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倍々世界20


8月23日


「荷物は捨てさせろ!! 抵抗するものはもう撃ち殺して構わん!!」


 怒号が飛ぶ。悲鳴が飛ぶ。大陸東海岸の都市の港周辺はもはや地面が見えないくらい、人で埋め尽くされていた。俺はそれを、何とか乗り込んだ船の端っこで聞いていた。

 極東の島国に現れた巨人・IKUTO。日に日に巨大化していく育人に国どころか地球の存亡の危機、と、8月15日に最初の核が使われた。――しかし、効かない。手をこまねいているうちにIKUTOが海を泳いで大陸に向かっていることがわかり、もうここしかない、と、政府は、使用可能なほとんどの核兵器を、南の島で寝ているIKUTOに対して打ちまくった。三度目はない。一度目とは比較にならない、文字通り桁が違うとでも言わんばかりの総攻撃。その威力たるや、地球を三回焼き尽くしても釣りがくるレベル。それがたった7000フィートの目標に対して打ち込まれるのだ。IKUTOが寝ている島はもちろん、周辺の島々も海に沈み、海域一帯が放射能で死の海になり、地球全域で数年は寒冷化が避けられない。それほどの犠牲を払った攻撃。数千発の核ミサイル攻撃には数時間かかった。強力な放射線で通信も観測も途切れた。祈った。全世界の人が神に祈っていた。だから。


「おお……神よ……」



 手足の一本ももがれることもなく、五体満足で陸地の消えた島跡地にたたずむ姿を衛星がとらえた時には、世界中が絶望した。勝てない。倒せない。終わりだ。滅びだ。これを見て命を絶った人たちは相当いるらしい。らしい、というのは、そんなのを数えていられる状況のはないからだ。



***



 ともかく、それで政府はIKUTOを倒すのをあきらめた。いや、表向きは違うぜ。相変わらず「あらゆる手段で撃滅を試みる」とか言ってる。でもまあ、無理だろ? 核の総攻撃の時に7000フィートサイズだったのに、次の日には倍の14000フィートで火山とファックしてやがる。毎日でかくなる相手に対処が追い付くわけがない。じゃあどうするか。……その辺は国民の方がわかってやがる。そう、ここも含めて国内の空港や港は大パニックだ。特に必死なのが西海岸だ。なんせ海から向かってくる相手に船は使えない。陸路じゃ追いつかれるってわけでもう空港じゃ殺し合いが起きてる……いや、起きてたみたいだ。どれだけの国民が逃げきれたのか、今じゃもうわからない。たった一日で東海岸が壊滅したなんて信じられるか? でも事実だ。ニュースの衛星画像を見たか? 地形が変わってんだ。山脈にはまるで隕石でも落ちたかのような穴が開いてた。それが一昨日。そんで昨日さらにでかくなって、飛行機すら危ないらしい。なんでも50000フィート超えてるとか。何がって? IKUTOの身長だよ。……ああ俺だって夢だったらと思うさ。ともかくそれで大陸中央部ももうダメだ。ここもすぐに……ああ、船はまだ出ないのか!? いつ来るかわかんねえんだぞ!!

 

 ……この船がどこに行くのかって? いや、知らねえ。でもここにいるよりかは絶対ましだ。少なくとも、数日は生き延びられる。だってそうだろ? 昨日は30000フィート、今は50000フィート。倍々にでかくなってんだ。じゃあその次の日、そのまた次の日は? ……ジュニアスクールのガキでもわかる算数だ。9月まで地球があるかもわからねえ。自殺した奴らの方が賢かったのかもな。まあ俺達は愚かにもこうして生き延びようとしてるわけだが。……なんかざわついてるな。何だ? 向こう? …………おいマジかよ…………もやかかるほど遠いのに、頭が見えねえほどでかいって………



***



 群衆のざわめきがおさまったのは、ほんの少しの間だけだった。すぐ、場は狂気が支配する。皆必死――本当の意味で必死になって、船に乗り込もうと突進する。押しつぶされて圧死するもの、踏みつけられて死ぬもの、押し出されて海に落ちるもの……それが何百、何千。でもそれも仕方ない。地鳴りとともに、この都市の、はるか向こうに見えた影。遠すぎておぼろげなのに、その大きさだけははっきりとわかる。都市有数の高層ビルが、文字通り足元にも及ばない。その足が持ち上がるだけで、大地が揺れる。今身長17kmとされる育人の足のサイズは、なんと3km。踏み出されるその先で影になるのは、もはや建物や区画といったレベルではない。5万人規模の行政区がすっぽりと覆われてしまう。それが、ゆっくりと、落ちてくる。踏みつけるのでも踏みしだくのではなく、むしろ育人としてはそっと足を降ろしているのだが、この大きさでは大した違いではない。土や建物の破片、潰れた車がへばりついた足裏が、影を濃くしながら行政区に迫る。空気が圧縮されて上から吹き下ろす風があらゆるものを吹き飛ばしていく。足裏に最初に触れたビルは耐えるそぶりも見せず砂のように崩れていき、瓦礫が育人の足より先に人民を押し潰す。何百本ものビルが同時に押し崩され、ついに足が地面に到達する。道路に伏せて泣き叫んでいた人々が、一瞬で血と肉になり、山を超える質量で圧縮される。もちろん湾岸の大地が耐え切れる重量でもないため、大地ですらも沈み込む形でつぶれていく。一縷の望みをかけて地下の駐車場やシェルターで祈っていた人々も、その空間ごと押しつぶされた。沈み込んだ大地は最もましな育人の足の小指の位置でせいぜい100m。人工地下空間をすべて押しつぶすには十分な深さだった。

