第1話
-北条邸居間-
『拝啓 ハルキ殿
あなた様がこの手紙をご覧になっている頃、すでに拙者達は旅立った後でしょう。
このような形でお許しも得ずに発つのは決して本意ではなく、驚き、悲しむあなた様の姿を想うと胸が張り裂けそうです。
どうか、ご容赦ください。
我らのこの行動はあなた様への忠義から生じたもの。
以前もお伝えした、こたびの動乱こそはハルキ殿が天下人となるにあたって千載一遇の好機であるというやつでござる。
彼方の空からドラゴンどもが飛来したあの日、世の理は覆りました。
権力者どもの権威は地に堕ち、人の世の常識は失われ、無力の民は明日をも知れぬ不安の中を生きております。
そこへ! 颯爽と現れた我らがドラゴンどもを叩きのめすか、宇宙に追い返すかすれば……。
まさに世界の救世主、永生征夷大将軍、人類の指導者ハルキ殿。
と、こう、ハルキ殿を求める民の声が昇り龍のごとく? あとは言葉にするだけ野暮でごさるな。ウフフ。
初めて忍者としての働き場を得た喜びに、血が湧き立ち肉が躍る思いでござる。
ご安心ください。ドラゴンどもの動きについては風魔の里より情報を得ております。
影に潜みて機を窺い、エイヤと喉元を突くのが忍の戦い。
吉報をお待ちくだされ。では、行って参ります! ニンニンニンッ。
風魔ゆら たま』
「はるきー、ゆらとたまがアホな書き置きを残して出て行ったぴょん。残念ながらもう手遅れだぴょん」
置き手紙の第一発見者である、うさぎ耳の愛らしい忍者が主を呼ぶ。
その言葉の通り、いかに主の少年が声を上げようとも、取り乱そうとも全ては手遅れ。
二人の忍びはすでに旅の空の下――――
-西金市山中 国道付近-
旅立ちの日からはや、数日。
西金市と隣県の県境に近い、車の行き来すらまばらな深夜の国道に小さな動きがあった。
「明かりが見えた! 町だ、町であるぞ妹よ」
国道脇の山林から勢いよく飛び出してきた少女が、拳を掲げて喜びの声を上げる。
その頭には油断から出しっぱなしになっている大きな三角の猫耳(本物)。
「やっと着いたの? おなか空いた~」
続いて茂みから出てきた黒髪の少女の頭にも同じ特徴が見て取れた。
猫忍・風魔ゆら、たまの二人である。
「拙者だって空いたとも。最後の握り飯を食べてから……はて? 2日か3日くらいであろうか。
知らぬ土地が目的地とはいえ、少々、時間がかかったな」
まだ見ぬご主人様にお仕えする日のため、風魔の里で鍛錬に励んでいたのは遠い昔。
心優しい主の元で過ごした長い時間が、忍びとしての勘や忍耐のようなものを二匹から奪っていたのは間違いない。
道中、妹のたまが不平不満を言うたびに叱っていたが、へこたれていたのはゆらも同じだった。
「まったく。おねえちゃんと旅をするとろくなことがないよ」
「それは初めて二人で風魔の里を出た、あの日々のことを言っているのか? 妹よ」
「やめてよ。思い出したらますますおなかが空いちゃう」
「……そんな感じであったなぁ~」
初めて里の外に出た心細さもあって、姉妹にとって最初の旅は夜毎ニーニー鳴いてばかりだった。
旅の終着点である主の元にたどり着いてからも――
「懐かしいな」
困惑する主の足にすがりついて庇護を求めた、割と散々な出会いの記憶がゆらの脳裏をよぎる。
旅の疲れも忘れて、ゆらは遠い空の下……二人の身を案じているだろう主に思いを馳せた。
主と共に過ごした時間は、安らぎと愛に満ちていた。
家臣筆頭(自称)である、ゆらとたま。
後に押しかけてきた忍者二匹やその仲間達に対してすら、二人の主は公平だった。
ひだまりのような愛と毎日のごはんをくれた。
愛されながら、共に笑いながら……しかし、ゆらは心に思いを秘めていた。
拙者達は愛玩動物はない。忍びなのだ、と。
心のどこかでは活躍の場を求めていた。
もっと主に必要とされたいし、褒められたかった。
そこへきてのドラゴンである。
世界の空がドラゴンに埋め尽くされたあの日、熱い昂りがゆらの胸に点ったのだ。
全てはこの日のためであった、と。
だが、主は――
『巨大トカゲいかなるものか! ご命令さえいただけば、あんなものはこうニンニンと拙者が片付けてご覧に入れますが』
ゆらが猛る想いを発した時の、あの顔。
引きつった苦笑い。
あの時チクリと感じた胸の痛みは、紛れもなく忍びの矜持が示した憤りだ。
(拙者できるもん! ハルキ殿はちょっと忍びというものを軽んじてる気がしちゃうでござるな!!)
