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猫忍えくすはーと×竜姫ぐーたらいふ クロスオーバーSS 第二話

2話


-和菓子いちのせ-


「ただいまー」

 看板娘の明るい声が和菓子いちのせの店内に響き渡ったのは、午後の3時を回る頃だった。

「朝の子達ちゃんとやってる? 気になって早めに帰ってきちゃった」

「うふふ。鈴夏ちゃんは優しいから~」

「そういうのじゃないし」

 紛れもなくそういうのである。

 そして、その優しさは必ずしも彼女を幸せにしてこなかったのだが閑話休題。

「気配がないな。もう帰っちゃったの?」

 奥の厨房に二人がいないのを確かめて、鈴夏が店内に戻ってくる。

「二人ともすごいのよ。キビキビしてて……お昼を回る頃にはお願いすることがなくなっちゃったの」

「すごい。誰かと大違い」

「機敏って言うの? 何をお願いしても、ニンニンッてあっという間に済ませちゃうんだから」

「忍者やん」

「うふふ、面白い子達よね。地元の子ではなさそうだったかも……。

 ドラゴンのことが気になるのかしら? お客さんにも色々と聞いてたみたい」

「へえ。で、そのドラゴンとは鉢合わせなかったの? いつも顔出すのに」

「今日も来たけど、ほら、今日は二人がいたでしょう?」

 言外に、秋乃はドラゴンと引き合せて騒動になるのを避けたことを匂わせていた。

 興味にも色々あるからだ。

「……まあ、うん、それが賢明かな」

「しからばニンニンッ! って言って、すぐ出て行っちゃったから色々聞けなかったのが残念で。また、お手伝いをお願いできたらよかったんだけど」

 元々おおらかな性格だからか、そもそも異常に慣れたのか、秋乃はおっとりと一連の出来事に区切りをつける。

「そうそう。鈴夏ちゃん、商品補充するからお店ちょっと見ててくれる~?」

「はいよー」

 エプロンを探しながら、ふと、鈴夏の眉が動く。

「ドラゴンのことが気になるねぇ」




-竜珠教 アルバイト面接会場-


 などと鈴夏が漠然と嫌な予感を抱いていた頃と、ほぼ同時刻。

 竜珠教本部ビル二階の面接会場――

「はい、風間ゆらさんにたまさんね。住み込みでの勤務をご希望ということで……」

 見るからに胡散臭い頭巾姿の面接官の前には、パイプ椅子にお行儀よく座る少女二人組の姿があった。

 忍者の擬態である。

 三角耳や尻尾は当然、隠している。

「自分で言うのもなんですが拙者達はよく働き、よく尽くすことには定評がござるので。そちらにとっていい買い物になるかと」

「いやー、ちゃんと続けていただけるならこちらも助かるんですが。何しろ離職率が高くて。ほら、大きな声では言えませんが……組織のトップがドラゴンでしょう?」

 きょろきょろと周りを見回した面接官が、ただでさえも頭巾でこもっている声のトーンを落とす。

「ブレスってやつですね。吐くんですよ、火……」

「火でござるか」

「やれ風呂がぬるい、みかんがすっぱいと難癖をつけてはボーッですよ。それで皆さん……ね」

 隠しきれない疲労感を面接官の男(多分)がにじませる。

「脅かすつもりじゃないんですが。最初に言っておかないと後でほら、話が違うぞーってなるでしょう」

「ご安心ください! 鍛えられた我らが火吹きトカゲごときを恐れるはずもありませぬ。

 難癖をつけてくるようならエイヤともがもがもが」

「おねえちゃんはバカなの?」

 無造作に姉の口を押さえたたまが、この面接が始まってから初めて口を開く。

「火吹きトカゲって……」

「あ、いえ、今のはちょっとその勢いが余って」

「イイッ! メンタル強そうでいいですねー、あなた達。私の権限で採用を決めちゃいます」

「オオ、ありがたい」

「では、こちらの頭巾をどうぞ。表向きは教団ということになってるのでそれっぽい感じで崇めたりとかはお願いしますね。寮は向かいの建物なので誰かに案内させますー」

