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竜人の聖騎士と兎の従者の一幕

「竜人の聖騎士と兎の従者の一幕」  水場で汲んだばかりの水に、『強壮』のまじないを込めた魔法薬を一瓶混ぜる。さらに魔源の石を削った粉を落とし、ハーダモンの葉を煮詰めて抽出したエキスを一垂らし。そのままでは飲めたものではないので、シトラスの果汁を絞り入れて口当たりをごまかす。 「……うげえ」  試しに一口含めば、歪んだ口の中がしばらく戻らなくなるほどの苦みと渋み。良薬は口に苦しとは確かに言うが、それの極致という感じだった。 「今日も最高の味です。はいあと全部どうぞ」 「その反応の後に飲まされるの、びっくりするほど気乗りしないなぁ」  燻る焚火の跡を挟んだ対面に座る竜人に、件の液体の詰まった水袋を押し付ける。彼は水を含む前から苦々しい笑みを浮かべつつも、さして抵抗なく液体へと口を付ける。  水袋の中身を一息で喉に流しいれ、竜人の男――カストール様は深く、深く息を吸った。 「うん、今日もいつも通り効率を煮詰めたような味だ。さすがだね、ロップ」 「恐悦至極でございます、カストール様。ご所望ならお代わりも作りますけど」 「いや、結構」 ロップとはボクの名だ。彼の爽やかな口調の裏に隠すことなく刻まれた皮肉を、のし付きで送り返して返してやれば、彼は肩をすくめて黙らざるを得ない。口喧嘩でボクに勝つことなど、彼には夢のまた夢というわけである。 「別にいいんですよ。口触り、味、後味諸々を加味しつつ同じだけの効能が得られるようにしても。そうした結果『フールディアの洞穴』で何が起こったか、ボクはまだ覚えてますけど」 『フールディアの洞穴』事件。その言葉を聞いたカストール様の顔が渋くなる。ボクとしてはなかなかに貴重な光景を目の当たりにできたいい思い出なのだが、当事者たる彼にとっては思い出したくない事件だろう。  物事は単純だ。非人道的な味の調合薬を何とかしてほしいと、と頼まれたボクはあれこれ知恵を凝らし、最終的に限りなく摂取量を増やすことで味わいを軽くした。その結果、カストール様はいつもの三倍の量の調合薬を摂取した状態で『フールディアの洞穴』の浄化に挑み、見事に「一定時間装備着脱禁止」の罠に掛かり、ついでに最奥部までが異様に長かったことで、聖騎士の肩書にあるまじき醜態をさらす羽目になったのだ。 「調査報告書には「聖騎士カストール、洞穴の浄化に成功せり」、と書きましたけど、もう少し子細に書いても良かったんですよ。我慢できずに二回もおしっこ漏らしたとか、最終的にすっぱだかで最奥に潜む魔族を張り倒して泣きべそかきながら外まで帰還したとか」 「や、やめたまえ……俺が悪かったから、な」  まあ、こんなことを書いてしまえば巡り巡って処罰されるのはボクの方なのだが。聖騎士、という肩書は大変重いものであり、抱かれているパブリックイメージを汚すような記述はたとえ事実であってもしてはならないとされている。 (されてる、んだけどなあ……)  ボクは垂れ耳を搔きながら、対面に座るカストール様の姿をまじまじ眺めた。高位の祝福が込められ、あらゆる汚れや呪いを寄せ付けない聖絹で編まれた腰布一丁のみの出で立ち。 つまりほとんどすっぽんぽんである。恰好だけ見れば聖騎士というより奴隷とか蛮族とかのほうが正しいだろうし、王都の方々がこんな裸同然な格好の彼を見れば気を失うに違いない。 (王都にいるときとは大違いですよ、全く)  王都にいるときは聖騎士らしい衣服に身を包み、背筋を正し、一挙手一投足いかにも「聖騎士らしい」挙動で動く彼だが、王都を離れると途端にこれである。 カストール様の身長は角を含めて2mほどになるだろう。日頃の過酷極まりない鍛錬の成果が表れている、無駄肉のないよく引き締まった肉体。それから少々銀みがかった全身の竜鱗と、夕空を溶かしたような金色の双眸。