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倍々世界14


8月17日



 育人の破壊活動によって、昨日だけで三つの街がほぼ壊滅状態に陥った。夜になるとライフラインが途切れた屋外は真っ暗で、流石に育人の破壊活動は落ち着いた。だが逃げようとする車のライトを見つけてはビルも道路も関係なく踏み潰して追いかけて捕まえる様は取り残された住民たちには恐怖でしかなかった。それは夜の間中行われ、その間育人は一睡もしていないはずだが朝になっても全く眠そうな様子を見せない。育人にはもう睡眠すら必要なかった。



「さーて、次は……」


 朝になると育人は街の残りを破壊して次の街に向かう。その道すがら、育人は少しずつ巨大化していった。既に250mを越える巨人である育人。壊滅した街から遠ざかるはずの足音と地鳴りはいつまでも消えず、逆に近づいてくる街にとっては揺れも足音も一足飛びに増加していく。


「ははっ、ちっさ」


 育人がたどり着いた街の住人たちが見上げたのは、500mを越えるサイズに巨大化した育人だった。それなりに大きな街のはずだが、どんなビルも育人の頭どころか股下にも届かない。100mに満たないビル群は全て育人の膝頭より下に位置し、逃げ遅れた人間たちが見る窓に映るのは育人の頑強な脛。当然ビルより圧倒的に太い。育人が脚を動かす度、まるで積み木を崩すようにコンクリートのビルがなぎ倒されていく。

 間を置かず車がつまりすぎてデッドロック状態となった幹線道路に育人の足が踏み降ろされる。足幅だけで30m近くある足は六車線どころか歩道にいた人間までまとめて影で覆い、電柱も車もまとめて踏み潰してアスファルトを地中深くへと沈ませる。一緒に地下街も押し潰したが育人には微細な差過ぎてもう気づきもしない。足を踏み下ろした衝撃だけで周囲のビルが崩れていく始末だ。


「さーて……お」


 ほぼ下を見ながら適当に歩く育人が見つけたのは学校だった。比較的敷地は大きそうだが、それでも育人にとっては畳一畳分もない。もはや学校など機能していないが、遠方から逃げてきた人の一時避難所となっていたのか、育人の目からもかなりの数の人間がうごめいているのが見える。最も今現れた育人からの避難は間に合っておらず、慌てて校舎や体育館の中へと入っていった。それを見て育人はにやりと笑う。


「それで隠れたつもりかよ……」


 育人は防球ネットを蹴散らしながらグラウンドへと足を向ける。育人の巨大な足が陸上用トラックすべてを覆ってもまだ余りある影を作った。それが踏み下ろされると同時に暴風が起き、周囲のテントや木々が吹き飛んでいく。足が着地した瞬間、とんでもない轟音とともに大地が大きく揺れる。天文学的な重量に育人の足は5メートル以上地面にめり込み、揺れと風圧で建物の窓が吹き飛ぶように割れていく。片足でグラウンドがいっぱいになってしまい、育人はもう片方の足をどうするか、と思い悩んで、体育館にかざしてみた。育人の足は体育館をすっぽりと覆ってしまう。


「……いや、そうだな」


 育人は一度体育館にかざした足を戻して学校の敷地外に踏み下ろす。住宅数十件を踏み潰したが育人はそ知らに見向きもしない。ゆっくりとしゃがみ込んだ育人の影に体育館はすっぽりとおさまる。元々育人のくるぶしにも届かない小さな体育館は今の育人からすればまるでティッシュの箱のようだった。


「へへ……」


 育人は体育館の両側に手を伸ばす。植えられた木や小さな倉庫を押しつぶしながら手を下ろし、そのまま手は地面へとあっさりめり込んでいく。そのまま地中を潜りながら手は体育館の真下に近づき、両手でおさまりそうなところで育人は両手を持ち上げた。地面がひび割れ、盛り上がる。なんと育人は体育館を、それが建っている地面ごと掘り起こして持ち上げてしまった。



「お~……うまく行ったな~」


 ただ地面ごとといっても流石に手で持ち上げられては不安定で、体育館は今にも崩れ落ちそうだった。育人はできるだけ手を固定しながら体育館を顔の近くまでもっていく。割れた窓から中を覗いてみると、悲鳴と共にたくさんの人間が揺れの中で転がっているのが見えた。


「はは、ちっちぇえ~」


 身長500mを超えた育人にとってはもはや人間など蟻のような大きさだ。育人の笑い声で体育館の屋根が吹き飛び、今度こそ中が丸見えになる。体育館の中の人間たちからも屋根だった場所いっぱいに広がる育人の顔が見えて、悲鳴がさらに大きくなった。

 だがその中に、悲鳴ではないものが混じり始める。



「……とー……………いくとー……」

「ん?」


 どこかで聞いたような声。そしてかすかに聞き取れる自分の名前。育人はさらに体育館に顔を近づける。鼻先が壊れかけた壁にかすって地面へと落下する。そこまで近づいて、名前を呼ぶ声の出所を凝視した育人は目を見開いた。


