-北条邸 縁側-
「そんなに何度も何度も外を覗かなくても、あいつらが戻ってきたらちゃんとお知らせしますにゃ」
本日何度目かのチラチラーッを庭の小屋から指摘された少年――
猫忍達の主・北条春希は、バツが悪そうに頬を掻く。
「功を焦って独断専行とか世が世なら打ち首ですにゃ。あいつらがどこでどんな目に遭おうと自業自得……」
「そんなこと言わないであげてよ」
忠義の猫忍・猫飼律と少年が揃ってため息。
「あのバカ、意地になってましたからにゃー……」
風魔忍軍出動でござる、号令をお願いしますと主にしつこくおねだりして、受け入れてくれないと見るや「我らの力を疑われるのか」とジタバタ暴れた挙げ句の独断だ。
律の感覚では厳罰ものだし、個人的にもビンタの一発くらいはお見舞いしたいのだが。
「出ていった理由が理由だからね。危ない目に遭ってなければいいけどって、そればっかり考えちゃってさ……」
(確実に遭ってるにゃ……)
あの時もっと違う態度をとっていれば、という後悔が主の心に根を下ろしていることを律は知っている。
最近、夜も上手く眠れていないということも。
だから、忠義の猫忍は――
「猫山!」
「どうひたぴょん?」
鋭い呼びかけに、同僚の猫山マヤが好物の人参を齧りながら顔を出す。
「もぐもぐじゃねぇ。お前、あいつらの姉貴……なちだったか? ひとっ走りあいつのところまで行ってこい」
「なんで?」
「あいつなら二人がどこで何してるかくらい把握してるだろ」
「なちさんに居場所を聞いて……あ、もしかして」
「こうしてても仕方ないですにゃ」
「そうだね! マヤ、ごめんお使いを……」
「盛り上がってるとこ悪いけど、ちょっと道がわからないぴょん」
狙ったような腰砕けのタイミングで、マヤがうさ耳を畳むようにしておずおずと切り出す。
「あいつらのアジトなんか何回も行ってるだろ!」
「ぴょーん!? だってだってー!」
-宮本流道場-
その頃、西金市の駅からはほどほどに離れた住宅街に位置するオンボロ道場前では――
「りはーさる通りにな? くれぐれも怪しまれることのないように」
この辺りではすっかりお馴染みになったド派手な格好のドラゴンに耳打ちしている、頭巾の人影。
中身は猫忍・ゆらその人だ。
「普通に入っていいの?」
と、のんびり返したのは同じく猫忍のたま。
今は変化の術で、件のドラ美の姿になっているが口調に研鑽の跡はない。
「呼び鈴がないのだから勝手に入る他あるまい」
「そうかもだけど」
「ドラゴンの姫はハルで、同居人の男は宮本だぞ。呼び間違えなどの初歩的なミスを犯さぬように」
「わかってるよ」
どちらの声もほんのりと緊張を帯びている。
(パッと見、罠の類はなさそうだが……)
「ドラ美さん、いらっしゃい。今日のお土産はなんですか?」
声は門の前でひそひそやっていた二人の背後から。
「わっ」
綺麗に猫忍姉妹の声が揃う。
(背後を取られた! 拙者に気配を悟らせない、だと……ッ!!)
「最近は甘いものが続いていたので、今日は違う方向性を期待しちゃってるんですけど。その辺りどうですか」
角と尻尾というわかりやすい特徴こそあるが、こぢんまりとした体格に愛らしい目鼻立ち。
見た目の印象はただの美少女だ。
「そういえば話は変わるんですけど、あれ……肉まんっていうんですか? おいしいんですよ」
別段、話は変わっていない。
「どうかしました? 今日は大人しいですね。もしかして……」
警戒された?
