【過去作】常識改変もの(2)
Added 2020-02-01 15:31:37 +0000 UTC7.Mannequin ※ 人生はあまりにも退屈だ、と男は思う。 『修理業者』として潜入したが、無論、男は修理業者などではない。何かと便利だから幾つかキープしている役割の内の一つに過ぎない。かといって、『修理業者』のような役割を軽んじている訳ではない。ただその役割だけを全うする、という気にならないだけだ。世の大半の人間がそうなのではないだろうか。例えば、いま尻の下で『椅子』になっている淀橋という『体育教師』もその一人なのだろう。『体育教師』という役割だけだは満足できない、だから新しい役割を与えられるとその新しい自分の姿に喜び、快楽に溺れてしまう。ざらりと剃り跡の伸びた顎を撫でてやると、彼は簡単に絶頂してしまった。 「ん゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」 淀橋の何度目か分からない射精を見届ける。『体育教師』では有り得ない痴態を『椅子』になった途端に晒してしまう。それは淀橋明という人生からの解放に他ならない。本来『椅子』は声を発したりはしないが、男はその点に対して鷹揚だった。誰にでも最初はあるし、得手不得手もある。自分の気に入った相手に対して適切な役割を見つけること、それが男の『修正者』としての役割であると確信していた。 「宇藤センセはどうですか?」 真正面で肩幅に脚を開き、両手を腰に当てている宇藤は『マネキン』の役割を与えている。美崎高校野球部のユニフォームを着た彼は見事にその役割を果たしていた。 「ええ、やはり見られるというのは少し恥ずかしいですが『マネキン』としては当然ですからね」 そう言うとまた表情を笑顔に戻して身動ぎせぬよう身体を硬直させる。ショートフィット丈のパンツは最近流行りのストレッチタイプで、彼の逞しい太腿に挟まれた睾丸の丸みがくっきりと浮かび上がってしまっている。陰茎は勃起が収まらずしまいきれなかったので、前開きから上向きに突き出ていた。1限の『椅子』になった時の精子が恥垢となってこびりつき、その上から新しい精液が現在もとめどなく上塗りされていく。性欲と精子が尽きることはないのか、そそり立った陰茎に幾筋も精液がどろどろに絡みつき、はみ出た陰毛もしとどに濡らしている。足元に目を転じれば、白い精液溜りがソックスを今にも汚そうと広がり続けていた。 宇藤は男の『修正』と相性が良いようだった。男は初手から都合の良い駒を得たことに満足する。男は宇藤を上から下まで、その隅々余すことなく視姦していく。モスグリーンを基調とした美崎高校のユニフォームは野球部としてやや意外性のある色味であったが、宇藤の逞しい肉体の陰影を黒色より見栄えよく彩っていた。ナイロンに覆われ膨らみを帯びたヒラメ筋、コンプレッションシャツに浮かぶ上腕筋、ユニフォーム越しにも分かるぴんと勃った乳首。身体を動かさないよう筋肉に常に力を入れている為、宇藤は額に珠の汗をかいていた。視線に気がついたのか、宇藤の全身がぷるぷると震え、また勢いよく射精をする。押し殺した声と、ほんの一瞬笑顔が崩れて雄の表情になったことを除けば、『マネキン』としてかなりの適性を感じる。しかし、『マネキン』とは更なる役割を果たす為の、言わば下級職のようなもので、これを習得した者達に与えられる役割は一気に幅が広がるのだ。そういう意味で、宇藤はかなりの有望株なのである。笑顔で、それでいて身動ぎもせず射精できるようになれば、『マネキン』として完璧だ。男の見立てではあと数日もすれば宇藤もそれができるだろうと踏んでいた。 コンコン、と控えめに体育教官室のドアがノックされる。男は他の『体育教師』が来たのかと色めき立った。この惨状をどう『修正』して納得させ、どのような新しい役割を与えようか。 「失礼します!