■ 「はい♡ もう一発〜♡」 ぴゅ……る……っ……。 真央の手淫によって雅史はまたしても射精へと至る。 これで3度目の射精だ。もう肉棒はほとんど精液を撃ち出さない。むなしい空撃ちを数度繰り返したのち、すぐさま縮こまり始める。尿道にわずかばかり滲んでいた白濁が押し出されて鈴口から溢れる様は、泣いているようでもあり、白旗をあげているようでもあった。 「ま、真央……これ以上はもう……」 もう射精はできない。半泣きでそう訴える雅史は真央によってすべての衣類を剥がされ全裸だ。さらけだされた彼の体はデスクワーカーらしく筋肉に乏しい。肌は青さを感じられるほどに白く、どこもかしこも細い。ただし、腹にはわずかに弛みの気配があった。 雅史の肉体は、ここ数ヶ月で真央が関係を持った男たちのものとはまるで違う。年齢のせいではない。体の作りがそもそも違っているのだ。雅史のそれは女性と愛し合うための体であり、あの男たちのそれは女を貪り食らうための体なのだ。 では自分の肉体はどうなのだろうと真央は己の裸体を一瞥する。 無駄に大きいと嘆いていた乳房や尻房は、日常生活では邪魔にしかならない。しかし、性的な場面においては最強の武器となる。胸や尻だけではなく、この顔も、男たちの心身に強烈に働きかける。直接的な言い方をすれば、自分は美人でスタイルも抜群なのだ。うぬぼれではない。数多くの経験を通して知った客観的な事実だ。 ここまではあくまで甘咬みに過ぎない。これから真央は自分の肉体の持つ魅力の牙を夫に深々と突き立てようとしている。 「言ったじゃん♡ まおっちに任せとけって♡」 すでに疲労困憊の雅史に向かって、ばちん☆ とウィンクを送る。意識したわけではないのに言葉遣いや行動が軽々しくなっている。黒井たちとの生活で骨身に染みついたものが、今、染み出しているのだ。 「またおっきくしてあげるね♡ 今度はまおっちのおくちで♡」 真央は雅史の股間に顔を埋めた。萎えたペニスを指でつまんで口に含む。皺奥まで味わうようにねっとりと舌を動かす。苦しげな呻きをあげる雅史の意思に反して、肉棒はみちみちとその硬度を増していった。 「んふ……んじゅ……るるっ……♡」 真央は頭を上下させつつ、肉棒を丹念にしゃぶる。口の中の熱を海綿体の髄にまで伝わらせていく。急所であることが判明した亀頭を舌でねぶり回すと、雅史が喉を反らして呻き声をあげた。 「じゅぶ……んっ……ふっ……じゅるっ……れろぉ……♡ んふっ♡ どーよ、手じゃなくて、おまっちのおくちもめっちゃ気持ちいいっしょ♡ んむ……む……ぁ……ふんっ♡ ちゅ♡ ぢゅ♡ ぢゅ……るるるるっ♡」 時間が経つにつれ、真央は吸引を強くしていく。それにあわせ、鼻下が伸び、フェラ顔がひょっとこを連想させるものへと変化した。くぼんだ頬。滑稽な寄り目。頬にへばりついた頼りない陰毛。……男は美人がこうした下品な顔をさらすことに興奮する生き物らしい。普段との落差が彼らを昂らせるのだろう。 「……ぁ……真央……その顔……そんな顔しちゃ……っ」 雅史もその例外ではないらしい。妻の堕貌に悲嘆の声をあげながらも、肉棒がみぢっと軋みをあげて硬度を段違いに増す。 これでもう射精するまでは萎えないだろう。そう判断した真央は「ぷはっ♡」と勃起を吐き出した。根本から先端まで唾液に塗れたそれは、ぴくっ♡ ぴくくっ♡ とけなげな震えを見せている。 「準備かんりょー♡」 明るい声をあげて、真央は雅史の下肢をまたいだ。彼の胸に手をついて、ゆっくりと腰を落としていく。雅史の亀頭が真央の入口にぴたりと密着した。ふと、夫と騎乗位で交わるのはこれが初めてだと気がつく。彼とは正常位以外でセックスをしたことはない。性的な場面においては、真央はいつだって受け身だった。 今は違う。 「ひ、避妊具は……」 「ピル飲んでるから大丈夫♡ ていうかぁ、まおっちたち夫婦だし♡ デキちゃっても問題ないじゃん♡」 そのまま、何のためらいもなく一気に腰を落とす。 