刹那、姉妹の視線が交錯――
「どこかに何か食べに行くんですか?」
特にこれといって警戒されてるとかそういうのはなかった。
食べ物の催促しかしていない。
「えーっと。ガハハ? お金ないからお土産とかはちょっと持ってきてないんだけど……ですが」
「そうですか。では、私はこれからお隣に用事があるので」
「待って! えっと、じゃあ……そうだ、これあげる。飴ちゃんだよ」
「くちゃくちゃぺちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃ」
神速である。
たま(ドラ美)が取られたと思った時には、すでにハルは口の中で飴ちゃんを意地汚く転がしていた。
「おねえちゃん……」
想定外の展開に、たまが姉の袖を引く。
「任せよ。ひ、姫様におかれましてはご機嫌麗しゅう? ニンともはや……それにしても今日はいい天気で」
「そうですね。ところでおなか空きませんか?」
「特には! それはともかく、姫が先ほど仰っていたご用事とは」
「いつも通りお隣に行くんですよ。ところでおなか……」
お隣? と見れば、いつぞや弁当のお礼に数時間ほど労働で奉仕した和菓子屋の佇まい。
ゆらの中で情報のピースがカチッと噛み合う。
(そうであった! お隣。思えばお手伝いした時も、和菓子屋のママ殿は困った隣人の話をしていたような……
なるほど。ただのお隣ではなく親密な関係であったか)
くいくい。
再び妹に袖を引かれて、ゆらは一度、思考に区切りをつける。
「こ、これは失礼! あるいは姫の御威光に拙者、この目はおろか心までが眩んでしまったのやも……ん?」
「行っちゃったよ」
言葉通り、その場に残っていたのはドラゴンに扮した妹だけ。
竜姫の気配は影も形も消えていた。
「多分、たま達から食べ物が出てきそうになかったからだと思うの」
「……そうか」
ほどなくお隣の和菓子屋から、「こんにちはー」と間延びした声が届く。
「怪しまれずに済んだのはよかったが。ぐれんてる? とかいうドラゴンが言っていたことはだいぶ印象が違うぞ」
「ごはんごはん言ってたから、ごはんを献上する係なのかもね」
「それ雑魚であろう」
雑魚である。
「竜珠教の中に広まっている情報との齟齬も引っかかるな。少し探りを入れてみるか」
-和菓子いちのせ-
「もうびっくりしちゃって。飴一個ですよ? ドラ美さんはちょっとどうかしてます」
「人の優しさって当たり前にそこにあるわけではないのよ~」
ゆらがそーっと覗くと、竜姫・ハルは両手でおまんじゅうを掴んでパクパクやりながら不満を口にしているところだった。
その隣では店主・秋乃が、のほほんとお茶の支度をしている。
「すっかり我が世を気取っておるな、ドラゴンめ。ムカムカしてきたぞ。
油断を見せている今が好機、やれ妹よ」
「いつものでいいの? ……風魔忍法・痛み針、プッ!」
キンッ!
「あれ? 虫か何かですかね。バリアーに何かチクッてきました」
「まあ、バリアーなんてあるの~?」
「ありますよ? 危険に反応する感じでこう、フレキシブルに対応してくれるんです」
「そう。ハルちゃんはそれでいいけど、チクッが気になるわ~。
近くに蜂の巣でもあるのかも……武くんに探してもらおうかしら」
「武さんだったら寝てますよ」
「起こせば起きるでしょう~?」
「なんだか最近、あきのは武さんに厳しい感じがします」
などというのん気(?)なやり取りを再度、窺う影がふたつ。
「……バリアーって言ってるよ」
「さすがにちょっとそこまでだと予想外というか、面食らってしまったのだが?
ぐれんてるとかいうのとは同じドラゴンでも何かこう、猫と獅子くらい存在感に違いがあるような……」
「諦めて帰る?」
「否である! ここまで来て手ぶらで帰れるか」
頭巾の下でぐぬぬと唇を噛み、ゆらは竜姫を睨む。
(挫けてなるものか、ヤツにも必ず弱点はあるはず……そこを突くのが忍びの戦いよ)
「ドラ美さん達はああやってコソコソ隠れて、私のおまんじゅうを狙ってるんでしょうか……。
気が散っちゃうので追い払ってきますね」
「あのね、ハルちゃん。そもそもこのお店のおまんじゅうは、おばさんが丹精込めて作った売り物なのよ~」
-宮本流道場前-
そろそろ忙しくなるからとハルがやんわり店を追い返されたのは、およそ30分ほどの後――
忍者が策を講じ、張り巡らせるのには充分な時間だ。
「あ、出てきたよおねえちゃん」
「ククッ、待ちくたびれたぞ。まんじゅうを頬張ってる間に何をされていたかも知らずに呑気なものよ」
オンボロ道場の屋根の上。
術で気配を消した二人の忍びが、トコトコ歩いている標的を見下ろす。
「…………………………」
「こっち見てる気がするんだけど」
「何をバカな。あんなものは晴れ晴れとした夏空を気にしているだけだ」
「ただいまですー。いきなりですけど武さん、今日はなんだかドラ美さんが張り切ってるので気をつけておいてくださいねー」
「気をつけるとか周りくどいこと抜きにしてぶっ飛ばしちゃってくれる? 迷惑――」
ボガーーーーン!!