宇藤監督は」 ドアを半分開けた野球部の男子生徒はそこで言い止まり、部屋の様子を見て混乱していた。柔道着で四つん這いになり、ツナギの男に座られている担任。その目の前で両手を腰に当て陰部を露出させている顧問。それに全く関与せず作業に当たる修理業者たち。蒸れた汗の匂いと、噎せ返るような精液の匂い。 「ドアを閉めようか、石垣君」 男は冷静に、男子生徒の練習着に書かれた名前を読み取り呼び掛けた。叫び出さないように、戸惑いから危険や恐怖、警戒の感情が育つ前に全力で『修正』を施す。 「…………えっ、あ、はいっ!」 ばたん、とドアが閉められ、最悪の事態は免れた。男は男子生徒との接触を喜んではいなかった。それは計画の段階として時期尚早過ぎる。まず教師を全て籠絡してから、徐々に生徒へと手を伸ばし、『書記官』を見つけ出すという計画は早々に崩れ去った。さらに。 (……『修正』に掛かる負荷が重すぎる) この地区の『書記官』が警戒を始めたのだろう、あらゆる『修正』が通常の倍近く時間が掛かる上に力を使う。この未修正の男子生徒を『修正』するのは現状、男にとってかなり難しいことのようであった。 「宇藤センセ」 男は『見知らぬ他人』である自分よりも『部活の顧問』である宇藤を使い、石垣の『修正』に対する抵抗を減じようと考えた。『修正』を行うのは自然な事柄から始まり、不自然な事柄へとエスカレートさせていくのが基本である。 「これは恥ずかしいところを見られてしまったな」 宇藤が『体育教師』としての役割を取り戻す。しかし『マネキン』として振る舞った現在はそれほどおかしなことではないと宇藤が考える程度の『修正』は既に完了していた。 「何、してるんですか」 訝しげな表情で石垣は問いかける。泥だらけのユニフォーム、泥だらけのソックス。室内であるから、スパイクはどこかに放り出してソックスでペタペタと歩いてきたのだろうと容易に想像できる。大人として熟れている淀橋や宇藤と異なり、まだ若々しい汗の香り。石垣をじっくり見てから、男はここで状況を回避するのではなく、進展させることに決めた。 「オナニーだよ。石垣もするだろ?」 石垣の頭の中には「顧問がオナニーを学校でしていたという衝撃」と、それと同時に「自分もオナニーはする」という確認に対する返答が渦巻いていた。男はほんのちょっと『修正』を施して「自分もオナニーをするから顧問がオナニーをするのは自然だ」という風に思考に介入する。 「でも、だからって学校ではしませんよ」 そうだ、と男は思う。きちんと自分の『修正』が働いているからこそ場所に対する言及が石垣からされる。自慰という一見異常な出来事を直接考えるということはなくなった。 「そりゃお前、俺なんかカミさんがいるからオナニーなんか家でできねえよ」 「大人になるとどうしても辛抱たまらん時があってね、こうやって淀橋先生とたまにこっそりオナニーしたりしていたんだ。こんなところ見せてしまって申し訳ない」 石垣の表情は怪訝ではあったが、それでも大きな違和がなく担任と顧問の弁が浸透していくのがわかる。これ以上あれこれ考えられても困るので、『ふうん、そっか。先生も人間なんだなあ』という一文を脳内に挿入する。顧問からの謝罪を受け入れ、そんなことは気にしていない石垣の度量の広さを自認させ、ささやかな優越感を演出した。 「そうなんですね」 どちらかと言えば石垣が性に対し開けっ広げな性格をしていたことが幸いして、『オナニーをしていたら生徒に見つかってしまった体育教師たち』というのは『まあそんなこともあるか』程度に受け入れられたようだった。勿論、男の『修正』が自然な形で働いた功績が大きい。 「オレはセンセ達の共通の知り合いでね、こうやって昔からよくつるんでたんだ」 男はここで勝負に出る。このまま石垣を解放しても良かったが、誰かに話されても困るし、やはりここで石垣も籠絡しておくべきだろう。