XaiJu
ハルカナ
ハルカナ

fanbox


ショーダウンⅡ 『32:身代わりの対価』

#32 『身代わりの対価』  靴を自ら脱ぎ……裸足の格好になって拘束台の上へとあがりそこに胡坐をかいて綾香は座る。そして上着であるチャイナ服も未練など一瞬も見せず脱ぎ去り、上半身・下半身共に下着だけを着用した格好へと自らなり、促されるよりも前に自分からその台の上に寝る姿勢を取って見せた。それから紅葉の先程の格好同様に両手を上へ……足を肩幅に開いた格好となり、鈴音たちに拘束されるのを待つように体勢を整えた。  麗華はその潔い姿を見て彼女の覚悟の強さを確認しつつも、鈴音と智恵理に彼女を拘束するよう命じた。  指示を受けた二人は手早く綾香の手首に手枷を嵌め、足首にも足枷を巻き付け……そして紅葉の時と同様、足指にも足裏反らせ用の紐を結び付けてそれを枷と繋ぐ作業までを行う。  拘束はすぐに終わり、その台には紅葉と全く同じ拘束を施された綾香の寝姿が晒される事となった。両腕は限界まで頭上へと伸ばされ、手枷が手首をしっかり腕を降ろせないよう拘束している。素足となった足も、肩幅に広げた格好で足首に頑丈な枷が巻きつけられ……更にその枷に繋がった5本の紐がそれぞれの足指に結び付き枷側に引っ張っている格好となった。  彼女はその様な格好になっても暴れず枷一つ鳴らす事なく大人しく拘束を受け入れ、二人に仕置きされるその時が来るのをじっと待った。 「あんた……本当にこれで良いの? 私達のくすぐりがシャレにならないのはあんたが一番よく知っているでしょうに……」  紅葉と全く同じ格好で拘束され直した綾香は、鈴音の問い掛けに緊張した表情を浮かべながらもコクリと頷きを返す。それを見た鈴音はフンと鼻を鳴らしつつ口元に微かに笑みを浮かべる。 「そ? まぁ、あんたが良いなら……私は大歓迎よ? だって……あんたには何度も煮え湯を飲まされてきた恨みがあるからね……」  鈴音は、自分が綾香達のショーにて見世物にされた事をまだ根に持っていた。いつか復讐してやろうと企んではいたが……まさかこんなタイミングでその機会を得るとは思いもよらず、丁度良かったと言わんばかりに口角を上げて笑みを浮かべ直す。  鈴音と同じように智恵理の方にも綾香には思う所があり、彼女も同様にニンマリと妖しい笑みを携えている。 「綾香さん? さっきはよくも私の事……犬みたいに扱ってくれましたね? 口枷を付けさせられて四つん這いにされたあの恨み……忘れてはいませんよ♥」  智恵理はその様に言ってポケットから小瓶を取り出してそれを綾香に見せつける。その小瓶を見て綾香はギクリと顔を強張らせてしまう。 「紅葉さんと同じ格好になって下さるという事でしたら……当然コレも飲んでくださいますよね?」  小瓶の中には琥珀色の美しい液体が半分ほど入っているのが確認できた。  その琥珀色の液体の正体を綾香は良く知っている。 「紅葉さんや牡丹さんにはこの液体を希釈して、睡眠剤と混ぜた香水を振りかけて眠らせましたが……綾香さんには希釈するのは面倒臭いのでこのまま飲んで頂きますが……勿論良いですよね?」  智恵理はその様に笑顔で言うと瓶の蓋を開け、それを綾香の口元へと運んでいく。  そして、不安げに口を閉じていた綾香の唇をその瓶の縁でコンコンとつついてその口を開けろと促す。綾香はその無言の促しに諦めの表情を浮かべ、渋々といった態度で口を開いて見せた。 「少し苦くて舌が痺れるでしょうが……我慢して呑み込んでくださいね?」  智恵理はそう忠告すると綾香の返答を聞こうともせずにその瓶を傾け、彼女の口内に琥珀色の液体を一気に流し込んでいく。  瓶の中に半分ほど残っていたその液体はその殆どを綾香の口内に注ぎ込まれ、綾香の喉を経由して体内に取り込まれていった。 