ショーダウンⅡ 『18:捨て身の揺さぶり』
Added 2025-04-02 14:24:35 +0000 UTC#18:捨て身の揺さぶり 『つ、ついに……来ましたわ! Q(クイーン)の……スリーカードっっ!!』 手札を確認した麗華は歓喜に震えた。 配り終えた手札をカードホルダーに差し込み終え、願う気持ちでその役を確認すると……彼女の祈りが通じたのか最後の最後のこの場面で“強い役”が手札に入っていたのだ。 ドレスを脱ぎ、下着姿になった後……更にその下着すらも脱ぐ事となり敵の面前で裸体を晒す事となった麗華だったが……その屈辱的な羞恥に耐え最後まで希望を持とうと決めた自分の決心は無駄にはならなかった。 ちゃんと神様は、最後に麗華の希望を叶えてくれるお膳立てをしていてくれていたのだ。 それが分かり、麗華は心の中で天に感謝を述べた。最後に期待以上の役を下さって感謝します……と。 『チッ! この土壇場で手にスリーカードが入ったか……。悪運だけは強いみたいね?』 一方、麗華の手札の良さを知った紅葉は、麗華に悟られないよう心の中で舌打ちをしていた。 そう……彼女は知っているのだ…… 麗華が今……何の役を手に持っているのか……その役の種類もさることながら、何の数字を何枚持っているか……札のマークは何であるかなど、およそポーカーで予測したいと思える情報の全てを彼女はとある方法で知る事が出来ていた。 『しかもQのスリーカードってのが面倒だわ……。私のペアは、4のワンペアのみだから……同じスリーカードを狙っていては太刀打ちできない……』 紅葉は自分の手札を見てフゥと心の息を零す。相手の役がQのスリーカードだと既に分かっている状態であるから……自分の役を同じスリーカードに育てていては数字の強さで負けてしまうのは確実である。 ではどうするのが最善の方法か……? 紅葉は自分の手札を眺め直し、今度は数字ではなくマークの偏りに注目する事にした。 『あぁ、成程……フラッシュが狙えるか……』 紅葉の手札にはスペードの4・ハートの4・ハートの7・ハートの10……そしてクラブの5というカードが配られていた。 普通に考えると4のペアがある事で、それを生かした手役を作りたくなるところだが……この手札の中には“ハート”のマークが3枚入っている。もし同じマークを5枚揃える事が出来れば、彼女の言うフラッシュという……麗華のスリーカードよりも強い役を作る事が出来る。 ペアを育てるという賭けを捨ててこのフラッシュを狙いに行くという戦術は、スリーカードを持っている相手に対しては一見賢い選択をする様に見えるが、その戦術は“相手の手札が分かっている”という状況でない限りは……普通は取らない……いや、取れない。 当然の事だが“普通の”ポーカー勝負であれば相手の手札など知り様がないのだから……わざわざ揃っているペアを捨ててまでリスクの高いフラッシュを狙いに行くなどという考えは、普通は浮かんでこないものだ。 『フラッシュなら……フルハウスとかを狙うより簡単で良いかもしれないわね』 しかし、紅葉は相手の手札の情報を知り得ている。知っているかららこそ、勝つために普通では有り得ない戦術を取る事も出来るのだ……。勝利を確実なものにする為に。 『麗華の手札はスペードのQ・クラブのQ・ダイヤのQのスリーカードに、クラブの8とダイヤの2……。ハートの札が1枚も含まれていないから、私が山札からハートを引いて来れる確率はまぁまぁ高いと言える。必ず引けるって訳ではないけど……でも、勝つためにはフラッシュを狙いに行く以外に方法は無い……』 紅葉は今までの勝負でも同じ方法を使い、麗華の手札の状況を察知していた。その時点で、もはや圧倒的なアドバンテージを得ていたと言っても過言ではないが、彼女は相手の手札を見る以外にもう一つ強力な武器を隠し持っていた。 その武器を行使すると……紅葉の勝率は9割を越える事になる。 最初の手札がいかに最悪なバラバラ手であっても、このイカサマを使えばたちまちに相手の役を凌駕する役を組む事が出来る。そういう武器を彼女は行使して麗華との勝負を常に有利に進めてきたのである。 『私が手札を2枚捨てて……あいつもどうせ2枚交換するつもりだろうから、山札を引くチャンスは合計で“4回”になる。その4回の内にハートを2枚引いて来れれば……私の勝ち……』 紅葉の第二の武器は“引いて来た札の数字とマークが裏向きでも分かる”という……これまた試合を圧倒的に有利に導く事の出来る武器であった。 引いてきたカードが何の札か分かるという事であれば、自分に有利な札なら自分の手元に置くし、自分に不必要な札なら相手に渡す……などというイカサマを行う事が出来る。もう片方の武器である“相手の手役が分かる”という力とそれを合わせると、相手に良い役を与えることなく一方的に自分に有利なカードを手元に配る事が出来てしまう為……ポーカー勝負であればほぼ無敵であると言っても過言ではなくなる。 勝利が確実……とまではいかないが、余程の不幸が重ならない限りは紅葉の勝ちは揺るがず、麗華に有無を云わさず敗北の二文字を叩き込むことが可能となると言える。 