自然に会話に参入したよう『修正』して、石垣の警戒心を解いていく。体育教師2人もその言葉に頷いてくれる。そのような過去を簡単に『修正』し、仕込んでおいたのだ。 「石垣君は『野球部』なんだね。やっぱり宇藤センセの生徒は真面目そうだ」 ありがとうございます、と少し恥ずかしかったのか石垣は早口で返す。今までの超常的な場面に比べれば、なんと平凡な会話なのだろう。 「さっきまで進路の話をしていて。オレなんかは高卒ですぐに働き出したから、最近の子はどうなのかなってさ。ちなみに石垣君は、将来どうしたいとかあるの?」 「えっと、一応、『警察官』目指してます」 少し小声で、しかしあまり抵抗が無いことから本気でそれを目指していることが窺えた。 「へえ!そうなんだ!似合いそうだねえ」 「あざっす」 頬を掻き、やや照れているのだろうか、少し赤くなっていた。それがまた年齢に似合わず可愛らしい。 「でも、オレ実はもっと石垣君に似合いそうな仕事、思いついてるんだけど。例えば……」 男が上を向いて考えているのを、石垣は戸惑いと、まだ初対面の自分にどのような可能性を見出したのかという期待の混じった視線で見つめていた。 「……この部屋、ちょっと汚れすぎちゃったね。何か『雑巾』とかあればいいんだけど」 「あ、じゃあ俺持ってきましょうか」 「いやいや、それには及ばないよ。石垣君、いまの君なんか『雑巾』にぴったりじゃないかな」 一瞬、沈黙があり、石垣の表情がみるみる曇っていく。『雑巾』という言葉に自分の汚れたユニフォームを重ね合わせさせ、掃除をした時の爽快感と性的な快感を結び付ける。それでも違和感はさすがに拭いきれず、石垣は困惑を感じていた。 「ほら、ここに宇藤先生の精液がこぼれてるだろ?ちょっと試しに拭いてみよう」 試しに?なんで?そういった疑問を『修正』し、『なにで拭くのか』という疑問にすり替える。丁度、彼の立っている場所から脚を伸ばせば宇藤の精液の水溜りに届きそうである。彼は『試しに』泥だらけのソックスを伸ばし、リノリウムの床に溜まる白濁に足を下ろした。ぬちゃ、と粘液が音を立て、足裏に汗とは別のぬるぬるとした感覚がじわりと広がる。 「ん゛ッ……うう…………」 『雑巾』として最初の一歩を踏み出した石垣に、性的興奮が訪れる。それはオナニーを何度か繰り返し寸止めして最後に果てた時のような、奇妙な満足感を伴っていた。爪先を丸め足の指先で丁寧に床を拭うと、精液がたっぷりと石垣のソックスに染み込んでいき、リノリウムは微かなべたつきを残しながらも本来の姿へと戻っていく。 「初めてなのに、上手に拭けてるよ。やっぱり石垣君は『雑巾』に向いてるね」 「う、んはぁっ、あ、あざっす!」 男に褒められる度、石垣は声を押し殺しながら絶頂に達していた。脚を忙しなく動かし、体育教師達の汗や精子をソックスに吸い取らせている間、彼の若々しさに溢れる陰茎は顧問と同じパンツの中で荒々しく勃起していた。『教師二人が勃起しているのだから、自分が勃起していてもおかしくはない』。『自分は思った以上に『雑巾』という役割に満足を覚えている』。状況と性的な快感を飴と鞭のように使い分け、男は石垣の『修正』をより深くしていく。こういった『修正』は最初の動揺を打ち消すよりも大分簡単なものである。本人が無意識の内にそういった異常を受け入れて快楽を貪りたいと願っているからだ。 「どうだい、『雑巾』をやってみた感想は」 「気持ち良すぎて、やめらんねえっす。やっぱり俺、これ向いてんのかも……」 「次はもっと身体を使ってみようか」 男が宇藤の股間を指差すと、石垣は意をすぐに察して顧問の剥き出しの性器の前に立つ。再び『マネキン』に戻っている宇藤は教え子と目を合わせることなく突っ立っていた。 「失礼します!」 パイズリをするように石垣の厚い胸板が宇藤の陰茎をなぞり、こぼれていた精液を拭い去っていく。