ただでさえ小さいと思った雅史のペニスは、そこでさらにその印象を増した。小さいだけではなく、弱々しい。よくこれで自分を妊娠させられたものだ。同じナマでも昨晩味わった黒井たちのそれとは何もかもが違う。 「それじゃ――」 いくよ、と宣告をして、真央は腰を動かし始める。 「はっ♡ あっ♡ んっ♡」 真央は喘ぐ。喘がせているのは快感ではなく、夫を貪る興奮だ。 要所に肉をたっぷりと実らせた女体が重々しく跳ねる。 雅史の貧相な体との対比で、豊満さは際立っている。どっぷん♡ どっぷん♡ と音をたてかねない勢いで揺れる爆乳。爆発寸前にまで実った逆ハート型の爆尻。そこに連なる太腿もまた限界まで熟れ狂っている。 あはっ、と知性の底が抜けたような笑いが真央の喉から漏れた。 「どーよ、まおっちの腰テク♡ やべーっしょ♡ 半端ないっしょ♡ どーよ♡ どーよ♡」 真央の問いかけに、雅史は言葉を返せない。数多くの男に耕され尽くし、蕩けるような感触を得た女性器の絶妙な柔らかさと締めつけが言葉を封じている。 その代わり、彼は「うあっ」と悲鳴をあげた。それと同時に精液をともなわない射精が行われる。あまりにもあっけない絶頂――しかし、もちろん、真央は動きを止めない。射精をおえて一瞬萎えかけたペニスはたちまち勃起状態へと引き戻された。 雅史の体はもう真央の支配下にある。他人を所有物のように扱うこの愉悦には馴染みがある。やはり、今しているこれは恐喝と同等の行為なのだろう。真央は夫を相手に精液をカツアゲしているのだ。 (あー♡ すっごい♡ 旦那パコるのまじで楽しすぎる……♡) しかし、こんな楽しみも、もうすぐ、家庭に戻ったら捨てなければいけないのだ。もったいない。そう思うが仕方がないだろう。変えられない過去を悔いるのではなく、まだ訪れていない未来を憂うのではなく、今この瞬間を楽しめばいい。 「ん……あ……♡」 真央は上体を倒し、雅史の乳首に舌を這わせる。 「これキくっしょ♡ やべーっしょ♡」 生まれて初めてその部分で経験するであろう性感に、雅史が「んひっ」と声をあげる。その情けない響きに、真央は思わず吹き出してしまった。笑わせんなっつーの、と苦笑いしつつ、乳首舐めを続ける。 むろん、そのあいだも腰使いは勢いを弱めない。ただ前後させるだけではなく、ある時は上下に動かし、ある時は8の字に動かす。――短期間のうちに積み重ねた男性経験のすべてをぶつけられ、雅史はなすすべもなく絶頂を搾り取られていった。1度、2度、3度……それ以上は面倒くさくなってカウントを放棄する。 「あっ……真央……真央……っ! あっ……あっ……!」 脚を爪先までピンと伸ばし、雅史は声をあげる。 「きゃはっ♡ またイッちゃったの? うける〜♡」 楽しげな真央とは正反対に、雅史の顔は苦悶に歪んでいる。 男は過剰に勃起を続けると鈍痛を覚えるらしい。当然、真央にはその苦痛はわからない。想像もできない。しかし、相手は愛する夫なのだ。もっと気持ちよくして――苦しめてあげたいと思う。 さいわいなことにそれはとても容易なことだ。 捻くれた愛情が真央の腰使いを乱暴なものへと進化させた。肉と肉どころか骨と骨までもがぶつかり合う。 「おぉ〜♡ すっげ♡ これ、体に響くぅ♡ あんっ♡ んっ♡ まおっちのこと、嫌いになんないでねっ♡ あくまでもこれは演技……みたいなもんだからっ♡ あんっ♡」 真央の言い訳に、「そうそう」と賛同の声をあげたのは裕貴だ。 「演技(笑)だから安心していいよ。俺が命令してやらせてる演技(笑)だからさ。――これから真央が物凄いことするけど、それも全部何から何まで演技(笑)だから」 その言葉に真央の動きが一瞬だけ滞る。つまり裕貴はもっと過激なことをしろと命じているのだ。そんなことをいきなり言われても何をすればいいのか。 