【微エロ】幼馴染が虎獣人になって自宅に転がり込んできた話2
Added 2020-03-15 17:30:37 +0000 UTC〇 宮くんの部屋はいつもちらかっている。そういえば、高校のロッカーも相当のものだったなあ、とおれは思い出している。だからちょっとだけ、ちょっとだけ手伝えたらなと思ってあれこれ整理をしてみるけれど、宮くんは独特の世界観の持ち主なので、あんまりあれこれ並べ替えると困ってしまうだろう。たぶん。だから適度に、緩くカテゴリーをまとめるのがこつだ。 「くしゅん!」 ホコリが舞い、くしゃみが出た。そういえば、昔、実家で飼っていた黒猫のミカゲも春先になるとくしゃみをしていた。ネコ科の生き物はくしゃみをするらしい、とおれも身をもって体験する。うわ鼻水垂れてきた。トラになってから匂いや刺激に敏感になった気がする。「くしゅん!」。もう一度くしゃみをする。その反動で尻尾が卓上の標本をなぎ倒していた。 「うわああああ?!ご、ごめんね……」 情けない声が出る。「ああ、もういいよ」と目の前で宮くんは言った。図鑑とスマホを交互に見ながら、じろじろとおれのことを観察している。こそばゆい感じがする。 「アムールトラだと思うんだよね」 宮くんは真顔でそんなことを言う。頼り切っていてなんだけれど、やっぱり彼はちょっと変な人だ。でも宮くんは、絶対に人を傷付けるようなことをしない。優しい人だ。だから、宮くんだけはおれがこんな姿で現れても、なんとか受け入れてくれるような気がした。現にこうして家におれを置いてくれる。そして。 「耳の形をもう少し近くで見せてくれないか?ああ、そう。図体がデカいから屈んでくれると助かる……なるほど、これは……」 「ひゃっ!さ、さわ、さわらないでぇ!」 耳がひくひくと抵抗するように動く。おれは宮くんに近付かれると、どうやらドキドキが止まらなくなってしまうようなのだ。人間のときは勿論、こんなことはなかった。宮くんはただの、親しい、少し風変わりな、幼馴染なのに、おれはこの気持ちをよく知っている。 ──おれは、宮くんに発情しているのかもしれない。 それは虎になった後、夜道で出会ったときからそうだった。一目見るなり、心臓がバクバクと音を立てて鳴りだす。おかしい。まるで可愛いアイドルや美しい女の子と出会ったかのような感覚だ。緊張のせいだろうと思っていたが、昨日の宮くんの発言でいよいよこの話題は真実味を帯びてくる。相談しようにも、相談相手を意識しているのだから、話せるわけがない。しかもそれは、日に日に症状が重たくなっていく。 宮くんが傍を離れた。知らず知らず左胸に手を当て、呼吸を整えようとする自分がいる。今のはかなりまずかった。宮くんの匂いをはっきりと嗅ぎ分けることができるようになっているおれは、目を合わせないとかいう対症療法ではどうにもならない段階になっていた。宮くんの匂いは、どうしようもなく良い匂いなのだ。 「息切れ?具合、悪いのか?」 宮くんが最接近して、おれを触診しようとする。まずい。非常に。 「だ、だだ、大丈夫……」 「あんまり大丈夫じゃないと思うが……」 宮くんは逡巡する。おれは腰が抜けて座り込んでしまった。熱っぽい。でもその理由というか原因は、目の前で唸っている君なんだ。 「やっぱり、獣医に診てもらうか……」 気が進まんなあ、とぶつくさ言いながらも宮くんはどこかに電話を掛ける。はしゃいだ声がスピーカーから漏れたが、すぐに宮くんは部屋を出て外に出てしまったから内容は分からなかった。そっとそそり立った例の場所のポジションを直し、目立たないように工夫してみる。こいつ……妙に反抗的だな。あまりにも自分がケダモノっぽくてげんなりし始めた頃に、宮くんが戻ってきた。慌ててぐったりしているフリをして、事なきを得る。 「信頼のおける」 ここで数秒、間が空いた。自分の発言を疑っているに違いない。 「腕前においては信頼のおける獣医が診てくれる。遼介は心配しなくていい」 「でも……」 宮くん以外の人間に見られる、ということにまだおれは抵抗がある。率直に言って、怖い。おれではなく、宮くんに迷惑を掛けちゃうのが、怖い。 「大丈夫。多分。それ以外のことを心配した方がいい」 はあ、と大きくため息をついて宮くんは額に手を当てた。本当に大丈夫なのかな、とおれはやっぱり心配になってくる。 〇 ものすごく古いカローラを、宮くんは持っていた。遠くの駐車場を借りているという。白だか灰色だか土色だか分からないそのおんぼろの車は、おれが後部座席に乗ると不機嫌そうに一度傾き、動き出した。 カーステレオから聞こえるラジオが、22時を告げた。