タイトル通りの内容です。全部で3000字くらいです。 ______________________ 「やっぱり夏葉さんはすごいですっ!」 目を輝かせ、果穂は言った。 それに対して、夏葉は答える。 「大げさね。当たり前のことを、当たり前にしただけよ」 ふたりは、収録をおえ、他のメンバーに遅れて楽屋に戻る途中だった。 人気の歌番組――これまでにも何度か新曲のプロモーションで出演はしていたが、トリをつとめるのは初めての経験で、果穂は不安を抱いていた。不安の原因はそれだけではない。夏葉が、海外ロケの都合で、メンバー合同で行う練習にほとんど参加できなかったのだ。 しかし、スタジオ入りしてリハーサルを行った段階で、その不安はきれいに拭い去られた。キレのあるダンス、伸びる歌声、みんなとの息も完璧にぴったりだった。 さらに、本番はその上をいくパフォーマンスを見せてくれた。 「夏葉さん、本当に格好よかったですっ!」 能力の高さはもちろん、陰ながらの途方もない努力と、他のメンバーに対する深い理解があるからこそできることだ。だから、果穂は要らぬ不安を抱いていた己の不明を恥じ、夏葉への尊敬の念をあらたにしたのだった。 「あたしもこれから、夏葉さんに負けないくらい頑張ります!」 「あら。果穂は充分頑張っていると思うけれど。――でも、それなら、私も果穂に負けてはいられないわね」 「あたしたち、ライバルですね!」 指を下唇にあてがって、くすり、と夏葉が笑う。 「そういうことになるわね。覚悟なさい、果穂。私、あなた相手でも手加減はしないわよ」 「はいっ! 私も負けません!」 ふたりは、むむむ、と睨みあったのち、まったく同時ににっこりと笑みを浮かべた。 その彼女たちに「あのー」と男の声がかけられた。 振り返ると、すぐ後ろに五人の男が横並びに立っている。 彼らには見覚えがあった。当然だ。つい今まで、同じ歌番組に出演していたのだから。 大人気のyoutuberユニット――全員が並外れた容姿の持ち主で、熱狂的な女性ファンが大勢ついている。配信だけではなく、アーティスト活動も行っており、今回番組に出演したのはもうすぐ発売される楽曲の宣伝のためだと語っていた。 彼らの配信を視聴したことがあるが、正直に言って、騒がしいだけで何が面白いのまったくわからなかった。収録で披露された歌やダンスもひどいもので、練習していないのが明らか――それにくわえて、揃いも揃ってスタッフに横柄な態度をとっていたとなれば、好感を抱くほうが難しい。 そんなひとたちが何の用だろう、と内心で眉をひそめる果穂は、すぐ隣に立っている夏葉が、彼らを目の当たりにした瞬間、体をこわばらせ、悲鳴を押し殺したことに気づかない。 「今、時間いいかな?」 マッシュルームカットを派手な金色に染めた男が言った。名前は●●――収録の時、ユニットのリーダーだと自己紹介していた。五人の中でも、彼の容姿は特に際立っている。 「実はさ――」 こちらの返事も聞かず、●●は話しはじめた。 彼らのグループのチャンネル登録者数が500万人を突破した記念のパーティが、来週ひらかれる。youtuberだけではなく、お笑い芸人、アイドル、歌手……様々な人間が参加し、飲んで、食べて、楽しく騒ぐことになっている。 それでさ、と●●は言った。 「有栖川さん、来ない? ――本当は放クラ全員呼びたいんだけど、お酒も出る集まりだし、さすがにまずいと思ってさ。有栖川さんなら二十歳だし、問題ないよね」 それに対して、他のメンバーも「来てくれたら嬉しいなあ」「絶対楽しいから来よ?」「お願いしゃーす」「一緒に飲みてー(笑)」と軽薄な声をあげる。 夏葉さんがこんな男たちの誘いにのるわけがありません! という果穂の確信は、しかし、その直後に夏葉が発した「はいっ♡」という声に粉々に打ち砕かれてしまう。 (な、夏葉さん……?) 最初は聞き違いだと思った。あの夏葉がこんなにも蕩けた猫撫で声を、しかもこんな男たち相手に出すわけがない。――けれども、見やった夏葉の顔は、声よりもなお甘く崩れていた。 