『残りの山札42枚に対してハートの数は10枚……。およそ4分の1の確率を4回のドローで2枚引かないといけないか……ちょっと厳しい確率だけど、まぁフルハウスやフォーカードを狙うよりは可能性は高いわね』 相手の手札を読めて、尚且つ中身の分かっている交換札を自在に配ることが出来るというこの武器……それらを活用しているからこそ紅葉のポーカーは負け知らずであり、どんなに豪運を持つギャンブラーが挑戦してきたとしてもその運さえも凌ぐ不正の暴力で捻じ伏せる事が可能なのだ。それ程の強さを誇る武器なのだから……ただでさえギャンブル運のない麗華には万に一つにも勝ち筋など見えて来る筈もなかった。 「さて……それじゃあ、交換する札を出して貰おうかしら? 何枚交換する? 2枚? 3枚?」 紅葉は口元に笑みを携えつつ麗華にワザとらしくその様に言葉を投げかける。何枚交換するか? などと聞きはしたが、麗華の手札を知っている紅葉は当然のように理解している……彼女はスリーカードであるQを残し他の2枚を交換しようとしている事を。 「………………」 しかし、麗華はその紅葉の問いかけに反応を返そうとしない。手札を睨みつつ何かを考え込むように唸り声を上げて、そしてチラリと紅葉の表情を伺う仕草を取る。 「何よその顔? 何でそんな微妙そうな顔してんの?」 麗華はチラチラと紅葉に目配せを繰り返し、彼女の言葉に申し訳なさそうな顔をして口を開いた。 「あ、あ、あの~~~~? もし……良ければ……ですが……最後にお願いしたい事がございまして~~~。聞いてくださるかしら?」 上目遣いでいかにも恐縮しているといった控えめな声でそう発した麗華は、紅葉の顔が険しくなったのを確認し「ヒィ」と怯える様な態度を取って顔を伏せた。 「はぁ? お願い? この期に及んでまだ何か駄々をこねるっていうの?」 麗華の怯える仕草を鋭い視線で睨み返し、紅葉は低い声で言葉を返す。すると麗華は手をアタフタさせながら必死に自分の意見を伝えようとする演技を挟む。 「あ、あの! これが最後! 最後なのです! コレを聞いて下されば……わたくしの疑いのほとんどが晴れると言っても過言ではないんですの!」 麗華のその言葉に……紅葉はピクリと目元を僅かに反応させる。 「……ほとんどの疑いが……晴れる? なによ……それ?」 紅葉が怪しむように尋ねると、麗華はさも残念だと言わんばかりの表情を作って話しの続きを語り始める。 「ほら、わたくしってば……紅葉さんの事イカサマ師だと疑ってかかっているでしょ? でも、今の今までそのイカサマの尻尾を掴めないでいるのが事実……不正の証拠がいつまで経っても掴めませんから……もしかしたら、イカサマをしていないのではないかと自分を疑うまでになってしまっていて……」 「イカサマなんてしてないって……最初から言ってるでしょ!」 「そう……ですよね? ですから……この最後の勝負に、わたくしが最も気になっていた“あの役”を譲って頂けないかと思ってお願いした次第ですの♥ ソレを譲って頂いて尚且つわたくしがまだ負けるようであれば……わたくしはやっと紅葉さんの疑いを解消し“自分の運が悪かっただけ”と心の底から納得する事が出来ますわ♪」 「……あの役? 譲るって……何を?」 「それは勿論♪ “交換札を配る役”ですわ♥」 「……ッっ!?」 麗華のその申し出を聞き紅葉は驚くと同時に呆れを含んだ怒りが沸々と湧いて来るを感じた。 この馬鹿な対戦相手はこの期に及んでまだ自分に要求を通そうと試みてきているのだ……。しかもその欲している権利はよりにもよって交換札を配る権利だと言っている。 交換札を配る役を渡すなど勿論あり得ない! 自分の武器は札を配る役だからこそ生きるもので、それを他者に譲れば途端に効力を失う事になる。だからそんなもの認められる訳が無い! これだけは絶対に認める訳にはいかない! 紅葉の拒絶と怒りは語気の強さに現われ麗華の言葉を拒否する。 「んなもの……譲る訳ないでしょ!! 厚かましいとは思わないの? 今まで散々あんたの言う事聞いて来てやったのに……まだゴネようとするつもり? 馬鹿じゃないの?」 麗華が最後に要求してきたこの権利……交換札を配らせてくれというこの要求は、紅葉からすれば到底受け入れる事の出来ない要求だった。何せ、麗華に勝つためにはフラッシュ以上の役が必要なのだ……そのフラッシュ以上の役を作るには自分が交換札をコントロールすることが必須……。それを相手に配らせるとなると勝負が運任せになって著しく勝ちの確率が下がってしまう。それは自分の最強の武器を手放してしまう事と同じだ。だから、この権利を譲る訳にはいかない。麗華の要求は意地でも退けなくてはいけない。例え強引に拒否することになるとしても……絶対に……。 「まぁまぁ……そんなに強く拒否しなくても良いじゃないですか♥ ほら……よく考えてみれば、わたくし……この交換札の配布だけはさせて貰ってなかったでしょ? どうせ負けが濃厚な流れなのですから“最後に”経験させて頂いても罰は当たらないと思いません?」 何が“負けが濃厚な流れ”だ! スリーカードという強い役が入っていながらよく言えたものだ……と、紅葉は心の中で毒づく。 