そう。忍びとは主が抱く野望に仕えるもの。
平時であればいざしらず、有事に働かない忍びはただの猫だ。
「ここからは慎重に動かねばな」
ガードレールの上に立ち、眼下の町……まばらに明かりが灯る西金市の市街を見下ろしたゆらがつぶやく。
「知らぬ町であるがゆえな。まずは拠点となる……」
「おねえちゃんが言い出したんだから、おねえちゃんが一人で来ればよかったのに」
「いつまでぐちぐち言っている。拙者達は二人三脚で風魔の忍びであろう」
「目が回って歩けない」
「もう少しだ! 町にさえ入ってしまえば……」
「おねえちゃんお金持ってるの!?」
「いや? ないが、廃棄品とか適当にあるだろう町なら。なければないで山に戻ってきのこでも探せばよい」
シュタッと二人の忍びが道路を蹴る。
その数秒後、異変も感じ取った様子もなく、長距離トラックがガタゴト揺れながら二人のいた場所を通り過ぎていった。
-ギオン西金店 駐車場-
二人が山中で町の明かりを見つけてから、さらに数時間後。
とっくに閉店したスーパーの裏で廃棄品を漁ったり、しなびた野菜を齧ったりしている間に最初の夜は明けていた。
野望の朝だ。
「よいか? まずは情報収集だ。狙うは首領の首のみ。忍びたるものすたいりっしゅに効率よく――」
膝の上からの返事は、くぅ、くぅ、という安らかな寝息。
「まったく、いつまで経っても子供……ふわぁ~」
その5分後、安らかな寝息がふたつに増える。
時刻は朝の5時半。
新たな動乱の兆しとは無縁に、西金市は快活な夏の朝日にふっくらと満たされていった。
ゆらとたまの二人が迷惑そうな店員の声に起こされたのは、それから4時間ほど後。
いかに鍛えられた忍びでも少々キツい。
「ふわぁ。やっぱり傷んだキャベツとかだけじゃ栄養が足りないよ」
「食べ物の話ばかりか! 失望させるな、妹よ。我らはハルキ殿の野望の先駆けとして――」
ぐぅ、と腹の虫が呑気に鳴いて言葉を遮る。
「おなか鳴ってるよ、おねえちゃん」
「……どれだけの滞在になるかわからぬ。ひとまず、拠点となる場所を探すぞ。
食料の調達も兼ねてな」
「寝る場所かぁ。屋根があるところがいいね」
「思い出すな妹よ。ハルキ殿の元に参じたあの時も、奉公を認めていただけるまでの間、しばし二人で大地を枕に過ごしたものだ」
「だね。もう一回、同じことを繰り返したいとかはちっとも思ってなかったけど」
「まあ、な……」
「お兄ちゃん、今頃きっと心配してるかも」
うっ、とゆらの喉が鳴る。
痛いところだ。
「昨日の晩ごはんのおかず、なんだったのかな? お兄ちゃんのごはんが恋しいよ……」
「よせ! 拙者の心の炎に水を差すな! お主とてハルキ殿に認められたい気持ちは同じであろう」
「だったら、早くそのドラゴンさんをエイッてしちゃえばいいよ」
「聞いていたか? そのための準備を……」
「あ、コンビニあるよ! 裏に回ってみようか」
「ニンニンッ!」
-西金市各所-
雨後の筍のごとくどの町にもニョキニョキと店を構えている、このコンビニエンスストアはいつだって寄る辺のない忍びの心を癒やしてくれる。
この包容力。
大げさではなく社会の富の象徴だ。
おかげ様をもって(明記はできない手段で)英気を養った二匹は、速やかに仕事へと取り掛かった。
まずは町の地図を頭に入れるための下調べ。忍びの基本だ。
もっとも、忍びの足ならサッと回れる小さな町だ。
建ち並ぶ家屋と自然がほどよく調和しており、少し足を伸ばせば海の匂いがしてくる。
「心が落ち着く佇まいではあるが。解せぬのは、憎きドラゴンどもがなぜこのような辺鄙と言っていい地を拠点としているかだ……」
夏休みだというのに子供の姿すらない小さな公園で、ゆらはしきりに首を傾げる。
「ここもダメだねおねえちゃん。ブタさんのお家ないよ」
周りを見回したたまが、残念そうにつぶやく。
「雨露をしのげるかは重要であるからな。やむを得ぬ、ねぐらは山にこさえるとするか。
