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現在、あたしはみっつのバイトを掛け持ちしてる(ひとつは不定期の登録制バイト)けど、今日のこの漫画喫茶はかなり楽な方だ。
そもそも店が狭いし。
昼間はほとんど客が来ないから、適当に掃除してるふりしてれば済む。
時給も安いけど、メインでやってる夜の居酒屋への繋ぎ程度で重宝してた感じ。
そう、してた。
「……皇さん。元I/DOLLY55のメンバーだったって噂、本当?」
今日、この瞬間までは。
普段はロクに顔を出さないオーナーが現れて「奥に来て」とか言い出した時点で、ヤバい気配はあった。
で、そういう予感はだいたい的中するの。
「本当だったんだ? いやあ、びっくりしたなあ。皇さんがI/DOLLY55の元メンバーだったなんて」
認めたわけじゃないんだけど、あたしの沈黙をオーナーはそう判断したみたいだった。
まあ、事実だし仕方ない。
(今回はバレるの早かったな……)
本名を隠して芸能活動してたのは、ほとんど意味なかった。
あたしくらい顔が売れてると、結局こうやってバイト先を転々とするハメになるわけで。
正直、慣れっこにもなってきてる。
(ここのバイト、給料は安いけど仕事は楽だったのに……)
「切り出すのいきなりすぎたかな。もしかして警戒してる?
別にキミの身辺調査をしたとかじゃないからね?
他の子からそういう噂があるって聞いただけで」
これはなんのアピール?
「ただでさえも、ああいうグループって人数が多いでしょ? 名前とか顔とか覚えられないよね」
「はあ、そうですか」
「だから、うん、ファンとかそういう視点でキミのこと見てるわけじゃないから。
言いふらすとかもしないし安心してね」
キミの最大の理解者みたいな感じできてるけど、この時点でだいぶ失礼なこと言ってる自覚はないみたい。
嫌いだわ、このおっさん。
「これはさ、そう……真面目な話! ビジネス絡みのちょっとした相談で」
あたしとしてはこの話を早く終わらせて欲しいんだけど。
そこまで強い態度も取れない。
「なんですか? ビジネスって」
……だって、今日まで働いた今月分のアルバイト代は欲しいし。
「ウチは経営の調子がよくて余裕あるから。次は飲み屋もいいかなーとか実は計画してて。
キミの前歴を知ってピーンときたんだよね。皇さんがよかったら新規事業のパートナーって感じでどう?
まずはバイトのリーダーとかからでも」
「……せっかくのお話ですけど、そういうのは無理ですねー」
「へ? いや、給料はちゃんと……」
「事務所を辞める時の契約で、元I/DOLLYみたいな肩書きで活動するのは禁止なんですよ」
基本は芸能活動に関してだけど、こういうのも該当するはず。
本当に重い十字架だけど、こういう時の口実としてはふざけんなってくらい役に立つ。
「そ、そういうのってあるんだ? 芸能界っぽいね。じゃあ、名義だけ変えるとか」
「身バレが怖いんで無理です。これで変な感じになっちゃうのもあれなんでバイトは今日で辞め……」
「待ってよ。そういうしがらみとかあったら余計に大変なんじゃない?
他人を頼るのもいいんじゃないかなぁー」
「他人を?」
一瞬、あたしはあっけに取られて……。
(これやべーやつぅぅぅーーーーーーーーーー!!)
「ここ辞めてどうするの? 心配だよ。俺だったら力になってあげられるかも」
「ちょっと何言ってるかわかんないかなぁー……す、すいません帰ります」
「ちょっと待ってよ。まだ、話してる途中でしょ」
控室のドアを背中に隠されただけなのに、ひ、って声が喉まで出かけた。
か弱い女の子の顔なんか見せたくないのに。
「元アイドルって言ってもこんなとこでバイトしてるんだから、実際のところ厳しいんじゃない?」
「余計なお世話です」
怒鳴りつけてやろうと思ったのに、最後までちゃんと強い声が出なかった。
「いちいち反応過剰すぎだってば。なんでもセクハラにされちゃたまらないなぁー」
震えちゃってる、こんな自分が情けなくて。
悔しくて。
『おちおち寝ちゃいらんねーな。まったく、お前はドラマな女だよ』
……この、声。
『ま、これもめぐり合わせってところか』
頭に響いた……この、やれやれって感じの声をあたしは知ってる?