「寮だって。今日はお布団で寝られそうだよ」

「気を抜いている暇はないぞ妹よ。まずは従順を装って……あ、いえ、なんでも? ニンニンッ」

 いっそう濃度を増した二人の胡散臭さに面接官の男が足を止めかけたが、最後には素知らぬふりを決め込んだ。

 竜珠教、特に偉大なる教主様のお世話係はいつだって人材難なのだ。


「今度の人は1週間くらい持ってくれればいいけど。グレンテル様は弱い者いじめが大好きだからなぁ……」




-竜珠教 本部ビル-


「むふん、我ながら見事な立ち回りであるな」

 ニンニンニ~ン♪ と鼻歌も出ようというものだ。

 和菓子屋での聞き込みで竜珠教の情報を得た足で求人に募集し、その日のうちには潜入を果たしているこの順調さ。

 二人に与えられたコードネームは『教徒312号』『教徒313号』――

 人間扱いされていないのは引っかかるが、教徒は同じ頭巾をかぶっているので個人を特定され難いのも幸いする。

 暗躍し放題という意味で。

「しかも、ドラゴンの身の回りのお世話係であるぞ? もうこれいつでも殺れるやつであろう」

「じゃあもうさっさと済ませちゃおうよ」

「事を急ぐな妹よ。風魔の里からの情報によれば、この町には複数のドラゴンが滞在しているはず……。仮に一匹倒せたところで、他の連中を警戒させては仕事がやり辛くなる」

「ゴールが見えないよ」

「それを見つけるのも仕事のうちだ。まずは――」

 人の気配に、ゆらがシッと指を立てる。

「ああ、新しいバイトの方? グレンテル様がお戻りですので。まず、ご挨拶からお願いしますね」

「ニンッ! かしこまりました」

「ん? 忍者かな」

 忍者なので二人はすぐさま仕様を切り替え、先導されるまま仮初めの主の元へと向かう。

(さて、まずはドラゴンの品定めと……)


「あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!!」

 教徒どもが燃えていた。

「クソが! 宮本のドクソが! あいつ姫の御威光を楯として、いつもいつもこの私と対等のような口のきき方を……。

 失せろとはなんだ、こちらはドーナツまで持っていってやったのに」

「八つ当たりやめてくださいよ、グレンテル様ー」

「だいたい、ひとつずつ選ぶって話だったのに、教祖・宮本様のフレンチクルーラーをグレンテル様が意地汚くとっちゃうから」

 ボーーーーーーーーーッ!

「あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!!」

 すうっと胸に息を溜めたドレスの女が再び撒き散らした炎が、場を地獄絵図に変える。


「――ふむ、あれがドラゴンか。傲慢かつ尊大な振る舞いはいめーじ通りだな」

「火は本当に吐くんだね」

「だが、見たところただの火だな。拙者なら避けられる」

「おい、貴様ら」

 息をついた教主グレンテル(以下、ドラ美)が、ひそひそ話をしている頭巾二人組――

 二人の忍者に雑な声をかける。

「ニンッ? お初にお目にかかります、偉大なる指導者殿。拙者どもは本日よりお世話を仰せつかりました……」

「何度同じことを言わせる。貴様らごとき矮小な人間の名前だの顔だのにこの私が興味を持つと思うか」

「はあ、これは失礼を」

「湯の用意だ。私が風呂から上がるまでにそうめんとスイカと酒を用意しておけ。

 キンキンに冷えたやつだぞ。そうめんの薬味はケチるな? 私の機嫌を損ねたら貴様ら焼けた鉄板の上で踊らせてやるぞ」

(あいつは殺す)

 姉の耳打ちに妹がコクッと頷く。

「仰せのままに! 直ちに取り掛かりますので、湯でごゆるりとおくつろぎください。ニンニーン」

 おい、と再びドラ美が声をかけた時には、すでに二人の姿は消えていた。

「全然ビビってなかったですね、新しいバイトの人。脅しかけようとして空振りとか……プスッ、おっと失礼」

 ボーーーーーーーーーッ!

「あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!!」




-宮本流道場前-


 そんなこんなで、二人の忍者が久しぶりのお布団でぐっすり眠った翌日。


 学生にとっては夏休みでも、世の大勢を占める社会人にとってはただの平日だ。

 人の行き来もまばらな午前の住宅街にあって、秘密結社秘密結社したその一団は異彩を放っていた。

 もっとも、その異彩もすでに日常化しつつあるのだが。

「ふむ、ぞろぞろと教徒どもを従えてどこへ向かうのかと思ったら……」

 怪しげなその一団の背後には、シュタッシュタッと屋根を蹴って後を追う、いっそう怪しい二人組の姿があった。

 風魔ゆら・たまの猫忍姉妹である。


「小汚い建物であるな。里の我が家とたいして変わらぬ」

 ドラ美達が建物に入るのを待って道場の調査に取り掛かったゆらは、『宮本流なんたらかんたら』という看板の前で首を傾げる。

「聞いたことのない流派であるな」

「ねえ、おねえちゃん。お隣見て? こないだのお菓子屋さんだよ」

「む? おお、そうであるな。だから何ということもないが奇妙な偶然……」

 ボーーーーーーーーーッ!!

「!!」


 道場から伸びた炎の舌が、正門前の空気を灼いてから数秒後。

 ひょい、と尊大な顔が中から覗く。

「気のせいか? こそこそと何者かが中を窺っている気配があったような……」

「ボーッじゃねぇよてめぇ、人に当たったらどうするんだよ」

「宮本の分際で私に意見するな」


 教主・ドラ美に続いて出てきたのは、小汚い格好をした若い男。

(あやつも仲間であるな。その顔、覚えたぞ……)

 頷きあって、ふたつの影は向かいの家の屋根を蹴ってその場を離れる。

「しかし、怪しい気配を感じたというだけで殺しにくるとはな。懐に潜り込むには、いっそうの慎重さが求められそうだ」

「慎重さって?」

「常々言っているだろう。忍びの戦いには理想も信念もない。

 ただただ目標に向かって邁進し、それを達成すべし」

「ちょっとよくわかんない」

 屋根から屋根へ。風と同化するようにして跳躍を繰り返しながら、姉が嘆息する。

「察しろ妹よ。今のてーまは? どうすればドラゴンが死ぬか、であろう。当面はヤツの弱点探しだ」

「おねえちゃんは自分で思ってるより好戦的だと思うの」




-教主・グレンテル 私邸-


 その夜――

「ギャーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」

 偉大なる教主のプライベート空間に、豪奢な建物を縦に揺らす悲鳴が響き渡る。

「なんだこの風呂はバカか! 熱いとかそういう次元じゃないぞ、バカか! 誰かが私をカップラーメンと勘違いしたのか」

「ニンッ? いかがなさいましたか」

「お前か風呂当番は。なにがニンッ、だ! グツグツいってるだろうが、目で見てわかれ」

「これは大変な失態を。あるいは激務がゆえのうたた寝を? お許しくだされー」

「許すか死ねぇ!!」

 ビシバシビシボカッ!!

「ニーーーーーーーーーーーン!?」


「――大丈夫だった? おねえちゃん」

「うむ、少々尻尾でしばかれたが。アホを貫いたおかげでこちらの狙いは勘付かれずに済んだようだ」

「ちょっと歩き方がぎこちないけど……」

「大事はない。それより、有益な情報を得たな妹よ」

「普通に熱がってたね」

「うむ。あまり期待はしていなかったのだが、火を吐く生き物が熱々お風呂で悲鳴を上げるとは軟弱な話よ」

 天ぷらが揚がる温度まで深追いしておいて、そんな無茶なという声は上がりそうなものだが。

「あの感じならまだいけるな。引き続き調査を進めるぞ」

「おねえちゃんがそれでいいなら……」




-竜珠教 食堂-


 ということで、さらに翌朝――

「ブホホッ!? おいバカ、このバカ! 料理番、来い! このゴミクズがーーーーーーッ!!」

「教主様っ? どうかなさいましたか」

「どうしたもこうしたもあるか。なんだこのマズい飯は! 苦くて食えたものではないぞ」

「ええ!? そんなはずは……」

「信じられないと言うなら自分で食ってみろ! 私のお食事係という名誉を与えられておきながらその体たらくあばばばばばばば」

 バターーーーーーーーーン!!

