ショーダウンⅡ 『17:氷の女王』
Added 2025-03-28 13:04:35 +0000 UTC17:氷の女王 「アハぁ♥ 良い眺め! ホントに良い眺めですねぇ! ほら、ご覧になって下さい? 結城社長♪」 鈴音と入れ替わりで二階のVIPルームに到着した結城は、ホールの様子を見てテンションが上がり切ってしまった百合子を見てハァと溜息を零す。 「ほらほら♪ あの麗華さんが裸になってしまうのですよ? こんな瞬間は滅多にみられるモノではないわ! 紅葉さんったらなんてナイスな提案をしたのかしらぁ♥」 ゲームを降りる為の資金……100万を担保する事が難しくなった麗華は、敵である紅葉に懇願し資金を担保に入れなくても2回だけなら降りて良いという権利を確保した。しかし紅葉は、現金を担保しないでいい代わりに降りるを選択する度に“衣服”を担保に入れろと別の条件を要求してきた。 麗華はそれに従い最初の降りで自慢の豪華な赤ドレスを脱ぎ下着姿になり…… そして、今度は2度目の降りを行うためにその下着すらも脱ぐ羽目になってしまっていた。 それをVIP席で見ていた伊角百合子は普段の淑やかな大人の女性という態度を崩して、まるで子供がショーウインドウの中にあった新しいおもちゃを見つけたかのような興奮っぷりを見せ、後から来た結城社長を困惑させてしまっている。 『あの馬鹿……何考えてんだ! こんな敵地のど真ん中でストリップショーなんてするなよ! こっちが気まずいじゃねぇかっ!!』 結城は流石に窓の方は見ず、自分の入ってきた扉の方を気まずそうに眺めていた。本当はその麗華の身体を遠目でも良いから眺めたいと思ってはいたが……真剣勝負の場でその様な事をすれば自分の理性のタガが外れかねないと思い自制する事を選んだ。 ただでさえ綾香のくすぐられショーを見て興奮しそうになっているのに……麗華の肌まで見てしまったら意識がそっちに奪われかねない。……そうなればホテル経営者としてのライバルでもあるこの伊角百合子との対話に支障をきたしてしまう事は目に見えていた。だから結城は視線を向けずにスピーカーから聞こえて来る綾香の笑い声を右から左に聞き逃し、修行僧の様に手を組んで心を平穏に保っているのだった。 「あらぁ~~~♥ 麗華さんったら……あんな立派な膨らみをお持ちでしたのねぇ? 肌も絹の様に綺麗だし……お尻も張りがあって健康そう♪」 麗華の脱衣はフロアのBGMやらスポットライトの賑やかさやらが合わさって、どうしてもストリップショーを行っているかのような体裁に映ってしまう。麗華もそれを自覚しているからこそ、上からも横からも正面からも自分の裸体が人に見られているという意識が湧き上がり羞恥の感情に顔を真っ赤に火照らせてしまっている。 その様子は百合子を大いに興奮させ喜ばせ……そして、圧倒的な優越感に浸らせた。 「あぁ~~恥ずかしそうに脱いじゃって……脚なんて股間を隠すようにモジモジさせて、まるで恥じらう乙女そのものね♥」 「お、おい! もうそれは良いからよぉ! 少し俺と話でもしようじゃねぇか……。お互い忙しい身だろ? こうやって膝を突き合わせて話をするなんて事……滅多に無いんだ……」 百合子の言葉に妄想を掻き立てられそうになった結城は、慌てて言葉を断ち切る様に別の話題を投げかける。百合子はその誘いに従わず窓際に立ったまま下の様子を眺め続け、楽しみを邪魔された事に不機嫌そうな表情を浮かべつつ返事だけを返した。 「なんですか? 今とても良い所なのに……」 急に声が低くなりいかにも不機嫌そうな言葉が返って来ると、結城はもう一度溜息を吐いて話を続ける。 「麗華から聞いたんだけどよ? お前んトコの保険会社……客としての加入者も多いが……“自殺者”も多いんだってな?」 結城のその冷めた口調に百合子はピクリと背中を反応させる。そして興奮の熱を一気に下げ、フゥと息を吐いて結城の方を振り返った。 「それが……どうかいたしまして?」 完全に興を削がれた百合子は結城の背広姿の背中をキッと睨みつつ、自分の席でもあった向かいのシングルソファーへ身を戻していった。 「いやなに……生命保険ってのはアレだろ? 確か……死因が自殺じゃ保険金は降りないんだったよな?」 ワザとらしくドカンと音を立ててソファーに落ち着けた百合子は、すっかり冷え切っていたティーカップの紅茶を一口啜り一息つく。そして結城の質問にさも常識を語る様にそっけない声色で言葉を返していった。 「…………それは当然です。だって生命保険は“偶然の事故死”や“突然の病死”などによる死別に備える保険なのですから……自死は対象となりません」 「だよな? でも……自殺者が多い……。