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擽鬼夜行──霧雨女──#2

2. デッドホーム イジメってなに? 故意に相手を傷つけること? 傷つけるってなに? 相手を殴って蹴ったりすること?相手を罵倒したりして心を傷つけること? だったら私は、立派な加害者だ。 別にそいつのことが嫌いなんじゃない。ただそいつと、同じ世界にいたくないだけ。 私はお前とは違う世界にいるんだってそれを意思表示したいだけ。 自分たちの世界と、そいつの世界との線引きをしたいだけ。 そして、平穏に生きたいだけ。 それはみんなやってることじゃないの。 学校という社会の中では、世界が全てじゃない? どの世界に自分がいるのかが全てじゃないの? 自分がいて、心地よい世界にいればいいんじゃないの? なのに、自分がいて心地よい世界──いるべき世界──ではなく、自分がいて有利に働く世界──いたいと思う世界──にいようとする人が多いのはきっと、学校という社会が見かけばっかり気にするところだから。 どんな顔してて、誰と友達なのか、学校では目立つか目立たないか、大きな声で笑えるか笑えないか。大事なのはそこばっかりで、ほとんどの人が、人間の中身なんて見てない。 だから。 ほとんどの人が、自分を偽って、周りを騙して、いたいと思う世界にいようとする。その方が、学校という社会では有利に生きていけるから。 本当は、いるべき世界が決まっているのに。 みんなみんな、いるべき世界にいればいいのにと思う。 周囲を欺いて、自分を騙しているべき世界にいないから、自分の都合ばっかり考えて、いたい世界にいようとするから、 たくさんの世界がひしめき合っている学校社会に歪みができる。 歪みができるから、私みたいなやつがそれを無くそうと、加害に走るんだ。 みんながみんないるべき世界にいれば、争いはなくなるんじゃないの。 悲しいことだけど、どんな世界にいるべきかどうかなんて、大抵は子供の頃に決まっている。 人はみんなそれに従うべきなんだ。 それがこの世のルールなんだから。 いろんな世界を自由に出入りできる人なんてきっと絶対に、絶対にいないんだから───。 ◯ 岬が七子以外の人間から──ましてや異性から助けられたのはそれが初めてだった。 衝撃だった。 さっきの妙な女に襲われた衝撃が霞むくらい、岬は驚いていた。 尾国 俊介。 子供みたいな顔をした、クラス内で人気の"お調子者"。尾国が何か発言すればみんな笑う。岬以外がみんな笑う。 岬がいま、クラスで一番嫌いな──大大大大大大大大大大大大っ嫌いな男。 尾国はどの世界の住人にも干渉していく妙なヤツ。 「ふう」 尾国がため息をつく。 小学生みたいなサラサラの髪の毛がびっしょり濡れている。 「大丈夫か?無理やり引っ張って悪かった」 尾国は、いつも教室にいる時みたいなヘラヘラした口調とはちょびっと違う、真剣な声色で岬にそう言った。 岬は返事が出来なかった。 尾国の、丸いガラスみたいな瞳も、ずぶ濡れの制服も直視できなかった。 ただ小さく頷いた。 「あー…傘向こうに忘れちゃったな…けど今すぐには取りにもいけないし」 尾国は、来た道の方を見て目を細めた。細めても目は、腹が立つほど綺麗だった。 ポタポタと妙に大きな雨粒が岬の頭や肩を打つ。雨は降り続けているのに、妙にゆっくりとしたリズムで雨粒が落ちてきている。 岬が見上げると、そこには雨空ではなく、枝と葉の折り重なった天然の屋根があった。枝や葉から、ポタポタと大きな雨粒が滴っている。 この時になってようやく岬は、小さな公園前の木の下に雨宿りしていることに気づいた。 周りは住宅街だ。岬の知っている場所。 あの、奇妙な女がいた通りからはだいたい200メートルくらいは離れている。 なんで助けてくれたの? なんで襲われてるってわかったの? それが聞きたくて岬は声を絞り上げる。 