頭で考えるよりも先に体が動いていた。いったん雅史から離れる。彼の足首を掴んでM字開脚をさせつつ、腰裏を浮かせていく。 「な、何を……」 何をするつもりなのか、と問いかける雅史を無視して、真央は腰を落として、勃起をふたたび膣に咥えこんだ。 (ああ♡ 私ったら、これ――) いわゆる逆正常位の姿勢。俗な言い方では「ちんぐり騎乗位」とも言うらしい。 黒井たちとの雑談の時に知識として教えられたことだが、実際に行ったのはこれが初めてだ。黒井たちにもできなかったことを夫に行う。初めてを夫に捧げたと言えば聞こえはいいが、実際は、真央はこの捕食者の体勢で夫を貪り喰らおうとしている。 果たしてそんなことをしていいのか。許されるにしろ、許されないにしろ、やるしかない。試験に合格するためには仕方がない。そう。今の自分がすることは何であれ、仕方がないこと――全面的に許容されるべきことなのだ。肯定されるべきことなのだ。 「……はあっ♡」 決意の吐息の後、じゅるり、と涎を啜り上げて、足首を掴み直す。腰の角度を調整する。はるかな高みから見下ろす夫の顔には、これまでとは比較にならない怯えが浮かんでいる。 「何びびってんの♡」 そう尋ねはするが、夫が何に怯えているのかはわかっている。 今の自分はきっと「真央」らしからぬ凶悪な表情を――「まおっち」らしすぎる楽しげな表情をしているのだ。もし、この表情で「金を出せ」と命じたら、夫は一も二もなく有り金をすべて差し出すだろう。 しかし、今、夫から絞るべきは金銭ではない。精液だ。 「そんじゃパコんぞ♡」 嬉々として宣告し、真央は動き始めた。 前。後。前。後。……最初は探るようにゆっくりと腰を動かす。しかし、それもつかの間、腰使いはすぐに滑らかなものとなり、それから激しく躍動していく。 「すっげ♡ やっべ♡ えっぐ~♡」 おっほ♡ おっほ♡ おっほ♡ おっほ♡ おっほぉ〜♡ と息を跳ねさせるあいまに、真央は感動の声をあげる。 能動的に動くという意味では騎乗位の時と同じだが、得られる体験はまったく違う。「パコる」というのはこういうことなのだろう。腰をぶつけるたび、脳内に超大量の快楽物質が炸裂する。今にも鼻血を噴出して卒倒してしまいそうだが、気絶しているような暇はない。 「うっは♡ これ、まじやっべ♡ ハンパね〜♡」 開きっぱなしの口から涎が垂れる。それを啜り上げることも拭うこともせず、ただ夢中で逆正常位に没頭している。 「ま、真央……これ……本当に……だ、駄目……っ」 愛妻に容赦なくパコられ、雅史が身悶える。その声は快感と衝撃の度合いを示して惨めに裏返っていた。その哀れな響きが凶暴な衝動を沸き立たせる。真央は体を前傾させて、体重をもって彼を押し潰し、腰を振り狂った。 ばち♡ ばち♡ ばち♡ ばち♡ ばち♡ ばち♡ ばち♡ ばち♡ ばち♡ ばち♡ ばち♡ ばち♡ ばち♡ ばち♡ ばち♡ ばち♡ ばち♡ ばち♡ ばち♡ ばち♡ 汗ばんだ肌同士がぶつかる音がひたすらに続く。 「おおっ♡ すっげ♡ まじすっげ♡」 真央は雅史を見下ろしているが、その目は雅史を通して別なものを見ている。それは、裕貴を始めとして、この数ヶ月に関係を持った男たちとの記憶だ。今、真央の身を燃やしている悦楽。望んでしていたことではなかったが、彼らとの経験がなければこの楽しさを味わうことは間違いなくできなかった。 つまり、この逆正常位は、これまでの集大成なのだ。 それに気づいた真央の腰使いが、最大限に激しいものへと変わる。 ばぢっ゛♡ ばぢっ゛♡ ばぢっ゛♡ ばぢっ゛♡ ばぢっ゛♡ ばぢっ゛♡ ばぢっ゛♡ ばぢっ゛♡ ばぢっ゛♡ ばぢっ゛♡ ばぢっ゛♡ ばぢっ゛♡ 急速に跳ね上がっていく衝撃に、雅史が体を反らして白目を剥いた。その体が反射的に逃げようともがくが、真央はさらに体重をかけて彼をプレスし、絶対に逃亡を許さない。 