14時を過ぎた頃、それは突然現れた。
「う、うわあぁぁ!!!?」
「か、怪人だぁー!!」
通行人を手にかけながら二車線の中央を我が物顔でのし歩く人型。人にはない鋭い突起や黄色く光る目、荒々しい外観。
「グ…グォオオオ!!!」
身の毛もよだつ叫び声を上げながら、怪物はアスファルトを踏み割る。
武器を持っても敵わない。
逃げるべきだ。
その場に居合わせた者たちに恐怖を植え付けたそれは、次なる目標を視界に捉え、猛然と突進した。
「ひっ!!!」
尻餅をついた男子学生は、怪物が振り上げた巨大な爪を呆然と見上げーーー。
ガキィンッ!!!
鼓膜を突き刺すような金属音。
予想していた一撃が、来ない。
彼が恐る恐る目を開けると、そこに立っていたのは…。
「君、無事かっ?」
「あ…………!!」
「レッドだ…」
「ディフェンダー戦隊だ!!」
「来てくれた…!!」
真紅の戦闘服に身を包み、怪物の一撃を防いだ男。
戦闘服の上からでも分かる鍛えられた肉体。ヘルメットで隠され顔は見えないが、その声は市民を守る使命感に燃えているように感じられる。
「皆、シェルターまで逃げろ!後は俺がなんとかする!!急いで避難するんだ!!」
我先にその場を離れ、逃げ出す市民たち。
遅れてその場に着いた仲間が彼に声をかけた。
「レッド!」
「遅いぞ、ブルー、グリーン」
「お前が速過ぎるんだ!敵は他にもいる。そいつはお前に任せるぞ!」
「分かった。油断するなよ」
「そっちもな!後で会おう!」
振り返ったレッドの視界に映る怪人。
先ほど砕いた爪が再生し、元の長さまで伸びていく。
「ふん。便利な体だな」
「グルルルル…」
「心配するな。すぐ終わる」
不敵に言い放ち、拳を構える。
通信が入った。若い女の声だ。
『レッドさん!油断しないでください。相手の再生能力はどうやら全身に渡るようです』
「問題ない。初撃で仕留める」
『再生能力が予想を超えて高かった場合、長期戦が予想されます。せめて私達の支援が届きやすいBポイントまで移動してからーーー』
「そうなったら考えるよ。交信終了」
ピッ。
小さい電子音とともに女の声は聞こえなくなり、ほぼ同時に怪人の爪がレッドの眼前に迫る。
次の瞬間、爆音とも打撃音ともつかない音と共に、衝撃波が辺り一帯を襲った。
○
「ーーー以上で会議を終わる。」
低い男の声がスピーカーから響いた後、スクリーンが暗転する。室内の明かりがついた。
長机を囲むように十人弱が椅子に座り、天井の明かりの眩しさに目を細めている。
「ふぅ…。またいつもの小言だったな」
「司令も大概諦めてくれってんだ。俺たちは怪人の出現を予想することすらできないし、そんなことは皆わかってるのにな」
ブルーとグリーンのため息が会議室に流れる。その他スタッフも口にはせずとも、黙って苦笑いしながら2人のセリフに同調していた。
前回の襲撃から1週間。街の復興は遅れており、日を追って死亡人数が増えてきている。
レッド達ディフェンダー戦隊の活躍で最悪の事態は免れたが、相変わらず対応は後手に回っておりその度彼らは上層部から改善を促されるのだった。
考え込むように俯いていたレッドが顔を上げて口を開いた。
「…奴らはまた来る。怪人達の出現を予想できない以上、俺たちにできるのは怪人が現れたら最速で現場に急行することだけだ」
「そうだな…司令が言うことはともかく、俺たちにできることはそのくらいだよな」
「開発部や情報部も頑張ってくれてるしな。オペレーターのミユキちゃんも手は尽くしてくれてるし、いつでも出られるように準備は怠らないようしないとな」
ブルーとグリーンが頷く。
「すみません。事前に出現が分かれば、常時臨戦態勢も解けるのですが…」
すまなそうに俯くスーツ姿の若い女性。彼女の腕には作戦支援などに使うタブレットが抱えられていた。
怪人の出現はいつも唐突だ。