この程度のことにそう多く時間は使えぬからな」
今はドラゴンの思惑などに想像を働かせるより、足を使って情報という手札を増やすべき時――
ゆらはそう考えを改める。
「軟弱な現代っ子どもならいざしらず、我らにとって野山は弁当箱のようなものであるからな。
クックク、ドラゴンよ……我らが生粋の山育ちであったことがお主らの不幸よ」
そう。風魔の里で生まれ育った二人は、山がいかに多くの恵みをもたらしてくれるかを知っている。
「今晩はお魚がいいかな」
「釣りはぎゃんぶる性が高いであるからなぁ。まずは手堅く山の実りを得てから……」
-山中-
町の調査をひとまず切り上げて、意気揚々と猫二匹が山に入ったのは正午過ぎ。
それから早くも数時間が経ち、空の色も変わり始めた頃――
「山の実りィィィィィィィィィ!?」
猫忍・ゆらの悲痛な叫びが山の静寂を乱す。
「ここもやられている。これ確実に若いものだけ放置して、いい具合に育った山菜を総ざらいしているであろう」
「みたいだねぇ」
「猪や鹿の類ではない。この緻密なやり口……できる」
この山には何かがいると猫忍は確信する。
野生の動物をも上回るほどの、嗅覚と食い意地に長けた何者かだ。
「今日は山菜鍋でもつつくつもりが、さっそくアテが狂うとは……おのれドラゴンめ」
「ドラゴンは山菜を食べないと思うの」
「想像力に蓋をするな、妹よ。食べるかもしれないであろう!」
メッ、と妹を叱ったものの、すぐにゆらは情けない顔でおなかを押さえる。
そろそろ腹具合が心配になってきた顔だ。
「もう日が暮れちゃうよ、おねえちゃん」
「忍者に夜も昼もあるものか。我らは大いなる野望の尖兵として……」
「おなかの都合の話をしてるんだよ」
「……うむ。最悪の場合は、こんびに弁当おかわりであるな」
ケチのつき始め、ということだろうか。
方針を変えて手近の池に釣り糸を垂らしてみたものの、手応えは芳しくなかった。
「魚はいるはすだ! 気配がある。さっきも竿をツンッてしたし」
「おねえちゃんが下手なんだよ。たまに貸してみて」
「ニンッ!? 馬鹿者、竿を掴むな。魚が警戒するだろう」
猫二匹が竿の奪いあいを繰り広げる池のほとりから、徒歩で4、5分ほど離れた先。
木々が譲り合うようにしてまばらに立つ、エアポケットのような山中の空白地帯に二人の人間の姿があった。
いや、正確に言えば一方は人間ではない。
見ているだけでも鬱陶しい、ねずみ色の長袖スウェット姿の男・宮本武は健康が取り柄のニート。
その傍らに立つ少女は息を呑むほどの美貌と、それをも凌ぐ個性……頭とお尻に堂々とした『人外の証明』を持っていた。
竜姫・ハル――
「武さん、人がいますよー」
んー? という感じでしばし眉間にシワを寄せていたハルが、そんなことを言い出す。
見えすぎても聞こえすぎても面倒なので普段は意図的に感覚を鈍らせているが、その気になればドラゴンの目は数百メートル先を見通し、耳は物音のひとつまで正確に聞き取るのだ。
「俺の秘密の漁場に目をつけるヤツが現れるとは。まさか……どこかのスッポン業者か?」
「プロかどうかはわかりませんけど」
「おっさんか? 何人だ? クーラーボックスとか持ってるか」
「ニンニン言ってますね」
「忍者やん」
「忍者? ……すいません、種族の記憶にそういう情報はないみたいです」
かつて友人の少女が「共有フォルダみたいなもの」と称した、ドラゴンという種に蓄積された知識の書架に脳内でアクセスしたハルが首を振る。
亜人はともかく、忍者というカテゴリは情報としてかなり新しい部類なのである。
「忍者知らないのかよ。いたんだってそういうのが昔は」
平凡な人間の知識から出てきた、極めてまっとうな説明である。
「で、その忍者は何人組なわけ?」
「お二人ですね。頭に猫っぽい耳を生やした……ああ、忍者たるものみたいなこと言ってます。武さん正解ですよ」