獣医さんは夜中、わざわざ病院を開けて宮くんを迎えてくれるらしい。 滅多に車に乗らないという宮くんの運転はごく普通の腕前だったが、マニュアル車なので忙しそうだ。「親父が乗り倒したのをくれてね」と言葉少なに来歴を語る。おれはパーカーを目深に被り、人目をきょろきょろと気にしていた。とはいえ夜闇は深く、おそらく誰にも気付かれないで目的地まで行けるだろう。環状線に出た後、宮くんは首都高にカローラを乗り入れる。 「話しておきたいんだけど」 オレンジ色のライトが後ろに流れて、宮くんの横顔を照らす。後ろからだとどんな顔をしているのかは分からない。天気予報が終わり、「今日は満月なのでこの曲」とラジオから洋楽が流れ始める。おれは全然、音楽を聴かないのでよくわからない。女性が、ゆったりと歌っている。なんとなくアンニュイな、そんな雰囲気の曲だ。 「今から行くのは俺の元カレの店だ」 なんでもないことのように、穏やかに宮くんは言った。おれは驚いたが、驚いたことを示すだけでもいけないことなのではないかと思って、黙っていた。 「人の性癖なんて、吹聴することじゃないと思ってたから言わなかったんだけど、俺は同性愛者だ。まあホモとかゲイってやつだな」 「そっか」 何か、もっと適切な言葉があるんじゃないかと思って、探した。うまくいかなくて泣きたくなった。 「黙っててごめんね」 「謝ることじゃないよ」 そうか、と宮くんは言って笑った。言いたくなかったんだろうな、とおれは思った。おれが来なければ、おれには言わないで済んだ。宮くんの、そういうたくさんの我慢を思った。おれは宮くんに何も報いることができない。それが一番、歯痒いことだった。 「おれは」 それでも、おれは話し出してしまう。よく考えないまま、この言葉が宮くんをより深く傷付けてしまうのではないかと不安に思いながら、おれの心から言葉が溢れ出す。 「おれは、そんなことじゃ宮くんのことを嫌いにならない、もん!」 宮くんはふふ、と息を吐いた。緊張が緩んだのが、おれにも伝わる。カローラが揺れ、減速した。神田橋で首都高を降りる。それから少し車を走らせ、狭苦しいコインパーキングに停めた。 「まあ、柄じゃないけど、嬉しかったよ」 薄暗い路地を歩きながら、振り向きざまに宮くんは言った。無表情を装いきれない微妙な表情から、照れているのだとすぐに分かった。「何だよお~」と肘で脇腹をぐいぐい押してやる。 「やめれ。あんまりうるさいと人目につくぞ」 『姫嶋どうぶつ病院』の看板を下げたビルの裏口に回り、無遠慮に宮くんは鉄扉を叩いた。それからもう一度、はあ、と溜息をつく。 「ごめん、やっぱりもっとちゃんと言うべきだと思ったんだけど」 宮くんの言葉を遮るように鉄扉が勢いよく開き、巨漢のスキンヘッドが現れた。おれはその優に100キロはあるであろう格闘家顔負けの体躯に呆気にとられつつ、羽織のように引っ掛けられた小さすぎる白衣でこの男が獣医であることが辛うじて分かった。眼光鋭く宮くんとおれを射竦めると、 「あらぁ!!ミヤちゃん本当に裏口から来たのぉ!」 にこにこに笑顔を浮かべて内股になる。オカマだ。こんなにイメージ通りのオカマを見るのは初めてだ。宮くんの方を見ると、絶望したかのように両手で顔を覆っている。 「ああ、助かるよ」 地の底から声がしたかのような、小さく低い声音だった。両手の隙間から漏れたのだろう。 「アタシとミヤちゃんの仲じゃなぁい!まあ!本当にトラさんなのね!!ミヤちゃん冗談言うタイプじゃないから何言ってるのかしらって思ってたのよねえ~」 可憐な手付きでおれを触ると、獣医は「まあすごい筋肉」と呟いた。おれは複雑な表情で宮くんを見る。宮くんは固い表情で一度だけ小さく頷いた。 〇 ピンクのガーリィな内装に眩暈を覚えながら、人気のない待合室に通された。「疲れたでしょ?ハーブティーを淹れてあ・げ・る♡」と姫嶋獣医は言い残して去っていった。 「付き合った頃はオカマじゃなかったんだよ」 2人きりになると、弁解するかのように宮くんは言った。 「いやまあ、オカマが悪いってわけじゃない。今のは忘れてほしい」 「そうだね」 おれは衝撃を整理している最中だったので大雑把な返事をしてしまった。理解できる、というのは、納得できるのとはまた違う。おれはそうした哲学的な事情を噛み締めている最中なのだ。 「ある日突然、姫嶋は『アタシ本当は女の子になりたかったの』と言った。俺は受け入れ難かった。それまではうまくいってたんだが、俺はその気持ちを酌んでやれなかった。だから、別れた」 「もっとアタシたちのことなんだからロマンチックに話してほしいわね」 高級そうなティーセットを持って姫嶋が現れた。