第1回から一週間後の話です。 今回で物語の導入は終了となります。 ―――――― ■ 「このおにぎり、美味しいな」 つとめて明るい声で、雅史は息子の孝太に話しかける。 「コンビニの食事なんて高いだけだと思ってたけど、最近は質もよくなってるんだな。パパ、誤解してたよ。考えを改めなくちゃ」 「そうだね。とっても美味しいよ」 孝太は口の中のものを飲みこんで頷く。そう言っていても、その表情には母の手料理が恋しいという気持ちが隠しきれていない。何とかしてやりたいが、今の雅史にはなすすべがない。 柔らかな朝の光が満ちる種崎家に、真央の姿はない。 真央はこれから裕貴の部屋で生活する。それぞれ、会うことはもちろん、連絡を取ることも禁止。――それが、一週間前、裕貴がふたりに下した命令だった。 着替えや日用品を取りに帰宅したものの、それ以来真央は自宅に戻ってきてはいない。気が向いたらたまには家に帰らせてやるよ、と裕貴は言ったが、それがいつになるのか、そもそも、そんな時が本当に来るのかわからなかった。 孝太には、ママは親戚の介護のためにしばらく地方に赴くことになった、と説明してある。今はそれを信じてくれているが、いつまでも誤魔化せはしないだろう。その時にどんな言い訳をすればいいのかは、まだ考えあぐねている。 あのな、と雅史は言った。 「今夜からパパが料理を作ってみようと思うんだ」 「パパ、料理できるの?」 「大学生の頃はひとり暮らしだったから、ひと通りはね。もちろん、ママみたいにはうまくできないと思うけど、構わないか? もし嫌なら――」 「ううん。嫌じゃないよ。パパの料理、とっても楽しみ!」 孝太の笑みに、雅史の顔もほころぶ。 息子を授かったのは十年前。美しい母親に似ればよかったのだろうが、あいにく父親と瓜二つの平凡な容姿をしている。それでも、笑顔には真央の面影が感じられるから不思議だった。 会社に勤めながら、息子の面倒を見て、炊事、洗濯、掃除をこなす。大変ではあるが、真央が味わっているに違いない苦しみを思えば、こんなもの、苦労にも入らないだろう。 (真央……) 雅史の愛する妻は、今、何をしているのか。 裕貴は真央を「弾けまくりのパリピギャル」に改造する、と宣告した。真央に会いたい気持ちはある。しかし、その時に彼女がどんな姿になっているのか。それを知るのが恐ろしかった。外見だけではない。もしも、中身まで変えられていたとしたら――。 いいや。そんなことがあるわけはない。真央は優しいが強い女性だ。たとえどんな目に遭わされようとも、裕貴の望むように変えられたりはしない。 そう信じているはずなのに、雅史の胸から不安が拭い去られることはなかった。 ■ 「ほら」 裕貴が紙箱入りのハンバーガーを渡してよこす。続いて「たっぷり汗かいたんだから、水分補給しなくちゃね」とLサイズの容器に入ったコーラを押しつけてきた。どちらも、いつもの食事と同じく、フードデリバリーサービスに届けさせたものだ。 朝食となる食事を受け取った真央の動きには、疲労の色が濃い。当然だろう。昨日から夜通し、配達員がインターフォンを鳴らしたその時まで、彼女は裕貴に悶え狂わされていたのだ。 寝室にこもった湿気と熱気は壁や家具にまで染み入り、空調を稼働させても容易には消えない。ベッドの縁に腰を下ろした真央は、まともに服を着る気力もなく、かろうじて下着だけを身につけた姿だ。髪の乱れは手櫛で梳いただけで、体を濡らした汗はまだ完全には渇ききっていない。フルカップのブラジャーとジャストウエストのショーツは、落ち着いたベージュのもの。