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ハルカナ
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ショーダウンⅡ 『19:意趣返し』

#19 意趣返し 「さて、動けない所申し訳ないけれど……ちょっとトランプ、借りるわね?」  後ろ手に腕を縛られ、犬の様に四つん這いの格好にされていた赤い長髪のバニーに綾香はその様に語り掛け、彼女の服のポケットから新品のトランプを1箱抜き去っていった。  バニーは訴えかける様にタオルを噛まされた口で「う~う~」と唸るが、綾香はその訴えを無視しつつトランプの包装を雑に破いて紅葉の方を振り返る。 「それじゃあ……改めてゲームの流れとルールを説明するわ。まずヤるゲームは今まで通りポーカー勝負でOK……役の強さも公式のルール通りでいくわ……」  トランプのデッキを箱から取り出した綾香はそのトランプを無造作にカットし始め、中身を高速で混ぜる仕草を取る。紅葉は腕を胸元で組んでその様子を怪しむ目で観察するが言葉は返さない。 「あぁ、そうそう……今は私がカードを混ぜてるけど……この後あんたにもちゃんと混ぜさせてあげるからそこは安心なさい?」  綾香はそのように釘を差してしっかりと念入りにカードをカットし中身をランダムに混ぜていく。その彼女の手つきは、昔見た“カード捌きの女王”の面影を感じさせ……紅葉に懐かしさと畏怖の念を同時に思い起こさせた。 「カードを混ぜ終えたら、シューターにカードを納めるけど……これは私にやらせて貰える? あんたがこのシューターに“何らかの小細工”を仕掛けているのは明らかだから……あんたに触れさせるわけにはいかない……」  カードを高速できった後は、何度かゆっくりとカットを行い……最後にしっかり混ぜた事を証明するようにカードを表向きに返して、テーブルの上に扇上にスライドオープンさせて見せそれを紅葉にも確認させる。  それを見た紅葉は、今しがた綾香の言った“何らかの小細工”という言葉を思い返し、口角をほんの少し上げて笑みを浮かべてみせる。 『なぁ~~んだ、綾香ちゃんはまだ私のイカサマのタネをちゃんとは理解してないのね? シューターが怪しいと見ているのはまぁ正解だけど……でも、その処置は間違っているわ♪ だって……私が手を触れなくてもイカサマは勝手に発動するんだから……』  扇状に広げられたカードは全てがランダムに混ぜられてあることが確認出来、紅葉はカードを見ながらコクリと頷きを綾香に返して見せる。  綾香はそれを確認してテーブルの上に広げたカード群をサッと一撫でするかのように掬い上げ、元の一束のデッキに形を戻していった。  そして、その一束に戻したデッキをもう一度ひっくり返して裏面を上に戻してからテーブルの中央へ置き、紅葉を促すようにそのカードの束へ右手を指し出した。 「約束通り、山札の半分……あんたが混ぜなさい? 私は残りの半分を混ぜるから……」  その様に促され紅葉は黙って山札の大体半分くらいを手に取って混ぜ始める。それを見ながら綾香も残った半分くらいの束を手に取り、再び札を高速でカットし始めつつ視線を彼女の手元へと集めクスリと笑った。 「あらあら……。あんたってばマジシャンなのに感覚だけでちゃんと半分に取れないのね? こういうの……経験値を積んだマジシャンなら指で触れさせただけで半分を取る事くらい余裕で出来る筈なのに……」  綾香は自分の混ぜるトランプの束が半分より少し少ない事を手の感覚で敏感に察知し、呆れるような声で紅葉を挑発した。その挑発を受け、紅葉は「チッ!」と舌打ちを聞こえるように打って綾香に睨み目を返す。 「別に……半分キッチリ取ろうと思わなかっただけよ! あんたに従うってのが癪だったから適当に取ってやってただけ! 取ろうと思えば……私だって取れるわよっ!」  綾香のカットは明らかに自分のカットよりも素早くて正確だ。一方、自分のカットは勢いこそあるものの混ぜたカードの端がバラバラで揃う事が無く、バラバラになったカード端をいちいち綺麗に戻す手間を挟みながら混ぜているものだから綾香よりも圧倒的にカットするスピードが遅い。