これってさ、結構ヤバい事なんじゃないのか?」 「……っ!」 百合子は、結城が何を言おうとしているのかを察しギロリと睨む目を彼に向ける。 「お前の所の保険は、カジノ保険に入る為に生命保険にも加入させられるって聞く。しかもその生命保険……普通の保険とは保険料の払い方が違うよな?」 「えぇ、確かに。うちの生命保険は“頭金制度”を設けているわ。本人の現在の年齢から将来払う事になるであろう保険料を計算して……その半分を最初に払って貰う。最初こそそれなりの金額を納めてもらうことになるけど、その分毎月の保険料自体を格安に設定する事が出来るし補償も高額に出来るからお得だとお客様からは好評よ?」 「そう、それだよ! それがヤバいんだよ!」 「……はぁ? なんなんです? コレの何処がヤバいって言うのよ? 保険料はあのエレンメンタル生命の半分以下の超良心価格よ? こんな格安の保険料で生命保険に入れるのはウチ以外ありえないわ」 「でも“自殺”ではその補償は貰えないんだろ?」 「……っ!?」 「いくら保険料が安かろうが……補償が充実していようが……自殺したら何の意味もない! でも、お前の所の保険加入者は“なぜか”自殺を選ぶ人間が多い……これはヤバいを通り越してもはや闇だろ!」 結城の言葉の強さに、百合子の顔からスッと熱が引いていく感覚が見て取れた。 目は結城を睨んでいるがその視線に生気が感じられず冷たい。口は笑みすらも浮かべておらず無表情のまま軽く唇を閉じているだけ…… 人間の顔から突然人形の顔に変化したかのような無表情に変わり、結城は背中にゾクリと冷たい寒気を感じ取ってしまう。 「さぁ……それは、何故でしょうね?」 閉じていた口が僅かに動いてその様に発した。それは操り人形が喋る真似事をさせられてるかのような無機質な喋り方で、結城は心の芯の部分をゾっと凍り付かせてしまう。 「偶然じゃ……ないかしら? ただの……不幸な……偶然……」 クスクスと小さな笑い声を零すが百合子の口や目は笑っていない。表情筋すらも一切動いていない…… 冷徹で、冷酷な……氷の女王とも言うべき感情の欠落した顔で結城の顔を睨んでいる。 まるで……知ってはならない事を知られ生きて返すわけにはいかなくなった……と言わんばかりの静かな殺意……。それをひしひしと目の奥に感じ取れる。 「偶然……って言っていい数ではなかったぜ? なぜ警察が調査しないのか不思議なレベルさ。まぁ、何か裏で小細工でもして揉み消しているんだろうが……少なくとも俺や麗華は偶然だとは思っていない。この保険には人を死に追いやる罠がいくつも巡らされているって……そう考えている……」 見ているだけで凍り付きそうな冷気を漂わせている百合子の睨みだが、結城はその視線に気圧される事なくいつもの調子を取り戻して淡々と言葉を返していく。 「へぇ? きっぱり言い切っちゃいますのね? でしたら……そのお考えとやら……聞かせて頂こうかしら?」 口元に浮かんだ微笑が冷気を吐いているかのように冷え切った言葉を結城に伝える。結城はその冷たい微笑に熱を返すような勢いで持論を展開していく。 「そもそも……生命保険とカジノ保険を一緒に提供しているってとこが最初の罠だ。こうする事で保険料を更に安くしてます……みたいな事をデカデカとパンフレットには書かれてあったがよ、生命保険と他の保険ってのはジャンルが違うから普通くっ付けるもんじゃねぇんだ!」 「なぜ? 別に良いじゃない……何と何をくっつけて売るかはウチの自由でしょ?」 「カジノ保険だけに入りたい人間が居たらどうするんだよ? 別に生命保険なんて入りたくもないって奴が居たら不公平じゃねぇか!」 「それだったら入らなければいい……ただそれだけの事……」 「…………」 「私はうちのカジノで遊ぶのに保険に入れとは一言も言ってはいませんよ? 入るのも自由……入らないのも自由……。この保険が魅力的だと思った方が買って下さればいいと私は思っているだけです♥」 目を閉じニコリと口元に笑みを浮かべるが、再び開いた目はやはり笑ってはいなかった。あくまで冷徹に結城の表情を観察し、彼の次の反論を鋭い視線で待ち構えている。 「生命保険自体が魅力的かって聞かれても俺は顔を横に振るが、でもカジノ保険の方には首を縦に振らざるを得ない……」 「まぁ♥ 嬉しい事を言って下さるじゃない♪」 「だが、この“魅力的”という甘い言葉が、この保険の最大の罠なんだよ……」 「……また罠? その罠とやらは……結局どういう意味なのかしら?」 「少し資産の有るギャンブラーならこの破格的な補償を見て……目を見開いてしまう事は間違いないだろう……」 「あら? 