XaiJu
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『死擽』カットシーン#1

13. 覚悟の船上(フルバージョン) 愛染家の家紋および愛染財閥の紋章の入った黒い船は、日暮の近づく太平洋の海を突き進んでいた。 目指すは、陽美諸島 尋海島。 地図から消された島だ。 「しかしまぁ、こんな立派な船で行くとは」 「せいぜいがちょっとしたクルーザー程度だと思ってたけど」 矢内 白は、甲板の上で風を浴びながら、どんどん遠くなっていく港を見ていた。 「愛染財閥の財力は凄いからね」 「凄い兵器を地下に隠し持ってるって都市伝説があるくらいだし」 沙夜はそう言って船をぐるりと見渡した。 船は、個人が所有するものにはとても思えないほど大きい。 沙夜「それにしても─」 「お姉ちゃんの魂の居場所が、その島で分かるといいんだけど」 沙夜の目に不安の色が宿る。 双夜の墓には、確かに双夜の魂が感じられなかった。 まるで、どこか別の場所に連れ去られてしまったかのように。 白「双夜が死んだのも、呪いのせいなら…きっと何か手がかりはあるはずだ」 確信はなかった。だが、不安そうにしている沙夜を見てはいられなかった。 白の言葉に、甲板の隅っこで、タバコを吸っていた有栖が頷いていた。その隣では、阿久津が携帯灰皿にタバコを押し付けているところだった。 阿久津「ケリをつけないと…」 「私も、岬も」 阿久津は灰皿をしまい、まだ見えもしない尋海島のある海の向こうを見つめた。 船内にある八畳ほどの広さの食堂では、カムイが白米をかきこんでいた。 何杯も何杯も白米をおかわりしては平らげるその様子を、雛と佐藤は食堂の壁に腕組みをしてもたれかかりながら呆れたように見ていた。 雛「そんなに食べて動けんの?」 カムイ「これが私にとっての一番の準備なんだよ」 カムイは雛の方も見ずにそう言って、茶碗を持ち、また炊飯器の方へ向かっていく。 そんなカムイを目で追う雛の隣で、刑事の佐藤は隣にいる中華系マフィアの総帥をどうすべきかについて考えを巡らせていた。 佐藤「これが終わったら、海外にでも飛ぶの?」 雛「そしたら私を追いかけてくる?」 「…まさか」 「どこにも逃げないし、隠れない」 佐藤「それを信じろって?」 雛「どっちでも構わない」 「ただ。刑事さん。もし、私の身柄を確保したいなら、今すぐか、それとも、これが終わってすぐに確保したほうがいい」 「"龍爪苛楽"を、根絶させたいなら、ね」 「それはお任せするよ。私は逃げも隠れもしないから」 佐藤は鼻息を立て、腕組みをして頷いた。 娯楽室には、リクと来夢そして椿がいた。 沈黙を破るようにビリヤード台に手をついたリクがため息をついた。 リク「二人とも…よかったの?」 「ついてきちゃって…」 リクの問いかけに最初に答えたのは椿だった。 椿は大きく頷き、次に小刻みに頷いた。 椿「母親は死んだし」 「友達はおらんなったし」 「次は自分な気がする」 「もしそうなら、何かせえへんと気が済まへんっていうか…」 椿の言葉にはまだ迷いがあった。 立て続けに身近な人を失った椿の頭は未だ混乱状態であり、じっとしていたら精神に異常をきたしてしまいそうで、とにかく行動をしないと正気を保っていられないというのが本音だった。 リク「わかるよ。その気持ち」 「って言っていいのか分からないけど」 「なんか、わかる」 リクは精一杯、乱心ぎみの中学生に寄り添おうとしたが、どうにも上手く言葉を掛けてやれなかった。 来夢「私は後悔してないよ」 「たとえ、自分が死んだとしても」 「私は友達を死なせたから」 ソファに腰掛けた来夢は、爪が食い込むほど拳を固く握りしめた。 リク「いや、厳密にはあれは東海さんのせいじゃ…」 来夢「いや、私のせいだ」 「潤は私のせいで死んだ」 「いいんだよ閑林。私は、その責任を一生、背負うつもりだから」 「これで許されるとは思ってないけど」 「このままじゃ潤は、何のために殺されたのか分からない」 「潤の犠牲に意味があるなんて思えないけど、あの死を無駄にはしたくない」 「そのためなら、何だってする」 来夢は立ち上がり、はぁっとため息をついた。 来夢「それより、自分はどうなの?」 「家族とか心配してるんじゃないの」 リク「一応、ここに来る前に報告はしておいたよ」 「…俺は、弱いから…来ないほうが良かったかもしれない」 「でも…」 リクはそこまで言いかけてやめた。 リクの頭には、羅那の顔が浮かんでいた。 優等生らしく上品に笑ったり、子供っぽく歯を見せて笑ったり、かと思えば、大人っぽく話したり。 可愛らしくもどこかに影のある羅那の顔。 その影は、彼女がうちに秘めているつもりが外にダダ漏れている心霊・オカルトへの探究心そのものだった。 