たっぷり胸元に精子をこびりつかせたユニフォームが、宇藤の性感帯を直接刺激し、新しい汚れを噴出させる。勢いよく跳ねたザーメンは、屈んでいた石垣の顔や坊主頭にたっぷりと降り注ぎ、彼に新たな仕事を提供した。男は頃合いと見て、石垣に最後の『修正』を加えていく。 「ん゛あ゛っ!!」 膝を震わせ、腰を何度も突き上げる形で石垣は射精に至った。彼が経験したことのないセックスよりも数十倍気持ち良く『修正』された射精。短く叫んだ後、虚ろな目で宙を睨み、何度も膨らんだ股間を痙攣させている。『先生が先に射精したのだから、俺が先生の前で射精してもおかしいことではない』。言い訳がましく付け加えたその思考は石垣の羞恥心を感じたくないという願望にによく馴染んだ。 『雑巾』の役割を解き、宇藤が今日のミーティングは欠席するということを伝える。石垣は「わかりました」と快活に返事をした。 「石垣、そのままで行くのはちょっとまずい」 「あ、そうっすね」 彼は上のユニフォームを脱ぐと顔と髪を拭い、アンダーシャツだけで部に戻ることにした。一番汚れている筈のソックスは「スパイク履いちまえばわかりませんから」と笑っていた。 「これも気持ちわりいんで、脱いで置いてってもいいっすか?後で取りに来ます」 「いいよ、オレが処理しとくから」 「あざっす!」 石垣は中にたっぷりザーメンを吐き出したスライディングパンツを脱ぎ捨てると、半勃ちの陰茎をぎゅうぎゅうとパンツに押し込んでいく。つい20分前の彼はまさか自分がこんなにも人生を『修正』されるとは思っても見なかったことだろう。 「失礼しました!!」 一礼をし、爽やかな笑顔で石垣が退室する。男は満足気に扉の閉まる最後まで彼を見つめていた。 8.Remember ♭ 「昔、少しだけ習っていて」 鴨野はそう言っていたが、どう見ても身体の捌きは現役選手のそれだった。投げよりも寝技が強いタイプ。そう思っていた瞬間、俺の身体がふわりと浮く。 「よっ、と」 強かに背中を打ちつけ、呼吸が出来なくなる。あまりのことに受け身をとるのも忘れてしまっていた。あの体勢からこの体格差を持ち上げられるならば、鴨野はおそらく柔道で生計を立てられるレベルの逸材だと思う。おお、と数少ない柔道部員たちが感嘆の声を漏らした。 「いてぇ」 「あ、ごめん。久しぶりだから投げ方よくわかんなくって」 鴨野が手を差し出し、笑いながら謝った。こいつ、確信犯だな。俺が手を取って起き上がると、その力の入り加減から違和に気が付いた。それは組み合っている時にもほんの少しだけ感じたことだ。右腕を庇うように、左腕の引きが強い。 「鴨野、怪我してるだろ」 「え?」 にこにことした笑顔に、動揺が走る。鴨野の笑顔や言動に騙されてはいけないと、いまになってようやくわかった。それほど鴨野の表情が、真剣だったから。 「してないよ」 嘘だ、と俺は思う。そして。 俺はその怪我を知っている。 それは唐突に湧き上がった確信だった。俺は鴨野と以前に一度出会っている。そして、その怪我を見た事がある。『よく見ると制服は泥と血で汚れている。右腕の袖はばっさりと切り裂かれていて、鮮血が迸っていた』。それが契機となって、俺の頭の中に、奔流のような記憶の波が溢れ出した。それはどれも見覚えが無く、それでいて懐かしさを帯びている。 「駄目だ」 柔道場を揺るがす程の一喝。それが目の前の鴨野から発せられたと気付くのに、時間がかかった。『「逃げよう!」彼の手を引いて、××は走り出す。人ごみを掻き分けて、子どもの手足を目一杯動かして』。『「君が僕を忘れてしまっていることは、一向に構わない」』。断片的に思い起こされるのは、まず文字で、その次に映像だ。その全てに、傷付いた鴨野の姿がある。 「思い出すな」 鴨野は鞄から『素早くペンとメモを取り出し何かを書きつけ』ようとしている。転校生は笑っていない。怒りと、戸惑いと、それでいて少しだけ悲しそうな顔をしていた。