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葉一
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【微エロ】幼馴染が虎獣人になって自宅に転がり込んできた話

 一言メモ:100回に1回くらいBLめいた話を書きたくなるんだけどいつも書いてはゴミ箱に捨てていたので今日は公開してみるテスト。中途まで。

  〇


 怪人虎男に改造された幼馴染が、家に居座っている。

 どう考えてもそうとしか描写できないようだ。私も混乱しているのだろう。もしかしたら、寝ぼけていたのかもしれない。隣室のベッドで大きないびきをかいている自称幼馴染をこっそりと見遣る。頭の上に付いた形の良い三角の耳が、ドアのわずかな開閉音に反応してぴくぴくと動いた。いびきの方がどう考えてもうるさいだろ。そして、どう見ても虎だ。虎獣人だ。やはり、虎男が私のベッドを占領して寝ていることに相違ない。溜息。応答するかのようないびき。湧き上がる怒り。起きても面倒なので、ドアをそっと閉めた。

 状況を整理しよう、と今日何度目かの仕切り直しを試みる。

──いや、無理では?

 四方八方に散らかった書類やら専門書やらを手持ち無沙汰にかき集め、積みなおす。先程あの虎男の巨体が通過した結果、私の秩序ある世界は彼の可愛らしい尻尾によって薙ぎ払われたのだった。巨体を縮こまらせて恐縮しているところを見ると、彼は本当に遼介なのかもしれない。だが私は──科学的視座からではなくごく直感的に、面影はなくともあれが遼介であることを疑っていない。全ての不可能を消去して、最後に残ったものが如何に疑わしい事であっても、それが真実となる。ホームズもそう言っている。まず最初に私が考えるべきは。

「食費、どうするかな」

 食べ散らかした総菜のパッケージを眺め、3日分と買い込んだ食料を一息に食べた遼介のことを考える。これは現実、そう腹を括る。



 6時間前の出来事である。

 私はこの春から所属する研究室の歓迎会──まあ、いわゆる飲み会の帰りにコンビニでアイスを買っていた。博士号を取った後すぐに良いポストに巡り合い、研究室に潜り込めたのは僥倖だった。上機嫌でちょっと高級なアイスを買い、鼻歌交じりで我が根城に帰るところだった。学生の頃から住み続けているので、かれこれ10年目になる独居に思いを馳せる。都心から少し外れてはいたが、都内にしては安く、2DKと一人暮らしの割には広い部屋が大変気に入っている。駅から程よく離れた道、人気のない暗がりに何かが蠢いた、ような気がした。酔っているのだろうと思った。もしくは、春先なので気を良くした変質者でもいるのだろう。残念ながら、変質者は大抵可憐な女の子に自分の陽物を見てもらいたいと思うものだ。私は対象者として適切でない。そもそも私は同性愛者なので、ちんちんを見せてくれる男性、というものにさほど抵抗感がないと言ってもいい。あれこれ考えたが、その時私はやはり酔っていたので「来るなら来ぉい!!」とさえ思って足取り軽やかに歩いていたのだ。

「…………宮くん…………宮くん…………」

 暗がりから漏れ聞こえる風に負けそうな囁き声が、なんと私を呼ぶではないか。私の酔いは急速に醒め、警戒心がむくむくと湧き上がる。というか、宮くんなんて呼ばれ方は高校生以来だ。

「オレだよぉ…………ちょっと助けてほしいんだけど………あれ、聞こえてる?……宮くん、待って…………宮くぅん!」

 私は「これはアルコールでの酩酊下による幻聴に違いない」と結論付けて家路を急いだ。囁き声が焦り、どもった後、慌てて背後でがさごそと何か大柄なものがどたばたと動く気配がした。即座に背後から大きな生き物が私を追い抜き、目の前で通せんぼをするように両腕を広げた。街灯と月光を背負い、その生き物が人のように両脚で立つ、柔らかな毛皮を持ったものだと分かった。目が慣れてくると、その造形が虎を模したものだと気付く。白いボクサーパンツだけ履いた彼は、どう見ても被り物ではなかった。「その声は、我が友、李徴子ではないか?」と声を掛けられれば完璧だったが、生憎私は某のように機転が利く方ではない。

「虎に知り合いはいません。幻覚なら反省して深酒は止めますので……」

 自分の幻覚に言い訳をする始末だった。虎は厳つい顔をくしゃくしゃにして「うわーん!」と文字通り発した。その表情に、微かに記憶のどこかに刺激されるものがある。幼馴染の、大飯食らいの、格闘技漬けの、脳筋の、あいつの姿がダブる。幻覚だからかな、と都合良く思い込もうとしたところで、目を逸らすにはあまりにも魅力的な体格に釘付けになった。ほどよく筋肉と脂肪が付いた肉体美、ケモナーの趣味は薄かったが、リアルで触れ合えるなら転向も辞さない、と思い直す。じろじろと肉体を眺めていると、虎男ははっと気が付いたように股間を両手で抑えた。

「ぱ、ぱぱぱパンツしか履かせてもらえなかったんだ!!見るなぁ!!」

 がう、と獣っぽい唸り声で威嚇する。その時に理解した。これはどうやら、我が幼馴染、渡良瀬遼介ではないか?