麗華の要求は何とも図々しい限りだ。なにせ……彼女はこの最終戦でも山札のシャッフルからシューターへのセット、手札の配布まで全てを自分の手で行っていたのだ。その上で更に“交換札も自分に配らせろ”と言っているのだから……それは最早ゲーム全部の流れを自分にヤらせろと言っているに等しい。それがいかに図々しい要求か……考えただけでも紅葉は怒りが湧いてつい感情的にもなってしまう。 「駄目よ! これ以上は認めない! これまでだって聞き過ぎたくらいあんたの我儘を聞いてあげて来たんだから……これ以上の要求は何があっても聞き入れられないわ!」 「いやいや……ここまで優遇してくださったのであれば、ついでにあと一つくらいよろしいではありませんかぁ♥ 減るもんじゃないしぃ……」 「そういう問題じゃない! 今しがたあんたは山札も混ぜたし、手札も配ったでしょうが! 要求を通したいんだったら、普通はゲームを始めるの前に提案するのが常識よっ! 自分の権利を全部行使しておいて、更に最後の権利も寄越せなんて……暴論もいいとこよっ!」 「駄目……ですかぁ?」 「えぇ、駄目よ! 絶対に認めない!」 「じゃあ……わたくしが配るという役は……諦めますからぁ……せめてカードを“ランダムに配る”っていうのをやめて頂いても構いませんかぁ?」 この言葉を境に麗華の懇願するような表情が急に真顔に変わる。紅葉はその顔を見て、自分の表情筋がピリッと緊張したのを感じてしまう。 「……ランダムに配るのをやめる?」 麗華の目はジッと紅葉の目の動きを観察している。紅葉はその視線に緊張感を強いられ、思わず視線を横に反らしてしまう。 「そうです。今までのように……引いてきたカードを適当に配るのではなく、カードを引いてくる前に予め宣言して頂きたいのです。例えば“次は自分に配る”って宣言して、カードを引いて自分の手元に置く……みたいな感じで」 「な、何よそれ? そんな面倒臭い事……したくないっての!」 「面倒臭ければ……わたくしが代わりに宣言して差し上げても構いませんよ? カードを引く前にわたくしか紅葉さんのどっちに配るか宣言しますので……紅葉さんはその通りに配る……それで如何です?」 「如何です? じゃないわよ! あんたが山札をシャッフルしたってのにあんたの言う通り配ったらイカサマ防止の意味ないでしょ!」 「でしたらぁ……やっぱりご自分で宣言されて配られた方が……」 麗華の主張はもっともだった。なにせ、ディーラーである紅葉がわざわざ札をランダムに配る必要などなかったのだから……。 紅葉は交換札を引いてきて、その札の数字とマークを確認し然るべき場所を選んでカードを配っていた。それは麗華からしてみればランダムに配っているようにも映っていただろうが……その実、紅葉はただ選別して配っていたに過ぎない。自分に都合の良い展開になるよう、振り分けていたに過ぎないのだ。 それを彼女が察して注文をつけてきた可能性は高い。もしそうであれば、紅葉はこれ以上怪しまれないように要望通り振る舞ってあげるのがベターだが……勝負はもう終わりかけの最終戦に差し掛かっているという場面だ、ここで勝てば麗華は資金が尽きてゲームオーバーに陥る所まで追い込んでいる。 だったら、怪しまれないよう言うことを聞くという措置を取るよりも……多少は強引でも異議を認めず最後の勝負に決着をつけてやった方が話は早い。 紅葉は少しの思案の末にそのような結論を導き出し、そして心持ちを決めた。 「駄目よ、絶対にヤらない! これ以上あんたの言う事なんか聞くつもりもないし、耳を傾けるつもりもない!」 紅葉は一層頑なに麗華の主張を退けようとする。その拒否の仕方はもはや拒絶と言っても差し支えない程に強い口調であり麗華の言葉を一切聞き入れないとする態度をありありと見せつけた。 「えぇ~~~? 別に良いじゃありませんかぁ~~♥ ほら、わたくし……裸になってしまっているのですよ? こんな哀れなわたくしに……慈悲とかかけて下さらないの?」 「慈悲なんてかける訳ないでしょ! そもそも……あんたが現金を使わず降りたいって言うから服で勘弁してやったのよ? それこそが慈悲だって言うのに……それ以上を要求してくるなんてどうかしてる! 倫理観でも狂ってるんじゃないの?」 「うぅ……こんなに恥ずかしい思いをしてますのに~~~?」 「ダメったら駄目っ! ほら、さっさと捨て札を準備なさい! 交換してやるから……」 紅葉は苛立つような態度で麗華の要求を半ば強引に鎮めさせた。麗華はその取り付く島もない態度に下を向いて残念そうにハァと息を零し……そして、渋々自分のカードホルダーに手を伸ばしていった。 『ったく……ちょっとチャンスが巡ってきたからって調子に乗って! 私が交換札を配る役を譲ってやる訳ねぇだろっての!』 ようやく駄々こねを諦め自分の手札に手を運んでいった麗華を見て紅葉は内心ホッとしつつも、拒絶の為に無駄な時間と労力を使わされた事へは怒りを露にする。 しかしその怒りも、この勝負が終わった後の麗華の処遇を思い浮かべる事で少しずつその留飲を下げる事となった。 『覚悟しなさいよね! 