「教主様ーーーーーーーーーーーーーーー!?」


「拙者特製の痺れ薬を『苦い』で済まされた時はちょっぴり動揺したが、遅れて効いたな」

「でも、意識はあるっぽいよ」

「効果はさほどでもない、か。毒は有効打にならぬかもな」




-竜珠教 通路-


 さらにさらに、その日の午後――

「まったく、貴様らゴミクズどもの管理責任だぞ。貴様らはなんだ? なんのために生きている。

 この私に身命を捧げて尽くすためだろうがバカめ」

「はあ」

「はあじゃない。風呂は熱いわ飯はマズいわ、こんな体たらくで私の信頼を――」

 腰巾着の教徒どもを従えて、ぷりぷり怒りを振りまく教主・ドラ美の背後に迫る影。

「風魔忍法・痛み針……プッ!」

 プスッ!

 忍びが放った吹き矢が、油断したドラゴンの尻を正確に捉える。

「お? なんだ、尻に何か……ハヒッ!? ぐっひいいいいいいいーーー!!」

「なんですか!? なんですかグレンテル様!」

「し、ししししし、尻が、尻がああぁぁぁぁ~~~~~~~~ッ!!」

 ただひたすらに痛い。

 30分間延々、死なない程度にジンジン痛み続ける、数ある風魔忍法の中でもいやがらせレベルが極めて高い呪い針の効果は覿面だった。


「今までで一番フレッシュな反応だね」

「意外となんでも通じるな。あるいは我ら風魔の力は宇宙レベルに到達している、ということであろうか」

「し、尻が、灼けっ! 灼けえぇぇぇぇ~~~~~ッ!!」



-竜珠教 謁見の間-


 午後の6時――

 本来であれば定時過ぎのこの時間に、月イチ行事の朝礼(不人気行事)でもないのに謁見の間に集められた頭巾達の囁き声が、ノイズのように場を支配していた。

 その数、およそ300人。

「これで全部か? 集まったのだろうな、クズども」

「急になんですグレンテル様? みんなプライベートってものがあるんですから……」

「次に私の断りなく勝手に喋った者は殺す」

 場の全員が教主・ドラ美が立ち上らせる怒気の本気度を悟って口をつぐむ。

「なぜ、私が怒っているのか? 心当たりがある者もいるだろう。いないはずがない。

 名乗り出ろ、この私の命を狙う背教者め」

 大半が「今度は何を言い出したんだ?」と迷惑そうな反応を見せる中、身を固くした猫が二匹。

(バレた……!)

 バレない方がおかしい。

「背教者だなんてそんなまさか。ここにいるのは保身に長けた……ではなく、グレンテル様の御威光にあれですよ? そのー」

「貴様が裏切り者か」

「まさかそんなハハハハハ」

「名乗り出なければこの場の全員を叩きのめす。私は本気だ」

「誰が犯人だ! 名乗り出ろこの野郎っ」

 その声を皮切りに、自己保身のなすりつけあいが一段階跳ね上がる。

 忍びにとっては悪くない場の混乱だ。

「仕上げにかかるか。たま、死角からだぞ? 食らわせてやれ」

「はーい。風魔忍法・痛み針……プッププププ!」

 プスプスプスッ!