嬉しそうなハルとは対照的に、武は渋い顔になる。
「仮装して芝居の稽古でもしてんのかもな。人がいないところの方が声を出せる、みたいなやつで」
「ご事情まではわからないです」
それでどうすんの? という顔のハルを待たせて、武は腕組み。
「今日はやめとくか。稽古の邪魔しても悪いし、変に警戒されてもなんだからな」
「武さんは図太いんだか厚かましいんだかわかりませんね」
「どっちかに奥ゆかしいとかを入れて対比的に言うだろ、そういうのは」
確かに頭は悪いし厚かましいがこの男、「山奥でお前みたいなドラゴンと鉢合わせて相手が腰抜かしたらどうする」と言わない程度の気遣いは持ち合わせている。
なのでそれ以上の多くは語らず、武は率先して漁場である池に背を向けて歩き出す。
猫とドラゴンの邂逅が未遂に終わった山は、猫達の「亀なんぞいらん」という悲鳴を飲み込んで粛々と夜の色に染まっていった。
風魔の里はスッポンを食料とみなしていないのだ。
-西金市 住宅街-
翌朝――
「行ってきまーす」
「はい、行ってらっしゃい」
ご近所ではすっかりお馴染みとなっている、『和菓子屋いちのせ』朝の風景だ。
なんちゃってギャル……もとい、お年頃になってもちゃんと朝の挨拶ができる子・一ノ瀬鈴夏は、ご近所さんにも気軽に声をかけていく。
「……今日は待ち構えてないか」
お隣のボロ道場の前を通る時だけは眉を険しくして――
でも、さりげなく足取りを遅くして猶予を与えているところがお人好しの彼女らしい。
「寝てるな、これは」
幼馴染の隣人(とドラゴン)は、昨夜も「釣りのアテが外れた」とか謎の被害者面をして一ノ瀬家に晩ごはんを食べに来た。
(こんな毎日を日常として受け入れちゃってるのも、なんだかなって感じあるけど……)
ドラゴンがいる世界が異常から正常に切り替わっていくのを、鈴夏は日々肌で感じていた。
(威張ってるのが政治家かドラゴンか、くらいの違いしかない気もするし……)
これを言われたらさすがに政治家も心外であろう。
「そんなことより、今日はサークル集まってるかな? 軽く差し入れ買ってくかー」
ついには「そんなことより」である。
「そだ。ついでだから、ゆきぽよのバイト先でも覗いて……」
-西金市 市街-
「フギャーッ!! よせ貴様、暴力を振るう気か」
「うえーん、こわいよーおねえちゃーん」
友人のバイト先は大変なことになっていた。
「てめぇら、弁当かすめといて被害者面してんじゃねーぞ! 昨日も来てたのカメラにばっちり残ってんだかんな」
平日昼下がりの駅前には似つかわしくない分厚い人垣をかき分け、鈴夏がコンビニの駐車場で起きていた騒動に介入したのは、一方の声に聞き覚えがあったからだ。
果たして、そこには二人の女の子の首根っこを掴んで激怒している友人(ギャル)の姿。
「ひえぇ! ぶたないでください、やめてくださいー」
「やめろやてめぇ!? ぶってねーだろ」
コンビニ弁当を身体で隠すようにして亀になっている残念な二人組は、幸いなことに見覚えがなかった。
あれが万一、幼馴染だったりドラゴンだったら死にたくなるところだ。
「ちょっとー? そこの不良バイト。こんなとこでなーに目立ってンのよ」
「あ、すず。てかちげーから! こいつらが店の裏から破棄用の弁当とか惣菜ごっそりガメて……」
「「もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ!」」
鈴夏の登場でギャルが意識を逸したその数秒で、追い詰められていた二人の少女は胸に抱えていた食べ物を全て胃に収めていた。
控えめに言って神業である。
「おめっ、ま、マジか、食うかこのタイミングで!? てか早ぇ!」
「これぞ風魔忍法・秒で食う! 隙を見せたお主が悪い。しからばごめ……」
「警察だなこれ。通報すっから」
「にゃーん! にゃーん、にゃーーーん!!」
