ。ちょっと何よそれ…」
ひとしきり笑った後、呆れたような口調でレッドに尋ねる。
「……」
「何でこんな状況なのに元気になっちゃってるワケ?説明してくださるかしら?」
「……」
「びっくりだわー。何、そう言う系の方なの?ディフェンダー戦隊最強のレッドさんって。」
「……」
「ま、何となく気付いてはいたけどさ。お前戦いながら私の体チラチラ見てたわよね?具体的にはおっぱいとかお尻とか。脚とかも」
「……」
「殴るたびに体が変な震え方するし。それに、気づいてた?お前殴られてる時たまに『おぉっ…』とか『あっ…』って言ってる時あったわよ?もしかして気持ち良くなっちゃってたんじゃない?ww隠せてないわよ?w」
「……」
「ま、最初の方は真面目に全力っぽかったからそれを言い訳にはできないわね。お前は私に実力で負けたのよ。自信を持ってた格闘術で正々堂々戦って負けたの。このヒルダ様にね。分かった?」
「………ぇ」
「それともレッド君的には言い訳の余地のない負け方をした方が『ツボ』なのかしら?w自分が全力で潰そうとした女に逆にボコボコにされたいとかーーー」
「てめぇぇえええッッ!!!!!」
正義でも、使命感でもない。
彼に最後に残ったなけなしのプライド。それすら踏み躙ろうとする女の顔めがけて。
にやけながらぺらぺらと喋る口を頭部もろとも粉砕してやろうと憎しみから右拳を放とうとするレッド。
彼の拳が放たれるより遥かに早く、鍛え抜かれた丸太のような脚が彼の頭部を薙ぎ払った。
ガゴッ!!!!
「………喚いてんじゃないわよ、マゾ野郎。寝てな」
吐き捨てるようなヒルダの台詞は、もうレッドの耳には届いていなかった。
Hatake Kakashi
2025-03-17 03:27:12 +0000 UTCjavada
2025-03-16 22:17:49 +0000 UTCHatake Kakashi
2025-03-16 14:47:42 +0000 UTC