怪人はどこからともなく現れては周囲の人間を殺傷し始める。そのためレッド達ディフェンダー戦隊は基地内にそれぞれ部屋をあてがわれ、そこに寝泊まりし、怪人の人間社会への襲撃に備えなければならない。レッドに関しては(彼の責任感の強い性格もあって)シャワー以外起きていようが寝ていようが常に戦闘服姿でいるような有様だった。
事前の探知さえできれば罪の無い市民が殺されてしまうこともなくなるため、現状は開発部が寝食を惜しんで怪人探知装置を開発中だ。
申し訳無さそうにしている彼女に対し、レッドは立ち上がりながら笑ってみせた。
「そんなことはない。ミユキは良くやってくれてるよ。開発中の怪人探知装置が完成したら、一度試してみような」
「……!はい!期待して待っててくださいね!」
暗い表情だったミユキの顔がぱっと明るくなった。
「皆も休んでくれ。怪人の出現間隔は最短で1日だ。休める時に休んでおかないと、いざという時動けないぞ。では、解散!」
『はいっ!!』
ディフェンダー戦隊の2人であるブルーとグリーン、そして同じく会議室に集まった戦隊をサポートするスタッフ達の威勢の良い返事が返ってくる。
皆ぞろぞろと会議室を出ていく。
レッドも次なる襲撃に備え、会議室を出て自室へ向かおうとした。少しでも休息を取らねばならない。
後ろから呼び止める声があった。
「レッドさん!」
振り返ると笑顔のミユキが立っていた。
「どうしたんだ?」
「ありがとうございます。私、きっと皆さんのお役に立ちますから!」
「何言ってるんだ。いつも作戦中に俺たちを通信でサポートしてくれるじゃないか」
ミユキは開発部や情報部と連携しながらディフェンダー戦隊をサポートする重要なポジションにいる。先週の戦闘の最中にレッドを通信でサポートしていたのは彼女だ。
「いえ!もし装備さえ整えば、私も現地に行って直接サポートができますから…。そうすればもっと素早くディフェンダー戦隊の皆さんをお助けできます」
「そうは言ってもな…。危険だし、あまり賛成できないぞ」
「大丈夫です!私が皆さんと違って戦闘が苦手なことはちゃんと分かってますから、開発中のシールドさえ完成したら、きっと…」
「……」
怪人の出現間隔、そして強さ。それらは時間を追うごとに短く、強くなってきている。
レッドの予感はこれからの戦いが今までより厳しいものになることを告げていた。
そんな戦場にオペレーターである彼女を連れていくのは危険だった。
「状況は厳しいが、きっとオレ達が勝つ。ミユキ、君を失うわけにはいかない」
「あ……、はい……」
「大丈夫さ。今のままでも十分助けられてる。これからも頼むぞ!」
「はい、レッドさん…」
リーダーの揺るぎない意志を感じ、ミユキは言葉を飲み込んだようだ。
レッドはミユキに軽く手を振って自室に戻っていき、ミユキはそれを見送るだけだった。
○
「カニンガー!!私がレッドの動きを抑える!お前がトドメを刺せ!!」
遅いくる一撃を左腕で受け流し、ほぼ同タイミングに右拳を腹に叩き込む。
堅い甲殻の表面にヒビが入るのみだったが、カニ型怪人の動きが一瞬止まる。
好機。しかし真横からの風切り音を聞き、レッドはやむなく飛びすさった。
銃撃がレッドを襲うも、彼は余裕を持って回避した。
「くっ!!ちょこまかと…!!」
目の前の背丈2mはあろうかと言うカニ怪人。こいつのパワーと硬さは中々だったが、一対一なら大したことはない。それよりも…。
「(後ろの戦闘員…怪人の動きをサポートするように立ち回ってるな…)」
レッドの目は怪人の10mほど後方から怪人に指示を出すハンドガンとロングウィップを持った戦闘員を捉えていた。
怪人の攻撃の隙を消すように銃撃してくる。奴を先に倒したいが、そうなるとカニが面倒だ…。
「(なら……!)」
「カニンガー!今度こそ仕留めろ!」
戦闘員の指示を受け、巨大な鋏を振り上げる怪人。直後、レッドが怪人の脇をすり抜けた。