『まだ遠慮してんのか? 叫べよ、キョーダイ』
「は? 何よキョーダイとか、キモ」
「キョーダイ?」
しまった、つい……。
うん?
「いやいやちょっと待ってよ。何気にキモいとか言ってなかった? 傷つくなー」
「オーナーに言ったわけじゃ……って、グイグイくるのやめてもらえます」
『そうさ、言ってやれ! あたしは夢を掴む女……ブタになびくほどお安くねぇんだよってな』
こ、こいつ、人の頭の中で喚き散らしてくれちゃって……。
(ぺん、だっけ……?)
『オウヨ』
もう、完璧に思い出した。
あたしが今日1日、ずっとモヤモヤしてた理由も全部。
「……なんか心ここにあらず、って感じだね?
もう相手してられない、ってところでいいのかな」
「は? いや、まあ……そこまでは、えーと」
頭の中でペンギンが、ずこーってコケた感じがあった。
『ビシッと決めろよ、おめー』
(いや、でも、今月のバイト代……)
「そうやって、元アイドルってプライドにしがみついてるわけだ」
あたしの脳内(?)会議を遮るみたいな、侮辱的な声。
「はあ?」
「その程度のキャリアでも、キミの中ではずーっと意識は元アイドルのままでさ。俺達みたいな一般人を見下してるんじゃない?」
「あたし一度でもバイト中にそんな偉そうな態度を出しました?
あたしがそのこと言いふらしたり、アイドルぶってるの見てから言ってくれます?」
「だから、肩書が通じないからでしょ? そんなの知らなーい、誰ーって言われてばっかりだったんじゃないの」
「!!」
「その程度の自慢にならない過去にしがみつくのなんかやめて現実を見……」
がっしゃーーーーーーん!!
「テーブルがぁぁーーーーーー!?」
目の前のテーブルがひっくり返るド派手な音で、あたしはあたしを取り戻す。
てか、やったのあたしだけど。
「そんなの、あんたなんかに言われなくたってわかってるわよ! 今の自分の立ち位置なんか」
人間、本当にキレた時ってこうなんだ。
頭の中が熱ーくなって、怒鳴りながらくらくらしてる。
「過去にしがみついてる? その通りよ、こんちくしょうめ」
マジギレしてるあたしを、他人みたいに冷めた目で見てるあたしがいる。
(八つ当たりじゃん、こんなの……)
『褒められたことじゃねぇが、怒る時に怒らねぇのは心にウソつくことだぜ』
また、ぺんの気配。
『キレちまえ、叫べよ! お前の怒りも……夢も、全部まとめてオレが引き受けてやる。
お前がオレを受け入れるなら……その瞬間からオレらは相棒だ。
お前の夢はオレの夢。未来も栄光も何もかも二人で掴んでやろうぜ』
(二人の……)
『YESか? NOか? 言わないでもわかるだろ……なんてオレらの間じゃナシだぜ』
「…………皇さん?」
ああ、この感覚。この高揚感。
『助けが要るんだろ? なら叫べ、オレを求めろよ相棒……助けてってな』
あのステージに立った時みたいにふわふわしてる。
忘れかけていたもの。
目に映る全部がまぶしくて、そこにいるだけで自分が特別になれる感じがした。
あたしは――
「あたしは跳べる! この程度の逆境で終わってなんかやるもんかぁーーーーー!!」
「Yeah! もちろんだ、相棒」
ランプを擦ったら出てくる魔神? みたいな登場だった。
小さな煙と共にぽこんっ! て飛び出してきたぺんを、あたしは両手でガッと掴む。
「そうだ、オレを使え」
その瞬間、光が爆発して……何も見えなくなった。
ごうごうって力が轟いてる。
まるで、台風の中心にでも立ってる気分。
「ミュージックナーーーウ!!」
ギュオオオオーーーーーーーーーン!