その動転に、柔道部の誰もが困惑した表情を浮かべていた。なんだこいつ。どうしたんだ。突然こんなんになって。 でも俺はお前を前から知っている。分かっている。出会っている。どうしてかは分からないけれど、そう思う。 「鴨野」 ペンが止まる。鴨野の手は震えている。目が合う。鴨野の目は潤んでいる。俺は何かを言わなければならない。その言葉が訪れるのを、待つ。頭の片隅に、引っ掛かった言葉。それをやっと見つけだす。 「『「……泣いてんのかよ、どうした?俺なんか悪いこと言ったか?」』」 鴨野は泣かない。強いから。俺はそのことを知っている、いや、知っていなければならない。 「注釈2」 世界が緑色に光る。意識を手放す一瞬に、今度は忘れないから、と思った。できるかどうかは、分からないけれど。 9.Fragment C(and his story 3 years ago) ● 世界、というと大げさなような気がするけれど。君が何かしらを働きかけて、世界を変えようとするのを想像してみて。 私達『書記官』や『修正者』は世界に働きかけて現実を修正する。そのプロセスは普通の人と変わらない。目標が高ければ高いほど、その『書記』あるいは『修正』は困難になっていく。その隔たりをどう埋めていくかというロジックと、その『書記』や『修正』を現実にする純粋な力……僕はブーストと呼んでいるけど、その2本が必要となる。2つともちゃんと必要だが、まあ大抵は偏っていて、今回はロジックが特異的な『修正者』であった訳だ。 まず普通のこと、即ち『起こり得る事』『互いに了承され得る事』から『修正』を始める。それに現実的な言い訳を『修正』で付加させる。君はおしっこを漏らしそうになったとき、それでいてトイレが見つからなかったとき、どうする?漏らすよりも男子なら立ちションとかで済ませてしまうんじゃないかな。だから『人前で小便をするのは時と場合によっては仕方ない』。と付け加える訳だ。そして『尿意』を付加させる。これも普通に生きていれば起こり得る事だろう。で、「オレは気にしないから、小便をしたいならすればいいじゃないか」と言う。そうすると普通の人は「まあ仕方ない」となってこそこそ立ち小便をするだろう。その「仕方ない」という気持ちを利用して『修正者』は更に自分の思い通りの『修正』を施していく。『一度小便を見られているのだから構わない』と羞恥心を『修正』したり、『排尿は気持ち良い』と通常の事柄を後押しして強調したり、それらを組み合わせて『人に見られながら排尿をするのは通常よりも気持ち良い』としてみたり。『修正』が施されれば施されるほど、その人は『修正』に対する抵抗力を失っていく。そうして、『有り得ない事』をも『修正』で可能にしていく。 かくいう私もロジック型でね。『書記官』にはロジック型が多くて、『修正者』にはブースト型が多い。ブースト型の『修正者』はとにかく信じられないような『修正』を現実に突然通してくるから驚かされるよ。過去にあった未解決の大事件や事故の大半は『修正者』が一枚噛んでいる。 鴨野君?鴨野君は珍しいブースト型の『書記官』だよ。だから彼の力は『修正者』のそれに限りなく近い、時もある。彼は特別枠だから。『書記官』として働き出したばかりの時は『書記』や『注釈』が間に合わなくて、彼の能力が現実をどんどんと変容させていってしまったものだ。『書記』を使うのは彼にとって、ハンディ以外の何物でもない。でもそうしなければ、『修正』と同じただの暴力になってしまう。自分の能力の行使の正当性を示す為に、彼は『書記官』でなければならないし『書記』を使って世界を変えなければならない。 だから私は、今回の結末を残念に思っているんだよ。 ♯ お前の戦場はいつ見ても血だらけだ、と先輩は言った。柔道場に倒れる部員と、一人の『修正者』。貸して貰った道着は僕の出血と『修正者』の返り血で所々赤く染まっている。 