「なっ!?」
戦闘員に高速で迫るレッド。カニ怪人も振り向いてレッドを追うが、レッドの方が早い。
レッドは戦闘員に肉薄すると、腰だめに構えた右拳を胴体に叩き込みーーー、
「ふっ!!」
空を切る。戦闘員はロングウィップをカニ怪人に巻き付けて怪人にもそれを引っ張らせ、レッドの拳を間一髪で飛び越えたのだ。戦闘員はワイヤーアクションの如く宙を舞い、そのままカニ怪人の真後ろに着地する。
「ははっ!甘かったね!そんなパンチーーー…っ!!?」
戦闘員の前に立つカニ怪人。そしてカニ怪人の眼前に、レッドが拳を振り上げた姿で立っている。
「オレ達はお前ら怪人なんかに負けない。人々の平和は、必ず守り通して見せる!」
右拳を避けられてから返す刀で高速移動し、あっという間に追いついたのだ。
右拳は赤く発光し、拳に秘められたエネルギーが解き放たれる。
「まっ……まずいぃっ!?カニンガー!!わたしを守っーーー」
「爆散!!レッドナックル!!!」
「待っーーー」
数多の怪人を葬ってきた必殺の一撃が、カニ怪人の土手っ腹に炸裂した。
爆発音と共にカニ怪人は吹き飛び、その後ろにいた戦闘員もカニ怪人に激突されて同じく吹っ飛ぶ。
「がぐあぁっっ!!!!」
20mほど宙を待ったのち、一体と一人はアスファルトを破砕しながら転がり続け、さらに10mほどしてやっと止まった。
『レッド!状況を教えてくれ!!』
ブルーからの通信が入る。同時発生した別エリアの怪人の対応が終了したようだ。
「こちらレッド。片付いたところだ。撤収する」
『流石だな!こちらも片付いた。グリーンは軽傷だが、損害は軽微だ。基地で会おう』
「ああ」
通信を切って踵を返そうとすると、視界の端に動くものがあった。
生きていたか。いや、怪人は粉々になって死んでいる。戦闘員の姿が無い。
バサっ、という羽ばたくような音がする。
レッドは直ちに臨戦体制を取り、音のした上空を見上げる。
「何者だ!!」
音の主は上空の怪人だった。人型だが翼を持ち、顔は鳥。鳥人とでも言うべきか。
そして鳥人の足にぶら下がるボロボロの人影。
先ほどの戦闘員のようだ。カニ怪人ごと殴り飛ばしたせいか、戦えないまでも意識があるようだ。
「…?」
遠目に見ても分かる。
壊れたヘルメットから覗く顔、長い髪、敗れた戦闘服から見える胸の膨らみ。
「(女だったのか…)」
「ディフェンダー戦隊のレッド……!!この屈辱はいつか晴らしてやるからな……!!」
憎々しげにそう叫び、鳥人の羽ばたきと共に遠ざかっていく。戦うのではなく、退却のためにスタンバイしていたようだ。
怪人の見せる連携に薄寒いものを覚えながら、レッドは基地に帰投するのだった。
○
『今日君たちを集めたのは他でも無い』
前回とは別の大きな会議室に集まったディフェンダー戦隊の三人とスタッフ達を前に、立体映像で浮かび上がった司令が語り始めた。
『ここのところ怪人の発生頻度が異常だ。市民への被害も無視できないレベルになりつつある。そして今回の怪人の同時発生。これは今までに無かったことだ。我々の取り組みを根本から変える必要がある』
ブルーが顔を上げる。司令の口から聞いたことの無い台詞が出てきたからだ。
『開発部の怪人探知装置だが、試作品が完成した。今後はこの装置を利用して怪人の発生を事前に把握し、装備を万全にして現場に行ってくれ』
グリーンが肩をすくめる。性能も定かでない試作品を実践投入で試験するなど正気の沙汰ではない、という意味だろうか。
レッドも俯いた。以前に比べ敵も強く、出現間隔も短くなってきている。
様々な種類の怪人、新たに出てきた戦闘員の存在(奴らは何人もいるようだ)、そして未だ見えない敵の底…。
スタッフ達の疲労も蓄積してきている。特に肉体派のレッドはともかく、鍛え込んでいるはずのブルーやグリーンすら本調子からは程遠い状態だ。
その現状を打破する策があるのだろうか?