「なんで…」 ようやく搾り上げることができたのは、ハッキリしない声だった。 「うん?そりゃあ…可愛い女の子は悲鳴が聞こえたからさ」 尾国はけろっと答えた。 「真面目に答えてよ」 岬はキッと尾国を睨んだ。途端に、なんだか気が楽になった。 「大真面目だって!」 尾国はヘラヘラ笑った。 やっぱりむかつくなと思った。 未だに実感が湧かなかった。 七子みたいに、岬と仲の良い人間が岬を助けるなら大いに理解ができるけれど、親しくもない上に岬とは違う世界の尾国が身を挺して助けに入ったことそれが──不思議で堪らなかった。 とはいえ、尾国が自分を助けるために傘を捨てて、ずぶ濡れになってしまったことそれは事実なのだ。 自分が襲われなければ尾国は濡れずに済んだし、傘も忘れずに済んだ。 このまま、じゃあね、と言って帰るのはなんだか後味が悪いし、なにより気になることがある。尾国が自分を助けたはっきりとした理由を、岬は知りたかった。 それに少しだけ、このまま一人で帰るのが怖かった。 だから───。 「ねえ」 岬は、逃げてきた方を見てぶつくさ言っている尾国の、ずぶ濡れのシャツを引っ張った。 尾国が振り向く。 「うち寄っていって」 尾国の目を見ずに、出来るだけ嫌そうな顔をして、岬はそう言った。 葉っぱから雨粒が垂れて、尾国の肩に落ちた。 カラスが鳴いた。 尾国の、ただでさえ明るくて眩しい顔がぱっと明るくなる。 「えっ。いいの!?いやー嬉しいなぁ〜まさか古賀の家に行けちゃうなんて!」 尾国は元から大きな目をさらに大きく開いて岬の顔を覗き込むようにすると、子供みたいにはしゃいだ。 「何言ってんの気持ち悪い。濡れたでしょ。それで風邪引かれたらさ、なんか、気分悪いじゃん」 「おおっ。心配までしてくれるなんて!もう仲良しだな」 尾国は目を閉じて腕組みをし、うんうんと頷きながら言って、さっそく歩き出した。 「そういうのいいから。っていうか家そっちじゃないし」 岬は尾国の進んだ方とは逆方向を指差した。 ◯ 「ほぅ。ここがあの古賀岬の生家か」 家に着くなり、尾国は岬の家を見上げてニンマリと笑みを浮かべた。 「うるさい。早く入って」 岬は門を開けた。門が軋んで、きいっと高い音が鳴る。 「ここ、おばあちゃんの家だから…古いけど」 ここにきて岬は、自分の住んでいる家に親しくもない異性をあげることにちょっぴり恥ずかしさを覚え始めた。 門を潜って、いつも通り真横の郵便受けを開ける。近所のスーパーの薄っぺらなチラシが一枚だけ入っていた。 今日は祖母は出掛けている。 いなくてよかった。 そう思った。 鍵を開け、古い曇りガラスのはまった引き戸をガラガラと開ける。 「うん。ひとんちの匂い!」 尾国が犬みたいにスンスンと鼻を動かす。 もはや何か反応するのも嫌になった岬は尾国を無視したまま、靴箱の上のガラス皿に鍵を入れ、靴を脱ぐ。 岬に無視されても尾国は特に反応していない。こういう対応には多分、慣れているのだ。というかむしろそれが、彼にとって普通なのかもしれない。そう思った。 小さな簀(すのこ)を踏んで上り框(かまち)に足をかけ、上がる。ここの段差はいつになっても、岬にはちょっと高いと感じる。 狭い応接室の横にある階段を上がる。 登るたび、ギシギシ音がする。夜中に歩く時以外に気にしたことはなかったけれど、今はなんだか恥ずかしい。 おまけに角度もとても急で、バランスを崩すと転げ落ちてしまいそうになる。 階段を上がった先の狭い廊下には二つの襖と一つのドアがある。ドアは階段を正面にして右端にあり、そこは狭いタンス部屋になっている。 階段から見て正面の襖は祖母の部屋だ。 そして、左側の襖の部屋が──岬の部屋である。 岬は自室の襖を開けた。 六畳の和室には、祖母のお下がりの座卓が一つと、テレビが一台。漫画本と少しのVHSとDVDの入った三段の小さな本棚が二つ。