負けが確定したらソッコーで罰を執行させてやるだからっ!』 苛立つ心を鎮める様に紅葉はこの後訪れるであろう麗華の敗北姿を想像し心の中で笑みを零した。 『嫌がっても無理やり引っ張ってステージに連れ込んでやるわ! んで、用意させたあのX字型の拘束台に寝かせて抵抗できないよう手足をガチガチに拘束してやるの♥』 ステージ上には綾香への責めと平行して彼女の言うX字型の拘束台が隣に用意されていた。 これは麗華が負けた時にすぐに罰へと移行できるよう用意させたものであり、この台の四方には手・足を拘束する為の革枷が既に取り付けてあった。 『股を開かせて恥ずかしいトコ隠せないように拘束して……胸も隠せないように万歳の格好で拘束してやる! んで、無防備になったこいつの身体を牡丹さんやバニー達に一切容赦しないようくすぐり責めにして貰うのよ!』 そこまでの妄想を頭の中で巡らせ、紅葉は怒りの収まったぼんやりした視線を麗華の身体に移してそれを舐め回すように見ていった。 華奢で色白な絹のような肌……引き締まった腹・脇腹・腰の括れ……母性を存分に取り込んだ豊満な胸の膨らみ……浮き出た妖艶な鎖骨……細い首筋…… それら全てをくすぐりによって犯し尽くして、麗華のあの整った綺麗な顔を汗と涎と涙まみれの笑い顔に歪ませ狂わせてやる……と、脳内で罰の様子を妄想し紅葉は一人興奮を昂らせていった。 「これだけお願いしても駄目だという事は“それ相応の理由”がお有りなのでしょう。……仕方ありませんね……諦めて……交換をお願いしましょう……」 紅葉は、頭の中で麗華の情けない姿を存分に妄想した。 足の裏を二人のバニーにくすぐられ、脇腹をもう一人のバニーに揉み込むようにくすぐられ、万歳した腋を牡丹の手が掻き毟る様にくすぐられている姿を……そして、くすぐりから逃れられず笑う事しか許されない麗華が死ぬほど苦しそうに笑い狂いながら慈悲を懇願する……哀れな姿を…… 「それじゃあ、わたくしは……この二枚を交換させて頂きますわ!」 心の中で涎を垂らしながら妄想を続けていた紅葉だったが……しかしその妄想は、麗華がカードホルダーから思いもよらぬカードを引き抜いてテーブルに叩きつけた事によってパッと霧散し、急に現実に引き戻されたかのような驚愕に変化させられてしまう。 叩きつけられた2枚のカード……そのカードの中身を知った紅葉は、思わず目を見開かせて驚く表情を作ってしまった。 『なっ!? ば、馬鹿なっ!?!?』 心の中でも動揺の言葉が発せられ、全身に電気が流されたような衝撃をその身に受けてしまう。その動揺の言葉は辛うじて口からは漏れ出ずには済んだが…… 「…………ぁ……」 言葉は出ずとも顔は驚きを示すように目を見開き口をポカンと大きく開けて周囲に晒してしまっている。 「おやぁ? 紅葉さん?」 その、紅葉の思わず驚いてしまった表情を見た麗華は、ニヤリと口元に笑みを浮かべなおして覗き込むように顔を斜めに傾けて紅葉に声をかける。 「……はっ!?」 麗華の声を聞いて、自分の表情を観察されていたと悟った紅葉は慌てて驚き顔を元に戻そうと緊張していた表情筋を緩ませようとする。しかし、麗華はその一瞬の表情の変化を見逃す事はなく、クスリと笑いを零して紅葉に追及の言葉を差し込んでいった。 「あら? 何をそんなに驚かれているのです? 何か……驚くような事がございまして?」 麗華の追及の言葉に紅葉は硬直し返事を返せない。 「うっ……くっ……」 僅かに開いた口からは唸り声のような低い声が漏れ出るが、それは自分の失態を弁明する言葉には変化せず狼狽える声を吐き出すばかりとなる。 「わたくしはただ……カードを抜いて置いただけですのよ? それだけなのに……何故驚く事になるのでしょうか?」 「……っ!? くっ……」 「あぁ……もしかしてぇ? わたくしがあまりにも“想定外なカード”を捨てたものだから驚かれたのではありせんか?」 「……む、むぐっ!」 紅葉は図星を突かれ、つい奥歯に力がこもってしまう。そう……紅葉は、彼女の“想定外”な行動に虚を突かれ驚いてしまったのだ。 「しかしそうなると……変ですわねぇ? なぜ貴女は……わたくしが“想定外なカード”を捨てたと……お分かりになったのでしょう? カードは裏返しのまま抜いて置いた筈ですのに……まるで……このカードの中身が……分かっているかのようですわね?」 麗華はクスクスと悪戯っぽい笑いを零し、自分の捨て札の上を人差し指の先でコツコツと叩いて見せる。 その表情には紅葉のイカサマの内容を理解したと言わんばかりの笑みが含まれている。 「べ、別に……何でもないわよ! あ、あんたが……テーブルを強く叩くから……驚いただけで……」 紅葉は平静を装おうと必死に強気な笑みを浮かべようとするが、急に表情の明るさが消え真顔になった麗華のゾッとするような睨み目を見て再び顔を強張らせてしまう。 「いいえ、貴女の表情が変化したのは……わたくしがテーブルを叩くよりずっと前……。わたくしがこのカード達を引き抜いた瞬間でしたわよ?」 麗華は自身の裸体を隠そうともせず片手を腰に当て、気取る様に冷笑を浮かべ紅葉の狼狽える様子を楽しそうに伺っている。