「武さーん、玄関が爆発しましたー」
「マジかよ」
-宮本邸 風呂場-
玄関が爆発――
普通であれば警察や新聞沙汰になってもおかしくない事件だが、宮本家にとってはおおむね日常の範疇だ。
現に宮本武も最初はさほど気にしていなかった。
「武さーん」
「今度はなんだよ!」
「お風呂ー」
そんな常人離れした余裕も、異変がこうまで立て続けに起きれば崩れてくるのも無理はない。
「今度は浴槽か? 爆破とかされたら洒落にならな……」
うにょうにょ、ぐねぐね。
およそそんな感じにしか表現のしようがない異変が、まさに浴槽で起きていた。
「これちょっとした衝撃映像ですよ。見てください、お風呂に大量の蛭が浮かんで……」
「うおわわわわわ!? わーーー! わああぁーーー!!
幼馴染の少女も聞いたことがないレベルの、ガチ悲鳴である。
「床は抜けるし矢は飛んでくるし、蛭とかお前……嫌がらせの域越えてんだろ! どうなっちまったんだ我が家はよォ」
「床が抜けたのは家がオンボロなだけですよ」
「それ以外!」
「多分、ドラ美さんの仕業ですよ。朝からちょろちょろしてたので」
「じゃあ殺してきてくれる?」
「簡単に言わないでください。ドラ美さんの恨みを買ったとかじゃないんですか?
今日のドラ美さんからは執念を感じます」
「あいつが俺を目の敵にしてるのは今に始まったことでは……って、一回待って。とりあえず蛭をなんとかしてもらっていい?」
「いいですけど……ところでアイス食べたくないですか」
「ドラ美こらぼけ! 聞いてんのか! てめぇがなんとかしろーーーー!!」
無論、返事はない。
屋根の上で聞いてはいるが。
「変ですよね。武さんに意地悪したら私にエイッてされることくらい、ドラ美さんはわかってるはずなんですが(ぺろぺろ)」
アイスを食べながらではいまいち響かないが、ハルはこれでもさりげなく愛を語っている。
相手はイライラするのに夢中で、完全に聞き流しているが。
「これ……案外、狙いは俺じゃないのかもしれないぞ」
謎の罠に振り回された挙げ句、虎の子のゴリゴリ君まで奪われて怒りが収まらない武が竜姫・ハルを睨む。
「私を狙ったってことですか? それこそありえないですよ」
「まあな、あいつ保身雑魚だもんな」
ドラ美と関わりがある全ての者が知る真実だ。
「もしかして! ほら、仮装してお菓子を要求したりする催しとかあるじゃないですか」
「ハロウィンだのエイプリルフールだのを履き違えてるってことかよ。ありえるな、あいつバカだから……」
お互い様のことをつぶやきながら、武は台所に出しっぱなしの麦茶をトポトポとコップに注ぐ。
「とりあえずあいつお前の命令なら聞くんだから、このクソ暑いのに半端なパーティ精神……ん? 苦っ! 何これ麦茶が苦……ぎっひいいいいいーーーーーーーーーーーーー!!」
バターン!
