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【無料会員】メインストーリー1話 ナツキに出逢った日 後編

ナツキは急いで現場へと急行した。

倉庫街の広場に足を踏み入れた瞬間、空気が一変したような気がした。

赤黒い影がざわめき、鉄を擦るような軋みが響く。群れは数十体、地面を揺らしながらこちらへ殺到してくる。

そして、その奥には周囲とは明らかに違う異形の化け物、魔獣が鎮座していた。

「……数、多すぎ。でも、やるしかないか!」

拳を握り、息を吐く。次の瞬間には身体が走っていた。

足を軸にして跳び蹴り、眼前の一体を壁へ叩きつける。振り返りざまに拳を突き出し、甲殻を粉砕。膝、肘、掌底──連撃が途切れず繋がり、七、八体が次々と崩れ落ちていった。

息はまだ乱れていない。むしろ心臓が熱く、血が全身を駆け抜けていく。

(……やっぱ凄いね、あたしの体)

超人めいた反射と力。勝利を刻むたびに、同時に心の奥にざらついた感触が残る。

優勢に見えたが、

その刹那、敵が一斉に足を止めた。

次の瞬間、視界を焼くような閃光が炸裂する。

「っ……! だめ、見えない……!」

とっさに瞼を閉じるが間に合わなかった。

目くらましにあい、その場から動けなくなる。

瞼を閉じると、脳裏にあの記憶が蘇る。拘束具、黒布、目隠し。

息が苦しく、全身が硬直する。動きたいのに、脚が、腕が応えない。

余裕ぶっていた魔獣は、残滓を蹴散らしながらゆっくりナツキに近づくと背中から触手を伸ばす。

背後から触手が伸び、両腕を引き裂くように絡みつく。腰まで締め上げられ、膝が地面に叩きつけられる。

「いや……やめ、やめろ……!」

叫んでも拳は震えるばかりで振るえない。

赤黒い触手が肌を這い、粘つく音が耳にまとわりつく。

触手に締め上げられ、胸郭が押し潰される。息を吸うたび、肋骨がきしむように痛い。

喉が乾いているのに、耳に残るのは自分の荒い呼吸と、ぬらぬらと蠢く音だけだった。

やがて、股間に冷たい衝撃が走る。

硬質の管のようなものが押し込まれ、粘つく液体が体内へ逆流してきた。

ひやりとした冷たさが子宮にまで届き、ぞわりと内臓が震える。

「っ……うぁっ…やだやだ…!」

身体をねじろうとしても、四肢は絡め取られたまま。

抵抗の代わりに、腹の奥へ異物感が広がっていく。

温度は次第に冷たさから生温い感触へ変わり、じわじわと広がりながら脈動するように動いた。

脳裏に浮かぶのは研究所の記憶。

無機質な灯り、目隠し、拘束、注入──何度も繰り返された悪夢。

「……また、同じ……? 」

羞恥と恐怖が胸を締めつけ、意識が白く霞む。

視界を奪われたまま、体の中だけが異様に鮮明に支配されていく。

冷たい液体は一度に流し込まれるのではなく、区切るように脈打ちながら押し寄せてきた。

そのたびに下腹が痙攣し、胃の奥を押し上げられるような圧迫感が広がる。

臓腑を直接こねくり回されているようで、声にならない嗚咽が漏れた。

「やめろ……! こんなの……っ」

四肢を締め上げる触手はますます強く、皮膚に食い込んで痺れるほどだった。

身体は熱く、しかし腹の中だけが異様に冷えていく。その温度差に意識が狂いそうになる。

視界を奪われたまま、耳だけが敏感になり、ぬちゅ、ずるりと蠢く粘音が脳に突き刺さる。

──自分は“器”にされる。

その恐怖が全身を覆い尽くし、思考が闇に沈んでいく。

「……もう、だめ……」

その刹那。

空気を裂くような轟音が広場を揺らした。

鼓膜を打つ乾いた破裂音。

一体何──?