紅葉は彼女に詰められ、返す言葉が思いつかない…… 「貴女はわたくしがカードを引き抜いた瞬間理解しましたよね? わたくしが貴女の想定もしていなかったカードを捨てたという事実を……」 紅葉の胸がドクンドクンと激しい鼓音を響かせる。未だかつて味わった事のない動揺と緊張が紅葉の身体を駆け巡り冷たい汗を彼女に流させる。 今までイカサマに関する決定的なミスを犯すことなく進めて来れていた彼女にとって……些細ではあるがこの土壇場でイカサマを決定づける反応を麗華に示してしまった。 それは本当に些細な事であるし、イカサマの証拠にはなり得ないものであるから気にする事でもないが……麗華にはイカサマが存在した事実をこの反応で知られてしまう事となってしまった。 それが何を意味するか……どんな結末を生もうとしているのか……紅葉には想像も出来ていないが、今まで完全に隠しきれていたものにほんの少しの綻びが生まれてしまった事には動揺を禁じ得ない。 勝利が目前で、何の障害もなく勝つ流れが出来ていたのに……その瞬間、勝利が一気に遠のいたような錯覚さえ感じた。 実際は……そんな事は無いというのに…… 本当にミスは些細なものであり……勝敗には影響しない取るに足らないミスでしかない筈なのに…… 「紅葉さんが何をしているのか? いや、そもそも……本当に今この瞬間、イカサマを行っているのかどうか……それがどうもわたくしには確信が持てませんでした。理不尽に負けている気がする……と、その程度の事しか思い至れなかったんです……」 テーブルの中央には麗華が置いた捨て札が2枚……カードホルダーには残したカードが3枚刺さったままになっている。交換せずに残したこの3枚は普通に考えれば“スリーカード”を組むために残した3枚のQである事が明確なのだが…… 「でも、今の顔を見て確信が持てました。やはり貴女は……イカサマをやっていたのですね? 今回だけでなく今までの勝負全てで!」 しかし、今……カードホルダーに実際に残されているカードはQのスリーカードではなかった。残っていたのは、スペードQと……ダイヤの“2”とクラブの“8”で、残したと思われていた2枚のQはそこにはなかった。 ではその2枚のQは何処に行ったのかというと……言うまでもなくそれらは捨て札として提出されたという事になる。つまりは……麗華はスリーカードという役を敢えて崩して捨ててしまったのだ……2枚のQを。 これは普通の勝負なら……愚の骨頂とも言うべき敗戦濃厚の捨て方である筈だが…… 「貴女はわたくしの手札を何らかの方法で“知る事”が出来ている。だから、わたくしがこの札を捨てた時に驚かれたのです……“こんな不可解な捨て方は有り得ない”と。」 普通であれば意味のない捨て方だが……しかし相手が札を見れるイカサマをしていると分かっていたならば、この捨て方で相手の動揺を誘う事が出来る。自分の手札を何らかの方法で知り得る事が出来ているのであれば……この捨て方に動揺しない筈がない。そう考え、麗華はわざと自分の勝てそうな手を捨てる様な札の出し方をし、確認したのだ……相手が今、イカサマをしているかどうか……それを確実に知る為に…… 「そりゃあ驚きますわよね? 黙っていても勝てそうな“スリーカード”という強い役を簡単に捨ててしまったのですから……。普通は、こんな追い詰められた状況でその様な暴挙に出る人などいませんもの……」 麗華の捨て身の作戦は、確かに動揺を誘う事には成功した。これによって相手がイカサマをしていたという事実にも気付く事は出来た。それは麗華にとっては大きな収穫だと言えるが…… しかし収穫はそれだけであったということもまた事実。それ以上の……例えば、イカサマの決定的な証拠を掴んだ……というわけでも、イカサマをそれによって封じた……というわけでもない。ただ……イカサマをしているのが“分かった”というだけの収穫だ。それは紅葉からすればなんの痛手にもならない……今更“疑っていた事が証明された”という事実を突きつけられても、勝負の勝敗には何ら変わりはないのである。 「はっ……ハハハ。あんた……やっぱり馬鹿なのね? 折角勝てる手が入ってたのに……それを捨てて私のリアクションを見るために使うなんて……」 不意を突かれ動揺していた紅葉の身体は、まだ自分が圧倒的優位な立場に立っている事を思い出し、落ち着きを取り戻すと同時に強気な自信も徐々に復活させていった。 「あら? こういうのも大事な事でしてよ? イカサマをやっているかどうかを見定めたくても、普通に戦っていては中々尻尾を出してくれないのですから……」 「フン、そういう事は資金が潤沢なうちにやっておくべきだったわね! 裸になるまで追い詰められた状況で……今更イカサマをしているかどうかを見抜いても意味なんてないじゃない!」 「いえいえ、わたくしは“イカサマがどのタイミングで行われていたか”を知る事こそがまずは大事だと思っておりますの♥ ですから、それを知れたことは値千金! この仕事……8割がたこなしたと言っても過言ではありませんわ♪」 「あっそ? それで? イカサマをやってるって事は分かったとして……私に証拠を突きつける事は出来るの? 