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庄名 泉石
庄名 泉石

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#5 キスと呼ぶには幼い

   


 人の少なくなった校舎に鳴り響くチャイムの音。

 いつもより心なしかゆったりと聞こえてくるそれに耳をすませて、私たちは教室の隅に転がっていた。


「みんな帰っちゃったね」

「そうだね……寂しい?」

「真由がいるから、へいき」

「そか」


 紗月と私はクラスメイトではないけれど、文芸部の部活仲間だ。

 文化祭も終わって、夜遅くまで残る理由なんてなくなってしまっている今、顔を出さない部員も多かった。

 私は部長なので、なにごともなければ最後まで残って鍵を閉めなくちゃいけない。

 確かに仲の良い相手ではあったけれど、紗月はいつからか何も言わなくても私の帰りを待つように居残っていてくれた。


「文化祭楽しかったねぇ」

「うん」

「意外と部誌って売れるんだよね、高校生の素人が書いたものが欲しいだなんてびっくり」

「そうかな」


 私たちの文芸部は、大掛かりなことは決してしない。

 ささやかに、堅実に。

 部員全員で書いた部誌を一冊出して、部室で売り出す。ただそれだけだ。

 当日は特に呼び込みもしない。けれど、わが部室を出たとこすぐ近くにベンチがあるせいか、休んでいた人たちがひょいと顔をだしてくれるのだ。


「あ、それに紗月の描いた表紙もいいから今年はよく売れたよね」

「それはたまたま」

「そうかなぁ」


 紗月は文芸部だけど、小説は書かない。俳句を作っていくつか載せている。

 渋い、なんていう人もいるけれど、なんだか無口な紗月によく似合ってると私は思う。

 そして、俳句の隅にちょんと描いてある小さな絵が好きだった。

 だから、今回部長権限で紗月を表紙に描いてもらった。好評だったと思う。


「あれ、うちの旧校舎でしょ?」

「うん、もうすぐ取り壊されるから」


 旧校舎なら屋上に上れた。

 だけど、新校舎は禁じられてしまっている。

 だから私たちは旧校舎が好きだった。

 少し前だって、部誌の締切のためにサボって屋上に潜り込んでいた。

 それももうすぐ、終わってしまう。


「あそこではじめてちゅー、したよね」

「────ん」


 キスと呼ぶには幼い私たちの仕草。

 恋かな。っていうと、なんか違う気もする。

 ちゅーしよ、って最初に言ったのはどっちだったっけ。


「寝てる真由がかわいかったから」

「真顔でそれ言う?」

「いう」

「って寝てるとき!? 私それ知らない」

「今初めて言ったから」


 ふふん、とどこか得意げに鼻を鳴らす紗月。

 嘘、嘘。

 私が記憶しているのは────


────ねぇ、ちゅー、しない?


 そう、そうだ。私から言ったんだ。

 紗月はちょっとだけ驚いた顔をして、でもすぐに、いいよ、って言ったんだ。

 私はなにも考えないで出た言葉だったから、あれ何言ってるんだろ、とか慌てちゃって。

 でも、間に受けた紗月が目を閉じたものだから、あとには引けなくなって────


「真由、顔赤い」


 やだやだ、忘れよう。

 恥ずかしい、恥ずかしい!

 紗月が真顔な分、私ばかりいたたまれなくなってしまう。


「ね、ねぇそういえば円山くん、最近顔出さないよね」


 そして私が慌てて変えた話題は、最悪のチョイスだったらしい。

 紗月はむっとした顔をする。私しか気づかないぐらいの、些細な動きだ。


「真由にフラれたからだよ」

「えぇ……? あれがそう?」

「うん」


 大人しめな性格の多い文芸部において、なんだかそぐわないひょうきんなムードメーカー、二年の男子、円山くん。

 文化祭の打ち上げで、とてもイイ笑顔で私は告白された。

 でも、部員全員の前だったもんだから、冗談だってみんな受け止めてたと思うんだけど?


「あれ冗談じゃなかったの?」

「冗談めかした本気だったの」


 どうしてそんなこと、紗月にはわかっちゃうんだろう?


「わかりにくい!」

「私もそう思う」


 だったらどうして?


「それに、フラれらからって部活に顔出さないとかナシじゃない?」

「それもそう思う」

 

 クス、とそこではじめて紗月が笑った。

 私もつられて、クスクスと笑いだしてしまう。

 文芸部だからゆっくりめになるけれど、どうせ、私はもうすぐで引退だ。

 次の部長には悪いけれど、円山くんのことは放置させてもらおう。


「お腹空いたね」

「そうかな」

「駅前でたい焼き食べて行かない?」

「晩御飯食べられなくなっちゃうし」

「……紗月が冷たい」


 しくしく、とわざとらしく泣いたフリ。

 呆れた紗月が、つんと私の額を突いてきた。

 長くて白い指。彼女のその手から紡がれたあの旧校舎の絵を、ふっと思い出す。


「着いていくし」

「一緒に食べたいの」

「半分こなら」

「やった。二個買って一個半分こしちゃお」

「こら」


 私はよいしょっと勢いをつけて起き上がる。

 つられて紗月も気怠そうにのそのそと起き上がってきた。

 その横顔が、私はとても好き。


「ね、ちゅーしよっか?」

「ここで?」

「うん」

「しない」

「がーん」


 私たちの他に誰もいない部室。

 差し込んでくる夕陽ももうすぐ暮れる。

 たい焼きだって早くいかなきゃ、売り切れてしまうかもしれない。

 でも紗月は、ゆっくりと目を閉じて私の前にのしかかってきた。


「うそ、だよ」

 

絵:庄名泉石 / 文:柊ユーリ


こんにちは、庄名泉石です。

今回は過去絵のレタッチにSSをつけてもらいました。



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