それをまざまざと見せつけられ、紅葉は奥歯を強く噛んで悔しい衝動が押し上がって来るのを噛み殺した。 「そっ? まぁ……別にどうでも良い事だけど……でも“その程度の腕”で私に挑もうと考えていたのだったら、あの時(7年前)勝負をしなくて正解だったんじゃないかしら? だって……恥かく事になってたわよ? マジシャンとしての力量が圧倒的に無さ過ぎて……」  綾香はしっかりとカードを切り終え、札の束を再びテーブルの中央へ置き直した。紅葉は綾香のその辛辣な物言いに怒りを露にしながらもその山札の上に自分が混ぜた束を重ねていく。 「フン! あの時は別にカードマジックであんたに勝とうなんて思ってないんだから……今更そう言われても悔しいとも何とも思わないわ!」 「そう? じゃあ……私に“何”で挑もうとしてたのかしらね? 今の貴女と同じで“イカサマ”とか?」  綾香の挑発に紅葉は顔を真っ赤に染めて怒りを露にする。その怒りに震える顔を可笑しそうに見ながら綾香はカードの山をシューターへと納めていく。しかし、紅葉の方はすぐに怒りの表情から恨みがましい面持ちへと表情を変化させ、その当時の裏事情をゆっくり話し始める。 「あの時……あのネット番組のプロデューサーは、あんたを“降板させる”ために策を講じているって言ってた! 私はその策ってやつを聞かされなかったけど……彼は言ってたわ、今後はあんたの代わりに私が番組の顔になて貰うって!」 「……策? プロデューサーが……そんな事を言っていたの?」 「えぇ! あんたは当時……あの番組が用意した台本を無視して好き勝手に振舞っていたでしょ! プロデューサーの意向も汲まずにっ!」 「………………!」 「あのネット番組は生放送が主体だったから、あんたみたいな自分本位な演者がいると迷惑だったのよ! だから降板させたいって……あいつらは思ってた!」 「………………」 「あんたは自分勝手に勝ちすぎて干されたのよ。あの番組のシナリオに従わなかったから……」  そこまで聞くと綾香は小さく頷いて息を零す。そして、昔の自分を思い出すかのように神妙な面持ちで天を仰ぐ。 「成程? それで合点がいったわ……。要は私が暴れすぎて番組にならないって判断したから、そのプロデューサーは私に“あの男”を紹介したって訳ね? それであんなクソみたいな別番組を餌に凶行に及んだ……と……」 「……はぁ? あの男? 別番組? 凶行ぉ? 何の事よ……それ?」 「ううん……何でもない……」  綾香は苦々しい過去を思い出し、軽い頭痛を覚えながらも紅葉には溜息交じりに真相を語るのを濁した。7年前のあの日……地上波の番組関係者の偉いさんがお前を気に入ったらしいから会ってみろ……とプロデューサーから言われた綾香は、その男の待つホテルの一室へ向う事になった。結果、綾香はその男にトラウマを植え付けられ、そのトラウマによって綾香は男そのものに恨みを持つようになりイカサマを行うようになったという過去を持つ。  あの日……プロデューサーがなぜ自分をあの男に突然紹介し、自分を向かわせたのか……今の今まで理解出来ていなかった。しかし、紅葉の言葉でようやく合点がいった。  その男がどういうヤツかを知っていたプロデューサーは、どっちに転んでも綾香が番組から去るだろう見越して……紹介していたのだ。  男に気に入られてその番組に出るも良し……その男を拒絶してショックを受けて界隈から去るもよし……どちらでも良いと考えてプロデューサーは綾香に紹介していたのだ。自分の番組からじゃじゃ馬を追い出す為に…… 『どおりで……辞めたいって言ったらすんなり辞めさせて貰えたはずだ……。しかも私は番組から逃げたって扱いにされていた……。それもあいつの“策”とやらの一部だったのか……』  綾香は当時の裏の真相が分かり、呆れの息を再び零す。その息は紅葉に零した溜息ではなく……自分自身に対する呆れの息だった。 『あの時は……私も調子に乗ってたからなぁ~。そりゃあ……扱いづらいって思われるのも当然だし、そういうキャストが制裁を受けるのも無理はない。でも、せめて当時……そんな裏の動きがあったと気付けていれば……私は……その後あそこまで荒んでひねくれなくて……済んでたかもしれなかったのに。プライドの高さが邪魔して……自分が一方的な被害者だと決めつけて……ろくに考えもしなかった 。