何度見ても出現したとか現れたとかいう表現が似合う女だ。 「はい、遼介くん」 「あっ、ありがとうございます」 お茶は美味しかった。最初は面食らってしまったが、宮くんが付き合っていたくらいだから多分根は真面目な人なのだろう。そう思い込むことにした。 「うーん、やっぱりほとんどヒトのような気がするのよね。体格的に」 「トラ部分はアムールトラだと思うんだが」 「どうかしら。ここまで骨格的に違うと参考にもならないんじゃないかしらね」 「やっぱりそうか……まあ、健康診断だけでも頼むよ」 「力になれるか分からないけど……まあやってみるわ。遼介くん、じゃあ診察室に来てね」 「俺は」 「ミヤちゃんはダメ。患者が自分で話せるならその方がいいわ」 2人きりで楽しみましょ、と獣医は妖しげに微笑みかける。おれは宮くんの方向を何度も振り返りながら、おっかなびっくり診察室に入った。 診察室の中は至って普通の病院のようだった。殺風景とも言える。整頓と清掃が行き届いている様子から、この獣医が本当に獣医として優秀であることがなんとなく伝わった。 「他の子は2階に上げといたの。トラ、怖いものね」 「すみません」 「いいえ。はい、口を開けて」 大きく口を開ける。鉗子で舌を押さえる、ペンライトで口内を照らした。 「別に汚れてないけど、歯ブラシは動物用の方が良いかもしれないわね。人間のじゃ効率が悪い」 楽しみましょう、の発言とは裏腹に姫嶋は淡々とおれの身体の様子を観察し、記録していく。この人はきっと、損な性格なんだろうなと思った。真面目で、でも、自分の思うままに生きるにはどうしようもなく窮屈な感じだ。 「採血で終わりにしましょう。遼介くんが寝転べるサイズのベッドはないから、椅子に座ったままでね」 「はい」 「ふふ、いい子ね」 姫嶋はにっこり笑って、さほど迷うことなく獣皮の奥にある血管を探し当てた。真っ赤な血がチューブを伝い始める。 「ミヤちゃんにはね、感謝してるの」 カルテを書きながら姫嶋は話した。 「アタシが本当はやっぱり女の子になりたいって言ったとき、だーれも相手にしなかった。せいぜい止めなよ、って言うだけ。ミヤちゃんはね、アタシのことをフったって言ったでしょ。そうなんだけど、そうじゃないのよ。『それなら、君のことを女の子として愛してくれる人を探すべきだ』って言ってくれてね。アタシを女の子として扱ってくれた、一番最初の人になった。辛かったけど、ミヤちゃんの言う通りだなって思えたの」 だから、ミヤちゃんが困ってたらアタシは何だってしてあげるのよ、と獣医は結んだ。 「宮くんは、誠実ですから」 「そうね。まあ、そういうところが可愛げがないんだけど。それにしても特大級の厄介ごとを持ち込んでくれるわね……トラの獣人とは、アタシも怪物じみてはいるけれど、本物の獣人を見るのは初めてよ。でも多分、身体は大体ヒトと同じ組成みたい。ヒトだったんだもんね。当たり前かもしれないけれど。あと、遼介くんの身体のあれこれはホルモンバランスの値から分かると思う……アタシから言った方が良いかしら」 「いえ……あの、自覚はあるんですがまだ信じられなくて」 「敢えてこういう言い方をさせてもらうけれど……周囲に手頃なメスがいないとき、発情期のオスはオス同士で番うことがあるわ」 今度はおれが両手で顔を覆う番だった。 「……ミヤちゃんはそれなりに上手いわよ」 「セクハラ反対!」 「いいじゃない。折角新しい身体になったんだから愉しんでみるのも」 反論したかったが、相手が複雑な事情を抱えているのでうまく言葉にできない。 「ふふ、遼介くんも優しいけど、気にしすぎよ。自分は自分、他人は他人とそう割り切ってもいいの」 姫嶋は優しくおれの頭を撫でた。 「心配だわ、ミヤちゃんとあなた。もどかしくて堪らない展開になりそう」 「み、みみ、宮くんはとっ友達ですから」 「そう?経験から言わせてもらうとミヤちゃんは遼介くんのことすごく好きだと思うけどな。これは元カノからのアドバイスよ」 心臓がまたどきどきし始める。口の中がからからに乾いていた。 「まあいいわ。遼介くんもいつでも来ていいからね。はいこれ、名刺。来るときは連絡して頂戴。他の子が驚いちゃうから、ね」 「あ、ありがとうございます」 「いいのよ。また来てね♡」 心身の疲れが膝に来て、よろよろと診察室を出る。宮くんは待合室のベンチで横になって寝ていた。穏やかな寝顔を覗き込むと、むくむくとあの気持ちが湧き上がってくる。火が出るように顔が熱くなり、急いで立ち上がって顔を横にぶんぶんと大きく振った。もしも宮くんがおれのことを好きだったらどうしよう。姫嶋に言われた言葉が、頭の中をぐるぐると駆け巡っていた。