7月になりましたー。
今月でついにアラ〇を迎えてしまう、むさぼうです。
さて、今回お送りするのは、自分のサム〇ンデビュー作になった
「えんとつのてっぺんで...」です。
タイトルから言って、マッ〇ーを意識しまくりの時期ってことが分かりますねー。
ゲイコミックを描くにあたり、ゲイカルチャーを学んで、少しづつですが
それっぽく振舞えるようになった時期の作品です。
では、当時の思い出は読み終わってからで。
ディア~~~ってのは、分かると思いますがLOVEマシーンです(笑)
よく考えたらいきなり握りませんよね(笑)
はい、ありがとうございました!
この、「えんとつのてっぺんで...」は、月刊サ〇ソン2001年7月号で発表されたのですが、実は描きはじめたのはちょうど2000年になった直後でした。
当時、以前ご覧いただいた「おったちの樹」を描き上げ、投稿した直後で、

はいっ!夏ですねー。 新刊「ALIVE!4」は見ていただけましたでしょうか? 執筆中はなかなか手が回らなくてすみません。ちまちま続けて、ドバーっと出す。 漫画の醍醐味ですね。 さて、そんな中、オリンピックも始まりました。柔道もスタートからメダルラッシュですね。自分の中で柔道マンガと言えばそう、この「おった...
「絶対入選するだろうから、すぐ出せるように次回作を描いておこう」と
間髪を入れずに取り掛かったのがこの作品だったのです。
ただ、どんなキャラにしようかな...となかなか決まらず試行錯誤していた中、
2000年問題で実家にも帰れず、初めて独りで過ごした正月の中暇つぶしに行った初詣でエンジェルは居たのです...そこで見かけた土方風おっさんに心を撃ち抜かれまして(笑)その人をもとに作り上げたのが「小島さん」でした。
名前の由来は、昔銭湯で突然話しかけられて仲良くなった知らないおじさんが「小島さん」と言いまして。同じように作業員で飯場を転々としてると言う話を聞いて、このお話のベースになったと言うこともあります。
数日間しか居なくて、もともとコミュ障だったのでステキな展開は無かったんですがもしこうだったらステキだな、と妄想が膨らんだのがこのストーリーです。
結局、「おったちの樹」は選外となり、仕切り直しでちょっとダークな内容の「償いの午後」を描くため中断をはさみ、再投稿のその後また描き始めて秋くらいに完成、せっかく描いたんだからなぁ..と思ってG誌ではなくサム〇ンに投稿したのですがこちらも音沙汰が無く、
「ああ...こっちでも落選か」とすっかり忘れた頃、(半年くらい経って)突然海〇館から手紙が届き、原稿料を振り込むから口座を教えてくれと書いてあったのを見て、掲載したのを知ったと言うのを覚えてます。
そりゃまあ、嬉しかったですよね。2年ぶりの雑誌掲載ですし。
...ただ、やっぱりまだまだ絵に課題があるなぁって思って、恥ずかしさもありましたねぇ。今と絵柄もずいぶん違うし。びっくりするくらい丁寧ではあるんですけどね。
あ〇なひ〇し先生や、ち〇てつ〇先生の影響も感じてしまう絵柄です。(後者は偶然なんですが。)あ、あす〇〇ろし先生と言えば、仁〇G〇M先生と同一人物説が囁かれてますが、自分は当時絵を見て一瞬で気付きました。そして自分の嗜好を確信しました(笑)
そうそう、この漫画の舞台は中野なんですが、
もともとは西新宿の夜景が良く見える場所ってどのへんだろうなあ、あたりから始まり、ちょうど中央線に乗ったとき、中野を過ぎたあたりですごく夜景がきれいだったのを見て決めた、ような覚えがあります。
12月くらいに中野のテナントビルで屋上に登れるところを探したりとか、どこかいい感じの風景は無いかとか、うろうろとロケハンしましたねー。
結局、今はすっかり変わってしまったけど当時、中野五差路あたりがいい感じの昭和感漂うテナントビルがあって、そこを背景として使わせてもらいました。
「中野光座」で検索すると、一番上に出てくるブログで確認出来ます(笑)
2009年に取り壊される直前の写真なので、自分が行った1999年にはまだ看板の絵が
ぎりぎり見えていたんですね。
まさか10年も経たずして、そのビルへ頻繁に佐世保バーガーを買いに行くようになるとは、当時は思っても見ませんでしたが...。縁があったんですかねぇ。
と、いうわけで、いろいろ手探りで甘酸っぱい思い出を聞いていただいたところで、
そろそろブースト!の準備もあるのでこのあたりで失礼させていただきます。
できれば来月、会場でもよろしくお願いしますー。