それは……私の罪ね……』  綾香も被害者であるのは間違いないが……自分の鈍感さがその後の人生に歪みを生じさせてしまった事には我ながら呆れてしまう。あの時もっと冷静に考える思慮深さがあれば……と後悔するが、しかし今更それを悔いても何も元には戻らない……  今は……目の前の“被害者”と向き合って……勝負に勝つ事を考える以外に贖罪にはならないだろう。自分の至らなさが生みだしてしまった被害者が……今度は加害者として関係のない者を食い物にしている。それは2年前の自分を見ているようで……痛々しくて見てられない。  勝負に勝って自分の過ちに気付いて貰うしか……今の彼女に綾香が処方できる良薬は無い。だから、この勝負は絶対に負けられない。意地でも勝って目を醒まさせるしかない……。  過去の自分がそうされたように…… 『私も……勝負に負けて目を醒ましてもらったクチだから、こいつにもそれを味合わせなきゃ……。そして、もし可能であるなら――』  綾香はシューターの蓋を蓋を閉めた後、準備完了といわんばかりにそれの上面をポンと軽く叩いて改めて紅葉の顔に視線を戻す。そして、思案に耽っていた自分を勝負に向かう自分へとリセットするかのように視線を鋭くし直し……得意のあの冷笑を口元に浮かべなおしてみせた。  紅葉は顔の表情筋を引っ張られるような緊張をその冷笑に強いられた。 『な、何よ! 昔の事を言い出したかと思えば……今度は人を下に見る様な笑みなんて浮かべてっ!! なんか……ムカつくんだけど!』  紅葉は心の中でその様に毒を吐き、冷笑を浮かべる綾香を警戒するように睨み返す。それを見て綾香は少しだけ笑みを柔らかく崩し、途中になっていた勝負の説明を再開させる。 「さて、これで準備完了だけど……ここからの流れはまだ話してなかったわよね? これからそれを説明するわ……」  綾香はそのように言い、人差し指を1の形にさせて怒り顔の紅葉の視界に入れる。 「1つ。最初の手札を配る作業はあんたがやりなさい……配り方は自由。私は手を付けないから……」  綾香はそう言って紅葉の表情の変化を観察する。紅葉はそれを聞いて「なんであんたがそれを決めるのよ!」と怒りの声を零したが、口元には僅かな笑みが浮かんでいて満更でもない様子が伺えた。 『馬鹿ね……こいつは何もわかってない。配り方は自由って言った時点であんたはこのシューターの仕掛けも、私のカードを見る仕組みも何もわかってないって事を証明したようなものよ! コレの仕掛けを知っていればそんなセリフ吐けるわけがない! だってそれは自分で地雷を踏みに行くようなものだもの……』  紅葉は心の中で高笑いを零していた。  綾香がどんな言葉で罵ろうと、結局彼女は紅葉のタネを理解出来ていない。  そうであるなら……彼女の言葉など何も響いてこない。だって……これから自分に敗北を喫する事が確定しているのだから、負け犬の遠吠えくらいにしか思えなくなったのだ。 「2つ。カードは必ずカードホルダーに差す事! これはあんたが言ったようにイカサマを防止するのに有効だと思うから……それはそのまま使わせて貰う事にしたわ」  綾香は人差し指に続き中指も立てて2の数字を指で表す。紅葉はその言葉を聞いても心の中で高笑いが止まらない。 『キャハハハハハハハ!! 馬鹿ね……ホントに馬鹿な奴ね!! 何も気付いてない……あんたは……本当に何も気づいていないっっ!!』  紅葉の心の笑いは現実の彼女の口元の形に宿っていた。ルールを提示すると言って勝手に主導権を握ったかと思えば自分から墓穴を掘るようなルールを述べている……そんな哀れな綾香に愉悦の感情が溢れ出し、口元を歪ませ続ける。 「3つ。最後の交換札は私が配る権利を貰う。これはさっきの麗華のルールと逆ね……最後は私がカードを配って勝負って流れにさせて貰うわ」  薬指が立って3つ目のルールを宣言した綾香……。その最後に配るというルールが告げられた紅葉は、今度は心の中で舌打ちを零し、明らかに不機嫌そうな表情をその顔に作ってしまう。 『チッ! 意趣返しってそういう事? ホントにまんま麗華ちゃんとの勝負の逆ルールになってるじゃない! まぁ……良いけどね? 