白濁した靄が一気に周囲を覆い、絡みついていた触手が怯んだように離れる。

支配されていた重みが抜け落ち、肺にようやく空気が流れ込む。

「……え……?」

力の入らない手を、不意に誰かが掴んだ。

引き上げる強い力。その声は、無線越しではなくすぐ耳元で。

「立て、ナツキ!」

思考が追いつかないまま、身体が引き寄せられる。

視界のない闇を抜け、次に感じたのは──ドアの閉まる音とシートに沈む感触だった。

◇◇◇

ナツキと別行動から5分後の出来事──。

無線の向こうでナツキの声が途切れた瞬間、嫌な予感が背筋を駆け抜けた。

倉庫街に差しかかると、夕闇の中で群れに取り囲まれる彼女の姿が見えた。

赤黒い魔獣の触手が四肢を縛り上げ、苦しげに身をよじるナツキ。

俺は歯を噛みしめた。

――「彼女が危なくなっても助けるな」

上司の言葉が頭をよぎる。

……

………

「……くそっ!……命令なんて知るか!」

視界に映るその光景を見てなお、黙っていられるはずがなかった。

車に搭載していた煙幕弾を引き抜き、地面に投げ込む。

爆ぜるような破裂音が広場を覆い、白煙が瞬く間に立ち込める。

蠢いていた触手が一斉にたじろぎ、ナツキの身体から力が緩んだ。

「ナツキ!」

駆け寄り、その腕を掴む。細いのに、火照って震えている。

引き寄せると、彼女の身体は驚くほど軽かった。

抵抗はなく、かすかな息遣いと熱が俺の胸に押し当てられる。

車のドアを乱暴に開け、彼女を押し込む。

彼女の方を見やると、涙に滲んだ瞳が俺を映した。

「なんで……助けに……」

「助けないわけないだろ!」

言葉が自然に口を突いて出た。

彼女の唇が震え、微かに笑う。

「……変なの」

頬を濡らす涙が落ち、シートに染みていく。

その姿に胸が締めつけられた。

リ・ガーズは今までああなった彼女を助けなかったのか?

「見たでしょ……あたし、目をやられると抵抗できない。機関に……あいつらに、そうされたから」

苦悶の吐露。俺は言葉を失った。

ハンドルを握る手に力がこもる。

「そんな大事なこと、なんで言わなかったんだ」

「……ずっと一人で闘ってきたから」

「……わかった。じゃあ、次からは言ってくれ」

俺は彼女の目を真っすぐ見た。

「でないと、助けられるものも助けられない」

彼女の目に少し光が戻った気がした。

「……うん」

ナツキは体を起こすと、ドアに手をかける。

「ありがと。あたし、闘うよ」

涙に濡れた横顔が、妙に強く見えた。

俺は息を吐き、静かに頷いた。

「勝算はあるんだな?」

「うん、魔獣の核を叩けば、奴は倒せる」

「わかった」

「…なら、俺はお前をサポートする」

視線が重なり、言葉以上の確信がそこに宿った。

◇◇◇

「これを使おう」

俺は後部座席にあった軽量バイクを取り出した。

「これで間合いを一気に詰める。あとは任せた」

「うん、わかった」

俺とナツキは軽く拳を突き合わせる。

バイクのエンジンを唸らせ、再び倉庫街へ飛び出す。

ナツキは後ろに跨がり、腰にしがみついていた。

さっきまで涙を浮かべていた瞳に、もう迷いはない。

「位置、確認。大型魔獣、倉庫中央!」

「了解!」

スモークを焚き、再度目くらましをかける。位置はレーダー頼り。闘えなくても"運転"には自信があった。

全身を覆う甲殻の隙間から、赤黒い脈動が覗いている。視界を遮られた触手が暴れまわっている。

俺はハンドルを切り、路地を大きく回り込む。

「核の位置は胸部、中心だ!」

「任せて!」

触手が唸りを上げて迫る。一本はバイクの前輪を狙い、一本は俺たちを直接薙ぎ払おうと伸びる。

「伏せろ!」

俺が叫ぶと同時にナツキが身を沈め、触手が頭上を掠めていった。

間合いが詰まる。

ナツキが背後で拳を構え、俺はアクセルを全開にした。

「今だ、撃て!」

「――インパクト・コア・ストライク!」

ナツキの拳から伸びた青白い閃光の槍が、魔獣の核に向けて鋭く伸びていく。

ズザッッッ!!!!