「遼介?」

 はっ、と獣が涙目を見開いた。そのまましおしおと崩れるように道路にへたり込む。「うん」と虎は小さな声で頷いた。

「宮くん、オレのこと、助けてくれない?」



 虎男こと遼介は「悪の組織に拉致され、変な薬を飲まされて身体がバキバキになって虎になっていた」らしい。

「そんな雑なダイジェストがあってたまるか」

「本当なんだって~」

 遼介が「うわーん」の顔をする。あまりにも人間時の面影を残しているので笑ってしまった。隙を見て逃げ出した後、大学入学時に引っ越しを手伝った私の家を思い出し、転がり込もうと思ったらしい。迷惑なことだ。

「荒唐無稽とはいえ、この毛並みを見せられるとなあ」

「モフらないで!!」

 問答無用で風呂に叩き込んだ後だったので、全身にドライヤーを掛けてやりながら、背中の毛をモフる。抗議するように尻尾が動き、腕をぴしゃりと叩いた。毛を引っ張れば痛いと泣き、唇をめくれば肉食獣さながらの牙が生えている。足の裏と手のひらには肉球があり、永遠に揉んでいられる。

「揉むな!!」

 はいはい、と言いながら私は引き下がる。程なく、疲れたのか遼介はうとうとし始めたので、ベッドで寝るように命じた。そうして、今に至る。

問題は山積みだったが、一番問題だったのは虎男と化した遼介が私のタイプど真ん中だったところだ。

 ──これ、同人誌で見たことある。

 逞しい四肢、鍛えられた肉体、そして人間離れした体躯、遼介じゃなければ最高だった。遼介じゃなければ。


遼介は初恋の人だった。勝手に好きになって、勝手に失恋して、勝手に人生からフェードアウトした、そんな幼馴染だ。多分、同性愛者ならば一人くらいはそんな片思いで終わった相手がいるのではないだろうか。遼介は能天気に、「引っ越しオレも手伝うよ~」と言って私の人生にたっぷりと未練を残していった。ひねくれている私と違って、遼介は真っすぐで、人を疑わない、強い男だった。遼介ならば、私のこうした性指向を知っても受け止めてくれるのではないだろうか、そう予感させる人だった。

 ああ、でも、私は怖かったのだ。あの遼介にさえ、否定し、拒絶されてしまったらどうしよう。そう、思っていた。だから私達の間には何もなかった。幼馴染で親しく、上京後に段々と疎遠になっていった、思い出以上のものはない。なかった。それなのに。


 なんで、こうなっちゃうのかな。

 人生とは不思議なものだ。いや、幼馴染が虎になってくるとは予想もしないわけだけれども。客用の布団を敷き、遼介のいびきに辟易しながら床についた。



 目が覚めても遼介は虎のままだった。

 服を着せようと思ったが、私の服が入るべくもない。結局洗濯したボクサーパンツをもう一回履いてもらうことにした。昨日はタオルを巻いて過ごしていたのだが、あまりにも目に毒だと思ったのだ。しかし、白のボクサーパンツは闇夜で見たよりも薄手で、やはり目の毒には変わりなかった。

「ご、ごめんね」

「いいよ別に。今日スエットかなんか買ってくるから」

 いや私の下半身は全く良くないのですが、と心の声を押し殺しながら朝食を用意する。トースト、目玉焼き、ベーコン。他人が居ると見栄を張りたくなるものだ。大抵、私の朝食は水か白湯である。皿にぞんざいに盛り付け、行儀よくこたつで正座している虎の前に置いた。「おいしそう」。そうだろう。

「いただきます!」

 虎男になったとしても、表情が分かるのは不思議だと思う。だから彼は、本当に人工的に変身したのだろうなと漠然と思った。虎で良いならば、わざわざ二足歩行にする必要もない。コミュニケーションを取るのも、条件付けで良いのだ。遼介の言う通り、本当に組織という何かしらが彼をこうしたというならば、極めて不合理なことである。だからやはり、人間らしさが組織にとってきっと重要なのだろう。それは感情とか、相互理解とか、とにかく人間臭いものを残したかった成果に違いない。そんなことをぼんやり考えていると、遼介と目が合った。