「うっっ! くっ!」  液体の苦みはすぐさま口内に充満し、舌のビリッとした痺れと鼻に抜ける様なメンソール系の清涼感を綾香は最初に感じさせられた。その清涼感がすぐに喉を通過しつつ胃の中にまで流れ込んで来る感覚を味わうが、胃の中に入るとその液体は胃液と混ざって化学変化を起こすかのようにその性質を変質させる事となる。  変化を起こした液体が胃の粘膜に吸収されると、すぐに胸全体がカッと熱くなるような灼熱感を感じ……その灼熱感が一気に爆発するように身体中へと広がる感覚を覚えさせられる。  体中の血管という血管にその液体が流れ込み急速に広がっていく様子は、身体の中の様子ではあるが綾香にもしっかりと実感として伝わっている。  液体が血管の中を通ると、その血管はまるで生き物の様にドクンドクンと拡張と収縮を繰り返し、身体の中心から頭頂部まで……手足の指の先まで伝えられ通過した箇所をことごとく熱く火照らせる。  綾香の身体は上半身だけでなく、脚や手……果ては指の先端の毛細血管に至るまで薬が沁み渡り身体中を焦がす熱さで包み込んでいく。 「ひっっ!? うぅぅっっ!!」  思わず身動ぎしたくなる程の灼熱感を身体中に感じた綾香だったが、その灼熱感は長くは続かずすぐに陽が落ちていくように収まりを見せ……今度はそれとは真逆の感覚を綾香の身体に与え始める事となる。  熱いと感じた指先……そこから、一気に体温が奪われたかのような寒気を覚え……体を蝕み始める。  指先から足首・手首へと寒気が伝い、それから腕・脚へと戻り……胸の中央まで辿って戻る様にゾワっとした寒気が押し寄せて来る。  その寒気が通過した血管は、先程浴びた熱気との温度差に混乱しムズムズと不快な痺れを湧き立たせ始める。それが指先から身体中へと広がり……やがて胸の頂上までも不快な神経の湧き立ちを覚える事となる。  そのムズムズとした不快感は痺れているというよりも“痒くて堪らない”という感覚に近く……手足が自由であれば肌を思いっきり引っ掻きたいと思う程のじれったさを与えられている。 「うくっっ! くぅぅぅ……コレ……思ってたより……ヤバイ……」  掻きたくても掻けないというじれったさは、綾香の身体中の神経を敏感にさせてしまう。  体中の至るところを小さな虫が這い回っているかのような気色悪さにとムズ痒さが感じられ、今まで逆らわずにジッと耐えていた綾香も手や足をモジモジさせて嫌がる仕草を見せ始めてしまう。 「普通でしたら、コレは5倍以上に希釈してから散布するのが適量とされていますが……綾香さんなら問題ないですよね? だって……私達の責めを真摯に受けたいって熱望されたのですから〜♥」  智恵理はその様に綾香に笑いながら漏らしつつその小瓶をテーブルの上へと置いた。  鈴音はその様子を見ながら、小声で「あぁ~あ……真のドSが目を覚ましちゃったみたいね」と呟いて、憐れむように綾香の身体を見渡した。  綾香の体は媚薬の効果か血色良く桃色を帯びているように見える。足先や指先は彼女の意志とは無関係にピクピクと痙攣していて、腰や腹は空気の揺らぎにビックリしているかのように不規則にビクついている。  そして、綾香の顔は……不安に苛まれているのか血の気が引いた青みが掛かっているが、それとは裏腹に頬や鼻先、目元の肌は欲情しているかのように赤く熟れて見える。 「ハァハァハァ……うくっっ! くはぁ……はぁはぁ……」  時間が経過するごとに息遣いは荒くなっていき、吐いている息に熱と湿りがこもり始める。  肌の血色は良く見えるが身体の至る部位が刺激を受けてもいないのにピクピクと小刻みに震え、体中の神経が敏感になっている事を如実に表してしまう。  智恵理はその綾香の姿を見てニンマリと優越感に浸る笑みを浮かべ“媚薬”の効果が最大限発揮されたと確信を持つ。