日に日に野生ポケモンの数が増えるミアレシティ。
最近では人とポケモンとの衝突も急増しており、クエーサー社は早急に対策を講じる必要を迫られていた。
もはやワイルドエリアを少しずつ指定しているのでは間に合わず、それこそ区画単位でミアレの住人に強制退去を命じ、一度そのエリアをすべて更地にしてしまって、ポケモンが多く住めるような公園に作り変えるくらいでないと追い付かないレベルである。
もし一度でも死者が出るような事件が発生してしまったら、ポケモンと人との共存の夢など音を立てて崩れ去るだろう。
しかし、最近ではミアレを守る会の反発も激しさを増している。悩みに悩んだ結果、クエーサー社の社長ジェットが目を付けたのが、ある一匹の雌のマスカーニャだった。
パルデア生まれのオヤブン個体であり、ダイマックス因子を身に宿す特殊個体でもある彼女は、その危険性の高さからパルデアでは厄介者扱いされていた。
というのもオヤブン個体がダイマックスすると、そのサイズは数百メートル~キロメートル級になることもあり、「歩く災害」と化す可能性があるからだ。
彼女はエリアゼロ内に閉じ込められ、ずっと監視されながら生活していたが、しかし、どちらかというと性格は温厚で、パルデアの人々の中には、彼女を解放してあげてもいいのではないか、という声も挙がっているくらいだ。
そこに首を突っ込む形になったのがクエーサー社だ。クエーサー社の庇護のもと、彼女の尊厳を守りつつも、ダイマックス災害を起こさせないよう教育・指導するという約束で、パルデアから彼女を引き取ったのだ。
ジェットは彼女を社長秘書であるマスカットと双極をなすもう一人の秘書「マスキャット」として重用した。
ポケモンでありながら人語を操るほどの知能を持ち、また、目鼻立ちもしっかりしていて豊満な乳と巨尻を持つ、まさに才色兼備の美ポケモンである彼女を秘書として雇ったのには大きく三つの狙いがあった。
一つはポケモンである彼女をミアレの再開発に携わらせることで、人とポケモンとの共存というテーマの象徴的存在にしようという狙い。
二つ目は近年妨害行為の苛烈さを増すミアレを守る会の代表が無類の女性好きとして知られており、女性的な魅力の詰まったマスキャットを表に立たせることで、彼の暴走の抑制を図る目論見だ。
そして、最後に3つ目だが、これはリスクも承知で、彼女のダイマックス因子を利用しようというもの。管理された範囲内で巨大化させ、それを公共事業に役立てる。
ポケモンの住環境を整える為、早急にミアレの広範囲を更地にする必要があるが、重機を入れているようでは間に合わない。しかし、ダイマックスで超巨大化したマスキャットなら町の区画一つくらい秒で粉々にできる。
ダイマックスがいかに土木の分野において有用なのかアッピールし、同時に彼女の悪いイメージも払拭してしまおうという算段だ。
そしてついに決行の日がやってきた。
ジェットの考案した再開発計画はとんでもないもので、ミアレシティの実に1/4の面積に当たる北東の区画を丸ごと更地にして、すべてワイルドエリアに変えてしまうというものだった。
当然、強制退去を勧告された住人達は激怒し、暴動が起きたが、メガ欠片を資源に他の地方と交易を重ね莫大な富を築いていたクエーサー社は、住人に生涯年収にあたる現金を一括支給し、黙らせていった。
既に方々で暴走メガシンカが起きており、このままではミアレが崩壊するだろうことは住人も理解はしていたし、そもそもクエーサー社がマスキャットのダイマックスを強行すると宣言したことで、嫌でも他の区画に避難しざるを得なかったのだ。
北東区画だけでも住人は10万人はいたが、もともと観光業の盛んなミアレは宿泊施設も多い。幸か不幸か最近では暴走メガシンカの噂が広がって観光客もほとんどいなかったので、ミアレの1/4を失っても都市の収容人数的には問題はなかった。
大金を手にして有頂天になる者、ずっと大切にしてきた家を奪われて憤慨する者、ダイマックス化に不安を覚える者……人々は様々な思いで、これから行われる大規模な都市解体工事を見守っていた。
しかし……
ダイマックスしたマスキャットに町が騒然となった。
「う、うわああああああああああああ!!」
「な、なんで、この区画で……何がどうなってるんだ!?」