「あっ」


 育人のちょっとつぶやいた声のあまりの大きさに、体育館の中の人間たちが一斉に耳をふさぐ。ただそれで悲鳴が一瞬小さくなり、声の主たちが育人に思いっきり叫ぶことができた。


「育人ーー!!!」

「育人ーー! やめてくれー!!」

「ここにいるんだーー!」


(……野球部の奴らじゃん……なんでこんなとこに……)


 避難民に交じって大きく手を振っている人間たちは、育人が目を凝らしてようやくわかるレベルだが、確かに野球部の部員たちだった。育人は知る由もなかったが、学校で育人から離れて麓の街で経過観察をしていたものの、すぐに育人の巨大化等でそれどころでなくなり、避難している真っ最中だったのだ。育人の侵攻方向の街に避難していたのも偶然で、育人が体育館を持ち上げたのもただの気まぐれ。ちょっと気分が違えば体育館ごと踏み潰されていた。だからこの邂逅は本当に奇跡のようなものだった。


(あのちょっとだけでかいのが誠二か……はは、でも虫みたいにちっちぇえ……)


 育人は黙って部員たちを凝視していたが、それで部員たちも育人が自分たちを認識したと気づいた。部員たちは喉が張り裂けるほどの大声で育人に懇願する。


「育人っ! 頼む助けて!!」

「降ろしてくれー!」

「なあっ! 育人ーー!」


 かつて、というよりほんの1週間前まで寝食を共にした先輩や友人たち。その声は小さいが確実に育人の耳に届いた。育人は体育館を手に持ったまま上を向き、ふー、と静かに息を吐いた。そうしてもう一度体育館の中を見下ろす。


「こんなとこで会うとか、マジびっくりだな」


 育人の小さな声に全員が耳をふさぐ。もはや育人の声は囁く程度でもライブ用スピーカーのような音量なのだ。


「俺さあ、こんなにでかくなったぜ? ちょっと前までお前らよりチビだったのに……そんで、多分もっともっとでっかくなる。山よりでっかくなって島とか踏み潰せるようになって――砂粒より小さくなったお前らなんか、気にもしなくなる」


 育人が体育館を掲げる。既に限界だった体育館は壁が半分ほど崩壊している。育人は口をぱかっと開ける。人間どころか車や電車がなだれ込んでも全部飲み込んでしまえそうな、大きな、暗い、穴。育人が体育館を傾ける。人も荷物も滑り落ちていく。――育人の、口に向かって。


「うわあああああああああ!!!」

「やだやだやだやだ助けて育人---!!」

「育人---!!!」


 必死にあらがおうとするものの既にボロボロの体育館につかまるところなどなく、上から滑り落ちてくる人間とぶつかりあっという間に数百の人間が育人の口へとなだれ込んでいく。あらかたを口に入れた後、体育館をゆすって残りを放り込み育人が口を閉じた。ぐしゃ、ぐしゃ、と人も瓦礫も一緒くたにしてごくりと飲み込む。


(……別にうまいもんじゃねえな……)


 もう眠ることのなくなった育人だが、いつの間にか腹も減らなくなっていた。ふう、吐息を吐いて手の中の体育館の残骸に目をやると、一人だけ瓦礫につかまって逃れているものがいた。


「……なんだ、落ちなかったのか」


 育人がその人間を指先で慎重に慎重に摘まみ上げる。そして手に残った体育館の残骸を投げ捨てた。残った瓦礫が落ちて粉々になる。指先でなんとか潰れずに生き残っている人間は、育人の同室だった誠二だ。


「いく……育人! お前、みんなを……!!」


 育人の腹に消えていった部員たちを思い泣きじゃくる誠二。それを見つめて育人は小さくため息をついた。


「……さよなら、だ」


 育人がまた口を開けて、誠二の乗る指先を口元に持っていく。指を入れたまま口を閉じ、ちゅぷ、と引き抜かれた指に誠二の姿はなかった。一拍遅れてごくりと喉が鳴る。



「ふー…………」



 立ち上がった育人が目を閉じ、空に向かって息を吐く。そうしてたっぷり数十秒瞑想した後、育人は再び目を開ける。そうして、眼下の小さな小さな街に向かって、また破壊の一歩を踏み出した。





倍々世界14

Comments

コメントありがとうございます! 育人としては本当に決別といった感じで、多分これからもどんどんでかくなるし、そうしたらもう砂粒より小さい仲間たちは判別すらできず、そしたら知らないうちに潰してしまうかもしれない。それならいっそ今……みたいな心境でした。 もうたぶん心残りもないのであとは十分暴れられるはずです

ichiya

うおー、かつての仲間を容赦なく口へと放り込み、食してしまう展開たまらんですね~(*´Д`) 同じ野球部のチームメイトであったとしても、最早どうでも良い小人に過ぎないんですねぇ^q^ そして同部屋の誠二君すらパクッと……。決別感がなんだか良いですねぇ。 あれだけ誠二君の高身長を羨んでいたのがほんと遠い昔のようです……。 はてさて、500メートルに達した育人君……眼下の小さな街を一体どうする気なんでしょうね^q^

曹達(ソーダ)


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