彼女はそれを鈴音にも目配せにて共有し、頷きを入れて罰を行う用意を無言で促していく。 「ハァハァ……ね、ねぇ! アレは……何? 綾香は……何を……飲まされたの?」  一方で、ステージ端へと運ばれ壁にもたれるように座らされていた紅葉は、綾香の一部始終を見届けながら隣に同じように座って見ていた麗華に質問を投げかける。 「アレは、飲んだ者の神経を過敏にする“媚薬”の一種ですわ♥」 「び、媚薬!? 媚薬って……その……身体を無理やり発情させるっていう……アレ?」 「そう。でも、あの薬はエッチな気分にはなりませんの。アレは単純に体中の神経を敏感にするだけの効用しか含まれませんわ。ですから、くすぐったくはなっても……発情とかはしませんわね♥」 「神経が……敏感に?? それって……どれくらい?」 「あら、同じ効用の薬をあなたにも吸わせてあげましたから……効果はご存じでしょうに?」 「わ、私にも……吸わせた?? い、いつそんな……」  紅葉がその様に問いかけると麗華は彼女に見える様に香水の瓶を持つ真似をし、その香水瓶を噴霧する手真似をして見せた。それを見た紅葉は、自分が眠らされたあの瞬間にその媚薬を取り込んでいたのだと理解し表情を曇らせていく。 「あ、あの時? あの吹き掛けられた香水に……あの成分が含まれていたの?」  麗華は紅葉の言葉に正解だと言わんと知るように頭を一つ頷かせて見せる。 「だ、だから……私の身体、変だったのね? 触られてる感触がやけに鋭く感じたし、触られなくなっても手が這い回っているかのような余韻がずっと消えなかった……」  紅葉は自分の体の微妙な変化に気付いてはいたが、それが薬のせいだとは思ってもいなかった。拘束されくすぐられるという特殊な状況だから身体が緊張しているだけなのだろうと……その程度にしか思っていなかったが、今にして思えば確かにおかしな点はいくつも思いつける。  やたらと鮮明に感じられるこそばゆい刺激……くすぐりが終わってもなお残り続ける不快で耐え難い掻痒感……そして同じ箇所を何度も触られているにもかかわらず一向に慣れない刺激達……  それらは全て秘密裏に盛られていた薬が原因であったと理解し、同時に牡丹に対する違和感もそれが原因であったと察してしまう。 「じゃ、じゃあ……牡丹さんのあの反応も……」  いつも穏やかで……冷静で……自分の前では決して表情を崩すことのなかった彼女が、なぜあんなにもくすぐりの刺激に大袈裟なリアクションを取らされていたのか……その原因が自分と同じで薬のせいだと分かり合点がいった。 「貴女方に仕込んだ薬は綾香さんが飲んだ原液を5倍に薄めたものでしたが……今彼女が飲んだのは原液そのまま……。ですから、効果は貴女が感じた感覚よりも鋭敏になっている事でしょう……」  麗華がその様に零すと、紅葉はぼやけていた目をカッと開いて麗華の顔を振り返って見る。そして慌てる様に顔を拭っていたタオルを投げ捨てて、麗華の肩を強く掴んだ。 「な、なんですって? 薄めずに原液のまま飲ませたっ!? 媚薬をッっ?」  ブンブンと掴んだ肩を振って“なぜ飲ませたのよ!”と訴えかける紅葉に麗華は面倒臭そうに顔を歪め、彼女の肩掴みから逃れる為に身を少し離す。 「えぇ……それも、綾香さんが望んだ事ですから……」  麗華は悪びれる事なくその様に返答するが、紅葉はそんな言葉では納得がいかない。彼女は麗華を追求しようと更に身を近づけさせ、麗華の肩を再び掴もうと構える。 「じゃ、じゃあ何? 今のアイツは……私の時よりも感度が上げられているって事? 拘束されて身動きが取れない状態なのに?」 「そ、そうなりますわね……」 「なんで? 何であいつはそれを望んだのよ! あいつだって2年前に味わったんでしょ? くすぐりの辛さをっ!!」 「え、えぇ……まぁ……そうですね。