いわゆる、騎士道物語の主人公顔というやつである。こういう男に宛がわれるのは決まって宝石のような美貌を持つ淑女であると決まっているのだが、あいにくとその法則は当てはまらない。彼の対面にいるのは、垂れ耳で白と灰が入り交じったような毛並み、若干恰幅の良い腹回りとそれなりの魔術の知識を持つ、うだつの上がらない兎人の子供――つまりボクことロップであるのだから。 「ときにカストール様、今回の仕事の詳細のおさらいは必要ですか」 「そうだね、聞かせてくれ」  野営地の隅に固めてあった荷の中から、いくらかの紙束を牽引魔術で手繰り寄せ、内容を読み上げる。昨日寝る前にまとめておいた所感と、王命に際し頂いた情報を整理していく。  ついでに、朝食用の携帯食料をもそもそ齧っておくことも忘れない。時短は大事である。 「まず、依頼主は王都より半月ほどの位置にある辺境村サヴィーラです。取り立てて特徴のない農村ですが、ここ一か月ほど村人の失踪が相次いでいると」 「魔族の襲撃でさらわれた、とかではないんだよね」  カストール様は一口で携帯食料を平らげる。霞でも食ってそうな聖騎士のイメージにはあるまじき大食いっぷりだが、いつものことだった。 「はい。忽然と、姿を消すのだそうです。一切の例外なく、夜を越えたらいなくなっていたと。襲撃ならば目撃者がいておかしくないはずです」 「さらわれた村人の特徴は?」  彼は二本目の携帯食料をほおばった。ペースが速い。 「子供と老人が多いそうです。あ、それと、すべて男性です」 「……ふむ」 「いまボクを囮にしようとしたでしょ」 「まさか! 聖騎士はそんな卑劣な真似はしないさ、ははは」 「目的達成のために最も効率の良い選択なら受け入れますよ」 「しないってば」 ほんとうかなあ。ボクは肩をすくめ、話を続ける。 「男性だけ、というところから村に紛れたサキュバスやらの線を想像しましたが、少年や老人ばかりというところが不思議ですね」 「というと」 「そういう輩は、精力旺盛な年代の大人のほうを好むものと思います。少なくとも、今まで相対してきた淫魔連中は皆そうでしたね」 「……ああ、確かに」  彼は聖騎士にあるまじき毒牙へのかかり方をして、聖騎士にあるまじき搾り取られ方をしたときの記憶を思い出しているらしい。蛇足なので追及はしないが。 「目的、理由は不明ですが、下手人は村の中に紛れ込んでいる気がします。調査は慎重に行うべきだと思います」 「わかった、心がけよう」  三本目の携帯食料をするりと平らげ、カストール様は立ち上がった。いかんせんボクの二倍以上の背丈を持つので、座った状態だと迫力がとんでもない。 「そろそろ出立しますか」 「ああ。だがその前に、用を足しに行ってもよいだろうか」  彼はちらり、と横目で近くの川を見た。心なしかそわそわと身を揺らしている。 起床から一時間ほど、思考に遅れて起き始めた身体が生理的欲求を訴え始めるにはちょうど良い頃合いだろう。 「ボクもいきます」 □  さあさあと流れる浅い川に向かい、魔術師用のローブの紐を解き、前をはだけさせる。 ボクは旧来の魔法使いらしく下着は履かない主義である。そのまま露になったモノを川へと向け、下腹部の緊張を緩めていく。 「ふー……」  小さく突き出した先端から、緩やかな放尿が始まり、すぐに川面に突き刺さってちょぽちょぽと軽い水音を立てる。実をいうとそれなりに切迫していた膀胱の中身が少しずつ軽くなっていく。解放感と、初春の朝の薄寒い風にぶるりと体を震わせた。  二年と半年前、魔法アカデミーの模範生だった頃は屋外での立ち小便などという野蛮極まりない行為は考えられなかったが、慣れれば慣れるものだ、本当に。 「きみも屋外での生活に随分慣れてきたね」  隣に立つカストールが、腰布の結い紐をほどきながらしみじみと語る。ボクはそののんき極まりない口調に、気の抜けたようなため息を吐いた。 