「武さーーーーーーーーーーーーん!?」
-西金市 住宅街-
「……ふむ、一連のあれこれで見えてきたものがある」
潮目の変化を感じて逃げてきた猫忍二匹が、屋根の上で真剣な顔を突き合わせる。
「同居人はただの人間であるな」
「もうちょっと深追いしてたらあの人、死んじゃってた可能性まであるよ」
「ぐれんてると対等につるんでいたのだから仕方あるまい。あやつも特別な何かである可能性はあった」
「角が生えてないんだから、少なくともドラゴンではないと思うの」
「わからぬであろう!」
無関係で無力な人間を傷つけてしまった罪悪感からか、声がちょっと狼狽してる。
麦茶に仕込んだ風魔の麻痺毒は、小一時間もすれば抜けるが。
「だとすると意外だ……ちょっと信じ難いのだが、あのハルとかいうドラゴンはヤツめにほの字であろう」
「怒り狂ってたもんね」
危険を察して急いで逃げなければどうなっていたか。
「ただの人間の恋人か。弱点というならそこれ以上はない、という気もするな……」
「アニメとかだとそういう手口に走る悪者の末路は決まってる感じあるよ。前も『花乙女まじかる☆ぱひゅーむ』で……」
「手段は選ばぬ!」
「おー、忍びの道ー」
おざなりに拍手する妹・たま。
「試しにあやつ、あー……宮本とか言ったか? あの人間を人質にでも取ってみるか」
「取ってどうするの?」
「それは考え中であるが」
この忍者、難しいことを考えるのは苦手なのである。
「それをやるならもう最終手段って感じがするね」
「そうか。ならば、もうちょっと周辺に探りでも入れて……おや?」
そんな会話が、ほぼ真上と言っていい屋根の上で交わされていることなど露知らず――
「あ、帰ってきた! 鈴夏様ーっ、こっちこっちー」
一ノ瀬鈴夏は今日も困り果てていた。
帰り道を塞ぐように怪しい頭巾姿の一団が待ち構えていて、自分の名前を口々に叫んでいるのだ。
普通の感性なら無視するし、こうしてUターンもするというもの。
「気付いてないのかな? 我が教主様のご盟友・鈴夏様ーー! おーーーーい!!」
「気付かないわけあるかー!」
それは魂の叫びではあったが、結局のところ無視もできないのが鈴夏の弱さだ。
「教祖・宮本様はアレですし、我が神・ハル様に至っては基本的には暖簾に腕押し! 他に相談できる人がいないんです。教団の危機なんですよー、力を貸してくださぁぁーーーい!!」
「懐かれた……」
家には呼びたくないし、一緒にお店にも入りたくないので立ち話。
それならそれでクソ暑い。
「……要するにドラ美さんが行方不明ってこと?」
おまけに話がトンチキ極まりないとくれば、聞かされている鈴夏の機嫌がいいはずもない。
「おかしいな。物欲しそうにお店の中を覗いてたからハルが追い払ったって、さっきママが言ってたけど」
「それ偽者なんですよ。考えてください、あの方がおまんじゅう欲しさにそんな真似……」
「するでしょ普通に。ドラ美さん意地汚……ん? 偽者?」
「入れ替わりです! そのグレンテル様の中身は別人なんですよ」
「あの鮮やかな手口! 完全に忍者の仕業です。そういえばニンニン言ってた気もするし」
集団でヤバい薬でもやってるんだろうか?
ついにここまできたか……という諦めと同情が、鈴夏が内心で出した答えだった。
(ん? 待てよ、忍者って最近どこかで……)
「まあいいや。よくわかんないし、応援することくらいしかできないけど……まあ、挫けずに」
「行っちゃヤダああぁぁぁーーーーーーーー!!」
「うっせー帰れ!」
「教団の連中め。どうやら入れ替わりに気付いていたようだな」
「ちょっと甘く見てたね」
即座にバレていたのだが、その辺り自己評価が高い姉妹なのである。
「そのことはどうとでもなるが。鈴夏とか言ったか? あやつとドラゴン連中との関係性が読めぬな」
「あの人も普通の人間に見えるけど」
「普通の人間に教団が救いを求めるのか? それに、あやつ会話の中でドラゴンの姫を呼び捨てにしていたぞ。あの男と姫は恋仲であるとすれば納得もいくが、ぬぬ……」
屋根の上でしばらくニンニン悩んでいたゆらが、ハッと表情を変える。
「……含めた関係かもしれぬ」
「含めた?」
「みんなで仲良しということである。あの男を真ん中に置いて三角を成す関係、とでも言おうか」
だいたい当たっている。
「とすれば? あの娘とは知らぬ仲でもなし。ククッ、使いようがあるかもしれぬな」
「おねえちゃんが悪い顔してるよ」
-和菓子いちのせ 店舗前-
「あのぅ~、そこ行くお嬢さん?」
「わ!? あ、あの時のっ」
ただでさえもしつこく足止めされた上、明らかに待ち構えていたタイミングで背後から声をかけられたのだ。
さすがの鈴夏もこういう愛想を欠いた反応になる。
「驚かせてしまい申し訳ない! あの時の拙者でござる。ニンッ」
(ニンッて言った……)
「ついつい先延ばしになってしまっていたのでござるが? 一度、お礼をと思い立ってこうしてそのー……」
「お、お礼ってこと? わざわざいいのに。お手伝いもしっかりしてもらったらしいし」