確かに……綾香さんは2年前、わたくし達の制裁を受けております……」 「苦しいって分かってるのに……なんでそんな……。それに、何で私の身代わりなんて務めるって言ったのよ! 私はあいつの事恨んでいたのよ? あいつだって……私のした事に恨んでる筈なのに……」  紅葉は麗華の肩をしっかりと掴んでその様に問い質す。麗華はそれに迷惑そうな表情で応え、渋々言葉を返していく。 「うぅぅ……ん、そうですわね。彼女がなぜ身代わりを申し出たのかという細かい心情は分かりかねますが……しかし、どうやら貴女に対しての恨みは彼女には無い様に見受けられましたわよ?」 「恨みが……無い? 嘘よ! あんな……辱めを強要されて……プライドの高いあいつが恨んでいない筈が……」 「彼女も彼女なりに後悔していると……そして自分が生んでしまった罪を償いたいと……そう仰っていましたわ……」 「こ、後悔? あいつが……?」  昔の綾香を知っている紅葉にとっては麗華の言葉は到底信じられものではなかった。あのプライドの塊のような高慢な態度を見せていた綾香が……罪を償いたいなど言う筈がない、っと、そう思っていた。  麗華も二年前のあの日までは彼女と同じ感想を持っていた。綾香が人の為に自分の身を犠牲にするような事はしない人間だと……決めつけてかかっていた。しかし、現実はそうではなかった。綾香は夏姫の為に身を挺するという献身を見せるし、今では処遇を決めた自分達のみならず結城社長やショーのスタッフ、ホテルの給仕係やベルボーイに至るまでも感謝の意を示す程に心根の奥に彼女なりの優しさが眠っている事を麗華は気付かされている。  それを知っているが故、正さないとならないと麗華は思った……  紅葉がまだ知り得ていない……過去の真実と……本当の現実を…… 「貴女もご存じでしょう? 綾香さんが10年ほど前“バトル・ザ・マジシャンズ”というネット番組に出ていた事を……」 「えぇ……勿論よ! 私が……煮え湯を飲まされたあの忌々しい手品番組……」 「そこで綾香さんは連勝を重ね10勝目に挑む所までコマを進めていた……」 「そうよ。その10戦目の相手が私だった……私になる筈だったのよ!」 「綾香さんはその10戦目を突然辞退して番組を去った……そして、程なくしてその番組も終了する事になる……」 「くっ……よく知ってるじゃない! あいつが去ったせいで私の華々しいデビュー戦が取り消しになった! それから出番を待たされた挙句父が捕まって番組も無くなった! 全部あいつのせいよ! あいつが逃げたから私は路頭に迷う事になったのよ!」 「逃げた……ねぇ?」 「……っ? 何よ! あんたもあいつの肩を持つって訳? 私はあの時……番組の終了はおろか、父親も訴えられてどん底に落とされたのよ!」 「貴女のお父様……日野 充(ひの みつる)さんは……番組のプロデューサーでもありましたわよね?」 「……そ、そうよ! 何でそんな事まで知ってんのよ!」 「充さんは……娘である貴女を自分の番組でデビューさせるつもりだった……。しかし、貴女がデビューを飾る前に“暴行罪”に問われて警察に捕まりましたね……」 「フン! お陰で番組は終わってしまうし、キャスト達からも出演予定のギャラを払えだの補償しろだの散々言われて大変だったわよ!」 「そうでしたか……それは、ご愁傷さまですわね。しかし……貴女のお父様が捕まったキッカケの事件については……貴女はご存じですか?」 「キッカケ? さぁ、知らないわよそんな事……。誰かに暴力を振るったとしか……」 「でしょうね……。あの事件は番組側も世間に知らせたくない内容でしたから……身内にも知らせなかったというのは当然の処置でしょう……」 「な、なにそれ? まさか……あんた知ってるの? その……事件の詳細を……」  麗華はそこでフゥと息を一つつき紅葉の顔をしばし見つめる。