地味な意匠と色は、爛熟した肉体の魅力を増幅している。ゴムに締めつけられ、せり上がった肉があまりにも生々しい。 「どうしたの、真央。元気ないじゃん。もしかして一個じゃ足りなかったかな。俺のぶんも食べる?」 おどけた調子で、裕貴が自分のハンバーガーを差し出してくる。それに対して、真央は「要らないわ」とかぶりを振った。 「本当にいいの? 後で欲しいって言ってもあげないよ?」 「私はこれで十分だから、裕貴くんの分は裕貴くんが食べて……」 そう言った真央は、ハンバーガーの包みを開け、食事を始めた。 初めて裕貴の住まいを訪れたあの日から、一週間が経過している。三十八歳の、しかも経産婦の体なんて、最初こそ物珍しさから欲しがりもするだろうが、すぐに飽きてしまうに違いない――というのは真央の希望的観測に過ぎなかった。 この一週間で合計で何度裕貴に抱かれたのか。 夜となく昼となく体を貪られる日々は、真央の生活リズムを崩壊させた。眠りは浅く、起きていても眠気が意識に粘りつく。何もかもが薄膜を隔てたように遠くに感じられるのに、与えられる快感だけはどこまでも鮮烈だ。 「初めて食ったけど、これ、めちゃ美味いわ。当たり」 自分のハンバーガーを齧って、裕貴が言う。彼は真央の隣に座っている。シャツとハーフパンツを着た彼は、疲労困憊の真央とは対照的に、全身に活力をみなぎらせている。ただ若いというだけではなく、体力が常人離れしていた。 大学生だという話だが、真央が来てからの一週間、裕貴は一度も登校していない。学びもせず、働きもせず、遊び呆けて暮らすその姿を見ていると、軽蔑が湧き上がってくる。彼女の愛する夫、そして息子とは、まったく対照的だ。 ふたりも今頃食事をしているはずだ。きちんとしたものを食べているだろうか。どれほど知りたくても、連絡をとることや会いに行くことは禁止されている。携帯電話も没収されてしまった。雅史ならば大丈夫だろう、と信じるしかない。 無言のままで真央は食事を終える。粗雑な味の朝食は、腹を満たしてくれても、満足感までは与えてくれない。 裕貴によると、食事はすべてデリバリーで済ませ、清掃、洗濯、日用品の補充も業者を雇ってやらせているという。ここに来たばかりの頃にのぞきこんだ冷蔵庫には、ビールとエナジードリンクの缶ばかりが並んでいた。一般庶民にはとても考えられない生活だ。これが、いわゆる上級国民というものなのだろうか。 「あ、あの、裕貴くん。お願いがあるんだけど……」 おずおずと真央は言った。裕貴に対して敬語はもう使っていない。普通に喋るように、と命令を受けたのだ。心理的な距離が近くに感じられるぶん、敬語で喋っていた時のほうがよかった、と思っている。 「ん? どうしたん?」 「私がここに来て、もう一週間になるわ。そろそろ、一度家に帰らせてもらうわけにはいかないかしら。一日、それが無理なら、せめて半日でいいから……」 妻として、母としての切実な哀願は、しかし、当然のように裕貴には響かない。彼は整った眉をあげ、楽しげな表情を作った。 「もう帰りたいんだ? 俺のこと、嫌いになっちゃった?」 「それは――」 答えられない問いをする意地の悪さに、真央は目を伏せる。 「悲しいな。でも、俺としては真央ともっと一緒に過ごしたいんだよね。こんなエロい体、ちょっとやそっとじゃ満足できないって」 裕貴は真央の肩に掌を置く。彼が軽く力をかけただけで、真央の体はいともたやすくベッドに仰向けに倒れた。抵抗しなければ、と頭では思うのに、若い牡に耕され尽くした熟肉は、そんなことをしても無駄だ、と悟っているのだ。 奪われる唇。