「逃がすわけねーだろボケっ♡ おらっ♡ おらっ♡ おらっ♡ おらあっ♡」 真央は雅史を追い詰める。同時に自分のことも追い詰めていく。 「出せ♡ 出せ♡ 出せ出せ出せ出せ♡ 精子出せ♡ 精子出せっつってんだろ、雅史オラあっ♡」 名前を呼び捨てにし、巻き舌を全開にして真央は夫に射精を迫る。雅史は怯えを通り越し、もう完全に泣き出している。どんなに涙を流したところで、真央の腰使いが止まることはない。そもそもの始まりから、終局はもう定まっていたのだ。 「オラぁ♡ イけっ♡ イけっ♡ 女房にガチでパコられてイけイけイけイけイけイけ♡」 盛大に唾を飛び散らしながら、真央は雅史に命じる。雅史が追い詰められていくのを感じながら、真央もまた絶頂の接近を感じている。肉体が絶頂しようとしているのではない。脳が絶頂しようとしている。こんな感覚になったのは初めてだ。 そして、とうとう―― 「う゛あ゛っ」と声をあげて、雅史が達する。 何度も空撃ちを繰り返していた肉棒が、ほんの数滴だが精液を絞り出した。その数滴が、彼を襲った快感の凄まじさを証明している。そして、彼の絶頂を感じて、真央もまた至るべき場所へと一気に飛翔していた。 「イ っ ♡ っ! ♡ ♡ 、 っ ~~~~~♡♡♡」 電撃に打たれたように激しく痙攣する体。なかば裏返って白目を剥く眼球。まともに言葉を発することはおろか息をすることもできない。酸欠で脳細胞が死滅していくのがはっきりと感じられる。だというのに危機感はなく、「楽しい」という思いが際限なく膨れ上がっていく。そう。「気持ちいい」のではなく、「楽しい」のだ。気持ちいいから絶頂したのではなく、楽しいから絶頂してしまったのだ。 心臓の高鳴りが耳にうるさい。うるさいが、ずっと聞いていたくなる。それは主婦を続けていたのでは絶対に聞くことのできなかった音色だ。自分が十分すぎるほど今この瞬間を生きているという証拠と表現するべきかもしれない。 これか。 これが裕貴が真央の人格を歪めて見せたかった境地なのだろうか。黒井たちがなぜあんなにも楽しげだったか、ようやく理解できた気がする。余計なことは何ひとつ考えず、欲望のままに振る舞うことは、こんなにも―― (楽しいっっっ♡♡♡) 真理に到達したところで意識が途切れ、真央の膝が砕ける。汗みずくの豊満体が、完全に失神している雅史に覆いかぶさった。夫婦の汗の匂いが息遣いとともに混ざり合う。 徹底的に絞り尽くされた雅史の体はひと回りどころかふた回りは縮んで見える。対するに真央の体はさらに皮膚の色艶を良くし、のみならず肉量までもたっぷりと増しているようだ。 「いやー、いいもん見せてもらったわ」 力なく重なり合う夫婦に嘲笑混じりに拍手を送るのは裕貴だ。 「まじで面白かったわ。もちろん試験は合格♡」 そんな声さえも、今の真央にはまったく聞こえていない。意識を失ってなお、彼女の腰はかくかくかくといつまでも前後を続けていた。 ■ 「――は?」 思わず、間の抜けた声が出ていた。 「それってどういう――」 「どういう意味もこういう意味もないよ。真央はもう家に帰っていい。それだけ」 裕貴の言葉はしっかりと聞こえている。ただの一音も聞き漏らしてはいない。それなのに、その意味を理解することができない。理解することを真央の中の何かが拒絶している。 「もう今月、っていうか今日でおわり。今までお疲れ♡」 あっけらかんと宣言される解放。真央は何の反応も示すことができない。 試験が終了し、真央は雅史と並んでベッドに体を起こしている。夫婦ともにまだ衣類は身につけていない。絶頂の余韻が去らない真央の体は火照り、汗の香りを周囲に滲ませている。 「試験に合格したら3ヶ月の期間短縮をしてもらえる。だから、来月でおわり。――そう聞いてたけど?」 「うん。確かにそう言った。でも、予想以上のもの見せてもらったから、追加でもう1ヶ月期間短縮してやるよ。