私が最初の手札を配れるのだから……そこである程度強い役を自分に入れておけば、こいつに勝ち目はなくなる筈だもの……』  その様に心の中ではほくそ笑みながらも、紅葉はワザとらしく目を睨む形に変え綾香に抗議の言葉を返す。 「ちょっと! なんであんたに配る権利を与えないといけない訳? 私がそういう風にルールを決めるのは良いけどさ……あんたが一方的に押し付けるってのは如何なもんよ?」  紅葉のその物言いに綾香はフゥと溜息を零し頭を軽く頷かせて見せた。そして、その反論に答えを返すかのように小指を立てて4つ目のルールを開示した。 「4つ目。そう言うと思ったからあんたにも優遇措置を与えるわ……それは、麗華にも認めていた“降りる権利”を無償で付けてやるってルール……」  紅葉はその言葉を聞いて目を丸くさせた。 「お、降りる権利って……まさか……私が降りる事を認める……って……コト??」  紅葉が泡を食ったように驚きながらそう零すと、綾香はそれに大きく頭を縦に頷かせてその通りだと返してあげた。  そのリアクションを見た紅葉は片手を上げて勝利を確信するポーズを頭の中で浮かべた。 『はっっははっ! 馬鹿だ……やっぱりこの女……馬鹿だった!! 私に降りる権利を当てたら……イカサマし放題になるって気付かないのかしら? 私のアレは100パーセント勝てる補償は得られない……結局自分の引きが悪くて良い役を揃えられないってパターンがあるのに、降りる事を認めたら自分の手が良くなるまでやり直す事が出来てしまうじゃない! 馬鹿ね……ほんっっとに馬鹿ね! 馬鹿過ぎて呆れたわ♥』 「それで許して貰えるかしら? ディーラーに降りる権利を与えるなんて……前代未聞だけど……」 「……フ、フン! しょうがないわね。でも、あんたに降りる権利は与えないわよ? 私が勝負したいって言ったら……間違いなく勝負なさい!」 「……えぇ。分かった……」 『あは~~~♥ 私ってば天才! ついでにこいつの降りる権利すらも奪い取ってやったわ! 普段から冷静に振舞う訓練を積んできてよかったぁ♥ あいつってば……私の内心なんて気付きもしないで勝手に自爆していってくれる♪』  紅葉はしてやったりと言いたげな舌を心の中で見せつける。そして、追撃の手を緩めないと言うように降りのルールについての正確な条件を綾香に確認を取る。 「降りる事を宣言するタイミングはさっきと同じよね? 交換札を配り終えた後……自分の役を確認して最後の勝負を行う前に宣言して良いのよね?」  紅葉がその確認を取ると、そこで初めて綾香の手がピクリと震えて動きを止める。  そして、少しの考える間を開けて「えぇ、それで良いわ」と、何とも不服そうな表情を作って頭を頷かせる。 『流石の綾香ちゃんも“優遇し過ぎたか”って思ったみたいね? 私がイカサマしている事を疑っているだろうし……そこまで優遇したら勝てなくなるんじゃないかって思ったんでしょ? でも残念ね……今の確認で綾香ちゃんに勝ちの目は一切無くなった♥ あんたが勝手に自爆したのよ……自分が主導権を握っているとか勘違いして……』  綾香の返事に喜んだり不満の表情を作ったり、そうかと思えば目を見開いて驚いたり……そして今は自信にありふれた笑顔を顔に作っている紅葉……。綾香はその表情が全て顔に出ている彼女を見て、思わず「フッ」と憐れむような笑みを零す。 『哀れね……。そんなに感情が表情に出てしまっていてはマジシャンどころかディーラーでさえも適任ではないと言えるのに……。ここのオーナーはそういう教育はしてあげなかったのかしら? 感情制御はディーラーの基本よ? そんなに喜んでいては……頭の中で何を考えているかバレバレじゃない……』  綾香は無邪気に喜んでいる紅葉の顔を憐れむように見つめ……そして、4本立てていた手に5本目の親指を追加で立てて最後のルールを語り出す。 「5つ。私は……この預かった2億という大金を全て賭け続けるわ。だからここからは、全て……2億の勝負をヤってるって思いながら戦って頂戴?」  そのように言って綾香はテーブルの下に置かれていた二つアタッシュケースを持ち上げテーブルの上にドカンと置く。それからケースのロックを全て外して札束で埋め尽くされた中身を紅葉に存分に見せつけてた。 「はっ? に、に、二億っっ!? 二億……ですって!?!?」  紅葉は……その非常識な賭け金に先程以上に目を見開き素直な驚きを表情に浮かべてしまう。 