一糸乱れぬ連携で、ガバッと二人が友人(ギャル)の足に齧りつく。
「やめろてめぇ、猫か。じゃれつくなー!」
「仕方なかったのでござる! 路銀はとうに尽き、アテにしていた食料の調達も思うように目処が立たず……。
追い詰められた拙者達に悪魔が囁いたのだ。
コンビニ弁当の入れ替え時間がそろそろであるぞ、と」
「プロの犯行じゃねーか」
「ひええ、ゆるしてくださーい。こわいよー」
「そっちのおめー、ずっと棒読みな」
お年頃の女の子二人が廃棄弁当を盗んだ挙げ句、友人の太ももに頬を擦りつけて媚びている姿などそうお目にかかれるものではない。
どんな人生を送っていたら、そこに行き着くのか。
人の好い鈴夏は嫌な妄想に勝手に囚われ、キリキリと胃が締め付けられていた。
「ゆきぽよってば。別に万引きとかじゃないんでしょ? 何もそんな……」
「いやいや、泥棒と一緒だし」
「ウチのバカどもが廃棄のフランクフルトもらったって喜んでたけど」
「ハルはいいんだよ。こいつらダチでもなんでもねーだろ」
そんなことはわかっている。
わかっている、が。
「じゃあもうわかったから。そのお弁当あたしが……」
「ニンッ?」
-西金市 住宅街-
鈴夏にとっては大きな予定変更になった。
トンボ返りである。
大学の友人に「ちょっと遅くなる」とスマホで連絡している間も、頬にはずっと視線を感じていた。
「ええっと? それで、あなた達……」
「狙いはなんだ」
おねえちゃんと呼ばれている方の女の子が、いきなり切り込んできた。
「料金を払ってもらう必要などはなかったのだ。先のあやつは面倒臭い、という雰囲気を漂わせていた」
「それはぶっちゃけ、そうだろうけどさ」
「あの手合は二、三度までなら同じ手口で弁当をちょろまかせる。口で『警察を呼ぶ』などと言っているうちは本気ではないのだ」
「本気の時は予告なんかしないもんね」
「左様。もう本当、来ないでくれる? と泣かれるまでは余裕があるものだ」
あまり聞きたくもないし、役にも立たない豆知識だ。
むしろ頭痛がひどい。
「生活困ってるんだか知らないけど、また行くとかマジやめなよ。みっともないっていうか……」
「どうせ捨てるものであろう? だいたい、生きるために必死であることの何がみっともないというのだ」
その物言いに、鈴夏は直感的に誰かと似た匂いを感じ取っていた。
ピーンときたというやつだ。
「あはは。ところで、そ、そう、家は? 学生かな。それか……えーと」
「何も話さぬ」
「無骨」
「……しかし、見知らぬ土地で人の優しさに触れて、ちょっぴり嬉しかったのもまた事実。
お主の名前くらいは聞いてやろう。
恩には報いるのが拙者の流儀。困った時には手助けしてやらぬでもない」
「何? 武士なの?」
「貴様、目がついているのか。拙者のどこが武士だ! どこからどう見ても洗練された忍もがもがもが」
瞬時の動きで、黒髪の少女が相棒の背中にへばりついて両手で口を塞いでいた。
「も、もう大丈夫だ妹よ。頭に昇った血は下りた」
「バカだなぁ、おねえちゃんは」
「コホン。話の途中で悪かったな、娘よ」
「娘て」
「恩には報いると言ったであろう。何かこう、ないのか……サッと済む手軽な用事は」
「たとえばどんな?」
「気に食わないヤツでもいないのか? いじめっ子とかだ。拙者が落とし穴でもこさえてひどい目にあわせてやる」
「…………………………」
「他のことでもいいぞ、さっさと言え」
-和菓子いちのせ-
「……ってことだから、お店の手伝いでもしてもらえばいいかなぁと思って連れてきた」
「食べた分を皿洗いで返すみたいなやつだわ~」
あまり表情には出ないが、鈴夏の母親である店主・秋乃は明らかに困惑していた。
連れてきた鈴夏本人も同じなのだからそれは致し方ない。
「拙者は風間ゆら! 怪しい者ではないので安心して用を言いつけるがいい」
「おねえちゃん、甘い匂いがするよ」