ボーナスってやつ♡」 裕貴の説明に真央は言葉を失う。 試験に合格したら、数日のあいだ一時帰宅する。それからふたたび裕貴の命令に従って、残された日々を過ごす。それがおわって完全に解放されたら、そこでようやく元の生活に戻る。元の自分に戻る。そうなるはずだった。それが突然、解放だと言われた。 (嬉しいことのはずなのに――) それを素直に喜べない自分に愕然とする。すぐ隣に座っているはずの雅史の「ほ、本当ですかっ」という喜色に満ちた声がひどく遠い。夫の声だけではなく、世界の何もかもが分厚い膜で自分から隔たっている。胸に大穴を穿たれたような虚脱感。座っていてよかった。立っていたら、その場に崩れていたかもしれない。 (これって……) それだけ、残りの1ヶ月弱を楽しみにしていたということなのだろう。最後なのだから、きっと、とてつもないことが待ち受けていると期待していたということなのだろう。それを唐突に奪われ、面食らっているのだ。 すべてがおわれば、自分はまたあの日常に――家族愛に満ちた平穏な日々に戻らなければいけないという事実に直面する。当然、それを理解できていなかったわけではない。しかし、いつからか、思い浮かぶたび、刹那的な快楽に耽ることでそれを忘れようとしていた。 果たして、自分は「母」や「妻」に戻れるだろうか。戻れる、と真央は確信できない。その役割を果たして得られる喜びは、「女」のそれにまったく及ばない。及ばないことをこの数ヶ月で学んでしまった。 しかし、解放された以上、真央は家に戻るしかない。 「真央、今まで本当にありがとう。君にはどれだけ感謝してもしきれないよ」 雅史は声を震わせ、深々と頭を下げる。真央も彼にあわせて笑みを作り、言葉を発する。しかし自分が何を言っているのか、真央にはわからない。動揺を表に出さずにいるだけで精一杯だ。 「何? 嬉しくないの?」 裕貴がベッドに近寄り、人差し指で真央の頬をつついた。 「真央が希望するなら、延長してあげてもいいよ。その代わり、期限は無制限になるけど。どうする?」 真央を見下ろすその目――瞳の奥にまで嘲笑が見てとれる。裕貴は真央が何を考えているか見通している。すべて裕貴の掌の上。真央の人生はそこで面白いように転がされていたのだ。 「え、延長なんてするわけないじゃんっ」 真央は裕貴の手を掌で払った。反射的にこんな言葉遣いができるほど、真央の人格は変容している。だというのに、それを裕貴は放り出そうとしているのだ。放流、という言葉が浮かぶ。この解放は、いずれまた手元に戻ってくることを期待して行われているのだ。しかし――自分はこんな男の思い通りになったりはしない。絶対にするものか。 真央は決意を拳に握りしめる。 それじゃ、行くか、と裕貴が言った。 「旦那は先に家に戻ってろ。遅くても夜には家まで送り届けてやるからさ。久しぶりの家族団欒なんだし、食事にでも行く? いいレストラン紹介してやるよ。代金も俺の奢りで――」 待って、と真央は割り込む。 「行くって、どこに連れて行くつもり?」 「美容院だよ」 「美容院って……そんなところで何すんの?」 真央は己の髪に触れながら尋ねた。豪奢な色合いの金髪は、初めて染めた時以来、定期的に染め直している。 真央の問いかけに、裕貴は「元に戻すんだよ」と答えた。 「借りてたものを返す時は元通りにする。それが礼儀ってもんでしょ。髪だけじゃなくて、メイクも、服も……もちろんそのごっつい刺青も全部元通りにしなきゃ」 「全部……元通り……」 呆然と真央は呟く。遅まきながら、元の自分に戻るということは今の自分の何もかもを変えることだと気がつく。髪も、服も、メイクも捨て去らなければいけない。それは同時に、それらに付随する男たちの好色な視線を捨て去ることも意味している。 ほら早く、と促されても、真央はすぐには動き出すことができなかった。 (続)