私がグゥの音も出ないような証拠を見せる事……できるのかしら?」 紅葉は勢いづいて端的に麗華の弱点を突く。彼女はイカサマの証拠など出せない……と、分かり切っているからこそ語気に強さを込めて責め立てる。 「う~~~ん、まぁ……それは難しいですわね……」 麗華の答えは予想通りの反応。それは当然だ、何せ……紅葉のイカサマは、証拠をその場で出して見せろと言われてもすぐに出すことが出来ない代物なのだから…… 「でしょ? だったらやっぱり意味なんてないじゃない! だって……あんた……勝てるかもしれなかった手を捨たのよ? 後が無いっていうこの状況で……」 「そうですね……。確かに……わたくしはこの勝負……勝てないでしょう……」 「それが分かってんなら何であんな暴挙に出たのよ? 意味ないって分かっててヤったんだったらトチ狂ってるとしか思えないわ」 「まぁ、普通に勝負してもきっと勝てませんでしょうから……。最後くらい成果を得て負けたいと思った次第ですわ」 「その代償が全財産を失うって事になるのよ? その代償を払うだけの価値が今の成果で得られたっていうの? 私はそうは思わないわ! あんたは無駄に金を失っただけ……勝負に挑んでこないで勝手に自滅しただけだもの! そうでしょ?」 「……えぇ。仰る通り……」 「ならこの勝負は決着よ。別に……その2枚を交換してやってもいいけど……どうせ諦めているんでしょ? 勝てないって……」 「はい……恐らく勝てないでしょう。貴女が配る役を譲らなかったということは“そういう事”でしょうし……」 「フフ……潔いじゃない♥ そこまで分かっていてもイカサマの証拠が出せないなんて……さぞ悔しいでしょうね?」 「そうですね。悔しい……という気持ちが半分と言ったところでしょうか?」 「フン……何よ、その中途半端な強がり♥」 「まぁ、どう強がったって勝てないのは間違いないでしょうから……わたくしは、この場で負けを認めますわ。貴女のイカサマには勝てないし、証拠を叩きつける事も出来ない……。だから、最後まで勝負するまでもありません……この最後の資金も差し上げましょう……」 「ウンウン♥ 素直でよろしい♪ だったら……早速ステージの方へ連れて行ってあげましょうねぇ~♪ ほら見てみなさい? あんたの為に拘束台まで用意させたんだから♥」 最後の資金である500万を自分の衣服の横に差し出した麗華は、チラリとステージに用意されてあった自分用の拘束台を覗き見る。 その台は鋼鉄製の柱が二本クロスして溶接されたX字を模した形状で、スポットライトの光が横切る度に怪しく黒光りする様子を遠目にも確認できた。それぞれの柱の端には四肢を拘束する為の革枷が4つ備え付けられていて、後はそこに万歳して足を左右に開いた格好で寝に来る対象者を待つだけとなっていた。 裸に剥かれ無防備を強制されたこの格好で、あの拘束台に磔にされくすぐり責めにされたならば……さぞかし苦しい思いをする事になるだろうな……と、麗華は自分が罰を受ける想像を膨らませブルリと身を震わせてしまう。 しかし、すぐにその嫌悪を含んだ表情は元の余裕ある笑みに取って代わり……麗華は紅葉の顔を改めて見返してクスリと不敵な笑みを浮かべて見せた。 「そう……。“わたくし”は確かに今負けを認めましたが……でもそれで終わりではございませんよ?」 「終わりじゃない? 馬鹿も休み休み言いなさい……あなたにはもう勝負する資金がない……だからこれで終わりよ!」 「いいえ……終わりじゃないのです。だって……わたくしの後を……“彼女”が引き継いでくださるのですから……♥」 紅葉は麗華のその言葉にピクっと身体を反応させた。麗華の口から出た“彼女”という言葉……それが“あの女”の事を指しているのだとするならば捨て置けない…… 「彼女って……まさか……綾香ちゃんの事言ってたりする? あんた……まだあいつがあの椅子から抜け出して助けに来てくれるって信じているの? それこそ馬鹿ね……あいつがあの椅子から抜け出してこれる訳が……」 と、紅葉は言いながら確認のためにステージに居る筈の綾香の方に視線を向ける。そして……彼女がまだ、ちゃんとあの椅子に拘束されたままになっているという事実を確認して…… 「……ッっ!?」 いや、確認しようとして……とある事実に気付き、紅葉は驚愕と共に顔を硬直させてしまう。 その固まった顔を見て麗華がクスリと笑みを零し、紅葉に些細な質問を投げかけ始める。 「ところで……貴女は気付きませんでしたか? 彼女の……笑い声が……途中から演技に変わっていた事を……」 ステージには綾香を拘束していた筈の拘束椅子が今でも枷をつけて何事もなかったかのように置かれてある。しかし、その椅子に座らされているのは……拘束されていた筈の綾香ではなく…… 「わたくし……彼女の本気の笑いを間近で聞いた事がありましたからすぐに分かりましたの♥ 彼女は途中から本気で笑っておらず演技していたと……」 「……なっ!? 牡丹さんっ!? な、なんで……牡丹さんが椅子にっ??」 そこには綾香を責め立てていた筈の牡丹が代わりに座らされていた。