今度は褒めてくれるの? 嬉しいわぁ……」 「あのパンフレットの表紙に大きく書いてあったな? “業界初、負けてもお金が返って来る保険”って……」 「……? あぁ……書きましたっけ? そんな事……」 「実際の補償や条件は確かこうだったよな? このカジノで累計1000万円を使ったら……使った額の半分……つまりは500万円分のチップを会員カードに振り込みます……だっけ?」 「そうよ。より正確に言うならば……更新までの3年間の内に累計で1000万円分のチップをカジノで使って下さったお客様に、キャッシュバックとして使った分の半分である500万のチップをプレゼントする……という保険よ♪ 別に勝ち負けは関係ないわ……使ったチップの額は会員カードに全部記録されているから、その中から1000万分使ったという事実さえあれば勝っていようが負けていようがこの補償は適用されるの♥」 「一見するとこの補償……かなり破格な保険だと思えるんだがよ……」 「それは当然でしょう。だって……負けても半分返って来るって言っているのだから……」 「でも、よく考えたら……そもそもカジノで1000万を使うってのは……相当な事だぞ?」 「……あら……そうかしら?」 「俺やあんたは普通の金銭感覚じゃねぇから小さい事のように思えるけどよ? でも、庶民の感覚で1000万は超大金だ……」 「金銭感覚が普通じゃないって……それは中々に失礼ですね?」 「普通の人はポンと1000万なんて出せないしチップにも変えられないって事さ……」 「だから“累計”であると明記してあるでしょう? 別に一気に1000万使えだなんて言っている訳ではないのですから……」 「そいつが罠の三つ目さ……」 「三つ目?」 「そう、一つ目は……生命保険とカジノ保険の併用による保険料の安さ、二つ目は……負けた額の半分がチップで返って来るっていう補償条件、そして三つ目は……補償が発生する条件が“使った額の累計”であり“3年”という期限が決められている事……」 「累計の何がいけないの? それこそ貴方が今しがた“普通は1000万なんてポンと出さない”と言っていたじゃない。出せない方の為に累計で良いですよって私なりにお客様側に寄り添っているつもりなのですが?」 「累計の部分はまぁひとまず置いておくが……まず問題なのはこれには期限がついているって事。こっちの方は大問題だ……」 「……大問題?」 「例えば……こういう状況のヤツを想像してみろよ。期限切れが近いけどまだ800万しか使ってない……でも、負け過ぎて金がない……自分の金ではとても残りの200万なんて払えないし間に合いそうもない……そういう人間がいたとしたら、そいつはどうすると思う?」 「そんなの……お金が無いのなら諦めるしかないのではなくて?」 「ギャンブルに脳を焼かれた人間がそんな思考をすると思うか? 何せあと200万あれば倍以上の500万も返って来るって分かってるんだぞ?」 「では……何処かで借りてでもお金を用意する……とか?」 「そう。そういう思考になる。んで、負けが込んでる奴に貸してくれる金貸しなんてそうは無い……。だからヤバイ奴に金を借りるしかなくなる……」 「……別に……その人が危ない会社に借りたとしても……すぐに500万を得られるんですから返してもお釣りが来るじゃない……」 「馬鹿だなぁ……そう言うヤバい会社に金を借りる奴が、500万のチップを貰ってそれを現金に換える様な真似……すると思うか? チップを現金に交換するのだって何十パーセントかの手数料を取られて目減りしちまうんだ……現金に換える気にもならんだろ?」 「何故そう言い切れるの? 追い込まれている人間でしたら保身のためにそうするのが当然でしょう?」 「ヤバい奴に金を借りてるんだったら利子も相当な額を吹っかけられる筈だ……そして今までの負けた分も取り戻したいって考えるとなると、500万もあるんだからとデカい勝負に賭けて一発逆転を期待しちまう奴もいるのさ……」 「まぁ! それは愚かですね……負けたら大変なのに……」 「そして、その勝負に敗れた奴は……絶望し……ひっそりと死を選ぶ……」 「………………」 「あんたの所の保険はそういう“客が破滅して自殺する事も込み”で利益を計算しているんじゃないのか?」 「へぇ? 何を根拠にその様な暴論に行き着くのかしら?」 「んなの……ちょっと頭を捻れば分かるだろ? 生命保険とのカップリング販売……その生命保険は保険料の半分を“頭金”として払わないと入れない……そして、カジノ保険の補償が現金ではなく“チップ”で払われる……んで、トドメのイカサマ騒動だ……保険とカジノが客の命を奪いに来てるってのがまざまざと見えてくるようじゃねぇか……」 「フン! それは貴方の勝手な妄想ね……何の説得力もないし証拠もないわ」 「あぁ……そうだ。