いつも、心霊やオカルトに突っ走っていく羅那。近くにいたと思ったらまた心霊やオカルトを追いかけて遠くへ行ってしまう。 人々を救うため、そして飽くなき心霊への好奇心に突き動かされ、気づけば、この船に乗った人々の中心にいる。 人を助けるためや、心霊のためなら危険も顧みない羅那を放っては置けず、ひたすらに追いかけてここまで来た。 リクは思っていた。彼女はいま、"大丈夫ではない"と。 来夢「生きて帰ったら…」 「言うこと言いな」 来夢はほんの少しだけ口角を上げて笑みを見せてリクにそう言った。 船内にある一室。ここが海上であることも忘れてしまいそうなくらい揺れも、風も感じない、スイートルームのような豪華な一室。 その中央で、菊は静かに呼吸を整えながら、両手で円を描き、空気の流れに身を任せるように身体を動かし、裸足で床を踏み込む。 菊は船に乗ってからずっとそれを何度も何度も繰り返していた。 菊の身体は汗だくで、菊が身体を動かすたびに、汗が飛沫となって飛び散り、床にシミを作った。 こんこんとドアをノックする音が聞こえ、菊はピタリと動きを止めた。 「どうぞ」 菊が鋭い声色で返事をすると、ドアが開いた。 羅那は部屋で汗だくになりながら演武のような構えをしている菊を見て、申し訳なさそうに「あっ」と言ってドアを閉めて出直そうとした。 菊「構いませんよ羅那さん」 「ちょうど、終わりどきを見失っていたところです」 菊が言うと、羅那はまた申し訳なさそうにぺこりとお辞儀をして部屋に入ってきた。 羅那「なにを?」 菊「気を高めておりました」 「愛染流のやり方です」 「気の流れを操り、気を燃やし、己の糧とする」 「極めれば、生力や霊力をぐんと引き上げることに役立つのです」 「体力は消耗致しますが」 「ところで、何かご用で?」 菊はふかふかの白いタオルで額の汗を拭った。 羅那「あの…」 「八坂千歳に関して、可能な限り調べました」 羅那がノートパソコンを開いてテーブルに乗せると、菊は手で椅子を指して「お座りください」と静かに言った。 羅那「正直、ほんとに情報がありませんでした」 「過去に自分がまとめた記事とか、他サイトの記事、取材で得た情報とか色々見返したんですけど…」 「やっぱり。だめでした」 「八坂千歳のことが何も分からないのに、彼女を倒せるんでしょうか」 霊を倒すにはまず、霊のことを知らねばならない。 生前の人柄、人生、何があって命を落としたか。それらを知って初めて霊と向き合える。 それが、退魔師の世界では当然のこと。 しかし、八坂千歳の情報はあまりに少なかった。 菊「羅那さん」 「焦ることはございませんわ」 「わたくしたちはこれから、八坂千歳と繋がりの深い土地に行くのです」 「そこできっと、全てが分かるはず」 「わたくしたち退魔師が、いつもインターネットや本で霊のことを調べてから現地に向かうとでも?」 「答えはいつも、その土地にあります」 これから、生きて帰れるかさえ分からない戦いが待っているというのにも関わらず、菊は冷静だった。 恐らくは、この船に乗っている人間たちの中で一番の実力を持ち、自分の命のみならず、大勢の命を預かっているという立場であっても、いつも通りの菊の様子に、羅那は少し安心感を覚えた。 羅那「わかりました。そうですよね」 「菊さんたちをサポートできるように…」 羅那がそこまで言いかけて、菊がフフフと上品に笑った。 菊「ご冗談を。なにを仰っているのやら…」 「八坂 千歳を倒すのは、あなたですよ。羅那さん」 羅那「えっ」 菊の目は、まっすぐにキョトンとしている羅那の目を見つめていた。 その顔は、冗談を言っているようでもなく、至って真剣なものだった。 菊「この戦い。サポートに回るのはわたくしたちです」 羅那「いや、私…戦えないですよ?」 「空手はやってましたけど、菊さんみたいに力は持ってないし…」 菊「力がないと戦えないわけではありませんよ」 「羅那さん。あなたには、あなたにしかない知識と考え方があります」 「八坂千歳を倒すのに必要なのはきっと、我々のマ持つ武力ではなく、あなたの持つ優しさの力」 「安心してください」 「強いわたくしや、他の方々が精一杯サポートいたしますから」 菊はそう言って、羅那の肩を手で軽く叩いた。重く分厚い手が、羅那の華奢な肩に乗り、背筋が伸びた。 羅那はしばらく呆然としていた。 「羅那」 塔子の声がして、羅那は振り返った。 開けっぱなしのドアの向こうの廊下に塔子がいた。 塔子の顔を見た羅那の目に、涙が浮かんだ。 塔子と氷恵の三人でいた頃がずいぶんと昔のことに思えた。 あの頃はまだ、こんなことになるなんて思ってもなくて、好奇心の赴くままに動いていた。 あの頃が恋しかった。 