ギターの音すら遠くに感じる。
あたしを取り囲む全てが真っ白で、何も見えなくなって。
……でも、あったかい。
あたしの中に今までそこになかったものが点って、力が……全身に……。
「……何が?」
何がも何もないものだけど。
膨張した光が収まって……自然と閉じていた目が開いた時、なんだかそう口にしちゃってた。
「な、な、なななな……」
目の前で尻もちをついてるオーナーの方が、よっぽどそう言いたそう。
「あのぅ、すいません……オーナー?」
「プ○キュア……」
「誰が!」
なおも文句を言ってやろうとしたところで、窓に映ったあたしの姿が初めて視界に入った。
「本当だ」
あ、いや、違うけど。
プリ○ュアでは(多分)ないけども。
『サイコーのグルーヴ感だ。ガッツンガッツン響くぜ、お前の心のビートがなッ』
声があたしの頭にガンガン響いてる。
さっきよりずっとうるさい。
(あ、なるほど。そういうこと……)
こいつとあたしが、ひとつになってるんだ。
『オレがお前の翼だ。行こうぜ、オレ達のステージに!』
「だから、一方的すぎ。説明の内容が一個も頭に入ってこないんだけど」
そもそも何も説明されてないかも?
胡散臭いしバカバカしいし、なんなの? って感じだけど……変に腹が据わっちゃってる。
「……まあ、二人の夢って言ってたしね? 信じたげるけどさ」
『オウヨ! オレらはお互いの全部でお互いを支える。四の五は置いといて、大切なのはその意志と覚悟だ』
本当、こいつ言うことがふわふわしてるわ。
でも、まっすぐさは伝わってくる。
「ええと?」
おっと、オーナーほったらかしにしてた。
「あ、そういうことなんで今日限りバイトは辞めさせてもらいますー」
「どういうことなんで!?」
その前に。立つ鳥じゃないけど……。
「死ね、このセクハラエロオヤジーーーーーー!」
あたしの叫びにあわせたみたいに、ぎゅおーん! ってギターみたいな音が轟いた。
「ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!」
「おお、ビームみたいなの出た」
ビームよりは電撃の方がイメージに近い?
ギターでエレキとはなかなかふざけてて、正直嫌いじゃない。
「ねぇ、ぺん。死ねとか言っといてなんだけど、本当に死んだとかないよね? 前科を背負う気まではないんだけど」
『殺しちゃいねーけどよ。お前、今のはねーだろ』
「あ、ごめん。私利私欲で力を使うなみたいなやつ……」
『オレらはなんだ? アーティストだろ? もっとノれるシャウトを頼むぜ。
たとえば……そうだな、我が怒りはサラマンダーのため息! 燃え尽きろヘルダイブ! ……とかな』
「……今度から気をつける」
『Yeah!』
聞き流してはおいたけど、この自称アーティスト……詩的なセンスが死んでるわ。
あたしがしっかりしないと。
「うう、ん、プ○キュアが、やっと僕の前に……」
後のことは後で考えるとして、今はズラかった方がよさそう。
『行くのはいいけど、魔法でそいつの記憶は消しとけよ? ここ1~2時間分くらいってとこか』
「そだね」
不思議とやり方がわかるし。万能感がすごい。
「死ね死ねビーーーームっ!」
あたしがかざした手から、紫色の不吉な光がびびびと走った。
「おっと、じゃなくて記憶を失えビームだった」
『お前、本当は殺意の塊を抱えてんだろ』
聞こえない。
「……それで? あたしに地球でも守らせようっての。
あたし高校卒業したばっかだし、魔法少女って年じゃないけど平気?」
そんな言葉が口をついたのは、ちょっとくらいオーナーのプリなんとかに引きずられてたかも。
実際、格好はもろに魔法少女しちゃってるし。
『なぁに言ってやがンだ、お前は』
「いや、だって……」
『お前はなんだ? 骨の髄までアイドルなんだろ。じゃあまあ、そういうこった』
どういうこったかはちっともわからないけど。
心と心で通じるってやつ?
「約束しちゃったからね。信じて付き合ってあげるわよ」
完