しかも、ご丁寧に着物を脱がせ下着姿に剥いて、綾香と同じように両手を万歳にした格好で拘束まで施して…… 「実はそれが合図でしたのよ? 拘束はもう解けたから……いつでもそっちに行けるっていう彼女なりの合図……」 麗華はクスクスと可笑しそうに笑いを零し、紅葉にその様に説明を施す。しかし紅葉は彼女の言葉など聞きもしないで驚愕に目を白黒させ続ける。 『これはどういう事? どうやって拘束を抜け出したの? っていうか……あいつは今何処に??』 ステージの上には牡丹しか居ない。綾香の姿は忽然とそこから消えていた。 『いや、いやいやいや……こんな事あり得ない! あの枷が外せるわけがないじゃないっっ!! 脱出するなんて……不可能だったはずよ!!』 紅葉は焦る様にカジノの隅々を見渡して綾香の姿を探す。しかし、慌てている彼女の狭い視界には綾香の姿は捉えきれなかった。 すぐ傍に彼女は居たというのに…… 「フフフ……そんなに慌てて誰を探しているのかしら?」 紅葉の耳に聞き覚えのある声が入れられ、思わず彼女は身体をビクリと震えさせてしまう。 「もしかして……私を探してたりする? だったら、貴女の目は節穴だった事になるわね……。だって、私はさっきからここに居たのだから♥」 不敵な笑みを浮かべ、ほんの少しだけ唇を動かして囁かれたその言葉は……紅葉の斜め後方に居た綾香の口が発した言葉だった。 「なっ!?!?」 突然間近から綾香に声を入れられ身体を跳ね上げて驚いてしまった紅葉は、その勢いで振り返りようやく視界に綾香の姿を捉える事となった。 「い、いつの間に……背後に!?」 脇部分の袖が深いV字に大胆にカットされ、上着とタイトスカートが上下にセパレートした赤いチャイナ服……。最初にこのカジノに登場したままの姿で彼女は、驚く紅葉の顔をしたり顔で眺めている。 「いや、そんなことよりも! 椿……綾香ッっ!! 貴女……どうやってあの枷をッっ!!!」 厳重に拘束されていた筈の綾香がいつの間にか枷から抜け出し、いつの間にか自分のすぐ背後に立っていたのだ……紅葉は驚きを通り越して戦慄すらも覚え恐怖の表情を顔に浮かべてしまう。 「どうやってって言われてもねぇ? いつの間にか外れちゃってたから……私は特に苦労なんてしてないわ♥」 綾香の横には中腰で跪いている赤い髪のバニーの姿があった。彼女は後ろ手に縄で縛られており口には喋れないようタオルで簡易的な口枷が施されている。 綾香はバニーの後ろ手に繋がった縄の端を掴んで、彼女を犬のように従えて傍に置いていた。バニーは恨みがましい目で綾香を睨んでいるが、抗議の言葉を発そうとしても口枷が口を塞いでしまっている為「うぅ~うぅ~」と唸る事しか出来ていない。 「ふ、ふざけんじゃないわよ! 拘束を抜け出しただけじゃなく、牡丹さんやそのバニーまでも無力化して脱出したというの? あの椅子に拘束されながら……」 「ご想像にお任せするわ♪」 牡丹は眠らされているようで項垂れさせた頭を持ち上げようともしない。 どうやって眠らせたのか……いや、そもそもどうやって拘束を抜け出したのか見当もつかない紅葉は、綾香の顔を信じられないと言いたげな顔で見て驚愕し続けている。 「さぁさぁ、こうして無事に脱出できたことだし……約束通り私と一戦、ヤり合って貰おうかしら?」 突然の綾香の登場に面食らう形で動揺させられたが、彼女のその挑戦的な目を見て紅葉はふと冷静さを取り戻す事が出来た。そして冷静になると同時に、そう言えば自分にはまだあの“切り札”が残っていたという事を思い出し、綾香を見て自信に満ちた笑みを口に浮かべさせる。 「ふ、ふふ……ば、馬鹿ね! こんな勝手な事をして……あんたの“相方”に危害が加わらないとでも思っているの? 罰の命令を下せるのは牡丹さんだけじゃないのよ?」 紅葉はすぐに耳に入れていたイヤホンを指で突いて通信チャンネルを開き、離れた場所に居るバニーへと指示を発した。 ホテルのどこかの部屋にて監禁されている“夏姫”を責めさせる指示を…… 「……!? こ、これは……」 しかし、そのイヤホンに返された返事は、部屋にいる筈の青髪のバニーの声ではなかった。 『お? ハロー? 聞こえる~? 紅葉とか言ったっけぇ? このイヤホン……そこのバニーから少し借りたわよぉ?』 聞こえてきた声は……子供の様な幼い声? いや……子供に見える容姿をした麗華の仲間の声…… 「あ、あんた!? まさか……水城……鈴音?」 『そうよぉ~♪ 初めましてかしら? これからよろしくね? 日・野・紅・葉・さん♪』 「なんで? なんであんたがそこに居るのっ!? いつからそこに……」 聞こえて来た声に更に動揺させられた紅葉は、慌ててステージ上にあったモニターに視線を移す。拘束椅子の目の前に出しっぱなしになっていたそのモニターの画面は、綾香が彼女に見せつける為用にとワザと画角を手で調節したかのようにこちらを向いていた。そして、その画面には……拘束されている筈の夏姫の姿は映されておらず、代わりに脚を組んで偉そうに片肘ついて椅子に座って顔をニヤつかせている鈴音の姿が映されていた。 『おぉ~~い、見えてる~~? 見ての通り……あんたの頼みの綱であった夏姫はコッチで保護しちゃったわよぉ~? 