2月もギリギリになってしまいました!
「この頃はゲーム完成の燃え尽き症候群の可能性があるから遊びの予定をたくさんいれちゃおう!」としていた過去の自分のおかげ?で、
新しいものごとに触れる日々を過ごしております。
今年はうるう年で、周防の誕生日が4年ぶりにあるので、
周防の話でもしようかなと思います。
※DDDクリアまでのネタバレを含みます※
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書いてたら、周防を含めたマミヤの歴史まとめになりました。
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周防景人。
マミヤはもともと2012年より構想のあったタイトルでしたが、
そのとき周防はいませんでした。
2枚とも2012年の絵。下はマヤ文明が滅亡するとされていた2012年12月22日の絵です。人類は滅びなかった。
夏目が4人の同級生でした。森近も若く、同級生だった。
2012年はちょうどレムレスブルーのゲーム内データに着手し始めた年でした。
↑の序盤スチルとか描いてた時期ですね。懐かしいなー。
ここから2年半ほどレムレスブルーを制作し、完成し、
8月に副読本を頒布し終わった、2015年9月からマミヤの制作に取り掛かります。
一か月も休んでないのかい。当時の私元気すぎるだろ。
2015年9月、あらためて並びを見て、
菊池の隣にいるのは夏目ではないのでは…?と思い直す。
初期はこういう感じだったんですよー。
今より夏目が大人しくてヤンデレっぽくて、
菊池がうるさくてツンデレっぽかった。懐かしいですね。
これだと菊池も夏目も上手く生きないな…?と思って、
代わりのキャラクターを作成します。
周防景人がこの世に生まれた一番最初のラフです。
夏目の代わりに菊池とセットで並ぶことを想定されたキャラクターでした。
ラクロスバックのエアプ背負い方をしている。私が大して調べなかったせいで…。
菊池も恐らく学校指定のスクールバックを背負っている。
このスタイルの平成臭、今見ると懐かしいですね。
これが2015年9月の絵。全員集合の状態。湊の苗字が違いますね。
(湊の名前はFDが出る頃まで迷っていて、東條に落ち着くまで時間がかかった)
(そのため私は湊だけを名前で呼ぶ…)
周防景人の登場はマミヤのストーリーを活気づけるものでした。
天真爛漫な性格、特徴的な水色の髪、そして菊池とのコントラスト。
そして何より、最後にやってきたはずの周防は、
マミヤにおける最重要キャラクターでした。
2015年10月の絵。周防と海はすぐに結びつきました。
2016年1月1日の絵。元旦にこんな暗い絵を描くな。
周防は、2015年末には「1999年に生きる過去の人物であること」「間宮のオリジナルを唯一知っている人物であること」が決まっていました。
ちゃんと日付のサインも入っている。
本来の年齢差(実際菊池の歳はぶれてたかもしれない)。
DayDreams編、構想(2015年)から書く(2020年)までに5年かかっちゃったよ…。
そんなこんなを構想した状態で、2016年にFD編の制作に着手しました。
初期の周防の菊池と遊園地に行くときの私服案。
「明らかに菊池とは時代の異なる、ちょっとダサめな1999年テイストにするぞ!」とは思ったものの
「子供っぽすぎない!?裕福家庭だぞ。きっと母親がいいものを買う…」
と、今の90sSMAP風スタイルになりました。
これはFD周防編の二人の私服案。前を開けたバージョンと開けてないバージョン。
本編のためのらくがき。
FD周防編は…。
ストーリーにすらなっていない、と思いながら書きました。
当時は書き上げることに必死でした。
遠くに出かけた先にある、工場街のシーンが好きです。
「冒険した先には何もない」ことを知り、世界に失望する瞬間だからです。
乾いた唇を舐め続ける、さらにひび割れるとわかっていても
というくだりが、FD編における周防の本質です。
そんなかんじで2016年12月、FDがマスターアップしました。
この頃の周防は一人だけ1999年に生きていることを隠しているツラをしていました。
年末のご挨拶絵。なんか絵うまいな…。
2017年からDF編の制作に着手します。
周防と間宮を同じ画角に入れる。(間宮のコメントはピンクハウスに向けてでも周防に向けてでもある)
あー。もう有栖川と周防戦わせたがってるじゃんね。
なんでこんな化け物みたいなキャラクターになったんだ…?
これは…EX後に見るとメチャクチャ意味深なんですが、動機は単純で。
2017年9月に初めての海外旅行で単身モロッコに行き、サハラ砂漠にいたく感動したので、その砂の感動を絵に記しておきたかったんです。
山のつくるグラデーションの美しさとかを…メモとして。
それと、周防自身の心象風景に「永遠に埋まらない乾きとしての砂漠」が含まれているな、というのを重ねて描きました。
私自身の体験として、
砂漠という景色の果てしなさ、
雪原にも似た孤独の絶望感、
歩きづらさ、疲労、寒暖差、
砂漠で夜を明かした際の異文化交流、
星の美しさ…
そういったものが心に深く刻まれているので、EXの舞台として砂漠が出てきたのかもしれません。
ペットボトルの雪。
DFの周防編は、書くことができて本当によかった。
私自身があの話に救われたように思います。
今でもたまに、雪の中夏目と周防が手を取っているシーンを思い出します。
私はDFを完成させる2017年まで、北海道という日本の最北に住んでいました。
生まれたときから雪が身近にありました。冬の孤独が好きでした。
その、雪への感情のひとつが、あのシーンに表現されているように思います。
周防が副葬品に選んだ「明日には溶けてしまうペットボトルにつめた雪」は、間宮であり夏目です。
それが周防にとってのマミヤです。
そんな感じで2017年12月、DF編がマスターアップしました。
なんか…毎年末に絵がうまくなってませんか?
ここから2018年に東京に住み始め、ゲーム制作時間の確保が難しくなりました。
以前のようにゲーム制作をすることは叶わなくなりました。
そんで、DDDですね。
やっとDDDが書けました。
上述の通り構想自体は2015年にあったので、
あとは2017年に肉付けされた有栖川・鮫島とのやり取りを組み込みながら、
2015年時点では知ることの無かった「周防景人」としてのオチをつける、
という課題に取り組みました。
(このあたりから画像保存形式が変わり落書きがフォルダに見つからない)
2012年の周防にふたつバージョンがあるのは、彼が未来の確定を拒んだからです。
大人になることが怖いと言った周防の未来を断定しきることは、有栖川の言う想像の余地を殺す行為だと思いました。
周防景人は余白に生きる人なので、「確定をしながら確定を避ける」をしました。
短髪と長髪はランダムで変化するのですが、これはゲームという媒体じゃないと選ばなかった道だなーーと今改めて思いました。
遊んでくれた人がスクショやファンアートを共有した時に「えっ?私の知ってるデータと違う?!」となってくれればいいなという思惑もありました。
周防はFDでもDFでもユーザーを驚かせてきたので、大人になっても驚かせ続けたかった。
服装もきっちりした仕事と自由の効く仕事、どちらのパターンでも想像できるようにしています。
3000万をボンと出せる仕事なのでね。
菊池の前で、そして誰の前でも周防は自分の仕事を名乗ることはないでしょう。
お好きに想像してもらえれば周防はとっても喜びます。
これが、誰よりも想像を肯定した男に用意したオチでした。
最後のほうは駆け足になっちゃいましたが、周防のまとめは以上です!
こんな日でないと周防について語る機会は得られなかったかもしれません。
周防、4年に一度の誕生日おめでとう!
けんこうランド