 もちろん、足裏の範囲外の街並みも無事ではなかった。大地を縦に揺らすような揺れに、爆風のような衝撃波。周囲十kmは人も車も建物もすべて塵芥となっている。育人は反対の足も同じようにして歩を進めると、ゆっくり、ゆっくりとしゃがみ込んだ。



***



 ……くそっ! もっとスピードでねえのか! もっと離れねえと……出港してだいぶたつのに、陸があんなに遠くなったのに、あの化け物から離れた気がまるでしねえ。見上げても顔が見えねえって、どんなデカさだよ……。海の上なのに、地響きがここまで伝わってくる。空は晴れてるのに、海ってこんなに荒れるのか? 早く、早く逃げないと……おい、あいつ、落ちて……いや、しゃがんでるのか? なに……うわっ、風っ……揺れ……嘘だろ……あいつがしゃがんだだけで、ここまで風が来るのか? しゃがんでもデカすぎる……おい、あいつ、何して……ビルを……摘まもうと……? は、は、見ろよ。国で一番デカいビルが、まるでポテトの先っぽみたいだ。しかも摘まむ間もなく崩れて……なんだよ……何の恨みがあるんだよあいつは!!!!!


 ……はっ、ようやくビル遊び卒業か……何本崩せば気が済むんだか……立ち上がって……100kmぐらいは離れたはずなのに、まだ心臓がバクバク言いやがる。早く見えなくなってくれ……立って……おい……おい、マジかよ……まだ、まだデカくなりやがる!!!揺れ、揺れがここまで


……………嘘だろ……街が、割れて……地盤ごと割れて、持ち上がってんのか? あいつがデカくなったせいで……街が、地盤ごと、海に………………おい待て、嘘だろ、波が、でけえ波が、落ちた地盤で、おい逃げろ!!! もっとスピード!! 嘘だ、100㎞も離れて、おい、逃げ、くそ、あの化け物、くそがボゲボゴボ………



…………




 自らの体重に耐えきれず、バキバキに割れてその上に乗る数百数千のビルや建物ごと傾いていく地盤。数百メートル級の波を引き起こしながら海と混ざり、育人の足元は地殻すら無事ではすまず、足と地面の隙間からマグマがにじむように溢れている。そんな世界の終りのような状況を、育人は30㎞以上上から見下ろしていた。30㎞上からでもわかるような規模だった。


「……うわー……体重だけで地面割っちゃうとか、流石に俺、重すぎじゃね……?」


 世界で最も影響力を持つ国は、この日事実上滅んだといわれている。


倍々世界20

Comments

コメントありがとうございます! そうですよね……火山とファックなんか意味わかんないですよね…… 2012いいですよね……パニックたまんない……ロサンゼルスが都市ごと沈むとことかめちゃくちゃ今回イメージしました…! もう育人は歩くどころか立っているだけで周囲を壊滅させちゃう巨大さですね……!本当、育人が地球で遊べるのもあと少しかもしれないです……!

ichiya / ichiarrow

「次の日には倍の14000フィートで火山とファックしてやがる。」 これ、小人側から見たら相当頭おかしい感じで、でもとうとう火山相手でも穴にしかならないし山すら腰降りでぶっ壊しちゃうっていう本当に絶望なんですよね…全部伝聞形式なのが映画2012の次々死んじゃうわけわかんなくなってる民衆みたいで興奮より先に恐怖が来るほどですね(しっかり興奮しました) そしてとうとう、さらっと某国滅亡させてるし…wでももう育人君には本当に造作ない事なんですね…自分がでかくなる法則も理解して、もう後は遊びつくすだけってなってる巨人に対して本当にあとちょっとだけの人類と地球が遊びで消費されるだけな感じが今回の更新で強化されてまた興奮を加速させました…!!!

あかいろ

コメントありがとうございます! もう100km程度じゃ育人の脅威から逃れたことにはならないんですね……!! 普通の人間視点じゃたった数日で世界が目まぐるしく変わって、冗談だと思ってたらあっという間に来て、わけわからないうちに世界が滅んでいく……みたいな感じだと思います。だってまだ1か月たってない…! もうこのぐらいになると人間からすれば大きすぎてほとんどわからないでしょうね~(育人も小さすぎてわからない) 顔が数十キロも上にあるのでどんなにでかくとも空気の屈折とかでもうはっきり見えない……でもそのシルエットだけは……みたいな感じだと思います。 もう国どころか大陸ですら歩いてぶっ壊せますからね!この星はあとどのくらい持つのか……(ず~っと書いてると、意外としぶといな~ってなってますが)

ichiya / ichiarrow

銃社会だからか、のっけから剣呑な言葉が飛び交ってますねぇ。 んで主人公君も育人君から距離をとったつもりでいましたが、あっけなく海の藻屑とかしてしまいましたねぇ……^q^ やはり普通サイズの人間目線で語られると、巨人の巨大感が実感できますね! それにしても育人君、世界で最も影響力を持つ国すら、もはや半分無意識みたいなうちに壊滅させてしまうとは恐ろしいです……!

曹達(ソーダ)


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