「い、行きますっ♡ 絶っ対行きたいですっ♡」 わあ、楽しみ、とはしゃぐ夏葉に五人は苦笑している。 「私、ずっとみなさんのファンだったんですっ♡ 動画は全部見て、生配信もできるだけリアタイして……毎回スパチャしてますっ♡」 「へー。そうなんだ。ありがとね」 あの有栖川夏葉に媚びられている――というのに、彼らはさほど心動かされた様子はない。それが当然、という態度だ。それに焦りを覚えたのか、夏葉が「あ!」とわざとらしい声をあげつつ、両手を胸の前に打ち合わせる。 「ヴィンテージ物のワインがあるので、持っていきますね!」 夏葉の必死の媚態にもかかわらず、返ってきたのは「そうなんだ」「楽しみ」という素っ気ない返答だった。彼らにとっては、大勢で集まって騒ぐのが目的であって、酒や肴なんてどうでもいいに違いない。夏葉さえもが、大勢いる取り巻きのひとりに過ぎないのだ。 「そうだ。日付と場所教えるから、チェイン交換しようよ」 スマートフォンを弄びながら、マッシュルームカットが言う。 「は、はいっ♡ 待っててください。今、楽屋から取ってきますから!」 そう言って、夏葉は全力疾走で廊下を走っていった。途中、曲がり角で人とぶつかりそうになったが、謝りもしない。 (そんな――) と、果穂は呆然としていた。誰よりも誇り高くストイックであるはずの夏葉が、美点といえば顔がいいというだけの男たちに全力で媚びる――信じられないことが、たった今、果穂の目の前で起きていた。 もしかしたら、と果穂は想像してしまう。今日、夏葉が見せた最高のパフォーマンスは、彼らに見せるためだったのではないか。あの夏葉がそんなことをするわけがない、とはもはや言い切れなかった。 「果穂ちゃんも呼んであげられたらよかったんだけどねー」 ごめん、と●●が言う。 「そうだ。お詫びに、今度、一緒にご飯行こっか。他のメンバーも誘ってさ」 「い、行きません!」 果穂のにべもない答えに、●●は「あらら」と苦笑いを浮かべた。 「嫌われちゃったかな。――仕方ないか。さっきの俺たちの歌とダンス、めちゃくちゃひどかったしね」 自覚があったのか、と果穂は驚く。 「みんな色々忙しくて、練習する時間がとれなくてさ。放クラも全員相当売れっ子だし、同じような状況でしょ? それなのに、あんな凄い歌とダンス見せられて、悔しかったなあ。どういうふうにすれば果穂ちゃんたちみたいにうまくやれるのか、話、聞かせて欲しいな♡」 話をしながら徐々に近づいてきた彼に間近で微笑まれた次の瞬間――果穂は、ためらいがちながらもはっきりと「は、はい♡」と答えていた。その胸の内に、それまで感じていた怒りや苛立ちといった感情はなくなっている。 (あ、あれ? あ、あたし――) 自分は、どうしてしまったのだろう。胸の内側に心臓が激しく脈打っている。息苦しさを感じるのに、それが少しも不快ではなかった。 果穂が戸惑っているところへ、夏葉が戻ってくる。よほど急いだのだろう。呼吸が乱れ、額に汗が滲んで髪の毛がへばりついていた。 夏葉は彼らのひとりひとりとチェインのアドレスを交換しおえたスマートフォンを胸に抱きしめ、「楽しみにしてますっ♡」と声をあげた。 うん、俺も楽しみ、と答える●●の声には、やはり、必要以上の熱はこもっていない。 「そうだ。果穂ちゃんもチェイン交換しようよ。そっちのほうが便利でしょ」 今度自分たちと放クラで一緒に食事に行く約束をした、と●●が説明すると夏葉は「それは素晴らしいわ」と満面の笑みを浮かべた。そして、 「ほら。果穂、何をしているの? 早くスマートフォンを取って来なさい」 と促す。 「あ、あたし、その――」 どうすればいいのかわからないわけではなかった。むしろ、どうしたいのかが明らかすぎることが、果穂を戸惑わせていた。 はあっ、と果穂は溜息を吐く。 息遣いは、喉が焦げそうに熱かった。 「ま、待っててください。急いで取ってきますっ!」 夏葉のそれにも負けず劣らす媚色の強い笑みでそう言った果穂は、楽屋に向かって駆け出していた。 (了)