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絶対冥土

20XX年。


産業革命以降着実に進行していた地球温暖化。


既に北極の海氷の約7割が融解し、海抜の低い島がいくつも海に沈んでいる。夏は冬と並ぶ“死の季節”となり野生動物の絶滅に歯止めが利かない。


21世紀初頭では数十万人だった熱中症による死者も、今では1000万人を軽く超えており、夏場に外に出ること自体がもはや自殺行為だ。


着実に死の惑星に近付きつつある地球だったが、しかし、人類もただ指をくわえて見ていたわけではなかった。


確かに地球温暖化自体は食い止めることはできていないが、科学技術の発展目覚ましく、火星への移住計画をはじめ多くのプロジェクトが進行していたのだ。


その中でも特に大きな成果が、異星人とのコンタクトに成功したことである。


人類より遥かに科学技術が発展している別惑星の文明との接触は極めて危険だ。相手が排他的な思想を持っていれば一方的な惑星浄化に晒される危険だってある。


しかし、それでも交信を試みたのは、それだけ人類が追い込まれていたからだ。人類補完の為の移住計画は頓挫の連続。火星に移り住むためにはまずは大気を作り変えなければならないが、その実験の進捗も芳しくはなく、このままでは先に地球のほうが住めなくなる可能性が高い。


であれば、リスク承知で異星人の人知を超えた力を借りて、なんとか生存の道筋を立てようというのは現実的ではある。


だが屈辱的なことに人類の呼びかけのほとんどは無視されてしまっていた。


AI技術をフル活用し、異星人の言葉を翻訳して助けを求めたのだが、彼らにとって人類はあまりにも稚拙で原始的で、そしてありふれた存在だったようだ。


広い宇宙には地球のような惑星はごまんとあり、いちいちそんな矮小な星の救命信号など取り合っていてもキリがないのだ。


しかし、それでも人類は諦めずに救命信号を送り続けた。


・・・そして5年が経過した頃、初めて応答があった。


「こんにちは、地球の皆さん。暑さに苦しんでいるというとのことで、私の力で星を冷やして差し上げます。」


たった一文。星同士の交渉という規模の大きさに対して、あまりに簡略的過ぎるが、それだけ人類が軽視された存在であることがこれだけ見てもよくわかる。


しかし、それでも人類が確かに希望を掴んだことには変わりない。


異星人がどのような存在で、どのような手法を持って地球温暖化を食い止めてくれるかは皆目見当もつかないが、それでも滅亡の未来を回避できる可能性が少しでもあるのなら縋るしかない。



その後も交渉は進み一カ月後の9月1日に異星人訪問が決定した。相変わらず異星人からの回答は簡略的で、渡航手段すら示されていないが、地球最大の都市であるA市近郊の大広場に直接降り立つとされていた。


初めての異星人との邂逅。世界は沸き立ち歓迎ムードの中、A市は煌びやかな装飾が彩られ祭りの様相を呈している。


宇宙船が着陸することを想定し、大広場には大きくスペースが確保され、それを取り囲むように歓迎の段幕がびっしりと張られている。


しかし、そんな中で祭りの装飾に隠れるように町の至る所に戦車や大砲が配備されていた。宇宙人に対してなんとも失礼なことだが、これは最低限のリスクヘッジ。


ハイリスクハイリターンな異星人招待という賭けで、万が一を見越しての軍隊配備だ。


そして、その判断は正しかった。


9月1日。歴史的瞬間に立ち会わんと、大広場には世界中から人が集まった。そしてそんな大混雑の中、突如空が裂けるように開いた。


人々が固唾を呑んで見守る中、異空間から顔を出したのは、宇宙船でもUFOでもなかった。ヌッと現れたのは何か青い獣のような脚。続いて全身が露わになる。


そう、異星人は生身の肉体のまま直接地球に渡航してきたのだ。


何が起きたかわからない人間達。その姿は骨格こそ人間と似たような二足歩行をしているが、全身が水色の美しい毛に覆われ、頭部は耳の長い狐のようで、大きな尻尾も生やしている。


何よりも目を惹くのが、その豊満な乳と巨大なまんこ。異星人でありながら、すぐに彼女が雌であるとわかるくらい著しく性のシンボルが発達している。なぜかメイドのような衣装を着用しているが、隠すべき筈の胸や膣はむしろ丸出しで余計に艶めかしさを際立たせている。


あまりに魅力的な身体つきにしばらく人間達の目線は性器に釘付けになっていたが、少し遅れてある強烈な違和感に気付く。


大広間に影を落とす異星人。空いっぱいに広がる彼女の肉体。


そう、異星人は途轍もなく巨大だったのだ。


しかし、時すでに遅し。違和感に気付き大広場が騒然としたころには、既に異星人は地上へと落下を始めていた。

ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!