「お母さんが、瓦礫の下敷きに……どうしよう…!誰か助けて!!!」
「痛いよう……死にたくない……」
砂煙が舞い、血の匂いが充満し、瓦礫が崩れる音とサイレンの音が鳴りやまない。ミアレが阿鼻叫喚の地獄と化した。
いったい何が起きたと言うのか。
「ま、マスキャット……そ、そっちじゃない……!」
ミアレシティ中心部に聳え立つプリズムタワーからダイマックスの様子を見守っていたジェットは顔面蒼白となっていた。
「な……なんてこと……」
膝から崩れ落ち、取り返しのない被害に目の前が真っ白になる。
そう、このマスキャット。真面目で温厚ではあるのだが、ドジっ子だったのだ。
彼女がダイマックスしたのは再開発予定の北東区画ではなく、今避難住人が大挙として押し寄せぎゅうぎゅう詰め状態の南東区画のド真ん中だった。
超巨大化に伴い、それだけで何十棟という建物が巻き込まれ崩壊。死者は既に万単位に達している。
そして、狼狽するジェットの前でマスキャットはゆっくりと片足を上げた。
「や、やめて……!!もう…これ以上は!!」
ジェットの言葉は彼女には届かない。それどころか300mはあるプリズムタワーより遥か高い背丈を持つ超巨大生物と化したマスキャットにとって、もはや人やポケモンはダニのように小さく視認することができなかった。
マスキャットは自分が破壊目標を間違えていることに気付いてさえいないのだ。
(そ~っと、そ~っと……ミアレの町のみんにゃに迷惑掛けないように、慎重に建物を壊さにゃいと……)
彼女にとってはかなり慎重に足を運んだつもりだが、ミアレ全体が大きく揺れた。死者が出るほどの地震ではなかったが、プリズムタワー最上部にいたジェットは立ってられないほど揺さ振られる。
当然、彼女の足裏では数十棟の建物がスクラップにされ、まるで焼き立てのハンバーグから肉汁が溢れ出すように、地面が血みどろになる。
18342人。彼女のたった一歩で消えた命の数である。
「み、皆殺しにされる…!!」
「は、はやく…隣の区画に…」
「助けて……怖いよ……」
マスキャットの足元で逃げ惑う人々。しかし、どれだけ彼女がゆっくりと慎重に歩を進めても、その圧倒的な歩幅を前には逃げること叶わない。
この時点で北東区画と南東区画、則ちミアレ東部に住んでいた20万人すべての命が消えることが確定した。
(ふふ……役に立てるって嬉しいニャ……。それに、建物壊すのにゃんか気持ち良くて楽しい…!)
まさか自分が凄惨な大量虐殺をしているだなんて夢にも思わず、鼻歌交じりで蹂躙の足取りは軽い。
しかし、そんな時、足元で大きな爆発火災が起きた。
大きな爆音と共に黒煙が立ち上がる。
これには流石のマスキャットも顔に付けているマスクがズレるくらい大層驚いて目を見開いた。これだけ破壊しているのだから当然これくらいの爆発が起こることくらい予想できそうなものだが、しかし、なぜ彼女はこんなにも驚いているのか。
—それは、本来この区画で爆発など起こり得ない筈だったからだ。
当たり前のことだが、更地にするエリアの電気やガスは既に止めてある。どれだけマスキャットが激しく建物を破壊しようと引火して爆発するようなものがそもそもないはずなのだ。
ここまできて、マスキャットも漸く、その違和感に気付いた。
(…あれ…?北東は……こっちが北で、こっちが南……あっ!!)
時既に遅し。既に彼女の足裏には20万人の血が吸われていた。
たった一つの勘違いで起きた惨劇。その被害者数はかつて戦争の時代、AZが起動した大量破壊兵器による死者に並ぶほどだった。
この出来事によって世界はダイマックス災害の恐ろしさを再認識する。
あまりの罪の大きさに打ちひしがれたのか、マスキャットはそのまま行方を晦ました。
地方一つ簡単に滅ぼせる巨神がまだこの世界のどこかに存在している。その恐怖を胸に抱えながら人々は日々を過ごすことになった。
このまま彼女は人前にはもう姿を現すことはせず、ひっそりと野生で生きるのか、それとも再びダイマックスし、その巨体で世界を恐怖に陥れるのか。それは誰にもわからない。
一つ言えることがあるとすれば、殺戮に気付いていなかったからとはいえ、今回の事件で彼女は大層楽しそうに建物を破壊していた、ということだけだ。