それから、押入れの中にあるプラスチック製の衣装ケースが二つ。 ベッドはなく、岬はいつも布団を敷いて寝ている。 「おじゃましまぁーす!」 今更そう言った尾国は岬を通り越して部屋に入ってしまった。 「あ、ちょっと!」 尾国に見られるとまずいものとか、そういうものを出しっぱなしにしていないだろうかと心配していた岬は尾国を止めようとしたがもう遅かった。 だが幸いにも、そういったものは出していなかった。 「へぇ!古賀ってゲームとかすんだ!」 尾国が見つけたのは、座卓に出しっぱなしになっていたゲームソフトだった。 「そりゃするよ」 別に珍しいことでもない。 「こんくらいの歳になると女はしないもんだと思ってたけどなー」 「するっての」 「ほぅ。しかも新しいやつじゃんか。いいねぇ」 尾国はゲームソフトを手に取り、まじまじとパッケージを眺めて、このイラスト好きなんだよなー、とかぶつくさいっている。 「もういいから。はいこれタオル」 岬は素早く押入れを開けて、素早く衣装ケースの引き出しからタオルを引っ張り出し、尾国に突き出した。 「お!サンキュー」 尾国は受け取ったタオルで控えめに首のあたりをぽんぽんと叩くようにして水を吸い取った。 「そんなんで取れんの」 岬は濡れた髪をタオルで優しく撫でるようにしながら首を傾げた。 「ん?まぁこういうのは気持ちっていうか?なんていうか?」 尾国はヘラヘラと笑って、びしょ濡れの頭からちっとも水分を吸い取らないままタオルを返した。 むかついた。 せっかく家にまで着いて来させたのに。せっかくちょっとだけ気を遣ってあげたというのに。 ──こんなことならバッグに入っているポケットティッシュでも渡しておけば良かったじゃん。 そう考えるとますますムッとして、岬はそ尾国の差し出したタオルをひったくった。 「ほぇっ」 尾国が間抜けな声を上げた次の瞬間にはもう、岬は勢いのままタオルを広げ、濡れたままの尾国の髪をグシャグシャに撫で回すように拭いていた。 今感じた苛立ちに、これまでの鬱憤も上乗せして、おもいっっきり頭をグシャグシャにしてやる。 「おわぁぁぁっ!」 尾国は声を上げたが抵抗することもなく されるがままに頭をワシャワシャ拭き回されている。 岬が手を止めタオルを放り捨てると、尾国のサラサラした髪の毛はくっしゃくしゃに仕上がっており、尾国はキョトンとしていた。 「人のっ──」 我に帰った岬は気まずさを吹き飛ばすべく声を絞り上げる。 「──人の親切は素直に受け取るべきだと思うけどっ?」 岬は苛立ち混じりにはっきりと説教するみたいにそう言って、ふんっと鼻息を立てた。 「うん。まぁそりゃあそうだな」 尾国は意外にも素直に頷いて、タオルを拾い上げ、今度はしっかりと──というかやり過ぎなくらいタオルで顔についた水滴を拭った。 「言い返さないの?っていうか文句くらい言えば?」 「いやいや。むしろ今のはありがとうだろ。だって女の子に頭撫でてもらえたし」 「うっざ…」 罵倒しても、何をやってもご褒美になっている。 沈黙が流れる。 やることはやった。恩は返した。もう、尾国は帰っても良い頃だ。それまでに──。 ──聞かないと。 「ねぇ。さっきの──」 ──さっきどうして私を助けたの。 それを聞きたかったのに。 「──さっきの女…なんなの」 喉の奥から、違う言葉が出てきた。 「うん?あぁあの美人?」 尾国はなぜか嬉しそうにした。 「はぁ?美人って…キモかったでしょあれ 。通報とかした方が良いのかな」 岬はそこまで自分で言っておいて、あの女はそもそも"そういう類の存在"ではないのではないかと思った。あまり、そんなことは考えたくなかったけれど。 「んー。ああいうのってどうなんだろうな?俺はあれ、"霧雨女"かと思うんだよ」 「きりさめ…?なにそれ?」 「知らねーの?都市伝説らしいんだけどな…ああいう雨の日にこう…いきなりぽつんと立ってんだって。