愛染 菊や山岡家の人々、怪喰み、警察官、半グレ、マフィア。羅那とは住む世界の違う人々に取り囲まれ、知らぬ間に無理をしていた羅那の精神はギチギチに引き伸ばされ、千切れる寸前だった。 でも、塔子と羅那しかいないこの空間で塔子の顔を見て、羅那は心底ホッとしたのだ。 久しぶりに、緊張の糸がほぐれた気がした。 塔子「氷恵がいなくなって、私たちは二人になったんだと思った」 「でも、事情はどうであれ、この船に乗ってる人たちが今はみんな仲間だよ」 塔子は、優しく羅那を抱きしめた。 羅那は、塔子の胸に顔をうずめ、頷いた。 塔子「大丈夫。きっと、亞紋が、お姉ちゃんが守ってくれる」 ◯ 時刻は18時。 夏の今の時期、日が沈むにはまだ早いが、島の上にはどんよりとした雲が覆っており、雲の下はまるで夜だ。 島が見えた途端、船が大きく揺れた。 曇天の空から降り注ぐ大粒の雨が激しく船を打ち始める。 黒々とした海が、巨大な海獣のように畝っている。 羅那たちの乗る船を、尋海島に近づけまいとするように。 カムイ「なんだなんだ?島の守り神かなんかが怒ってんのか?はははっ!」 カムイがどたどたと甲板に続く階段を駆け上がり、船から身を乗り出して笑った。 有栖「そんなに優しい神様ならいいけどねぇ」 「私にはそうは思えないかなぁ」 有栖はホニャホニャとそう言って飲み干した酒の缶を、グシャリと潰した。 カムイ「どっちにしろ…上等だぜ」 カムイが両拳を力強くぶつけた。 羅那たちの目の前に、地図から消えた尋海島が、暴雨暴風の中、その姿を現した。 19. 執拗 (微F/F) 肩をぶつけられる。足を踏まれる。机の中にネズミの死骸を入れられる。上履きを割かれる。 能崎たちによる千歳への度を超えた嫌がらせは日に日にエスカレートしていた。 千歳へのイジメに気づいていた者たちもいたが、誰も救いの手を差し伸べることはしなかった。 ある日の放課後、千歳は遅れていた提出物を生物の担当教師のもとに届けた後、トイレに立ち寄った。 ここは学校の中でも一番、ひと気のないトイレであり、普段からほとんど利用されない。 用を足した千歳がトイレから出ようとした時、ソイツらは入り口を塞ぐようにして立っていた。 「あ、偶然だねぇ。八坂さぁん」 能崎がいやらしく言った。吊り目がちな目を細め、ニヤリと笑っている。後ろにいる能崎の仲間たちもクスクス笑っていた。 千歳はため息をつき、眉間にシワを寄せて不快感を顔に刻み込み、能崎たちを肩で掻き分けるようにして出て行こうとする。 能崎「どこいくのかな」 能崎が千歳の肩を掴んだ。 能崎「だめじゃん。もっと警戒しないとさ」 「一人でこんなところに来たら、私たちみたいなこわーい肉食獣に襲われちゃうって分からない?」 能崎の仲間の女たちがぐるりと千歳を取り囲んだ。 全員の手が"フリー"になっていた。 千歳「群れないと狩りも出来ない弱い肉食獣だね」 恐怖心を感じながらも千歳が恨みたっぷりに能崎にそうぶちかました直後、能崎の顔に怒りが滲み、千歳の身体に強烈な痛みが走った。 能崎に張り倒された千歳は、トイレの床に仰向けに倒れた。 能崎「抑えろ」 能崎の冷酷な命令がくだると、周りにいた女たちは素早く千歳の制服の上着とセーターを脱がし、四肢を押さえつけた。千歳が暴れると、一人の女が千歳を仰向けにさせたまま羽交締めにした。 能崎「捕まえた」 「ずっとずっと、こうしてやりたかったんだよねぇ」 能崎は腕まくりをして指をワキワキさせた。 指が長い。いかにも器用そうだった。 爪も長い。まるで何かに使う目的があるかのように綺麗に長く伸ばされている。 不気味な指の動きを見た千歳の頭にとある最悪の展開がよぎった。 能崎「あんた最近ぜんぜん笑ってないでしょ」 「私、優しいからさぁ、たっぷり笑わせてあげるよ」 「みんな…むすっとしてる八坂さんをたーっぷり"コチョコチョ"しちゃおっか」 能崎がニヤリと笑い、指を鳴らした。 直後、千歳を押さえつけている女たちの手が一斉に四方八方からびゅんびゅん伸びてきたかと思うと、手は腋に差し込まれ、脇腹を捕まえ、骨盤を捉え、コチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョ!!っとくすぐりの刑を執行した。 千歳「っっっ!!!?」 「んんんんんっっ!!?」 こんな奴らのコチョコチョに笑ってたまるか。 笑ったら面白がってもっとくすぐられる。 千歳は歯を食いしばり、口をキュッと結んでいたが、四方八方から伸びてくる無数の手による上半身こそばし尽くし責めのくすぐったさは常軌を逸していた。 くすぐったさの波は、千歳の我慢のダムを容易く決壊させた。 コチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョ!!! 