その日、世界は思い知った。自分たちがこの広い宇宙でどれだけちっぽけな存在だったのかを。


巨大な宇宙船が着陸してもいいように東京ドーム十数個分のスペースを確保していた大広場だったが、着地の為に大きく開いた彼女の股幅はそのスペースをも大きく上回っていた。


彼女の巨大な二つのおみ足が無情にも歓迎者達の人混みの中に振り下ろされたのだ。人知を超える超重量を前に、踏みつぶされた人間達は地下何十何百メートルの深さまで押し込まれ一瞬でミンチになる。そして、その周囲で希望で目を輝かせていた筈の何百万という命もまるで埃のように宙を舞い、目の輝きは失われた。


着地によって発生した地球史上最大クラスの大都市直下型大地震。大都市は一瞬で廃墟と化し、総被害者は1000万を超える。


「異星人歓迎!」「地球へようこそ」人々の希望の詰まった沢山の段幕が瓦礫に塗れ、何とも言えない虚しさが際立っている。


直前まで確かにここに大勢の人々が存在していて、この歴史的な祭りの為にこの一カ月必死に準備してきたはずなのに、盛大な歓声が上がるどころか町は一瞬で静寂に包まれてしまった。


しかし、そんな静寂も長くは続かず、彼女の足元ではドーンという爆発音が次々と鳴り響いた。


大火災。


地面に埋設されていたガス管もそのすべてが滅茶苦茶に損傷したのか、其処ら中でガス爆発が発生し、瞬く間に町を炎が包み込んでしまったのだ。


メラメラと立ち上がる火柱と燻る黒煙。人々が確かにここに生きていたという痕跡すら消えようとしている…


「あらあら。着地しただけで文明が滅茶苦茶になっちゃった。ごめんね~」


今まさに凄惨な大虐殺を引き起こした張本人は軽くそう言った。ちょっと反省しているようではあるが、彼女にとって人間の命がいかに取るに足らないものか、はこの一言だけで十分に読み取れる。


腕を組んで壊滅させた町を見下ろすその表情からは圧倒的な強者の威厳すら漂う。自身がこの世界において神のような存在であると分かり切っているかのような自信に満ち溢れた顔だ。


「ふ~ん。それにしてもこの町の感じ、本当に“ポケマン”みたい。この世界だと宛ら私は神視点のプレイヤー様ってとこかしら。」


彼女は腰を降ろし、横になって視線を下ろすと、まだかろうじて建物が残っている地域をまじまじと観察した。垂れた乳が高層ビルの一角を飲み込み超重量で滅茶苦茶に粉砕されていったが彼女は気にも止めない。巨乳であるがゆえに余計に人が死んでいることを考えると、なんと罪深き豊満さであろうか。


“ポケマン”。彼女の住む惑星で流行っているゲームの名前だ。正式名称は“ポケットヒューマン”。町ごとポケットに入るくらいの小さな文明人“ヒューマン”を導いて文明を発達させたり、科学技術を発展させるシミュレーションゲームである。


ゲームプレイ中、災害や戦争、疫病など数百万単位の死者が出るイベントはよく起きるが、種全体で見ればゲームオーバーに繋がるほどの致命的なイベントではない。


今回、現実で起きた異星人襲来と、それに伴う被害者1000万人も彼女にとっては些細なイベントの一つくらいに軽く捉えているのかもしれない。


現実とゲームは勿論違う。しかし、彼女にとって人間はあまりにも小さくどうしても大量虐殺をしたという実感が湧かないのだろう。


「はぁ~ 最近はストレスが多くて体も冷え切っていたから、炎の暖かさが身に染みるわ~」

火の海となった町の上で火災浴を楽しむ巨獣。リラックスしたのか思わず表情が柔らかくなる。


しかし、そんな時、一つの戦車砲が火を噴き。彼女の巨尻に着弾した。


「え?何!?」


かすり傷一つ付いていないが、彼女は少しびっくりしている。


「・・え?まさかポケマン如きがプレイヤー様である私に歯向かったってこと・・!?」


怒り。彼女は自分たちの立場すら理解していない矮小種族のあまりの低俗さに驚き、そして憤りを覚えたのだ。


滅茶苦茶に破壊し尽くされた町の中で辛うじて生き残っていた戦車から放たれたたった一発の砲弾。


1000万人の命に対し、効果のない一発の砲弾が報復では全く釣り合っていないのだが、そもそも矮小な存在が神に逆らったこと、そして自分達から招いておいて予め軍隊が配備されていたことに彼女は怒りを感じた。


