とあるキャットファイトマッチアップアプリのDM 沙耶vs彩果 【その裏側】
Added 2023-07-06 09:41:36 +0000 UTC【沙耶】 ある日の深夜2時ごろ、スマホに通知が入った。通知音で目が覚めた私は、ゆっくりとした動作で枕元のスマホを探し、眠気眼でそれを見た。スマホの明かりに目が慣れていなくて少し苦戦したけど、ようやくそれが、登録しているキャットファイトマッチアップアプリからのDM通知だということに気付いた。 思わず布団から飛び起き、アプリを開く。見ると、「彩果」というユーザーから対戦要求のDMが送られていた。ここ数週間、縁がなくて全く動かなかったDMが、ついに動いていたのだ。 待ちわびていた喧嘩だ。 高校の頃から2週間に1度は必ずやっていた喧嘩の頻度が、最近になって落ちていた。間違いなく仕事のせいだ。社会人になってしばらくは喧嘩のペースは維持できていたけど、後輩を持つようになってきてからは本格的に忙しくなり、相手を探す暇もなくなっていった。空いた隙間時間で街中でストリートの相手を探しても見つからず、マッチアップアプリのDMは無音のまま。だれかを殴りたくて仕方がなかった。 その喧嘩がついにやれる。1か月ぶりの喧嘩だ。 彩果のプロフィールを急いで確認する。年齢は私のひとつ下の23歳。喧嘩方法は殴り合いで私とも合っている。体格はほぼ同じ。前髪をセンター分けしたミディアムヘアの女が、上半身裸の状態で撮った写真が掲載されている。 写真を見る限り、まあまあ強そうに見えた。こいつの顔面を殴ったらさぞや気持ちいいだろうなとも思う。勝率も8割を超えていて、数字がこいつの実力を示している。 やってやろう。 私はすぐに、DMに返信を入れた。 次の彩果からの返信は早かった。多分、こいつも私と同類でとにかく喧嘩がしたくてたまらないんだろう。 会話をしていく内に、私と彩果は同じ県に住んでいることが判明した。彩果はここから少し離れたところにある○○市に住んでいるらしい。あっちには何人か知り合いがいて、もちろん喧嘩もしたことがあるけど、どいつもこいつも雑魚ばかりだった気がする。彩果もそうじゃないといいけど。 どちらにせよ、売られた喧嘩は買ってやる。 さっそく今から喧嘩することになった。時刻はもうすぐ3時になろうとしているけど、私たちには関係ないことだ。彩果がタクシーでこっちに来ることになり、慌てて外出の準備をする。とはいっても、メイクとかしたりするわけじゃない。身軽なジャージに着替えて、寝癖を少し直すくらいだ。 出て行く直前に、常備してあるコーラのペットボトルを思い出した。久しぶり過ぎて喧嘩のルーティンを忘れるところだった。私はいつも、喧嘩前はコーラを飲むんだ。 500mlのペットボトルの約3分の1ほどのコーラを一気に流し込み、気合を入れて家を出た。 【彩果】 深夜、眠れずにひたすらキャットファイトマッチアップアプリで色んな女のプロフィールを眺めていた時、ある女の写真に目が止まった。 ユーザーの名前は沙耶。私のひとつ上の24歳で、希望の勝負方法は取っ組み合いと殴り合い。私と同じぐらいの長さのミディアムヘアをした、気の強そうな女だ。 こいつの顔写真を見た瞬間、私は決めた。次はこいつにしよう。 喧嘩自体は3日前にストリートでやったばかりだったけど、そいつが弱すぎて手応えがまるでなかった。やっぱりこの街の女で自信のあるやつは粗方倒し尽くしてしまった。もっと楽しくもっと強い女と闘うには、このマッチアップアプリが必要不可欠だ。 深夜であろうと構わず、さっそくDMを送ることにした。返信は思いのほか早く、沙耶は当たり前のように私の喧嘩を買ってきた。それが少しムカついた。 DMで言い合っていくと、私と沙耶がとても近い場所に住んでいることが判明した。しかも話の流れでこれからやり合うことが決定した。こんな深夜に、わざわざタクシーでこっちまで来いって言うのだ。ムカつくけど、どうせ明日は休みだ。やってやろうと私も乗っかった。 簡単に身支度を済ませて、すぐに家を出た。あらかじめ電話でタクシーを呼んでおいたので、待ち合わせ場所の駅まで飛ばしてもらう。きっとこの運転手は、これから乗客が公園で全裸で喧嘩しに行くんだとは夢にも思っていないのだろう。 私の喧嘩を買ったこと、そして私の地元を雑魚の集まりだと馬鹿にしたことを、後悔させてやる。 そう思っていた・・・・はずなのに。 気が付けば、私は芝生の上に倒れていた。夜が徐々に明け、空がうっすらと明るくなっていっているのがよくわかった。 全身が動かない。沙耶はどこにいるんだろう。起き上がろうとしても、酷使した筋肉と全身の傷が悲鳴を上げて上手く体を動かせない。夜明けの心地のいい風がありがたかった。 しばらくしていると、少し離れたところで女の呻き声が聞こえることに気付いた。なんとか身体を動かして、ほんの少しだけ頭を上げると、視線の先では全身痣だらけの沙耶が芝生の上に座り込んで空を見上げていた。 状況からして、どうやら私は負けたらしい。記憶は無いけど、私が倒れていて、沙耶は座っている。それが何よりの証拠だった。 あれからどれくらい経ったのかわからないけど、空が段々と明るくなっていっている今、こうして全裸でいられる時間的余裕はないのだろう。ここは広大な公園にある広場の端っこだけど、そろそろ人が通ってもおかしくない。 さすがに通報されて警察の厄介になるのは御免だ。 「・・・・ねぇ」 なんとか声を絞り出すと、空を見上げていた沙耶が気付いて私の方を見た。 「あ、気が付いたんだ」 「・・・・身体動かないから、ちょっと手貸してよ」 屈辱だった。喧嘩相手に、しかも自分を負かした相手に助けを求めるなんて、これまでの生涯で一番の屈辱と言ってもいい。それでも、警察に通報されるよりはマシだ。 「・・・・いいよ。イタタタ」 沙耶も動くのは厳しいみたいだ。そりゃあそうだ。あんなに全身に傷を負っていたら、立ち上がるのも困難だろう。まあ、私はあれと同じくらいかそれ以上の傷を負っているんだろうけど。 沙耶はゆっくりと私の元まで歩いてくると、傷だらけになった手を差し出した。私の顔面をぶん殴っていた憎き手を、今は私を助けるために出している。それが何とも奇妙だった。 「・・・・次は勝つわ」 「次も負けない」 「言ってな」 そうして私は、その手を取った。