千歳「ぶっ!!?」 「あははははは!!あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!やめっっ!!あはっ!!あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!やめてぇぇっ!!っっははははははははははははは!!」 千歳の細い身体が床の上で激しくのたうつ。 くすぐりの魔の手から必死になって逃げようとするが、四肢を押さえつけられしかも羽交締めにまでされているため逃げ場はどこにもない。 能崎「くすぐりってさぁ、いいよねぇ」 「傷痕残さずに苦しめられるからさぁ」 能崎は、顔を真っ赤にして悶えている千歳を見て、またニヤッと笑う。 千歳の細い身体には多すぎるほどの手が腋をモニョモニョしたり、肋骨をコリコリしたり、脇腹を親指で揉み込んで徹底的に千歳を笑わせ苦しめている。 モニョモニョモニョモニョモニョモニョモニョモニョモニョモニョモニョモニョ!! コチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョ!!! 千歳「ぇへへへ!!?ぇはっ!!ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!触らないでっ!!!私にっ!!ひゃっ!!っっはははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!ははははははははははははは!!あははははははははははははははは!!!」 能崎「モニョモニョだね。腋モニョモニョ。もっとやってやれ」 能崎は、千歳が腋の下を指先でモニョモニョこねくり回すような"モニョモニョくすぐり"に弱いことをすぐに見抜いた。 千歳「ちょっ!?」 千歳の顔に焦りが浮かんだその瞬間、無数の手たちはくすぐり方法を"モニョモニョ"に切り替えて、千歳を徹底的にモニョモニョした。 モニョモニョモニョモニョモニョモニョモニョモニョモニョモニョモニョモニョモニョモニョモニョモニョモニョモニョモニョモニョモニョモニョモニョモニョモニョモニョモニョモニョモニョモニョモニョモニョ!!! 千歳「にゃぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああははははははははははははははははははははははっ!!?やだっ!!それっっ!!ぁぁぁあああはははははははははははははははははははははは!!!ひっ!!ひひひひひはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!!」 愛もない、手加減もない、暴力的なこちょこちょが一斉に千歳に襲いかかり、千歳はくすぐったさのあまり、失禁してしまった。生暖かい尿が股間から流れ落ち、羞恥心で気がおかしくなりそうになりながらも、結局はモニョモニョによって笑わされてしまう。 能崎「いいんだよ?ここトイレだから。おしっこ漏らしちゃっても」 能崎はそう言ってけらけら笑うと、脇腹をモニョモニョした。 コチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョ!! モニョモニョモニョモニョモニョモニョモニョモニョモニョモニョモニョモニョモニョモニョモニョモニョモニョモニョ!! 千歳「ゃっ!!やっはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!あははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!はっはははは!!ははははははははひひひひひひはははははははははははははははははは!!!やめっっ!!やめてぇぇぇ!!!」 能崎「やめるわけないでしょー?」 「おい。水かけてやれ」 能崎が命じると、仲間のうちの一人が掃除に使うホースを蛇口に取り付け、蛇口を目一杯捻ってホースから水を噴射させ、千歳の顔に浴びせた。 呼吸を妨げられ、千歳は苦しげにもがいた。顔中が濡れ、髪の毛もぐちょぐちょになった。 千歳「あはははははははははははは!!かはっ!?かはっ!!!はははははははははは!!やめっっ!!やめっっっ!!やめてってばっ!!」 悶え声を断ち切るように、千歳の高い怒鳴り声が響いた。 その瞬間、蛍光灯がバチバチと音を立てて火花を散らし、落下。蛍光灯は床で砕けた。 能崎の仲間たちはそれに恐怖し、千歳から離れた。能崎もそれに続いた。 能崎「ふん。なるほどね。そう。どおりで変人の高森と仲良く出来てたわけだ」 能崎はそう言って、仲間を引き連れ去って行った。 