舌に絡みつく舌。その動きの巧みさは、何度経験しても真央の肌を粟立たせる。真央の鼻から切ない息が漏れる。その響きの艶めかしさが彼女の心を罪の意識で締めつけた。 (ごめんなさい、あなた……) 雅史は性交渉に積極的なほうではなかった。多い時でも月に二、三回。孝太が成長してからは、月に一度あるかないかの頻度になっていた。物足りなさを覚えることがなかったと言えば嘘になるが、浮気のたぐいを考えたことはない。自分の相手は後にも先にも雅史ひとりだけ。そう決めていたからだ。 だというのに――夫以外の音を相手にこんなにも反応してしまう自分の体が恨めしい。 「寝る前に一発ハメよっか♡ 大丈夫。今回はサクッと出すから」 返答など聞くわけもなく、下着を剥き取った裕貴は巨根で真央を穿ち始める。たちまち、鼻息など比べ物にならないほど罪深い声が、真央の喉から次々と溢れ出してきた。裕貴が避妊具を装着してくれているのが唯一の救いだ。 三十八歳の熟妻と二十歳の若い牡の交わりに、朝の光が降り注ぐ。まっとうな人間たちは、それぞれ、働きに出たり、学校に行ったりしているのに、自分は何をしているのか、と思わざるをえない。しかし、これが、真央の新しい日常なのだ。残された期間の長さに対する慄然すらも、接合部に生まれる快美に押し流されてしまう。 「あっ……ああっ♡ あっ♡ はあっ……ああっ……んんっ♡」 裕貴の動きは激しくないのに、真央に与えられる快感の度合いは凄まじい。たった一週間のうちに、完全に弱点を把握されてしまったのだ。真央がたびたび絶頂に達してしまっていることは、時折喉をそらして漏らす「お゛っ」という濁声と、無様に痙攣する下肢からも明らかだろう。 うは、と裕貴が笑う。 「真央、イきまくりじゃん♡ 気持ちよくなってくれて嬉しいなー。それじゃ、俺もそろそろイッちゃおうかな」 汗にぐっしょりと濡れた体を抱き締めて、裕貴が腰の動きにスパートをかける。呻きとともに放たれる大量の精液は、強大な牡性の証明であり、同時に真央の魅力の証左でもある。 「あー♡ めっちゃ出たわ♡」 ふー、と満足の息を吐いて、裕貴は肉棒を引き抜く。使用済みの避妊具は、無造作に口を縛ってベッドサイドのゴミ箱に投げ捨てた。 「やっぱり真央の体最高すぎ♡ ますます帰したくなくなっちゃった」 「そんな……。お願い、もう家に帰して……家族に会わせて……」 絶頂の波も引ききらず、息も絶え絶えに訴える真央に、「安心してよ」と裕貴は言った。真央の隣に横になると、その体を抱き寄せる。それまでの荒々しさが嘘のような優しい手つきに、思わず子宮がきゅん♡と蠢動し、真央を恥じ入らせた。 「今夜、飲み会することになってるから」 「飲み会……」 「真央の歓迎会だよ。クラブ貸し切って、大勢で朝まで騒ぎまくり。そしたら、家に帰りたい気持ちなんて忘れちゃうって♡ 嫌だ、なんて言わないよな。一週間前、俺がなんて言ったか忘れたわけじゃないだろ? これはあの第一歩でもあるわけ」 真央をパリピに改造する、という宣告が蘇る。あれはその時限りの思いつきというわけではなかったのだ。熱く火照っていたはずの体が急激に冷えていく。 「せっかくの飲み会なんだから、きちんと寝て、たっぷり楽しまなきゃね。友達みんな、真央に会うの楽しみにしてるってさ」 しばらくすると、裕貴は寝息をたてはじめる。しかし、彼の腕に抱かれる真央には、いつまで経っても眠りは訪れない。彼女は、顔面を蒼白にして、とうとう開始される改造への恐怖を噛み締めていた。 (続) ―――――― ※次回以降は支援者様向けの投稿となる予定です。