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金木犀の匂袋

盛馬から貰った金木犀の匂袋はあたしにとって宝物だ。匂袋の紐の部分をつまみ持ち上げ鼻の近くに運ぶとふわりと優しい香りがする。失くさないようにいつも必ず同じところに忍ばせていたのに。 「ない……」  中岡さんの依頼で薩摩藩邸に行って陸援隊屯所に戻ってから匂袋がいつもしまっているはずのところにないことに気が付いた。あたしは慌てて身に付けていた衣服を脱いでまんべんなく探すがどこにも見当たらない。薩摩藩邸に忘れた……?それとも、どこかで落としてしまった……?真っ青になりながら服を着直して部屋を飛び出すとすれ違った慎三に呼び止められた。 「まこと、何かあったか」 「慎三…! 薩摩藩邸に忘れ物をしたかもしれない。もう一度行ってくる」 「……! 待て、もう遅い。明日にしろ」 「明日じゃダメだ!!」  つい大きな声が出てしまい、慌てて慎三にすまないと謝る。慎三は気にするなと言ってくれたが、今日はもう出掛けるなの一点張りだった。いつもの慎三なら見送ってくれるのだが今日は様子が違う。  慎三は勘が鋭い……、と思っている。  実際その勘で何度か危機回避することもあった。以前顕助が『大橋さんの勘はよく当たるんだよ。それも【悪い方向】に関しては特にね』と、話していたことを思い出す。  だけど盛馬から貰った大切な匂袋が……。表情を歪ませていると慎三はあたしの頭にそっと手を置いた。 「……何があったのか、話を聞かせろ」 「……っ、盛馬から貰った匂袋を落としてしまったんだ。今日中岡さんのお使いで薩摩藩邸に向かったからそこに落としてしまったのではと思い……」 「成る程。しかし薩摩藩邸でなく道中で落としていた可能性もあるだろう。ならば明日のが良い。今行ったとしても暗くて探せん」 「っ」  慎三の言うことは正しい。だけど、早く探したい。手元にないことがとにかく落ち着かない。片想いしている大好きな人からの初めての贈り物だから。  「大事なお話し中ごめんねー……?」 足音をたてずそっと現れたのは顕助だった。 「どうした顕助」 「あ、うん。まこっちゃんにお客さん来ているから呼びに来たんだ」 「あたしに……? 一体誰が、」 「それが……薩摩の吉井友実さんなんだけど……」 吉井友実……? 玄関に行くと友実さんが伊織と弁之進と話していて、あたしに気付くとホッとした表情を浮かべた。 「まことさん。先程はどうも」 少し訛ったような発音で頭を深々と下げる友実さんに慌てて頭をあげるよう言うと穏やかに笑う。この人はあたしに比べてずっと年上で、礼儀正しく温厚で優しいほんのちょっぴりおっちょこちょいな薩摩の御仁。中岡さんに付き添って薩摩藩邸に初めて向かったときも、はじめは何故おなごがと警戒されたが、この方のおかげで薩摩藩士たちが警戒を解いてくれたあたしにとって恩人である。 「友実さん、一体どうされたのですか……?あたし、何かやらかしてしまいましたか…?」 「そうではないですよ。そうですね……少しの間だけ私と彼女だけにしていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」 伊織たちは友実さんの言葉に頷くとその場から離れていった。 「すいません、お茶も出さず……」 「いえいえ。これを渡したらすぐに帰ろうと思っておりましたので」  そういって取り出したのはあたしが探していた匂袋だった。 「あっ」 「やはり貴女のでしたか。藩邸内に落ちていましたのでまことさんのものではないかと思いまして」  友実さんから匂袋を両手で受けとる。 「友実さん本当にありがとうございます……これ、あたしにとって大切なものなんです」 「ははっ。貴女の表情を見て早く届けてよかったと思いました。それでは私はこれで」 軽く頭を下げると友実さんは去っていってしまった。  受け取った匂袋を見つめる。鼻の近くに運ぶとふわりと金木犀の香りにほっとした。 「拾ったのが先程の御仁でよかったな」 振り返ると慎三が立っていた。慎三の口元はマスクで隠れているが少し微笑んでいるように見える。あたしは匂袋を両手で包む。 「ああ。もう絶対になくさないよう気を付ける。慎三もありがとう」 あたしは慎三に礼を述べて部屋に戻った。 「……ところでお前は金木犀の花言葉を知ってあれに渡したのか?」 「ああ、知っているとも。だが花言葉以上に金木犀の花や薫りがあの娘に合っていると思っただけさ。僕にとってあの娘が金木犀なのかもしれないね」 「……相変わらず何を言っているか分からん奴だな」 眉間にシワを寄せる慎三におや、君なら分かると思ったのだがねと言いながら盛馬は嬉しそうなまことの後ろ姿を見つめていた。


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