「おかげさまで。まさか聖騎士様のお付きの役目なのに、こんなに野宿とかさせられるとは思ってもみませんでしたよ。聖騎士さまと並んで屋外で連れ小便とか、帝都の父母が聞いたら卒倒するでしょうねえ」 「赴任したての頃は意地でも外で用を足そうとしなかったものね。初めての野宿の日、あれはたしか夕方頃だったかな、口数少なに後ろをついてきていた君がふと立ち止まったと思ったら、水が滴るような音がして――」 「しっ、知りませんが!?」 「ははは」  先ほどの痴態を蒸し返した恨みらしかった。一本取られた、というやつだろうか。鮮明によみがえってくるあの日の記憶を押し殺して睨み上げるが、股座の縦筋からぬるりと顔を出した竿から豪快な小便を放ち始めているカストール様にはまるで届かない。 じょぼぼぼ、と豪雨の日のような水音を高らかに響かせ、竜人の巨体から放物線を描いて放たれる黄金色の小便。アカデミーの学生時代、見識を深めるための宿泊学習で見たため池の放水作業を想起させる水量と、勢い。竜人というのは何から何まで規格外だといわれるが、放尿ひとつとってもまさにその通りといえる。 (……で、デカい)  種族も何もかも違うから比較対象にならない、というのはもう本当にそうだが、それはそれとして、その股座から突き出しているモノの威厳はまさしく聖騎士のそれという感じで、どうしても敗北感を覚えざるを得ない。 「しかし、カストール様。こんな依頼、王都の聖騎士が受けるようなものではないと思いますよ」 「どうしたんだい急に」  こみあげてくる敗北感を振り切るように話を変える。少しずつ勢いの弱まってきたおしっこを最後の一滴まで絞り出しつつ、ボクは言葉をつづけた。 「言葉通りの意味です。聖騎士なんだから、もっと箔がつくような仕事はいくらでもあると思いますけど。わざわざ遠方に出向かなくとも」 「王都での仕事はつまらない上に疲れる。第一、書類仕事をするときさえ華美な装飾の鎧を着させられるのはおかしいと思うんだ。肩が凝るだろう」 「パブリックイメージの塊ですからねえ、聖騎士なんて。花形ですから」  付き人なので知っているが、視察に出向くときも一挙手一投足定められた身振りがあって、まるで精巧な機械仕掛けのような動きを要求されるのである。自分には到底務まらないだろうなあとなどと思いながら彼を見ている。  余談だが職務時間中の御不浄は厳禁なので、聖騎士の執務室には“用途不明だがかなりの貯水量を誇る蓋つきの壺”が必ず一器供えられてある。何に使うかはご愛敬だ。 「そうやって遠方の任務ばっか選んでるから結婚できないんですよ。ボク知ってますからね、カストール様の弟さん、お手伝いの方ともうすぐご結婚されるって」 「おや。詳しいね、君」 「ご本人から聞きましたので」  カストールの弟さんはさる街の神官をやっており、仕事漬けの兄を心配して騎士団詰め所へ度々訪ねてくるのである。カストール様と同じ白色の鱗を持つ竜人で、その人柄の良さから多くの人に慕われているという。たしかに少々幸薄そうな雰囲気こそあれ、あれほどの人柄のひとを周囲が放っておくことはないだろうなという人だった。 「いいんだよ俺にはロップがいるんだから」 「さいですか」  ぶんぶん、と豪快に竿を振りしだき、ぶっきらぼうにカストール様は言った。口ぶりからしてボクは愛玩動物として認定されているようである。 「さあ、丘を抜けたらいよいよ辺境村だ。今回はどんな目に逢うのだろうね」 「ヤなこと言わないでくださいよ」  とはいえ、カストール様の任務は生易しいものではないのは事実だ。しかも相手はサキュバスである。これからカストール様に――ついでにボクにも――降りかかるであろう災難を想像して、深いため息を吐いた。


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