当然、様々な蓄積から鈴夏は会話の内容とは別のことを考えている。
(忍者の仕業ってさっき教団の人が……いや、まさかとは思うけどさ……)
目の前の猫二匹も別のことを考えているのは同じだが。
「お礼ね、お礼! えとーじゃあ、その、うん、立ち話っていうのもなんだから」
一瞬、逡巡を見せた鈴夏ではあったが最後は嘆息。
「……上がっていく?」
-鈴夏の部屋-
誘ってはみたものの、というところだ。
座布団を勧めたりお茶の支度をしながらも、鈴夏の顔は苦い表情のまま晴れる兆しもなかった。
「こ、これ、適当に持ってきちゃったけど……お饅頭どうぞ」
「オオッ! かたじけない。先日いただいてから、この味を何度夢見たことか」
(物言いが古風……)
「もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ」
「こら、意地汚いぞ妹よ」
「ちゃんと、いただきますって言ったもん」
「いいのいいの。いくらでもあるから」
「重ね重ね申し訳ない。何かこう、重いものを運ぶとかの用事があったらなんでも言ってくだされ」
「あはは。気にしなくていいってば……そ、それより」
何しろ不意打ち同然の来訪だったので、それよりの続きを上手く見つけられない。
「町には慣れた? 行き場がない感じだったから気になってて」
「ニンッ? あー……拙者達の身の上をどうお話していたのだったか。待ってくだされ」
(今からウソつきますね。みたいな言い方された……)
「……この町には親戚を頼って参った次第? 社会経験というやつであるな。折しも夏休みであるがゆえ。無論、今は親戚の家に滞在しております」
(完全に考えながら喋ってる……)
「こちらからもその。コホン……これはあくまでも一般市民として、好奇心を抑えきれずに聞くのですが? この家の隣、つまりあのオンボロ道場に……ドラゴン? 的な娘が? いるとかいないとか」
(前置きもなんもなくモロに切り込んできた……)
腹芸が苦手なのである。
「ハルね? まあ、この辺りの住人はみんな知ってるし、本人も身バレとか気にしてないと思うけど」
「お主も仲良しなのであろうか」
「仲良しっていうか、ま、まあまあ? 成り行きみたいな感じもあったけど」
言いながら、鈴夏はあのドラゴンの姫君と出会ってから今日までを頭の中で振り返る。
ちびドラゴンが脱皮して姫君になったり。
長年、微妙な距離感をキープしてきた幼馴染を横からかっさらわれたり。
ドラゴン絡みのなんだかんだで、身体にドラゴンの魂? のようなものが宿って、興奮すると角や尻尾が出るようになったり。
「…………………………」
ハルと出会ってから加速した鈴夏の夏は、他人に軽々しく話せるものではない。
「……何やら沈痛であるな。脅されているのか?」
「へ? ハルに? まさか。全然そういうのじゃないから」
「むう? あくまでも興味から聞くのだが、なら、あやつはどういうのであるかというところに興味があるようなないような」
「どういうのって? なんだろ。ドラゴンのお姫君とか聞くと身構えちゃうけど……」
実態は食っちゃ寝している。
ドラゴンニートだ。
それを素直に言っていいのかどうかは、気遣いができる鈴夏としては悩んでしまうところである。
「お、大人しいものってゆーか? 興味なんて持つだけ無駄かもよ。普通に溶け込んじゃってる感じかな」
「ドラゴンの姫君が人間の社会に、であるか?」
「……であるねー」
しみじみ。
「ふむ。いかに信じ難くとも、お主の目から見た事実がそうなのであれば受け入れる他あるまい」
「あたしもハルが意外と最底辺の生活に順応しちゃってることは不思議でね……」
「ニンッ。あのドラゴンをそうさせるのは、やはり愛であるか」
「愛ィィィィィィィィイ!?」
人格が切り替わったかのような剣幕に、油断していたゆらがビクッと腰を浮かせる。
「あ、愛でござろう? あやつはあの……なんだ、武とかいうねずみ色の服の男を夫と称していると教団で聞いたしだな」
「そんなのハルが勝手に言ってるだけだし。まあ、言わせちゃう武も武なんだけど。
それはマジないから! 結婚とか子供とか……」
「それは言っておらぬが」
なお、ゆらはうっかり「教団で聞いた」とか言ってしまっている。
「武はぼーっとしてるからね。そのくせ、変に人がよかったり面倒見がよかったりして……。なんだろ、気付く人は気付くよさがあるんだよねー」
「……その男、じごろなのであるか? パッと見はとりたてて特徴のない小汚い男と見えたのだが」
「たらしこむとかじゃくなくて! 寄ってきちゃうのかなー。
あとあれ同じスウエットが二組あるだけでちゃんと洗ってるからそこはマジ誤解しないで。
子汚くないし。むしろ、綺麗好きで清潔だし。
あいつが汚いのは心……いや、汚いは言い過ぎか。ちゃっかりしてるっていうのが一番しっくりくるかも。
なんだろ、シャクだけど憎めな……あ、こんなことあたしが言ってたってことは絶対に内緒ね?