「に、に、二億を……一気に賭ける?? あ、あんた……それ本気で言ってんの?」 「そっ♥ その方が良いでしょ? ダラダラ長時間“遊ぶ”よりは……」  紅葉は綾香の発言に眩暈がしてくる程の驚愕を覚えた。二億という膨大な額の賭け金を一度に賭けるその図太い精神もさることながら、大金を賭けた勝負を“遊び”だと表現した彼女の言葉に驚きを禁じ得なかった。  こんな……持つだけで手が震えて来そうな大金を……彼女はあっさり1回の勝負に注ぎ込もうとしているのだ、それは無謀を通り越してトチ狂っていると評するに値する。 「その代わり……今あげたルールはしっかり守って貰うし、結果が出たら素直にそれを受け入れる事! 以上だけど……それでいいかしら?」 「あ、え……はっ!? ちょ、ちょっと待って! あんた本当にその金を……一気に賭けるつもり?」 「えぇ。そのつもりだけど? 何か不満?」 「い、いや……別に不満とかないけど……でも、例えば……その……私が勝った場合……あんた後からケチとかつけないわよね? 私が……イカサマを使って勝った~とか騒いで負けを認めないとか……」 「えぇ、安心なさい。勝負の結果が出てイカサマが使われたからこの勝負は無効……とか、後から言ったりしないわ。イカサマはイカサマ……勝負は勝負って分けて考えて貰って良いわ。ポーカー勝負に負けたらどんな経緯であれ賭けた額を潔く支払う……それはお互いの共通認識として改めておきましょう?」 「じゃあ、その……私がどんな手を使って勝ったとしても……後でそれが不正だと発覚したとしても……ゲームに勝ちさえすればその二億は貰えるのね? そういう事よね?」 「そうね……。ゲームの途中でイカサマが発覚すればそのイカサマを使わないよう処置はするしそれ相応の罰も受けて貰うけど……でも、勝負はそれとは関係ないわ。イカサマがあろうが無かろうが……賭けた2億はポーカー勝負の結果でのみ勝敗を決すると約束する……」 「それって……イカサマが途中で発覚しても、ゲームはそのまま続けるって意味よね?」 「そう。イカサマは見抜けなかった奴が悪いって私は思っているわ。だから、それを使う事を許したのであればそれはイカサマをされた側の罪……」 「は……はは……あんた……馬鹿じゃない? その言葉……後で撤回するなんて言わせないわよ? そこの監視カメラは音声も録音しているのだから……言った以上……守って貰うわ!」 「フフ……まるで、今からイカサマするわよって宣言してる様な言い方ね?」 「……ッっ!? フ、フン!! 約束に念を押しただけよ! あんたはそういう事しかねない女だから……」 「そうね。でも、それはコッチのセリフでもあるわ。あんたこそ……負けて駄々こねないでよね? 見苦しいから……」  綾香が言った6つ目とも言うべきルールは……イカサマを行う気満々だった紅葉にとって都合の良いルールでしかなかった。それ故、紅葉はそのルールに異論を唱える事など出来ようはずもない。  綾香はまだ自分のイカサマを見抜けてなどいない……。例えゲームの途中でそれを見破ったとしても、結果が全てであり……勝負が決していればイカサマの有り無しに関係なく2億は必ず支払われる……と、彼女はそう明言した。  イカサマが途中で発覚すればその制裁は受けるかもしれないが、ゲームはそのまま続けて最後の勝負まで行う……。そしてその勝負に勝つ事が出来れば2億という途方もない大金を手に入れられる……という事を確約してくれた。  それは……綾香から“イカサマしても良いわよ”とお墨付きを貰ったようなものだ。ただでさえ有利になっているこの場面で……その確約は万に一つも自分が負ける要素にはなり得ない、と紅葉は内心でほくそ笑んだ。 「あ、そうそう! 勝負のレートの事まだ話していなかったんだけどさ? ここまで優遇してあげたって事を踏まえて、レートはさっきの通り……私が勝ったら賭け額の5倍を返して貰うてやつで了承して貰っても構わないかしら?」 「……5倍? あぁ……さっき麗華ちゃんとヤってた時のレートでって事?」 「そっ♥ んでついでに……その……麗華の服も……返して貰えたら嬉しいんだけど……」 「はっ……はは♥ 良いわよ? 服でも何でも返してあげるわよ。