好きに描きたいように描くのはとても素晴らしいです、自分のスタンスもそれ一本で今までやってます。
正直他の人にも気張らず好きに描いてほしいとは常に思ってますが、まぁ自分の中ではそれについて決めてることがあります。ので、一応書いときます。
とりあえず好きに描くの意味をはき違えないようには常に考えてます。
好きに描く=勉強しなくていい、というのは全く違うというのを肝に銘じてます。
前のアカウントのときは、まぁ上をイコールとして考えてましたね。理由も何となく想像つくので解説しとくと。
自分は小中のときめちゃ勉強が嫌いだったんですよ。勉強はつまんなくてやってて苦しいって認識でした。まぁ高校からはそこそこ頭使うようになってはきたんですけど。
その認識が残ってたんでしょうね。自分の好きなお絵描きに「苦しくてつまんない」勉強を持ち込みたくなかったって感じで
でも、今はその認識をきれいさっぱり消し、少しずつ勉強したりしてます。
好きこそ物の上手なれってやつですわ、一応言っとくけどこのことわざは「好きなことは絶対上手くならなきゃいけない」って意味ではないですからね。
好きな物事に対しての勉強は楽しいですよ。
なんでこの話したかって言うと、ツイッターで回ってきたあれですよあれ。好きなものは好きに描くべきって思想はなんちゃら足引っ張るがかんちゃらのあれ。
まぁ絵師って言われてる人の底辺やら頂点やらの定義については全く理解できないですし興味もないですが、勉強というのはメンタルにけっこう影響するのは分かるのでそこを話したかったわけです。
好きなものを好きに描くの「好きに」が大事ですね、この好きの中というか前に「勉強もして」ってのが入ってれば万々歳です。理想的ですね。一応自分はこれを目指してます
勉強をして理解し納得してスッキリするってのはかなりモチベーションにつながると考えてます。この勉強ってのは絵を完成させるまでに過程に当たるとこですね。
ですが、「好きなものを好きに描く」ってのはその過程をはしょって結果に直接たどり着くって感じです。
つまり、これで描いた絵には結果しかないんですよ、これが少し厄介で評価されてるうちは満たされますが、されないと直ぐメンタルがやられてしまうってのがあります。
過程が抜け落ちてると、自分の描いた絵に対して見えるのが結果しかないので、メンタルが振り回されるってデメリットが絶対に出てきます。
ま勿論、美大生でもなし描く絵全部にそれやってたら別の意味で病みますが、勉強自体はたまにするととても刺激になるとは思いますし、精神衛生上にも逆にいい方向に働きます。
絵の勉強ってのはとても掴みどころがないもので、特に人体の構造とか誰も勉強したがらないんですよね。これはホント。
そういう人って大体が「大事なのは個性とか勢いとか才能」って言うんですけど、別に勉強しなくてもいいですけど自分で首を絞めてるってことを教えてあげたいって感じ
前言ったピンタレストで足100個くらい乗ってるやつを全部トレースするとかやったら大分幅広がりますし、「勉強する=好きに描けなくなる」ってのは一回捨てて、悩んでる人はどうせ趣味だしとか思わずちょっとだけ勉強と向き合ってみるのはいいと思います。
何したらわかんないって人は、割とスレスレなことですけども自分がトレースした足をもっかいその上からなぞっててください