千歳は、汚いトイレの床に倒れたまま、去っていく能崎たちの後ろ姿を睨みつけていた。 23. 惑いの館 矢内 白、阿久津 七子、柯 雛は山頂から漏れている異様な気を辿ってハナオカ山の山道を進んでいた。 麓からは、島民たちの唄声と呻き声が響いている。 白「こっちであってんのかな」 雛「さぁね。地図もないし、土地勘もないし、とにかく進むしかない」 「手遅れになる前に、あの馬鹿教師を止めないと」 雛は、苛立ったように背負っている中国刀剣の鞘を握りしめる。 白は、この女が刀を抜いて阿久津を殺そうとするのではないかと思い、気が気ではなかった。 「うわっ。なに、これ」 阿久津が声を上げて立ち止まった。雛は鬱陶しそうにそれを睨み、白は阿久津の見ている足元へ目をやった。 地面には、白い顔が落ちていた。 面だった。 随分と大きな面で、ベッタリとした黒い長い髪が貼り付けられ、そこから鬼やような二本の角が生えている。口は裂けたように大きく開かれている。 長い髪も作り物には見えず、見開いたような目はまるで生きているかのようだった。 白たちの背後で草木が揺れた。三人は咄嗟に振り返ったが、何もいなかった。だが白たちが正面を向き直るとまた背後で、今度は茂みが揺れた。 何かが地を踏む音がする。 阿久津「なに…?」 白「分からない…村人か?」 白と阿久津がきょろきょろと辺りを見渡しているのに対し、雛は黙ったまま、暗闇の方をじっと睨んでいる。 木々の生い茂る真っ暗闇にポッと二つの光が浮かんだ。 それはまるで、目。目のように見えた。 暗闇に浮かぶ光の目が、白たちを捉える。 闇から耳を塞ぎたくなるような轟音が響いた。肉食獣のような叫び声は、木々を揺らし、地を揺らし、雛と阿久津の髪を乱した。 雛「伏せろ!」 雛が叫んだが、白と阿久津が呆然としているので、雛は無理やり二人の頭を抑えつけた。 三人の頭が地面につくくらい深く下がったのとほとんど同時に、暗闇から何かが飛んできた。太い触手みたいなそれらは周囲の木々を抉り、地面を抉る。 白の目の前で、真っ黒な何かがボトっと落ちてきた。人一人分くらいのサイズのそれが、あの怪物の身体の一部であるということを理解するのに、数秒要した。 白が顔を上げると、雛が鞘から抜いた中国刀剣を握って立っていた。刃からは黒々としたヌメリのある液体が滴っている。 化け物が雄叫びを上げる。 地震の如く、地面がぐらぐらと大きく揺れ、白と阿久津はバランスを崩して尻餅をついた。 雛「なんなのこいつ…!」 雛が眉間にシワを寄せ、握りしめた刀を黒い化け物に向ける。 また地が揺れた。そろそろ、山崩れでも起きてしまいそうな揺れだった。 化け物はまた叫び、木々を薙ぎ倒して雪崩のように押し寄せて来た。 雛「うわっ…でかっ!?」 木々や地面を飲み込むように押し寄せてくる化け物のその大きさに驚いた雛は刀を引っ込めた。 雛「ここで戦うのはダメ。走って!」 白と阿久津は言われるがままに雛の向かう方向へ走る。途中、木の根や石に何度も躓きそうになった。 三人は、林を抜けた。 化け物から逃げた三人が辿り着いたのは、川辺であった。 大きな川だ。深さもそこそこあるように思われる。 雛「あそこに逃げ込むよ!」 走りながら雛が指差したのは、川の向こうにある大きな水車小屋だった。 三人は必死に走り、水車小屋に飛び込んだ。最後に入った白が戸を閉めて、鍵をかけた。 目を閉じ、耳を澄ます。怪物の叫び声か、足音か、戸を殴る音でも響くかと思ったが、何の物音もしなかった。 白「はぁはぁ…なんだったんだ」 白はできる限り息を殺しながら、息を整えた。 雛「追って来ないなら好都合」 「さっさと山頂へ向かわないと」 雛は、さっきの怪物が何なのか全く気にならないようだった。 阿久津「ここは…水車小屋?」 白「みたいだな」 床や壁や天井の木材は湿気たっぷりで、息を振るだけでなんだか胸が苦しくなる。 雛「別の出入り口があるんじゃない?そっちから出たほうが良いかも」 「出口なんてここにはなかったりして」 雛の言葉に最初に返事をしたのは、白でも阿久津でもなかった。 冷たくもあどけなさの残った少女の声だった。 三人は同時に、声のする方を見た。 天井の梁に、少女が一人、ちょこんと座っている。 「出口があっても、出られなければ意味はないってそう思わない?」 黒い髪は長く、サイズの合っていないぶかっとした和服は腰あたりまでの長さで、その下には健康的な太ももが露出されている。 暗闇に赤い耳飾りを光らせたその少女は、草履を履いた足をぶらぶらさせながら、じっとりとした目つきで白たちを見下ろしていた。 雛「斑鳩の三女がお出ましってことね」 戸惑っている白と阿久津に対して雛は顔色を変えずに梁に座っている少女 斑鳩 惑を見た。 