残念だったわねぇ~♪』 鈴音の足元には青い髪のバニーが土下座するような格好で床に這わされていて、タオルを口枷代わりに噛まされ手は後ろ手に縄で縛られた格好で、態度の悪い鈴音の足置きとして椅子の下に晒されている様子が見て取れた。鈴音の片耳には、バニーから奪ったであろう片方だけのイヤホンが装着されていて、彼女は顎を乗せた手の人差し指を伸ばしてそのイヤホンをコツコツと叩いて反応を確かめている。 「馬鹿な……うちのホテルは300以上も部屋があるのよ? こんな短時間で……どうやってそこを探し当てたっていうの?」 鈴音が結城と交代でVIPルームを出たのはほんの20分ほど前の事だった。それまで彼女は百合子と会話をして過ごしていた為、抜け出して夏姫を探しに行く事など不可能だった筈だ。ならばどうやってその部屋を探し出せたのか? VIPルームからその部屋へ向かうだけでも5分以上かかるというのに……部屋の中を制圧して拘束を解いたとなれば……向かう時間も含めてギリギリになるのは明らかだ。 どの部屋に監禁されているか分かりもしない状況で、一発であの部屋に辿りつくなど……有り得ない話だ。百合子に部屋の場所を聞き出して部屋へ直行したのなら話は別だが……あの百合子が教えたとは考えにくい。 しかし実際に彼女はあの部屋へ辿り着いている……。これはどういう事なのか? 「何で? これは何? 何が今起きているの?」 紅葉には今目の前で何が起きているのか理解が出来ない。 頭を働かせ思考を巡らせようと懸命になるが、不可解な出来事が同時に二つも起きてしまっている為考えが上手くまとまらない。 頭が混乱する……何を考察すればいいのか判断すら出来ない。 「有り得ない……こんなの有り得ない! 何なのコレ? 何がどうなってんの?」 混乱は思考の停止を招いてしまう。同じような言葉しか口から吐けなくさせてしまう…… 紅葉は有り得ない事象を二つも目の当たりにし、思考のみならず視界さえもグルグルと回り出してしまいそうで、ふらつく身体をテーブルに手をついて支えるのがやっとだった。 そんな紅葉の崩れ具合を可笑しそうに見ながら、綾香はゆっくり歩を進めテーブルを挟んで紅葉と対峙するように立った。 「随分待たせてしまって申し訳ないけど……ようやくあんたとタイマンで勝負が出来る事になったわね。嬉しいでしょ? 10年越しに“カード捌きの女王”と対峙できるのだから……」 動揺を隠せなかった紅葉はその言葉を聞いてピクリと身体を反応させる。そしてその反応から程なくして僅かに冷静さを取り戻し、表情を焦りの顔から強がるような顔へと変えさせ相対した相手に強気な言葉を返していく。 「フン! なにが10年越しよ! あの時の決着なんて今更拘ってなんてないわ!」 「あんたが拘ってなくても……私は気にしているのよ。だって……あの時私は言ったのだもの……挑戦を表明してきたあんたに“受けて立つ”って……」 「………………っ!」 「それに、さっき約束したでしょ? あの拘束から抜け出して脱出したら……あんたと勝負するって……。それに対してあんたは言ったわよね? 本当に脱出が出来たら考えてやるって……」 「む、ぐっ! くっっ…………」 「だからこうして約束通りあんたの前に立ってあげたわよ。こっちは約束を守ったのだから……次はあんたが約束を守る番じゃないかしら?」 「約束? 私は……考えてやるとしか言っていないわよ? 勝負を受けてやるとは一言も……」 「あら、逃げるの? 私が怖いから……」 「……っ!?」 「そりゃあ……そうよね? 私ってば……今じゃ売れっ子のイリュージョニストだもの♥ あんたとは“格”が違うんだから……勝てる気しなくて逃げたくもなるわよね?」 「は、はぁ? 何がイリュージョニストよ! 馬鹿にするのも大概になさい! マジシャンをやめて逃げたあんたなんかに……恐れる事なんて何も無いわっ!!」 「そ? だったら……受けて貰えるわよね? 恐れてないのであれば……」 「くっっ!!!」 「フフ……安心なさい? 私は優しいから……あんたがコイツ(麗華)に与えていた優遇措置とやらを私からも提供してあげるつもりよ♥」 「……? 優遇……措置?」 「そっ♥ あんた……麗華に散々甘い権利を与えてイカサマを煙に巻いていたでしょ? それを今度は私がヤってあげるわ♪ 言うなれば意趣返しって奴よ♥」 「くっっ! ふ、ふざけた事を!」 「さぁ、本番はこれからよ? 勝負はすぐに終わるかもしれないけど……でも、楽しみましょう? 私とあんたの……10年越しの真剣勝負を……」 綾香は口元に微笑を浮かべ指で手招きするような仕草を取って紅葉を挑発した。その挑発に紅葉は憎悪を差し込む様な視線を向けて歯をギリリと鳴らせる。 店内のBGMは丁度区切りの良い場所で切り替わり……先程よりも激しい重低音を伴ったヒップホップが流され始めた。 二人はそのBGMと動き回るスポットライトを背中に受けて視線をぶつけ合う。 麗華にはその視線の交わった場所に散る筈のない火花を幻視し、お互いの勝負への熱量を肌で感じとった。 そして心の中で静かに託すような声を零した…… 『後は……お任せしましたよ……』と。