あいつすぐ調子に乗るから。基本、厚かましいの。
何か困ったことがあると、鈴夏ーってこうだから。ノックもしないでガチャッて勝手に部屋に踏み込んできたりさ。
さすがにそういうのはあたしだけっていうのはわかってるんだけどね? わかってもさー」
だいぶ前からゆらはどうでもいい顔になっているのだが、恋する乙女は気付かない。
「その男が何者であろうと、心にハルキ殿がお住まいの拙者には路傍の草ほどにしか映らぬが……。お主が楽しいのであれば、好きにするといい」
「楽しかねーわ! あいつこの前だって……」
「知らぬ! それより、もっと他に有益な情報はないのか。たとえばあのハルとかいうの以外にドラゴンは――」
「ねぇ」
初めての呼びかけ。
なんなら、その場にいたことすら忘れられていた黒髪の少女……たまが、身を乗り出して鈴夏の袖を引く。
「おかわり!」
「おかわりだと……な!? なあぁぁーー! ないっ!? あれだけあったまんじゅうが全て!」
「あはは、食べちゃったかー」
「貴様! 拙者が情報収集に勤しんでいる間に! いつになくお行儀よくしていると内心、喜んでおったものを……」
「うん、情報収集って言っちゃっ……わ!」
「こいつめっ」
「フギャーーーーーーーーー!!」
ドスンバタンと他人の部屋で始まった取っ組み合いは、手出しを躊躇させるものだった。
なんというか本気度において。
「ちょ、あの、やめて? 本当に。おまんじゅうくらいまたいくらでも持ってくるし」
「いくらでもと言ったかっ?」
止まった。
「厚かましくはないであろうか? ……本当に? す、すまぬ、拙者ちょっと腹ペコで気が立っていたのやも。妹よ、お主からもちゃんとお礼を言え」
「おねえちゃんが勝手に暴れだしただけだもん」
違いない。
「四の五の言うな。これ、この通り頭を下げさせ……」
ぴこんっ。
「うん?」
その頭である。
たまの頭上で愛らしく動く、大きな三角耳をたっぷり凝視して……鈴夏は目をぱちくりさせる。
目を擦って二度見もした。
「何を鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして……ニンッ!? たま、頭、頭っ」
「え? あっ」
慌ててたまが手で隠すと、頭に吸い込まれるようにして三角耳が消える。
それはそれで、鈴夏がぽかんと口を開けた。
「ニンッ!? い、今のはちょっとした……あれだ、そう、ふぁっしょんでござるので? 忍術とかそういうのと勘違いしないでいただきたい」
「忍術!?」
「言っておらぬ! 忍術だなんてまさかそんな、使えぬ使えぬ~っ。忍者じゃあるまいしぃー!」
「忍者だぁ!?」
そして、刹那の沈黙。
「……バレてしまったからには仕方あるまい」
「えええええーーーーーー!?」
「恩を仇で返すのは拙者の流儀ではないが、許せ娘よ。任務は全てに優先される」
「任務って? ちょ、何……ジリジリ迫ってこないで」
「たま! 確保っ」
「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
一転、鈴夏の部屋がシンと静まり返って……その後、2、3分ほど。
小さなノックの音が無人の部屋に響く。
「鈴夏ちゃーん? どすんどすんしてたみたいだけど、どうか……あら?」
ドアを開けた秋乃が、不思議そうに部屋を見回す。
「いないわ。さっきお友達が来てるようなこと言ってたのに。
どこかにお出かけした……にしては」
開け放たれたままの窓で、カーテンが控えめにそよぐ。
置き去りにされたスマートフォンがブブブと振動し、「すず、ひまー?」というメッセージを虚しく液晶に表示していた。