『それと、情報部の人間を君たちと共に作戦現場に随行させる。開発部の装備を携行させるので、性能試験も兼ねて…』
「待ってくれ」
レッドが口を開いた。
『何だ、レッド』
「現場は死の危険と隣り合わせだ。情報部の人間をそんな場所には呼べない。戦える人間などいないだろ?」
『戦闘員という意味では勿論いない。だが、現場についての知識はある』
「何だと?」
『入ってきたまえ』
スタッフの1人が隣室を開けた。機械のドアが高速でスライドし、中から人影が出てくる。
ピンクの服……いや、戦闘服だ。レッド達と同じ、ディフェンダー戦隊の戦闘服を着ている。
ヘルメットで顔は隠れているが、女性だ。
「司令。これは……」
『紹介しよう。今日から君たちと共に現場に行くオペレーターのミユキ君。もといディフェンダーピンクだ』
○
レッドと司令の口論は2時間ほどに及んだ。
レッドの主張は危険性に関してだった。
オペレーターである彼女を戦場に放り出すような真似ができるわけもない。彼女の命は我々だって保証できない。他の方法は無いのか。
司令も引かなかった。
これからの怪人の侵攻がより激しいものになることが予想される以上、現状の人数で対応するのも限界である。ディフェンダーになれるものは選りすぐりの戦闘力や技術を持つ一握りであり、人材の確保もままならない。ならば現場技術と現場に通ずるものを追加人員として投入せざるを得ない。
『それにレッド、これは彼女のたっての希望でもある』
「なんだって!?」
『君たち実践部隊が戦っている間、彼女はサポートという形でしか関わることはない』
「そうあるべきだ!!遠隔からのサポートでなければいつどこに現れるかわからない怪人側の第二陣に晒される危険がある!!現場になど来させるわけにはいかない!」
『彼女はそれをずっと心苦しく思っていたのだ。君たちにだけ重荷を背負わせているとな』
「………それでも、危険だ」
「レッドさん」
そばで様子を見守っていたミユキが口を開いた。
「我儘を言ってごめんなさい。でも、わたしも一緒に戦いたいんです」
「ミユキ……」
「レッドさん達に戦わせておいて、自分だけ遠くから見守ってるだけなんて……もう嫌なんです!」
「………」
ミユキは俯いて肩を震わせている。レッドはその様子を見て、ミユキが言い出せない思いを抱えたまま葛藤していたことを知った。
レッドの肩の力が少しずつ抜けていく。
彼はミユキに歩み寄り、肩を優しく叩いた。
「……あくまで支援だぞ?」
「!……レッドさん!」
「それと、現地ではオレの指示に従ってもらう!できるな?」
「はい。勿論です」
ミユキの笑顔が引き締まった真顔に変わる。レッドはそれを見て少し笑い、司令に向き直った。
「分かった。彼女の帯同は次からか?」
『ああ。彼女は君の指示に従う』
「良かったな、ミユキ。いや、ピンクって言った方が良いのか?」
「ブルーさん!」
「レッドがついてたらどうにかなるさ!よろしくな」
「はい!グリーンさん!」
こうしてディフェンダー戦隊は四人となった。激化する戦いに、心強い仲間が加わったのだ。