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離婚の理由 前編

先日、夫に離婚を切り出した。 テーブルに置かれた離婚届を見て、夫は酷く動揺していた。大学生の頃に付き合い始めて、社会人として収入が安定しだした時に結婚してもう五年。出会いから換算したら10年近く経っている。 夫は狼狽しながら声を出した。 「え、これ、どうしたの?」 「ごめん、別れて。好きな人が出来たの」 極めて冷静にそう言った。頑張って無表情を作りながら、もうあなたなんか興味無いんだって伝わるように。 「・・・・好きな人?」 「そう。その人と一緒に居たいの。だから別れよ」 「・・・・そんなの納得できないよ」 ・・・・まあ、そりゃそうだろう。こんな手で離婚切り出されたら夫からしたら堪ったもんじゃない。 でもとても残念なことに、私はそれに対する切り札を持っている。 「・・・・あなただって、浮気してるじゃない」 私がそう告げると、夫は何かを悟ったような絶秒した表情になった。 「・・・・え?」 「気付いていないとでも思った?たしか、黒木(くろき)さんだっけ?キャバクラの人でしょ?」 「どうして、それを」 「・・・・別にいいじゃない。あなたがやった裏切りそのものが問題なんだから」 私は答えをはぐらかした。夫はそこに疑問を持つ余裕もないのか、必死に弁明を立てようとする。でも私はそれを遮って言った。 「いいの。言ったでしょ?私も好きな人が出来たの。だから裏切ったのは私も一緒。私たち、裏切り者同士なのよ。だからもうやっていけないと思う。・・・・離婚しよ?」 その一言が決定打だった。 あれから二か月が経過した今でも、あの日のことは昨日のことのように思い出す。夫に離婚を切り出す時、本当に辛かった。胸が張り裂けそうになるっていうのは、ああいうことを言うんだろうと実感した。 本当は、好きな人なんていない。私は今でも夫以外の男を好きになったことなんて無い。そんな夫と別れることになったあの日は、絶対に忘れることなんて無いだろう。 夫の浮気に気付いていたのは本当だ。離婚する半年ほど前から怪しいと感じ、細かにチェックしていったら、どうやらキャバクラの女と浮気していることに気付いた。 それでも私は、夫に怒りを感じたりはしなかった。元々学生時代からよくモテる人だった。だから結婚しても、こうなる日が来るんだろうとは薄々感じていた。それでもここまで夫が我慢してきたというのは、それほど私のことを愛していてくれたということなんだろう。 そんな夫の私に対する愛を打ち砕いたこのキャバクラの浮気相手には少し怒りを感じたけど、名前も顔をわからないので、私にはどうすることもできない。浮気の証拠を揃えて夫に糾弾するのも考えたけど、それはしたくはなかった。たとえ浮気していても、夫が側にいてくれるならそれでいいと思うことにした。 浮気されてなお、私は夫を愛していたし、許してあげたいと思ったのだ。 しかしそんな静寂の日々は長くは続かなかった。離婚から一か月ほど前のある日、その女は姿を現した。 それはスーパーへ買い物に出かけている時のことだった。私一人で夜道を歩いている時、ふと後ろから声をかけられた。 「あの・・・・」 振り返ると、女が立っていた。二十代後半か三十代前半、どちらにせよ私と同い年ぐらいの長い金髪の女だ。顔立ちは整っていて、体格はどちらかというとしっかりしている。学生時代は運動部にいたのだろうか。 「なんでしょうか」 「これ、落としませんでしたか?」 女の手には、ピンク色のハンカチがあった。花柄とレースの装飾のある可愛らしい物だ。 それは間違いなく、私の物だった。去年の結婚記念日に夫がプレゼントしれくれた、大切な物だったのだ。 ・・・・でも、おかしい。 いくら大切な物でも、ただの買い物に出かける時でも常に持ち歩いているわけではない。常にハンカチを常備しているなんてお嬢様みたいな用意はしていない。あのハンカチは、確かに私の部屋の引き出しにあるはずだ。 ・・・・じゃあ、女の手にあるあのハンカチは? 嫌な予感が来て、私は思わず眉間にシワを寄せる。それを見た金髪の女は、楽しそうに声を上げた。 「あ、ごめんなさい。これ、私の彼氏がプレゼントしてくれた物でした」 「・・・・そうですか。良い彼氏さんなんですね」 「ええ、本当に良い彼です。早く私のモノにしてあげたいくらい」 その言葉を聞いて確信した。 こいつだ。 こいつが、夫の浮気相手だ。 金髪女は、挑発的な笑みで続ける。 「だから、あなたの男、私にちょうだい?」


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