証拠はないし俺の妄想でもある……が、今回のイカサマ騒動が何らかの形で証明されちまったら……全てが繋がる事になると思うぜ?」 「…………っ!」 「客から金を搾り取る為にディーラーがイカサマをしているという既成事実が出来たなら、あんたはそのイカサマをずっと知らずに放置していたか……もしくは知ってて敢えてヤらせていた……って事になるだろ? まぁこれだけ騒がれてて今更“知りませんでした”は通用しないが、とにかくあんたはこのカジノで相当な利益を生む事が出来たわけだ。甘い罠で客を誘って高額な頭金を払う羽目になる保険に入らせ、そしてカジノでも金を搾り取る……。そんだけ儲けの仕組みが出来上がってりゃあ……そりゃあ、保険料くらいは安くもなるもんだろ?」 「くっ……」 「保険料が安いんだから客はいくらでも食いつく。そして騙される……罠に嵌められていく……勝手に破滅していく……でも会社は利益を得る。あんたの保険ってのはそういうシステムが上手く循環する様、あざとく調整されているって訳さ……」 そこまで結城が持論を展開すると、百合子は冷たくさせていた顔に血色を戻し怒りの感情をそこに浮かべなおした。 「よくもまぁ……そんな絵空事を抜け抜けと……。貴方は保険屋でもカジノ店員でもないんでしょう? 保険のプロである私にその様な素人丸出しな陰謀論をぶつけて……恥ずかしくないのかしら?」 その表情の変化は結城の言葉が図星である事を明確に暗示してしまう。 「あぁ……まぁ、俺は確かに保険に関しては素人だけどよ? でも経営者っていう立場だからか“儲けのカラクリ”的なヤツには鼻が利くのさ。特に……汚ぇ儲け話には……な?」 「なにが儲けのカラクリよ! あのロリ女と同じことを口走って……これだから素人はっ!」 「その素人でも……お前のカジノと保険……両方ヤバイって事だけは分かるぜ? 素人にさえそう思われてるんだから……保険のプロである麗華や鈴音あたりは事前に裏を取って調査も終了してるんじゃないか? 調査が終わって結論が出たから“ココ”に来たんだと思うぜ?」 「なっ!? くっ……」 ここで初めて百合子の顔に動揺の汗が滲む。彼女は今まで“麗華は紅葉のイカサマを見破る為だけにココへ来たのだ”と勝手に認識していた。同業の弱小会社の調査員が変な噂に誘われて不正が無いかの取り締まりに来ただけ……と、そう思っていた。 しかし、考えてみれば不自然な点はいくつもあった。たかが不正を暴く対戦をするだけでホテルオーナーでもある“自分”を呼びつけて見届け人なる役を与えた事もしかり、そもそも不正の告発を今まで一度も受けた事もない筈なのに……さも“皆が不正を疑っている”などと捲し立てている事にも違和感があった。 どちらも寝耳に水であり想定の範囲外の出来事だった…… 見届け人の役など……別にカジノの主任や副主任とかを指名すればいいだけの話なのに、敢えてカジノのトップである自分を指名してきた…… それは今思えば、意図した指名であると頷ける。 麗華は引き摺り出したかったのだ……この儲けのカラクリを構成し、作り上げた本人を…… そして、紅葉を断罪した後で……百合子自身もその場で断罪するつもりなのだ……動かぬ証拠を突き付けて……。 『もし……そう考えて計画を練ったのなら……あの“馬鹿みたいな振る舞い”も演技という事?』 百合子は苦々しい表情を浮かべて、窓の外の麗華の姿に視線を移す…… 麗華は衣服を全て脱ぎ……全裸になって恥ずかしそうに身を隠す仕草をしている…… 『あんな馬鹿な格好をしている同業者に……私が断罪される? フン! それこそあり得ない……』 百合子は彼女の姿を見て今度は安堵の笑みを浮かべる。 『あいつは次の勝負で破滅する! それはもう運命として決められている事! イカサマも見破れないし……見破れたとしても対処も出来ない! だから終わりよ、私を断罪するどころか……自分の人生が詰んで終了を迎えるだけ……』 っと、百合子は自分を落ち着かせるための言葉を頭に浮かべるが……次の瞬間、彼女は驚愕に目を見開かせる事となる。 『ば、ば、馬鹿な!? 一体どうやって!!』 百合子が驚愕したのとほぼ同時に、麗華の方も百合子とはまた違った驚愕に身を震わせる事となった。 それは……彼女の願掛けがようやく叶った瞬間であり、諦めかけていた心に潤いが戻った瞬間でもあった。 配り終えた最後の手札…… それを見た瞬間、麗華は喜びと安堵を同時に浮かべた。 これで……自分の勝負に綺麗な幕引きが出来る……と、言いたげに……