そんでまぁ襲われるって都市伝説な。それがよく出るって噂があるのが確か…あの通りのあたりだったと思う」 尾国は不気味な話を、明るい顔で話して見せた。 「へ、へぇ…じゃあさっきのはオバケってこと?」 岬は途端に、背筋のあたりに寒気を感じた。それが雨に濡れたせいなのか、恐怖からかは分からなかった。 「わかんねーけど…そうなんじゃないか?」 「そ、そんなことある?そうだとしたらさ…いるってことじゃん。オバケ」 さっき岬が妙な女に遭遇して襲われたのは事実だ。なんの疑いようもない。それがオバケなら──オバケが実在するということになってしまう。 「別にそれで良いじゃんか」 尾国はけろりと言った。 「はっ?良くないでしょ…!?」 岬は細い眉をぐにゃりと曲げてその切長の目を見開いた。 「なんで?」 「だって…オバケだよ?いたら困るっていうか…そのっ──」 ──怖いでしょ。 「困るってなんだそれ!それは古賀の都合だろ。いるもんは仕方ないって」 尾国は手を叩いてケラケラ笑った。 「仕方なくないって…」 「それにさ、いた方がよくね?オバケ」 尾国が座ったままぐるりと回転して体ごと岬を向く。 「はぁ?」 「だってさ、死んだら終わりじゃないってことだぜ。それ」 「えっ──」 そんなふうに考えたことはなかった。 でも確かに、オバケがいるってことはそうとも言える──のかも知れない。 「悪いオバケになるのは嫌だけどさ、良いオバケにならなりたいよな。死んでも、それなら安心だ。いやでも良いオバケってあんまり聞かないよなぁ…」 尾国は勝手にペラペラ話して勝手に首を傾げていた。 つくづく、妙な男だと岬は思った。 オバケがいるということは、人間は死んだら終わりはないということ。 そう言い切れるかどうかは別として、そういう岬なんかの理解を超えた世界や出来事があるという証明にはなる。 そう考えると、オバケがいることへの抵抗感が少し薄れた。 もちろん、怖いことに変わりはないけれど。 「雨止まねーなー」 尾国は立ち上がって雨粒まみれの窓越しに外を覗く。 「傘、貸そうか」 岬はぼそりとつぶやいた。 もうそろそろ尾国は帰るのだろう。 結局、本当に聞きたいことは聞けなかった。 「サンキュー。けど…」 尾国はとことこと座卓の方まで戻ってきた。 「これやって帰りたい!」 尾国の指は、びしっと座卓に出しっぱなしにしていたゲームソフトを指していた。 「はぁ?」 「これ!やってみたかったんだよ!なっ!ちょっとだけで良いから!」 尾国はぱちんと手を合わせてまるで神に祈るみたいに岬に頭を下げた。 「えぇっ…」 まさかこんな展開になるとは思ってもいなかった。 「ま、まぁちょっとなら…」 ──ちょっとくらいならいいか。 それに、今帰られるよりも、岬が本当に聞きたかったことを聞き出せる可能性が高くなる。 ──なんでそこまでして、コイツが私を助けた理由を知りたいんだろう。 ふと、そんなことが頭をよぎった。 困った人を助けるのってそんなに特殊なことじゃない。けど、仲良くもない人をあんなふうにずぶ濡れになってまで助けるなんて、岬には考えられなかった。 だから知りたいんだろう。自分にとって未知の領域を除いて見たいのだろう。 きっとそうなのだろう。 尾国がやりたがったゲームは『デッドホーム3』という横スクロールアクションゲームだ。 名前の通りホラーゲームでありちょっとしたゴア描写もあるが、可愛いドット絵のおかげでそこまで怖くはない。 「このゲーム知ってる奴がまさか身近にいるとはなぁー!」 尾国はゲームディスクをハードに入れる。 「たまたまだよ」 岬は、乱暴にテレビのリモコンの電源ボタンを押した。 「たまたまって!棚に"無印"と"2"も並んでんじゃん!」 尾国は、テレビ台と一体化している棚に並べてある『デッドホーム』とその二作目を見て笑った。 ちょっと恥ずかしかった。 