これ以上の内容を話して良いものかと少し思案するが、ここまで話しておいてもったいぶるのは良くないかとすぐに思い直し再び続きを話し始める。 「わたくしも全部は知り得ていません。しかし、少なくとも……綾香さんもその“被害者の一人”であるという事だけは確かな事です……」 「はぁ? あ、綾香がっ……被害者?? 何よそれ……どういう事?」  麗華の話を聞いて紅葉は驚愕のあまり表情が固まってしまう。その反応を伺いつつも麗華は淡々と事の顛末を話し続けていく。 「貴女のお父様はネット番組を運営しつつ、地上波にもマジシャンを扱った番組を持っておりましたわよね?」 「え、えぇ……深夜のバラエティー枠だったけど、いちおは……」 「彼は、ネット番組で自分の気に入ったマジシャンに声をかけて“地上波に出演させてやってもいい”と言っていたのだそう……」 「……っ!?」 「彼はネット番組の方で売れそうなマジシャンを見出して、時期が来れば地上波に出してその番組の認知度を高めようと……そう計画をしていたみたいですの……」 「……た、確かに……バトル・ザ・マジシャンは……新人のマジシャンが多く在籍していたし、その入れ替わりも激しかったと覚えてるけど……」 「10連勝出来たら有名なマジシャン番組への出場権が得られる……というルールがあったと思いますが、しかし誰も10連勝なんてした実績はなかったでしょう?」 「……そう……ね。確かに……9連勝まで出来ても、その先はシナリオによって敗北するのがお決まりになってた……」 「貴女のお父様は10連勝にリーチがかかったマジシャンを事前に呼んで“次の試合は負ける様に”と、指示していたそうです。その代わりに自分の地上波の番組に特別に出してやる……という条件を付けて……」 「……それは……私も薄々そうじゃないかって思ってた。現にその番組には負けて出演する事になったマジシャンが多数いたし……」 「綾香さんも同じように呼び出され、同じ条件を付きつけられた……」 「……うっ!」 「そして、それを綾香さんは了承したけれど……事件はその後に起きた……」 「……っな、なに? 事件??」 「貴女のお父様は……綾香さんを犯そうと、襲ってしまったんです」 「……ッっ!?!?」 「幸い……その事件は“未遂”に終わりますが……トラウマを負った綾香さんはその番組を降板する事となり……表の世界から姿を眩ませる事になります……」 「ちょ、ちょっと待って! 綾香が……襲われた? 私の父に??」 「綾香さんはその時彼を訴える事はしませんでしたが……貴女のお父様はバレなかったのを良い事に同様の事件を別の人間にも行ってしまい……次に襲われた女性が警察へ通報した……」 「それで……訴えられて、捕まった?」 「そう。そして、余罪も次々判明し……以前から犯していた暴行事件も掘り返され……」 「番組は当然打ち切り……。私は路頭に迷う羽目になった……」 「これが私の知り得た一連の事件の流れですわ。貴女が路頭に迷う事になったキッカケも……綾香さんが業界を去るキッカケになったのも……」 「全部……私の父のせい……だったの? それを……私は……綾香が全部台無しにしたんだと思い込んでいた……?」 「綾香さんはそれでも紅葉さんが落ちぶれたのは自分のせいだと……負い目を感じていらっしゃいますわ……」 「な、なんで? あいつも……あいつだって……被害者だったんじゃない!」 「えぇ……でも、番組を去って貴女のデビューを阻害してしまったのは事実ですし、あの時気力を振り絞ってでも番組に出続けていれば、少なくとも紅葉さんはスポットライトの光を浴びれる立場になれたんじゃないかって……曲がった人生を送らずに済んだんじゃないかって……彼女はそう思って後悔していましたわ……」 「なっっ! ど、どこまでお人好しなのよ!」 