「それを言うな妹よ。先ほどから拙者が懸命に、取り巻く景色から意識を逸らそうとしているのがわからぬのか」
「あの、よろしければいかが? おまんじゅうがいいかしら」
「「もぐもぐもぐもぐ」」
やはり、誰かに似ている。
「美味い!」
主には躊躇のなさとか。
「お口にあってよかった。なんの変哲のない和菓子ばかりだけど、代々受け継いできた味なのよ~」
「うむ、この調子で100年後まで受け継ぐとよい」
「それは鈴夏ちゃんと武くん次第かしら」
「うおおい!?」
一人、顔を火照らせている鈴夏をよそに、二人は饅頭を頬張り続けた。
無関心というよりは必死さの表れだ。
「馳走であった! ううむ、恩が増えてしまったな……。
何から手伝えばよい? 拙者は力仕事が大の得意であるぞ」
「そうねぇ」
「お水もください」
「あらあら、どうせならお茶はいかが?」
母の包容力にすっかり安心した鈴夏は、誰も聞いていないのを承知で「行ってきますと」声をかけて店を出る。
(本当はあの子達を連れてく先は警察だったんだろうなぁ……)
今更、言っても仕方ないやつである。
朝のあれこれから1~2時間ほども経ち、そろそろ常連達がぽつぽつと店を訪れ始めた頃。
またも、からんころんと、小気味よい鈴の音が店内に響き渡る。
「ふー、ここは涼しいですね」
客ではなかった。
「あら、ハルちゃん。今日は一人かしら」
ちょうど店主の秋乃といつもの世間話を楽しんでいた常連のおばあさんが、驚きも見せずにドラゴンの姫に声をかける。
彼女がこの町に根を下ろして、はや数週間。なんならその存在は町の名物化しつつある。
「武さんは昨日のリベンジをするって山に行きました。スッポンを捕まえるまで帰らないそうです」
「ハルちゃんは?」
「今日は暑いので」
そう、と秋乃が短い相槌を打つ。
「そろそろお昼時なので何かお手伝いをしてあげてもいいですよ」
「本音がだだ漏れのところ悪いんだけど……ええと、そう! 今日は手が足りちゃってるのよ」
「あ、そうですか」
前例のない秋乃の物言いに一怪訝な顔を見せたハルではあったが、すぐに興味を失う。
「今日のお昼は何を作るんですか?」
「決めてないわね。おにぎりを持たせてあげるから、武くんを追いかけるのはどうかしら」
ドラゴンと猫、二度目のニアミス――
秋乃にやんわり追い払われたハルは、持たせてもらったおにぎりを一人で食べた。
家で食べた。
ハルにとってはただそれだけの1日となった。
一方、店の奥で雑用に励む少女、もとい猫忍の二人はというと。
「こら、たま! またそうやってお主は盗み食いばかり」
「食べられる時に食べておかないと……」
「使い潰すなと言っているのだ。拙者の見立てでは、この家の親子は揃ってお人好し……今後、貴重な餌場となり得る。
味方にしておいて損はあるまい」
「黒い時のおねえちゃんだ」
その区分をするのなら一ノ瀬家は敵もいいところで、この店は敵城の本丸同然なのだが二匹に知る術はない。
「クックク。野望を遂げるその日のため、忍びたるものいくつもの顔を使い分けねばな」
「そんなに長くかかるの?」
「嫌そうな顔をするな。長引くもサッと済むも我らの働き次第! ここでの労働を適当に切り上げた後はドラゴンどもの情報を集め……。
あとは、ウム、速やかにこう、コキャッとな?」
「おー」
聞き流して、妹はまんじゅうをもうひと頬張り。
「ウハハッ! 見ていてくだされ、ハルキ殿。いちの家臣であるところの拙者が必ずや……」
「ゆらちゃん、たまちゃん。いいかしら~」
「ニンッ! 任せてもらおう」
「まあ、忍者~」
無計画と言い換えてもいい状況にも関わらず、二人の表情に焦りの色はない。
自信だけは無尽蔵な二人であった。
Dsharp K
2021-05-27 11:28:53 +0000 UTCシリウスあっと
2021-05-26 08:33:48 +0000 UTC