自分の好きなものを他人に知られるというのは。 「いやたまたまだよ。元々は去年お年玉で 別の買おうと思ったけど売ってなくて、それでたまたま見つけたの。そこからまぁ…」 「なるほどな。そこからのめり込んだってわけか!俺は"2"までやったんだよ。これ面白いよな。絵柄は可愛いけど、ストーリーが結構えぐいっていうか」 「まぁ…人体実験とか出てくるしね」 岬の心拍数が上がる。 「そうそう!あと初代に出てきた猿と結婚したやつとか好きなんだよ」 「それ2の二面のボスでしょ。血まみれの猿がウェディングドレス着てて、押してるベビーカーの中に猿の頭被せられた赤ん坊の死体入ってる奴」 「あれ?そうだっけ。なんか初代にも似たような奴がいたような…」 「初代は人喰いの猿が出てくるけど、そいつが花嫁を食べてるシーンがあるから…それと一緒になってるんじゃないの」 「あぁっ!それだっ!」 尾国がぽんと膝を打った。 会話が途切れて、岬は自分がこんなにも他人相手に、まして尾国相手に、ペラペラと趣味のことを話してしまっていたことに驚いた。 おどろおどろしいメロディと共に、テレビの液晶にゲームのタイトル画面が表示された。 「よーし。せっかくだから2P対戦モードで勝負しよう」 尾国が迷わず対戦モードを選択する。 「はぁ?フェアじゃないと思うけど」 2P対戦モードとはいくつかのステージのクリアタイムを二人で競うモードだ。 ステージはストーリーモードに登場するのとほとんど同じステージになっている。 このゲームを完全クリアしている岬と、未経験の尾国とでは実力差があり過ぎるように思われた。 「舐めてもらっちゃ困るな。俺は確かに3はやったことない。でも初代と2は死ぬほどやり込んだ」 「でもさ…」 尾国とゲームを一緒にやるつもりなんてなかった。 「まさか負けるのが怖いのか?俺に」 「煽ってんの?だとしたら下手くそ」 「まあまあそんな怖い顔せずに」 尾国は無理やり岬の手にコントローラーを置いた。 岬は反射的にそれを握ってしまった。 「へへっ。なんだ本当はやりたいんじゃんか!」 「うっざ…別にそう言うんじゃないけど…まぁ…お手本代わりってことで」 岬はコントローラーを握る指を"いつもの ところ"にセットする。これをやる時のフォームは決まっているのだ。 ここまで来て──というかここまで来させられて──勝負を放棄することはできない。そんなことしたら、このゲームが下手なのではないかと思われてしまう。それは癪だ。 だったら。 見せつけてやろう。 岬は再び心臓の鼓動が早まるのを感じた。 「どう!?初めてにしては結構良くなかった!?」 勝負を終えるなり、敗れた尾国はそれでも目をキラキラさせて岬を見た。まるで、褒めて欲しくて仕方がない子供のようだった。 「過去作やってんでしょ。まぁまぁだよ」 岬はそう言ったが──実際、尾国はけっこう上手い。 普段、このゲームで誰かと競争なんかしない岬は妙なプレッシャーを感じていてそのせいでいつものパフォーマンスが出せていない。 だから、大差をつけての勝利が出来ないでいた。 コントローラーを握る手が、手汗で湿っている。 「これで分かったでしょ」 岬がコントローラーを置こうとすると、すかさず尾国がぱちんと手を合わせた。 「もう一回!たのむ!」 また経験者というプレッシャーの中で勝負するのは気が進まなかったが、尾国を負かすことに快感を覚え始めていた岬はもう一回くらいならやっても良いと思った。 それに、一度の勝利よりも二度の勝利の方がより相手に自分の巧さを示せるとそう判断した。 だが──勝負は一回どころでは済まなかった。 連続で負けた尾国の方に火がついて、三回目以降はわざわざ岬に頼むこともなく勝手に勝負を続けてきた。 岬も段々とヒートアップしてくる。なんせ尾国は回数を重ねるごとに巧さを増してきているのだから。 それでも岬は経験者。昨夜だって一人で遊んでいたし、負けることはない。 