「おい! そこの頭巾。私に何か飛ばして……あがががががががががぁ~!?」

 ずてーんっとひっくり返ってもがき苦しむ教主から、一人、また一人と教徒達が後ずさって距離をとる。

 ドン引きである。

「こ、この灼けるような痛み、間違いない……貴様が私の命を狙う背教者か!」

「よくぞ我が気配に気付いたと褒めてやろう。だが……失策であるぞ、火吹き大トカゲめ。ヤブを突いて蛇が出る、という言葉を知らぬのか」

 謁見の座から見て正面に自然と生まれていた空白に、堂々と進み出た人影……。

 風魔ゆらが、バサッと頭巾を取る。

「忍者参上! よく覚えておけドラゴンよ。拙者はどこにでもいるぞ……クハハ、震えて眠るがいい。しからばごめんっ、ニンニンニーーーーーン!!」

「逃がすと思うか!」

 場に残されたのは微かな旋風。

 常人にとってはまばたきひとつの間に、二人の姿は謁見の間から消えていた。

 否、正確には――




-住宅街-


(クソッ、尻が痛い……!)

 肉をグリグリとえぐられるような痛みに思考を奪われそうになるたび、ドラ美は怒りを猛らせることで我を取り戻す。

 至高の存在である自らに小癪な痛みを与えた者に制裁を、と。

「ちっ」

 振り返りざまに賊が放ってきた苦無を、ドラ美は無造作に腕で払う。

「止まれ、逃げ切れると思うか!」

 賊は答えない。

 背を追いながら、すでにドラ美は自分の中に解を得ていた。

 ドラ美の中にも存在するドラゴンという種族の記憶が囁き、解を与えたのだ。

 人から枝分かれした存在、亜人という種の存在を。

(わざと目立つように振る舞っていたのだ。ドラゴンを敵視する手合が現れることは想像していたが……)

 賊の素性を改めるのは、灼熱の怒りを晴らした後。

 そう心に決めて、わざとドラ美は前を行く背中にペースをあわせる。




-山中-


 誘い込まれた。

 そのことには気付いていたが、ドラ美はむしろ、亜人の背中が茂みに潜んだことにこそ息をついていた。

 ようやくこの面倒な追いかけっこも終いだ、と。

「闇夜で忍びを相手にしようとは命知らずめ。形なき風に例えられし我が風魔の技の冴え、とくと……」

「そこか!」

 ばごーーーーん!

「ニーーーーーーーン!?」

 ドラ美が手から繰り出した衝撃波が地面ごと木々を薙ぎ払い、10メートルほど先まで見晴らしをよくする。

「息を殺しているな。せいぜい隠れていろ、追い詰める楽しみが増えるだけのことよ」

 これは粛清。絶対的な強者にのみ与えられた権限だ。


(普通に直撃を食らったし、痛すぎてちょっと吐きそうなのであるが……)

 尻尾も気弱に丸まっていたりもするが、そんな時こそ根性。

 愛する主の顔を思い浮かべれば、これこの通り。

「風魔忍法・獣化の術! ぬおお勝負ーーーーーっ!!」

「阿呆なのかお前は」

 ゆらの先制攻撃で火蓋を切った猫対ドラゴンの戦いは、一方的なものになった。

 あまりにも開きがあった。

「ニンッ!? おのれ……このこのこの」

 ドカドカドカッ!

「ああん? なんだ、撫でてくれるのか。すばしっこいだけだな亜人よ~」

 存在そのものの開きが。

 生まれながらに武術の才を認められた風魔の上忍・ゆらが、血のにじむような思いで磨き上げた風魔流体術。

 その全てがそよ風ほどにも効いていない。

 ひょいと後ずさられるだけで距離を突き放され、ブンッと尻尾を振られるだけで攻撃をあしらわれる。

 ゆらの忍びとしての生涯で初めて感じた、それは絶望的な格の差。

「死ねえええぇぇーーーーーーーーー!!」

 ボゴッ!

「ぐうう!? お、おのれ……グハッ」

 ただ一度ドラ美が咆哮しただけで、ゆらは平衡感覚を揺らされ、全身に軋むような痛みを植え付けられていた。

 飛び退るゆらの動きからは、すでにいつもの機敏さが失われつつある。

(甘く見た。これがドラゴンか……)

 それでも、踏みとどまる。

 歯を食い縛り、地を蹴って、ただひたすらに勝機を待つ。


「また身を潜めるのか? コソコソと芸がないな、亜人よ」

 すでに値踏みは済んだがゆえの余裕。

 そこが付け入る隙、とゆらは茂みに身を潜めて自らを奮い立――

「ここだろう? もうお前の気配は覚えた」

 ドカッ!!