「……大丈夫、生徒の方はまだ何もされてない」 安心して僕はその場にへたり込んだ。こんなにも学校の深い場所に『修正者』が潜り込んでいるとは想定外だった。 「問題はこいつだよな……」 『修正者』を気絶させたのは、僕の『書記』でも統括の『書記』でもない。僕の逸脱した能力による物理的な痛みだった。 「喋るな、か」 佐久田先輩が『修正者』の口を無造作に開ける。あるべき筈の「舌」がそこには無い。僕が『弾み』で消してしまったのだ。こういう事は毎回ある訳ではないが、手加減など出来ない相手を目の前にすると『書記』よりも先に起こり得る。 「怒ったのか」 「…………はい」 「そうか」 舌が治らない、と佐久田先輩は言った。能力の行使で全ての古傷が開いてしまった僕を見て、悲しい顔をする。 「だから俺は、お前を治さない」 「はい」 能力をそのまま剥き出しで使う事は、『書記官』でも『修正者』でも普通できない。こんな風に、自分の身がずたずたにされたとしても、使うことはできない。 「こっちに来い」 ふらふらと近寄れば、いつものように先輩が拳骨をくれる。馬鹿野郎、と言うと先輩は消毒液を取り出して僕の傷口にかけ始めた。 「治さないって」 「それは『注釈』でって意味だ」 先輩は手際よく絆創膏を身体中に貼っていく。ちゃんと用意して来てくれたんだ、と思う。 「お前が苦しまなければ良いのに、と思う。思わずには、いられない」 背中越しに、落ち込んだ声が聞こえた。 「お前だって普通の高校生になって、友達作って、伊代とも楽しく柔道やって……そうなったって良いんだ。こんな、こんな傷だらけにならなくたって……」 手の震えが伝わる。僕は振り向かないように、そのままずっと黙っていた。 ● ブースト型の能力は代償が大きい。現実の抵抗力に反発されるからなのかもしれない。 例えばすぐに疲れてしまったり。 例えば内臓が裂けてしまったり。 例えば古傷が開いてしまったり。 鴨野君はね、もう本当はぼろぼろなんだ。ひどい怪我をして帰ってくることも、勿論、ある。佐久田君が概ねそれを治してはくれる……誤解されがちだけれど、彼はああ見えてとても優しい奴だ。怪我を治したり、人を守ったりする時に、彼の右に出る者はいないよ。私が珍しく頑張って引き抜いてきたんだから。 とにかく、これからはそう上手くは行かなそうだ。だから君に、私達の話をしている。 10.Bloody, broken, or beloved brother ♯ 口の中に血の味が広がっていた。堪え切れずに、畳の上に吐き出す。また胃が酷いことになっているかもしれない。血、というよりも血反吐。それがとめどなく、溢れている。 「おい!」 佐久田先輩が倒れかけた僕を抱きとめる。僕の使用した『注釈』にすぐ気がついてくれた。柔道部員10数名を一度の『注釈』で全員昏倒させる。その無謀の代償が僕の今の有様だ。 「……すいま、せん」 「俺が悪い。俺がちゃんと昨日、お前の言うことに注意を払わなかったから」 伊代君の記憶が戻ってしまったのは、多分、先輩のせいではないのだと思う。そういう頃合いなのだ、と統括は言っていた。何度も自分の記憶を塗り直されている、という事実の方が現実を超越してしまっているから、彼が『昔の出来事を思い出す』方が自然であるというだけの話。それがいつ訪れるのか、いつ現実がその恒常性を取り戻して働きかけるのかは誰にも分からなかった。 「とりあえず、お前はしばらく使い物にならない。『寝ろ』。バイクに積んで帰ってやるから」 がん、と頭を押さえつけられたように全身が重力に逆らえなくなる。佐久田先輩の『速記』は何故かいつも命令形だ。 「……もっと優しくして下さい」 「俺はいつだって優しいよ」 ごほごほとタイミング悪く噎せてしまった。先輩がそれを見て笑う。『書記官』はみんな嘘をつくのが上手い。僕が最初に真似をしたのは、先輩の笑顔だったと思い出した。近寄り難いのに、とりとめのない会話の中でふと破顔する。