惑「ほんとはねぇ…強そうなお嬢様を追いかけてたんだけど、見失ってさぁ」 惑はつまらなそうに言うと、ぴょんと飛び上がって梁の上に立った。 その瞳の大きな目を細め、下にいる白たちを見つめる。 惑「憂さ晴らしってわけじゃないんだけど…」 「どうせあんたらもあのお嬢様の仲間だろうから…」 梁の上の惑が消えた。 「全員、殺しちゃっていい?」 惑は、白たちの目の前に現れた。それに反応できたのは、雛のみ。白と阿久津は、飛んできたぼんやりと白い何かによって身体を弾き飛ばされ、壁に激突した。 惑「大丈夫。直ぐには殺さないから。もちろん、たーっぷり苦しめてから殺すよ。でなきゃ、つまらないもんね!」 惑は、うずくまっている白の頭部を踏みつけようと脚を振り下ろす。だが、阿久津が振り下ろされた惑の足に飛びついた。 惑「邪魔だよ?お姉さん」 惑は不機嫌そうに言うと、その小さな身体からは想像もつかないような怪力で阿久津を振り払う。 惑「まずはお姉さんからにしようか」 「何がいい?四肢を切断して…止血して、衰弱するまで放置とか?」 ニタニタ笑いながら惑が阿久津に襲いかかると、今度は雛が、阿久津に繰り出された素足の蹴りを中国刀剣で止めた。 雛「そいつを殺すのは、私なんだよ」 鋭い中国刀剣の刃に素足を止められたにも関わらず、惑の足裏には傷一つついていない。 雛「あんたらは外に出てて!」 雛は惑から目を離さずに怒鳴るように言った。 白は阿久津を起こし、出口がありそうな方へ向かう。 裏口を見つけた白と阿久津の二人が、その戸に手をかけたその時、雛を蹴り飛ばした惑が、姿を消し、瞬時に白と阿久津の背後に回り込んだ。 惑「出口があっても、出られなきゃ意味ないって言ったよ?」 白の身体に強烈な衝撃と痛みが走った。 白と阿久津の身体は吹き飛び、床に叩きつけられた。 惑「誰も逃さないよ」 惑は、床に転がっている白と阿久津の頭を順に蹴り飛ばした。 雛「お前…」 「弱い奴らから殺すのが楽しいわけ?」 惑「そこは好みが分かれるところだよねえ」 「楽しみは最後にとっておきたいって人もいるんだし」 惑はニヤニヤ笑って言うと、ほとんど意識を失いかけている白の頭に素足を置いた。 惑「この人の頭、潰しちゃおーっと」 惑が素足で白の側頭部を踏みつけ、体重をかけると苦悶で顔を歪める。 惑はあははと笑って白の頭を潰そうとしたが、寸前でそれをやめた。惑の顔の直ぐ前に、白く光る刃が突きつけられたのだ。 雛「この二人を殺したいなら、とりあえず私を殺さないといけないんじゃない?」 惑「あ、そう」 「そんなに死にたい?」 「いいよ。じゃあそうしてあげる」 白の頭に乗せられていた素足が浮いたかと思うと、それは目にも留まらぬ速さで蹴り上げられ、雛の中国刀剣を弾き飛ばした。 丸腰になった雛の顔面に、惑の足指先による突くような蹴りが飛んでくる。 雛は素手でその蹴りを後方に流し、前方にバランスを崩した惑の鳩尾に膝蹴りを喰らわせた。 惑の大きな目が、さらに大きく開かれ、口から唾液が飛び出した。 雛「ガキだからって容赦はしない…いや、ガキじゃないか」 雛は大きな手で惑の顔面をばちんと叩き、視界を奪うと、そのまま長い脚をぶんと回して側頭部を蹴り付けた。 惑の目玉がぐらんと揺れる。 雛が惑の手首を捕まえ、自分の方に引き寄せた時、惑がぴょんと雛の頭に飛びつき、頭にしがみつくとそのまま太ももで雛の首を締め付けてしまった。 雛「はっ!?」 惑「つかまえた」 ムッチリみっちりとした太ももで首を締め上げられ雛は咄嗟に引き剥がそうとするがうまくいかない。 太ももはまるで大蛇のようにぎゅっと首を締め付け、離れない。 惑「あはははは!お姉さんの壊し方、きーめたっ」 惑が首を締め付けながらケラケラ笑う。 雛の口いっぱいに唾液が泡立ち始める。 ガンッと雛の身体が揺れ、首を締め付けてた太ももの感触が消えた。 惑は頭部から血を流し、雛から離れていた。 「どんなに強くても、集団相手には結構苦戦するって知ってる?」 血の滴る鉄の資材を握りしめている阿久津が言った。 惑「あぁもう最悪」 惑は真っ白な顔を伝う赤い血を指で拭った。 阿久津「本当は、ステゴロが一番好きなんだけど…ね!」 阿久津は鉄の棒を槍のようにぶん投げた。棒は真っ直ぐに惑に飛んでいく。惑は素足で棒を蹴り飛ばす。 しかし、阿久津はそれを読んでいたかのように素早く惑に近づき、つま先で惑のスネを蹴り付けた。 惑「あぁっ!?痛っ!?」 強烈な鋭い痛みを受けた惑は思わず涙を滲ませ、ふらついた。 そこへ阿久津がさらに攻撃を仕掛けたが、惑は阿久津の腹を蹴り、凄まじい力でボールみたいに蹴り飛ばした。 阿久津の身体は戸を突き破って外に転がった。 白「阿久津さん!」 白が阿久津の元へ駆けつける。そこへ惑がぴょんと飛んで阿久津の方へ先回りし、阿久津の頭目掛けて素足を振り下ろした。 