「しかし、彼女がそう思うようになったのはあくまで最近の事で……事件当初の彼女は、そんな感情なんて持っていませんでしたわ。自分は被害者だとも思っていましたし、怖い思いをした復讐もしてやりたいと思っていた……」 「……っ! そ、そう言えば……綾香も……イカサマに手を……」 「そう。貴女と同じで……恨みを怒りに変えて不正に手を出した……」  紅葉はそこまで聞いて、ふと自分の両手を開いてそれに目を落とす。自分の不正に汚れた手……その原因が自身の怒りによって焦がされた手であったと思い返し、綾香の心情を察する。  きっと彼女も……拭え切れなかった憤りをイカサマによって昇華してしまおうと考えたに違いない……それは自分も辿った道であり、つい最近までそれが自分を癒す最高の手だと信じて疑わなかった。 「でも……そんな綾香を……断罪したんでしょ? 二年前に……あんた達が……」 「そう。わたくしは彼女を調査し、その事実を知って……彼女の暴走を止めたいと、そう思って断罪する事を決めました。まだわたくし達が正式な保険調査員として着任する前……最後の試験調査という名目で、あのカジノに出向いたのです……」 「それで……助けてやったのよね? 断罪した後に……」 「えぇ……そのつもりでした。しかし正直、何もかも上手く収まったかと言われれば……そうではありませんでした。お客さんから買った恨みは想定よりも広く大きく……陰湿で凶悪極まりない復讐を一部で促す結果となった……」 「復讐……」 「わたくしは……貴女に関しては綾香さん程の情をかける価値は無いと……そう思っています。勝手に勘違いし勝手に逆恨みした貴女に情をかけても意味はないと……そう思っていました……」 「……くっ!」 「でも、綾香さんはそうは思わなかった……」 「……!?」 「彼女は……自分のせいで不利益を被った人間……その全てに償いを返したいと、そう思っているようなのです」 「不利益を被った人間……全てに……償う?」 「貴女の素性を知った時……綾香さんも察した筈です、貴女が……あの自分を襲ったプロデューサーの娘だろうって……」 「うっ、うぅ……。知っていて……何で私の為に……こんな……」 「なぜあなたの身代わりになりたいと申し出たのか……さっきも言いましたが、その真意までは分かりません。しかし、少なくとも貴女だけの罪にするという事には我慢ならないという様子でした……」 「な、なんなのよ! 意味わかんない! 勝手に私の事負けさせておいて……今度は勝手に身代わりに? 馬鹿じゃないの?」 「わたくしも……止めましたが、まぁ……彼女は強情ですので……聞く耳を持ってくれませんでしたわ♥」 「フ、フン! こんな事で私に恩を売る気かしら? 身代わりになったぐらいで……私の気が晴れるとでも思ったの? ふざけんじゃないわよ! そんな事実なんて聞かされても……私は自分が悪いとは思ってないわよ! 父の件だって結局未遂で終わったんじゃない! だったらやっぱり……あの時あいつは私に負けるべきだったのよ! 負けて去るべきだったのよ!!」 「フフフ……やっぱり開き直るのですね?」 「……はぁ?」 「いいえ、わたくしもきっと紅葉さんには響かないと思いますよって……進言したんです。しかし、綾香さんは“それでも、自分の気が収まらないから”って言って聞きませんでした……」 「くっ! あ、あいつ……」 「ですから、わたくしから提案させて頂いたのです」 「……提案?」 「もしも……入れ替わって紅葉さんに何の変化も見られないなら……今回の件は綾香さん一人に責任を負って貰うようにする……と……」 「は、はぁ!? 責任を……綾香が……負う?? な、何で?」 「彼女は罪を償いたいと……そう仰られました。