閃光は甲殻を突き破り、赤黒い胸部を正確に貫いた。

刹那、核が砕ける鈍い音が響く。

ピシッ  ズズズズゴォォォォォッッ!!!

赤黒い巨体がびくりと痙攣し、内部から赤い光が漏れたかと思うと──轟音と共に爆ぜた。

衝撃波が倉庫を吹き抜け、触手が四散して地面に崩れ落ちる。

残ったのは焦げた臭いと、夕暮れの静けさだけだった。

俺はバイクを急停車させ、深く息を吐いた。

ナツキが背中から腕をほどき、肩で荒い呼吸をしている。

それでも、口元には確かな笑みがあった。

「……ほら、言ったでしょ。核を叩けば倒せるって」

俺も苦笑しながら頷いた。

「確かに、見事だった」

◇◇◇

戦いが終わり、再び車に戻った。

広場を離れ、夕暮れの街を静かに走る。

窓の外に流れる景色を眺めながら、誰も口を開かなかった。

やがて目的地近くの路肩に停め、俺はハンドルから手を離す。

「……ここまでだな」

ナツキが不思議そうにこちらを見やる。

「どういう意味?」

息を吐き、正直に口にした。

「命令を無視した。もうリ・ガーズにはいられないだろう」

一瞬だけ沈黙。ナツキは目を伏せ、考えるように唇を噛んだ。

それからふっと顔を上げる。

「じゃあさ──一緒にシティーソルバー、やる?」

唐突すぎる提案に、思わず目を瞬いた。

けれど、その瞳には疑いではなく、確かな信頼が宿っていた。

「街の解決人、シティーソルバーか……」

シティーソルバー、街を救い続ける損な役回り。ずっとそう思っていた。

「………」

ナツキはわずかに笑みを見せ、それから真剣な眼差しをこちらに向けた。

「リ・ガーズからはさ、私を助けるなって言われてたんでしょ?」

「……ああ、なんで知ってる」

「なんでも何も。そういう契約だから。なんで助けたの?」

答えは一つしかなかった。

「それは……見過ごせるわけないだろ」

ナツキの瞳が一瞬揺れて、照れ隠しのように目を逸らす。

「へー、そうなんだ……」

小さな声で呟き、肩をすくめる。

(……嬉しかったかも)

ナツキがボソッとつぶやいた。

「なんだ?」

「ううん、なんでもない。リ・ガーズにもあなたみたいな人がいるんだなって」

そう言ってドアを開け、降りようとする。

「じゃあ、また会うことがあったらよろしくね」

俺は笑みを漏らした。

「水臭いな」

「ん?」

「これからも街を救うんだろ?」

「……うん!!」

夕暮れの中、二人は目を見つめ合い、同時に軽く笑った。

──街の片隅。

朽ちたビルの屋上に立つ影が、その様子を静かに見下ろしていた。

異胎機関の男が片手の端末を操作し、無線に低く告げる。

「……なるほど。命令を破ってでも“器”を救ったか」

画面に映し出されたのは、戦闘の一部始終。

ナツキが目くらましをされ、力を奪われ、なお立ち上がる姿。

それを男が助け、共に魔獣を討ち果たす姿。

「これは、器の今後が楽しみだ……」

笑みを浮かべた男の背後に、赤黒い培養槽が並んでいる。

中では無数の魔獣の幼体が、脈動するように蠢いていた。


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