「ぐはーーーー!!」

 横薙ぎの尻尾の一撃が、茂みごとまとめてゆらの身体を薙ぎ払う。

「……ぜえ、ぜえ、ぜえ、根性~っ、ぐっ!」

 ドラ美に武術の心得などはない。

 ゆえに、戦いにおける相手への敬意など持ち合わせているはずがない。

 だから、もがくようにして立ち上がろうとするゆらの胸倉を掴んでぞんざいに持ち上げた。

「クハハッ! 手間を取らせたな。さて、お前に聞きたいことは山ほどあるがまずは罰だな、仕置きの時間だ。尻だ、尻尻! 尻を出せ! 私が受けた痛みと屈辱を倍にして返してくれるわ」

(ハルキ殿……)

 蓄積されたダメージで不安定に揺れるゆらの意識を引き止めたのは、やはりその顔。

 心に再び信念の火がくべられる。

「死なば諸共! 食らえ、風魔忍法・痛み針っ」

「ぬ、痛いやつかっ!」

 あるいは伏線――

 二度も手酷いのを食らっているがゆえ、ドラ美の身に染み付いた悲しき条件反射。

 目の前の忍びは忍術をほぼ使えないことなど知る術もないドラ美は、ブラフの吹き矢攻撃を避けるためゆらを身体ごと投げ捨てようとする。

 だが、ブンッと勢いよく腕を振ってもドラ美の腕にはゆらの重みが絡みついたまま。

「ぬ? 貴様っ」

 それは猫という種が誇る柔軟性。

 ゴムのように身体をドラ美の腕に絡めたゆらは、さらにそこから首を伸ばして――

「ぺろーん」

「うひひひひひひひひひひひひ!」

 ドラ美の敏感なうなじを磨き上げた甘えんぼぺろぺろの術で刺激する。

「何を貴様っ、ふひ! バカっ、はははは!? 殺っ、ひー!」

 重ねて言うがドラ美は戦士ではない。

 首筋がくすぐったければたとえ敵前だろうとも、反射でそこを手で庇ってしまう。

「――――!!」

 ついに生じた、切り開いた、一筋の光明!

「ニンニンニンニンニンニンニンニンニンニンニンニンニン!!」

 シュバババ! と鋭く風を切る音と共に、槍ぶすまにも似た無数の拳がドラ美の視界を覆う。

「おわっ」

 食らってどうなるものではない……それを知っているはずのドラ美も、死角からのラッシュに不意を打たれて身構えてしまう。

「ニーーーーーーーーーン!!」

 ぼむんっ!

 続けて忍びが抜き打ちに放った煙玉が盛大に爆ぜ、鉛色の煙と共に刺激臭を撒き散らす。

「ケホッ、貴様……逃げる気だな!? そうは……」

 当てる気のないラッシュと目くらましをドラ美は瞬時にそう結論づける。

 ゆえに、動く。

(ふざけるな! 私にここまでさせておいて……)

 もうもうと立ち込める煙で完全に視界を奪われながらも、煙を掻き分けるようにして闇雲に踏み出した……刹那。

「コオオオーーー……ッ!」

 背中に『何か』が触れた瞬間、ドラ美の体皮が不吉な予感に総毛立つ。

「ようやく隙を見せたな! 受けよ、我が最終究極奥義……猫斗吃驚掌(にゃんとびっくりしょう)ーっ!」

 バッゴオオオオオオーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!