人の人生を曲げてしまた罪を……どうしても償いたい……と、そう強い意志で仰られたのです。ですからわたくしは彼女に言いました……」 「……っ?」 「それならば……紅葉さんの罪を背負ってみるのは如何でしょうか? と……」 「……ッっ!?!?」 「ギブアップは勿論無し……休憩も無し……カジノが閉店するまでの時間、徹底的にくすぐられ続けて……最後にはお客さんにこう言うつもりです。“彼女がココのカジノで不正を裏で操っていた真犯人だった”と……」 「な、何を言ってるの? それは……事実とは違うじゃないっ!!」 「そう……事実ではありません。しかし、綾香さんはそれを了承の上……望んで拘束台に磔にされているんです♥」 「全部……って……ホントに全部の罪を被る気? あいつが……一人で??」 「まぁ、支配人の百合子さんの罪までは被せるつもりはありませんが……少なくとも貴女の罪は綾香さんが被って下さるようですよ? 良かったですわね? 貴女は無罪放免という事です……」 「無罪……放免?? 私が……?」 「嬉しいでしょう? もう……苦しい思いをしなくて済むんです♥ 辛い思いもしなくて済むし……これから何の不自由もなく暮らす事が出来るのですよ♪」 「本当に……私は助かる? 本当に……私……裁かれなくて……済むの?」 「えぇ。貴女の罪は……ぜ~~~んぶ、綾香さんが背負ってくれます♥ ですから、感謝してくださいね? 彼女に……」 「うっっ……くっ……」  紅葉はそれを聞いて胸がざわつく感覚を覚えた。  綾香によって助けられた……その事実は安堵こそすれ不安になる事など無い筈なのに……  素直に喜べない自分が居る。これを容認するのは間違っている……と、小さな良心が小さな針に刺されている様な痛みを胸奥に感じる。  この感情は……本当に自分に沸いた感情なのか? それは本心でそう思っているのか?  紅葉にはまだそれが理解出来ていない。理解出来ていないから苦しい…… 「さぁさ、紅葉さん? 折角なので綾香さんが無様に笑い狂う姿を特等席で見て楽しみましょう♥ 貴女にも恨みがあったのでしょう? でしたら……丁度良かったじゃありませんか♪」 「うっ……うぅぅ……」  麗華の言う特等席とは……まさに今いる場所、綾香から少し距離を開けたこの位置にいることを示す。綾香が泣き叫んでも良心の呵責が疼かないで済むギリギリの距離感……しかし、彼女が苦しむ様子はしっかりと鑑賞できる絶妙な離れ具合……。麗華はそれを敢えて紅葉に教えるように、肩に手を置いてその場に留まることを暗に示す。そして、肩に僅かな圧を掛けながら囁くように言葉を掛けていく。 「貴女も知っているでしょう? “くすぐり”が……どれほど人の感情を狂わせ、苦しめる刺激なのか……」 「……ひっ!?」 「綾香さんの笑い苦しむ様を見て安堵すると良いです……。本当に……アレが……自分じゃなくて良かった……と♥」 「ひ、ひぃぃ!」 「これからの時間は、クールでカッコいい椿綾香という人間は居なくなります。代わりに……みっともなく涙や涎を撒き散らしながら悶え苦しむ……ただの生きた笑い人形を見る事になりますわ♥ それはもう……人間ではない笑い方で泣き叫んでくれる事でしょうから……フフフ……楽しみで仕方がありませんわね♥」  麗華は興奮を抑えきれないと言わんばかりに頬を赤らめ熱い吐息を零しながら綾香の方を向く。ステージの中央では……足元に待機した鈴音と、綾香の腹部を跨いで座っている智恵理が今にも綾香の身体を触ろうと手を構えている様子を見る事が出来る。  紅葉はそれを怯える様な目で捉え、そして震えを催してしまう。  自分がさっきまで受けていた……あの刺激を思い出して……  綾香がその刺激に笑い狂って、苦しそうにのたうち回る姿を想像して……


More Creators