「食べないの?」

「ああ……」

 間が持たない。

「卒業以来だよな」

「そうだよ。宮くん、全然連絡くれないからさ」

「……ごめん」

 不自然なラグができてしまった。遼介、お前は俺にとって鬼門だぞ。

「大学行ってから研究にのめりこんじゃったんだよな」

「偶には遊びに帰ってきてくれれば良かったのに」

「そうだよな」

 本当に。

「遼介は卒業した後、実業団だっけ」

「おう!2年前は代表に選ばれた!」

 それは知っていた。ニュースくらいなら私も見るのである。彼が中高はレスリングばかりやっていたのをふと思い出した。格闘技全般が彼は得意なのである。

「懐かしいな」

「最近は全然、若いっていいよなぁ」

「コーチとかで呼ばれるんじゃないのか」

「それはあるかもだけど……いま、虎だしなあ、オレ」

「意外とウケはいいかもしれない」

「面白がってるだろぉ!」

「そうだな」

 はあ、と遼介はしょげる。やはり自分の姿が獣になってしまったら落ち込むだろうか、と考えてみる。自己同一性の問題があるかもしれない。自分が嫌いならば、嫌ではないかもしれないが、自分にそれなりに満足しているならば、異形となるのには抵抗があるだろう。そう結論付ける。すなわち、私は虎になっても別に何とも思わないかもしれない。

「目標を決めよう」

「目標?」

「今後の見通しというかなんというか、そうしないとずっとここで窮屈に暮らすことになるだろ」

「それは、困る」

「まず、遼介が人間に戻る手段を探す」

「そうだよなあ」

「そのために、組織とやら近辺について調査する」

「でも危ないよ」

「そういう世界の裏側の仕事はお前の仕事。得意の格闘技で暴れ回る係、通称・粗暴係だ。俺は信頼できそうな仲間を集める。だから」

「だから?」

「まずは服を買ってくる。その前に肉球をひと揉みさせてくれ」

 叩かれた頬を押さえつつ、3Lでいいんだよな?と再三確認して家を出た。服も今後も当てはないが、まあ何とかなるだろう。そういう予感がしている。



 3Lではやはりキツかったようだが、それ以上となると購入も面倒なのでとりあえず着られるだけ良しとした。肉で張り詰めたTシャツに戸惑いながらも虎男は「安心する~。服、超大事」と感想を述べていた。確かにパンツ一丁で深夜徘徊は辛かろう。

「でもさ、もうちょっとデザインは何とかならなかったかな」

 鯖缶、と大きく行書体で書かれたTシャツを見てクレームをつける。外に出ないんだからいいだろ鯖缶で。無視した。一方、私は部屋が大変片付いていることにようやく気が付いた。遼介が気を利かせて散らかったものを何とかしてくれたらしい。専門書が乱雑な順番でまとめられていることを除けば、ありがたかった。足りない点を補い合うことが共同生活の第一歩である。

「大学院の先輩にネコ科専門の人が居るんだけど」

「まさか」

「話して来てもらおうかなって」

「ダメだよ!オレ虎だよ?!」

「ネコ科じゃん」

「虎ってネコ科なの?!いやそうじゃなくって、信用できない人にばれたら困るじゃん!」

「いやぁ、先輩、仙人みたいな人だから良いと思ったんだけどな」

「心の準備がいるよぉ……宮くんに会うのだって、どきどきだったのに……」

 懇願する彼を見て、自分の科も分からない生き物のくせに、という言葉を飲み込む。そもそもネコ科っぽく見えるだけでなんだかよくわからない生き物なこともまた確かだった。先輩のネコ科に関する泉のような知識を借りられないことは残念だが、また今度にしよう。そもそも人体改造されたてなのだから、警戒心が強いのは当然だろう。考えが浅かったかな、と反省した。

「生態について調べたんだけど、このままだともうすぐ発情期になるんだよ」

 遼介は「サラマンダー」と書かれているTシャツの検分をぴたりと止め、驚愕の表情を浮かべた。

「はっ、発情期?」

「うん、2月から5月らしいんだけどさ、これから来るとなると体調不良と区別もつかないし。病院にもいけないしなあ」

 あっ、でも獣医なら知り合いがいるな。と思い当たる。人間の医者の知り合いでなくとも良いのだろうか、と逡巡する。とりあえずは獣医の知人を頼ろう、と決めたときに激しく後ろから肩を揺さぶられた。

「発情期になると、ど、どうなる?!」

「エッチな気分になる。多分」

 絶句する遼介。発情期のことを知らないのだろうか。多くの生物にはあるんだけど、と思ったところではたと遼介は一般人だということに気が付いた。周囲に生物オタクしかいなかった数年間が悔やまれる。

「虎、発情期は2日間で100回交尾するらしいぞ」

 ネットで拾った情報を与えるのは如何なものか、と学者の私は思ったが好奇心が勝って伝えてしまった。愕然とした表情でサイトを覗き込む遼介は、小さく「ひゃっかい……」と呟く。さすがにデリカシーがなかったかなと思い、何か慰めの言葉を掛けようかと探す。

「でも、番いになるメスがいないからな。大丈夫じゃないか。ちょっとムラムラするだけだろ」

 ああ、学生の頃からこうやってなんとなく誤魔化して話を合わせていたと思い出した。「まあ、そうだよな」とか言うだろうという予想を覆し、遼介は驚くくらい狼狽した。

「つ、番い……そんな、オレ違うからなっ、発情しないぞ!絶対しないから!!はは、あはははは……」

 虎になっても赤面はするのだなあ、と私は思った。どんな想像をしていたのかは、その時は知る由もなかった。



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