白「させねぇってんだっ!」 白が阿久津を庇うように割り込み、惑の凶器の素足は白の背中に踏み下ろされた。 小さな身体からはとても想像さえできない鉄鎚の如き踏み込みが白を襲い、白は呼吸困難に陥り、咳き込んでその場でうずくまった。 惑「どいつもこいつも…」 「しぶとい、でしょ」 背後からヌッと現れた雛が惑の言葉をつなぐと、峨娓刺で惑の喉を貫いた。銀色の峨娓刺が血に染まり、惑はほんの一瞬、自分の身に何が起きたかを理解できておらず、数秒後に喉を貫かれたことを悟り、その途端に口から多量の黒い血を吐いた。 力の抜けた惑の身体が前方に倒れ、深い川に沈む。 川の水が、黒々とした惑の血液に汚れる。 黒い血が川面に渦巻き、地響きが鳴り始める。 木々が揺れ、川面に波が立つ。 黒い血は大きな一つの塊へと変貌し、川面を突き破って水上へ現れた。 阿久津「あれって…」 白「…おいこれ…」 再び姿を現した惑。 ギョロギョロと動く巨大な青い目玉は水晶のようで、黒い肌はヌメリを帯びている。口は大きく鋭く小さな牙がびっしりと生え揃っていた。 惑に手足はない。 代わりに、長い髭と、ヒレが備わっていた。 その姿は、まさに鮎(ナマズ)。斑鳩 惑は"大鯰"に化けていた。 森で雛たちを追いかけ回したあの化け物だ。 雛「なんだ…手下やペットはいなかったわけね」 雛は特別驚いた様子も見せず、中国刀剣を抜いて握りしめた。 大鯰と化した惑が吠えると、周囲の木々が揺れ、地鳴りが起こった。 あまりの咆哮に白と阿久津は立っていることもできず、地面に伏せていた。 大鯰は吠え、水面に飛び上がると、口を大きく開けて髭を伸ばし、白と阿久津を絡め取ってしまう。 雛「くそ!」 大鯰はなんの躊躇もなく、二人を口に放り込み、飲み込んだ。 あまりに一瞬の出来事で、白も阿久津が声を上げる暇もなかった。 大鯰は川に沈み、再び地響きを起こした。 雛「水の中にいれば安全だと思ってるな」 「水は、龍の棲家…」 雛は、ゆっくりと川に足を踏み入れ、すっと息を吸い込んでから川底へ潜った。 雛が来るのを待っていたかのように大鯰は雛を取り囲むようにぐるぐると泳いでいた。 青く光る目で、雛を睨みつけ、髭を伸ばして口を大きく開ける。 雛は中国刀剣を構えたまま動かない。目を閉じ、集中する。 髭が雛に迫ったその瞬間、雛は動いた。 髭をかわし、一気に大鯰に近づくと、大鯰の死角である下方に沈み、中国刀剣を力強く振った。 大鯰の腹がざっくりと切り裂かれた。 まるで、龍の大顎に噛み砕かれたかのような切り口からは、飲みこまれた白と阿久津が血液や胃液と共に流れ出てきた。 黒々とした血液が川中に広がる。 雛は、二人を抱えるようにして川から上がった。 川は、真っ黒に染まっていた。 33. 嘘 閑林リクと東海 来夢は、暴れ出した島民たちから逃げるようにひときわ頑強そうな民家に逃げ込んだ。 民家には、一人の少女がベッドに横たわっていた。少女の体色はモノクロではない。 リクと来夢が民家に入ってくるなり、少女は頭だけを二人の方に向け、嬉しそうに微笑んだ。 来夢は咄嗟に傍にあった箒を握り、ベッドの上の少女に殴りかかろうとしたが、リクがそれを制止した。 リク「落ち着こう東海さん」 「この人…」 リクの声は震えている。 来夢「あぁ分かってるよ」 来夢はベットの上の少女を睨んだ。 来夢「向山。だろ。お前」 ベッドの上で、布団を首元までかぶって仰向けに眠っている色の白い少女は、向山 木葉(むこやま このは)に違いなかった。ただ、その顔つきは二人の知っている向山とは随分と違う。あの、大人しくて弱々しい少女とは違う。 向山は、来夢の問いかけに答えるように微笑んだ。 「嬉しいなぁ。東海さんとこうして会えてさ。もう会えないかと思ったよ」 来夢「なんでお前がここにいるんだ」 「いや、別に不思議じゃないか。お前は、古賀の手下だもんな」 来夢がそう言うと、向山は咳を交えて笑った。 向山「そうだよ。古賀先生の理想のために私は動いてきた」 来夢「よくも騙したな」 向山「でも、東海さんが私をいじめたのは事実でしょ」 向山に対して来夢は言い返すことが出来ていなかった。原因や裏の事情はどうであれ、いじめを行ったのは、来夢自身も認めていたことだった。 向山「怪物なんだよ。東海さんは」 向山は口角をにんまり上げて微笑んだ。老婆の微笑みのようだった。 リク「む、向山さん。君は一体なんなの?」 「いじめられっ子でなかったのに、どうしてそんな役をわざわざ買って出たのさ」 向山「私が、いじめられっ子ではなかったと思う?私は散々いじめられてきたよ小学校の頃からずっとずっとね」 「高校に入るにあたってその事情も学校側に話したの」 「そしたら、一番親身になってくれたのが古賀先生だった」 「先生は私を解放してくれると言った」 「でも私はね、解放よりも復讐を望んだ。