酷い話のように感じるかもしれないが、例えば人間もダニにたった一回噛まれたというだけで、部屋中に殺虫剤を撒いて皆殺しにしたりするのと一緒だと考えると、そこまでおかしな態度ではないのかもしれない。


彼女自身まだ未成年で今日もメイドカフェのバイトの帰りに気まぐれに地球に遊びに来たに過ぎない。歓迎されて仕事の疲れを癒されるどころか歯向かってくるものだから機嫌を損ねてしまったのだ。


人間達は間違えた。


どこか異星人と対等でありたいという気持ちが無意識に存在していて、それが軍隊を配備するに至った要因だろう。


たった1000万人の死者だけで済む、他愛もない災害イベントで終わった話なのに、ポケマンは自らゲームオーバーの道を選んでしまったのだ。


神を怒らせるということがどれだけ恐ろしいことか、そして、自分達の身の程さえ知っていれば“こんなこと”にはならなかったはずだ。



“こんなこと”。それは彼女の怒りに伴い発生する冷気である。


通常の生物なら怒りや興奮で身体が熱くなったりするものだが、彼女、グレイシア種は体質が特殊で、興奮状態や過ストレス状態になると冷気を発生する。


火災で止まる場所をなくした都市鳥達が先ほどまでずっと空を彷徨っていたが、彼女の冷気にあてられたのか、まるで雨のようにぼとぼとと落下していった。


翼が凍り付き羽ばたくことができなくなってしまったのだろう。


彼女の吐く息もダイヤモンドダストとなり、氷の粒が日の光に反射してキラキラと美しく光り輝いている。


しかし、その美しさとは裏腹にこの冷気は決してクーラーのような生易しい冷気などではない。-273.15℃。すなわち絶対零度である。


しかも数㎞はあろうかという彼女の全身から放出されているのである。


今の今まで轟々と燃えていた筈の町が嘘のように、今度は一瞬で凍り付いていく。


人間だけでなく犬や猫、植物に至るまで、生きとし生ける者すべてが心の臓まで冷凍され、町は再び異様な静けさに包まれたのだった。


そして・・・

ドン!!!!


彼女が地面を強めに叩くと、その衝撃で氷像と化した大都市はガラス細工を叩き落したように一瞬で粉々に崩れ散った。


コンクリートも人も車もありとあらゆるものが、この一撃で砂粒のように粉々になったのだった。


「ふぅ~・・・やっぱコレ爽快で気持ちいぃ~。怒りが収まったわ。」


彼女は気分がスッキリしたのか、徐に立ち上がり、人差し指の爪で引っ掻くように“空を裂く”とそのまま開いた異空間から自分の惑星へ帰っていってしまった。


彼女は既にここにきた目的すら忘れていたようだが、もともと気分転換にきまぐれで人間達のSOSに応えただけなので、人間がどうなろうと知ったことではないのだろう。


しかし、図らずして人間達の苦しんでいた温暖化問題はある意味解決したと言える。


彼女がちょっと怒って発生させた冷気だったが、それだけで地球上の海の8割近くが凍り付き、惑星全体の気温が平均30℃近くも下がってしまったのだ。


ようやく解放された地球温暖化の地獄。しかし、代わりに地球寒冷化の地獄が訪れる。


この氷河期は100年続き、地球上の全生命のうち8割を全滅させたという。


そして、彼女の降り立った大陸では特に強力な冷気に晒されたことにより、人や動物はおろか微生物に至るまで、すべて絶滅した。


メイド服を着た異星人による絶対零度によって大陸に住むすべての生命が冥土送りにされたこの惑星レベルの大天災を人々はこう呼んだ。『絶対冥土』と。


おわり

絶対冥土 絶対冥土 絶対冥土

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