それにあのレートの件も……元々私が言った事だもの、それもそのまま適用にしてあげても良いわ♥」  紅葉はその様に啖呵を切って心の中で続きの言葉を零す。「まぁ、あんたが本当に勝てたら……だけどね♥」と。  綾香は紅葉のその返しに目を瞑って“よし”と零し頭を縦に振る。  そして緊張からか少し乱れていた呼吸を整える様に何度か深呼吸を繰り返し……綾香は改めて紅葉の顔を睨み見る。 「じゃあ……早速……始めましょうか? 二億を賭けた……大勝負を!」    綾香の言葉に紅葉はグッと拳を握り身体を強張らせる……  いよいよ始まるのだ……2億という大金を賭けた大勝負が……  紅葉はこのような金額での賭けを経験した事など無い……それはこのカジノ全体でも同じことで……その様な額をカジノに持ってくる者もいなかったのだから当然の話だ。  2億を奪い取れば綾香も麗華も……そしてあの社長の結城でさえも破滅する事は間違いない。それだけの額を賭けている勝負なのだ……そりゃあ緊張の一つもしない方がおかしい……。 『勝てば2億……。1日で2億なんて稼げば、私への報酬もウン千万に跳ね上がるのは確実! そうなれば……私だってまた……マジシャンとして返り咲く事だって可能な筈よ! 牡丹さんを助手に引き抜いて……デカい舞台で私のパフォーマンスを見て貰う事もできる……』  紅葉は心の中で自分の華々しいマジシャンデビューの姿を思い描いた。  美しい照明、客で埋め尽くされたホール……そして、金に物言わせて取り寄せた豪華な手品道具の数々……  それを牡丹と共に披露して拍手喝采を受ける自分の姿を……  そう……紅葉はまだ……憧れていたのだ。  自分が、マジシャンとして人から注目される自分の未来の姿を……  綾香が逃げ出し……デビューする筈の番組も打ち切られ……他の番組に呼ばれることもなく生活費すら稼げなくなったあの頃、綾香と同じディーラーの道を歩むことになったが……しかし、心の中ではいつでもマジシャンとしてスポットライトを浴びる自分の姿に憧れを抱いていた。  その憧れを植え付けたのは……何を隠そう目の前に居る綾香本人だったのだが、今は目の前の彼女に憧れの感情はなく……自分の未来を奪った恨みと憎しみだけが胸の中を支配している。  だから……2年前の事件を知った時……ざまぁみろと思った反面、彼女がその後……イリュージョニストとして密かに成功を収めていた事に嫉妬の感情が抑えられなくなった。  自分は金稼ぎのために不本意なディーラーという仕事を続けているのに……一方の綾香の方は、イカサマがバレて追放されたにもかかわらず、なぜか別の舞台で華々しい活躍している……その対比があまりに惨め過ぎて……紅葉は恨みに拍車をかける事となった。  そんな折に……あの事件に関わった“白州川麗華”が自分に勝負を挑みに来たのだ……それをチャンスだと思わない筈がなかった。  それから、麗華を首尾よく負けさせ……彼女を通じて綾香をおびき寄せる事にも成功した……そして、自分の恨みを晴らす罰も彼女に受けさせることが出来た。  後は……マジシャンとしてのこの勝負に勝利を収める事が出来れば……今までの私怨は全て解消できる……。自分の胸につっかえていた蟠りを綺麗に洗い流す事が出来る……。そしてあわよくば、破滅を迎える結城を取り込む材料を得られるかもしれないし……彼の主催しているイリュージョンショーの舞台を乗っ取ることだって可能になるかもしれない。  そうなれば……諦めかけていてマジシャンとしての華々しいデビューをそこでやり直せるかもしれない!  紅葉はその様に腹の中で皮算用を行い……密かに笑みを浮かべていた。  この勝負は……自分の人生を一変させられる勝負になるかもしれない……と、その様に自分を鼓舞し……震わせていた拳を開いて、テーブルにその手をついた。 「えぇ……受けて立ってやるわ! もう二度と立ち直れなくなる様……私が引導を渡してあげるわ! 覚悟なさい!」  紅葉はその様に宣言し、最初のカードをシューターから引き抜いた。  2億を賭けた大勝負の幕が……いよいよ切って落とされる。  知略と陰謀と怨恨が入り混じった……最後の勝負が……


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