この世界の、改善を」 「だから先生は、自分の計画に私を引き入れてくれた」 「古賀先生の計画は厳しいものだったし、引っ込み思案で弱い私には大変だったけど、いじめっ子のいない新しい世界のためなら、頑張れたんだ」 リクと来夢にとって、向山の言葉はなんだか独り言のように聞こえた。リクと来夢が何を言おうと言うことが全てあらかじめ決まっているかのような口調だった。 向山「もうすぐ。もうすぐ来るんだよ」 「古賀先生がね、サイカ岩の前で首を吊ったら…新世界がやってくる」 向山はまた笑った。声は掠れている。 向山は既に、リクと来夢の方に関心など無いようだった。彼女はただ天井を見つめて笑っている。 リクはふと、奇妙な点に気づいた。向山が眠っているベッド。その上にかけられている布団。その布団のふくらみ。それが妙だった。 通常、人の身体の上に布団をかければ当然、身体の分膨らみができる。それなのに、向山の身体を覆っている掛け布団に膨らみがないのだ。 リクが来夢の方を見ると、来夢もそれに気づいたようで小さく頷いた。 来夢「向山。お前、この島に何しにきたの」 「私に復讐しに来たってわけじゃなさそうだよね」 向山「この島に住んでる人に、新世界でずっとずっと生きていられる身体を与えてもらったんだ」 「だってさぁ、誰も苦しまない世界なら、ずっと永遠に生きていたいじゃない」 向山はうっすら微笑み、咳き込んだ。 リクは、まるで取り憑かれたように虚らな目をしている向山を恐ろしげに見つめており、来夢は向山の首元に目を向けていた。 見た。 来夢は見た。 向山の首元から下を。 掛け布団に隠れてほんの僅かしか見えなかったがそれでも来夢には見えたのだ。 来夢「お前…」 来夢は、向山の胴体を覆っている掛け布団を掴むと、思い切り引き剥がした。掛け布団が舞い、強烈な薬品の臭いが部屋に広がった。 ベッドの上に横たわっている向山を見た来夢は眉間にシワを寄せて険しい顔で固まり、リクは手で口を押さえたが間に合わず、その場にうずくまり、吐いた。 ベッドの上の向山 木葉は、とても細かった。 首の断面から伸びる一本の細長い脊髄以外に、向山の首から下のパーツはなかった。 頭と脊髄が一本、ベッドの上にある。ただそれだけ。脊髄の周りには血管やらなんやらといったものが絡みついており、ベッドの上に赤茶色のシミを作っている。 脊髄はなぜかピクピクと痙攣を繰り返している。 敷布団をめくられた向山は驚いたような顔をして、顔を上げないまま、いや、上げられないのか顔を動かさず、視線をじっと自分の首から下に向けていた。 向山「もうすぐやってくる。もうすぐやってくるんだあ」 向山は笑いながら何度もそう繰り返した。 来夢は、ベッドの上の死体をただ見つめていた。来夢が抱いていた向山に対する怒りも、同情も、恐怖も、何もかもが全て哀れみへと昇華された。 来夢「新世界が、来なかったらお前はどうするんだ」 来夢はぽつりと呟くように尋ねた。 向山「絶対にねえ。来るから。新世界は」 「私はそこで永遠に生き続けるんだあ」 向山の声がさっきよりも掠れて弱々しくなっている。 来夢もリクも、この向山の命が残りわずかであることを悟っていた。 来夢は舌打ちをし、歯を食いしばって息を吐き出した。 それからまた向山を見た。一体、どうしてこんなことになったのか。どれほどこの世界に絶望すればこんな選択肢を選ぶというのか。 それでも、ベッドの上の少女は、こうするしか無かったのか。 東海 来夢は、この時初めて、自分たちがやったことの罪の重さを感じた。自分なんて、死んだほうがマシではないか。 意識が遠のいていく。 「東海さん。何やってるんだ!」 リクが来夢の肩を掴んだ。来夢はハッと目を覚ました。来夢は、ベッドの上の向山に接吻でもするかの如く、向山に近づいていたのだ。 リクによって来夢が目を覚ますと、向山は歯をカチカチと鳴らして残念そうな顔をしていた。 リク「これは、彼女の選択だ」 「彼女は、意図的に君を加害者にしたんだろ」 「いじめれることは、向山さんが望んだことだ」 「東海さんが気に病むことはない」 「誰にだって我慢の限界はあるんだから」 リクは、大きな声ではっきりとそう言った。 来夢は肩を落とし、目から溢れる涙を拭い、リクの方を見て頷いた。 来夢「お前は、望んだ通りにもうすぐ、この世界から解放されるよ」 来夢は床に視線を落とし、最後にもう一度、向山を見た。向山は虚ろな目を開けたまま黙っていた。 来夢「行こう」 来夢とリクは民家をあとにした。


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