 岩を砕いたかのような硬い炸裂音と、吹き飛んだ身体が地面を引きずるように滑る音。

 掌ーッ!! という雄叫びの余韻が一番最後についてきた。

 ただの張り手。

 神速の張り手は、炸裂音はおろかドラゴンの感覚すらも置き去りにし、最強の存在に冷たい大地を舐めさせていた。

 何が起きたか、自分が何をされたかもドラ美は認識できていない。

 それはドラ美の長い命において初めての体験であり、恐怖であった。

「小癪な真似を。だが、亜人風情が崇高なるこの我……ゴハッ! お、おい、まさか死なないだろうなこれ……って、待て! ニンニンにじり寄ってくるな、そこで止ま……待て!!」

 ビクッている。

 這いずって逃げたレベルで。

「ハッ、ハァ、ハァー……クハハ? 待てと言われて素直に待つ、その間抜けさが貴様の敗因……ヒュー」

 苦しげだったドラ美の息遣いが、次第に落ち着きを取り戻していく。

 瞳に紅く光が点る。

「おい亜人。なぜ、私達がこの姿をとっていると思う? 強大すぎるからだ。存在しているだけで我らはこの星を傷つける。だが、人を模したこの姿をとるということは、人の弱さをこの身に帯びるということにもなる」

 ドラ美が零す力の波動に怯えるように、大地が震えを帯びていた。

 それはドラゴンという種に許された、力の解放。

「存在の桁を上げてやるぞ。生半可な力を持ったことを後悔しながら……はら? はれれ?」

「なんのかんのと言っていたが、すまぬな。聞いていなかった」

 ちょいちょいと、ゆらが立てた指で警告する。

「もう、たまの術がお主を捕らえておる」

 一向に己の力が解き放たれないでいることに驚き、戸惑いを見せるドラゴンに。

「風魔忍法・二心衰我の陣! ……だよっ」

 ドラ美を取り囲むように浮かび上がった陣が白色の輝きを放っていた。

「お主は意外と感覚も鋭いし、用心深いからな。

 術が完成するまで、渋々、気を引くために付き合ってやっていただけのこと」

「術? 陣? き、貴様、一体何を……」

「普通に戦っても勝てたし! 拙者も本気の一割も出してなかったし!」

 悔しがっている。

「まあまあ、おねえちゃん」

 なだめられている。

「ドラゴンさんは何が起きてるのかわからないだろうから、たまが教えてあげるね。

 この陣に囚われた人は、頭や心で思ったことと逆に反応しちゃうんだよ」

 黒髪の猫忍……たまは無邪気に笑う。

「よくわからんがヤバい。とにかく陣を出なきゃ、でしょ? 頭でそう思っちゃったら身体は逆に動くの。逆にそこにいたいって心から思えば出られるだろうけど、できないでしょ。人間ってパンチが迫ってきてる時に、その拳を見ないようにするのは不可能だよね」

 その説明の意味、その効果をすでにドラ美は理解している。

 驚愕と受け入れがたい恐怖、死の予感に頬を引きつらせている。

「怖いでしょ? マズいって頭で思えば思うほど……ほら、気持ちがふわふわしてきた」

 宣告通り、マシュマロのような甘い幸福感にドラ美の心が満たされ、瞼までが重くなっていく。

 思考は身震いするほどに正常で、金切り声のような警告がドラ美の頭蓋の内に響いているというのに。

 なんとかしなければ、この窮地を脱しなければ。

 本来の姿を取り戻さなければと思えば思うほどに――

「こ、この私に手出しをしたら知らんぞ! 我が主にして唯一の存在であらせられる姫が決してお前達を許さぬだろう」

 なりふり構わずである。

 なぜなら眠くて仕方がない。

「お前達の実力、そ、そうだ、価値はわかった! 私に忠誠を誓うのであれば取り立ててやらぬでも……」

「ニンニンニンニンニンニンニンニンニンニンニンニンニン!!」

「ゴハッ!?」

 今度は先の目くらましとは違う、ぶちのめすつもりのラッシュが容赦なくドラ美を襲う。

「大トカゲごときが図に乗るな。何が忠誠だ、拙者が忠を捧げるお方はただ一人をおいて他にない」

「ぐぬっ、こ、この私が下手に出てやれば調子にスヤー」

 唐突に落ちた。

 くたっと力なく崩れ落ちたその身体は、すぐに規則的な寝息を立て始める。

「おねえちゃんへの怒りが臨界点を超えちゃったみたい。見て? 寝顔が天使だよ」

「それはいいが動き出さぬであろうな」

 二人の忍者は陣の中で寝息を立てるドラゴンの頬を棒でつついてみる。

 小石で顔も狙ってみる。

「……勝った! ウハハッ! 風魔忍軍大勝利! やりましたぞハルキ殿ーーーー!!