けれど勝負しているうちに、そもそもフェアじゃないこの勝負にどれだけ勝ってもそれは自分の実力を示すことにはならないということに気がついた。 「あのさぁ…」 岬は自分のキャラクターを操作しながら、分割された画面の上──尾国のプレイ画面をチラチラ見てため息を漏らす。 「さっきから何回も金の十字架取ってるけどさ、それ…無敵状態になるけど、ちょっとスピード落ちるから。このステージには向いてないよ」 「えぇっそうなのっ!?2ではこれスピードも上がってなかったか!?」 「2ではね。けどこれ3だから」 岬は言って、ふふッと笑った。 笑ってしまってから、驚いた。 自分が尾国の前で笑ってしまうなんて思ってもいなかったのだ。 別に可笑しくて笑ったんじゃない。 多分きっと、恥ずかしかったからだ。 このゲームをどれだけやり込んでいるか、それを尾国に示したような気になって──。 結局、その日のうちに尾国が岬に勝つことはなかった。 結局、岬が本当に聞きたかったことも、聞き出せなかった。 雨が止んで日が沈み始めた頃、尾国は帰った。 尾国が出ていき、玄関ドアが閉まって、それから門が軋む音がして、がしゃんと門の閉まる音がして、岬はホッとしたような気持ちになった。 けれど、不思議と静かになった家の中にぽつんといるのが寂しくなった。いつものことだ。祖母が帰ってくるまではいつも言えば静かなのだ。 それなのに──なにか物足りない気持ちになる。 岬はなんとなく、梅雨が終わって欲しくない気持ちになった。 二階に上がり、自室に戻る。 さっきまで尾国が腰を下ろしていた座布団に座り、さっき切ったばかりのゲーム機の電源を入れる。 「もうちょっとやっとこ」 岬はぼそっと呟いてコントローラーを握った。

Comments

ありがとうございます! どうやら世界というものは学生生活を描く上では外せないようでして…今作でもちょろっとというか割とがっつり描写しちゃいましたね笑 古賀の思う世界。ではハクは…。 曇りガラスみたいに解像度の低いガラスって向こうに何かいるんじゃ無いかと思っちゃいますよね! と言いつつ書いてる最中はあまり考えてなかったのでハッとさせられました! 書き終わってしまった人生の1ページ…いやぁいいですね! 虚しくて切なくてけれどそこが儚い。今作のキャッチコピーにしたいくらいです! 古賀岬という人間の人生の終わりを知っているからこそ、私たちはこの物語を見て切なく思えてしまいますね。 けれど、この物語を生きている岬に未来など見えなくて。現実では誰もがそうであるように岬もまた暗い未来が待っているなんて知らずに普通の人間として普通に生きていたわけですね。 その普通がいつか、幸せだったと思う日が来るとは思わずに。 この世界において終わってしまった古賀岬の人生が変わることはないけれど、私もこのまま、学校では周囲にぐちぐち嫌悪感を持つだけで、家ではゲームやりこんだりしているなーんにもなかった人生を願ってしまいますね。

Kara

大学編かと思うくらい先行して世界について具体的に記述されていて少し驚きました。 古賀さんちの古い曇りガラスのはまった引き戸…。 あれは玄関の外に正体が分からない誰かが立っているのが見えたりすると怖いですよね…。 今回そういう演出はなくてほっとしました。 ゲームが楽しい。 でも後先を考えてしまう。 今が楽しい瞬間だからこそ、いずれ終わってしまうことの寂しさを想像してしまう。 そんな寂しさや、ましてや岬にどんな運命が待ち受けているかなんて忘れて今この瞬間だけを楽しみたい。 とっくに過ぎてしまった過去…書き終わってしまった人生の1ページだとしても…。 それでも岬の人生が良い方向に進んでほしいと願ってしまいます。

(´・ω・`)


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