 この活躍、拙者の勇姿をお見せできないことが素直に悔しいっ」

「はいはい勝ち勝ち。それじゃ、帰ろ?」

「まだ! こやつさえ倒せばどうにかという期待もあったが、さっきもこやつが言っていただろう。姫がどうとか許されぬとか」

「えー、話が違うよ」

「違わぬ。まあ、ドラゴンごときどうとでもなるということはこの戦いでわかったのだ。

 相手が人間の格好をしてる時を狙えば勝てる」

「そうだけど」

「後々、何かに使えるかもしれん。こやつは五感を奪ってその辺に封印しておくか。

 ドラゴンなら放置しても死にはしないだろう」

「御札作らないとだよ? 面倒臭いなー」

「頑張れ。拙者そういうのは専門外であるので? お主にはまだまだ働いてもらわねばならぬ」

「えー」

「とりあえず、こやつの立場で得られる情報には片っ端から用がある。お主にはそこでスヤスヤ寝ているそやつの姿に変化してもらってだな……」




-竜珠教 謁見の間-


 侵入者と指導者が去ったその後も、詰めかけた信徒の多くはそのままそこに残っていた。

 頭巾の内側で各々、表情を曇らせながら。

「ただいまー」

 まんじりともしない、そんな時間が明るい声によって初めて変えられた。

「おかえりなさ……んん? ただいま、ってグレンテル様?」

「うん、グレンテル様だよ」

 謎の信徒一人を従えて戻ってきた……その姿は紛れもなく、彼ら信徒達が知る教主。

 だが――

(我らの球教主様、そんな可愛らしい笑顔持ってないんですけどーーーー!!)

 その場のほぼ全員が即座に異変に気付いた。

「あのう、グレンテル様? さっきの……ええと、し、侵入者は……」

「侵入者……ああ、たま達のこと……痛っ」

 影のようにぴったりと付き従っていた頭巾の信徒が、あろうことか、ポカッと教主の頭を叩く。

 それから素早く耳打ち。

「……二人ともやっつけたよ? 死んじゃったから死体は食べちゃった」

「そうすか。グロいすね……」

「ふはは、余は恐ろしいドラゴンであるからね」

(偽者、か……?)

 場の誰もが真実にたどり着きつつあったが、その疑念を言葉に変える者はいない。

 その仮定が正しいのなら、教主に扮して戻ってきたのは賊の方。

「ここにいらっしゃるのは我らの偉大なる指導者、教主・グレンテル様! みんなもいいね」

「イエーイ!」

 追っていった教主が返り討ちにあったという意味なのだから、まあ、こうなる。

「余はおなかが空いたぞー♪」

「厨房係さーん、すぐお夕食をお持ちしてー!」

 そんな成り行きにそわそわしているのが、頭巾をかぶっている猫忍(姉)。

「ぬっ、妹……ではなく教主様。今はいいが腹を満たした後は速やかに計画を前に……

 あ、拙者はラーメンと餃子とニラレバをお願いしたいのだが?」

「かしこまりましたーー!」

「それと、今後はグレンテル様のお世話は信頼厚い拙者が仰せつかったので?

 お主らは余計な手出しをしないようにな」

「マジすか。わかりましたー……」

「がおー、腹が減ったぞー!」


 かくして見事、人類(?)初の金星を挙げた二匹。

 次なる標的は――



猫VSドラゴン第1試合無制限一本勝負


 ゆらたま猫忍姉妹タッグ ○ VS X 教主・グレンテル

(11分23秒 奥義・猫斗吃驚掌からのハメ技)


猫忍えくすはーと×竜姫ぐーたらいふ クロスオーバーSS 第二話

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猫忍の容赦ない人体実験に草

あのたまとゆらに負けるのか 流石中ボス

なぜバトルwwwww

Dsharp K


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