それだけで相手の隙を引き出す。 今回は騙されてあげるんですよ、と言いたかったが。その時間も無いようだった。目を閉じる。先輩の笑顔で安心したように見せかける。佐久田先輩の、深い溜息。 「ったく、お前は本当に厄介な――」 11.Repairman ※ 男はその異変を敏感に感じ取っていた。ただならぬ量の『修正』がこの校内で行われたこと。おそらく『書記官』のものだろうと思い、何か自分がヘマをやらかしたかと考える。例えば、石垣と『書記官』が接触したなど。それでもこの『修正』の規模にはならないだろうし、『修正』があったことを忍ばない筈がない。では他の『修正者』だろうか。板橋のような小物には到底できそうもない。というより、『修正者』として熟練の腕を持つ男にとっても、この規模を扱う『書記官』あるいは『修正者』は見たことがなかった。 (『ロボトミー事件』の関係者、か) 数ある『書記官』と『修正者』の諍いの中でも燦然とその名を輝かせる『ロボトミー事件』。伊代、という子どもを守ったとされる『書記官』を『修正者』達は血眼で探している。それは大きく分けて2つの流れがあった。1つは、当時最も名の知られていた『修正者』である≪飼育係≫を打ち倒した『書記官』に勝利することで自分の名を挙げたいという『修正者』達。どちらかと言えば若手で、命知らずな『修正者』であることが多い。もう1つには、『書記官』の能力を危険視する『修正者』達。男はどちらかといえば後者の立場であった。人の脳を欠損させるレベルの『修正』を現実に押し通すような『書記官』が存在しているかもしれないということが、彼には恐ろしかった。 「潮時かな」 初日にしては調子に乗り過ぎてしまったかもしれない。最近噂になっている『書記官』が高校生だという風説はやはり正しかったようだ。信じ難いことだが、もし『ロボトミー事件』の『書記官』が今日転校してきた『書記官』だったとしたら。伊代の周りに近寄る『修正者』が未だ彼の『修正』に成功しなかった理由として、最も簡便に思いつく。しかし、そうすると『事件』の時にその『書記官』は7~8歳だったということになる。いくらなんでもそれは有り得ないだろう。 「よーし、今日はこれで終いにするぞぉっ!」 「ういーっす!」 一番年嵩の『修理業者』が声を上げ、続いて金髪がタオルからはみ出している若者が撤収作業を始める。男は時計を見上げ、ようやく18時になったことを確かめた。 「じゃ、久しぶりなんで宇藤センセ、飲みましょうよ」 「あ、いいですね」 旧友のように話しかけ、宇藤を今日中に持ち帰ることにした。1人でも従順な駒が多い方が良い。淀橋は家族が居るので、今日帰らないのは不自然かもしれない。一度に多くをやろうとすれば失敗する。それが男のシンプルな信条だった。欲張らずに、確実にやれることだけをやる。 「宅飲みでいいっすか?ウチ、結構広いんですよ」 「じゃあ、お言葉に甘えまして」 宇藤が快諾する。淀橋には簡単に『修正』を掛け直して、また明日の空き時間に会う約束を取り付けた。『修理業者』としてやってきたバンに、宇藤を案内する。 「紹介しますね。こちらがこの工務店の若旦那のガヤさんです」 「どうも」 終業の合図をした男が巻いていたタオルを外し、ぺこりと一礼する。30代半ばというところだろうか、肉体が資本というタイプのようで、灰色のツナギを所狭しと筋肉と脂肪が押し上げている。やや丸顔だが、無精髭が熟した雄の野性味を感じさせた。 「こっちが後輩のヒデ」 「どーも」 からからと笑って手を上げる男は、まだ高校を卒業したばかりだろうという若さだった。金髪に染めた髪は根元が黒くなりかけており、身だしなみにもあんまり気をつけていないようだ。ただ人懐っこい笑顔とだぼだぼのツナギが、憎めない奴なんだろうと思わせる。2人とも作業着の要所に汗染みを作り、股間を膨らませていた。それを見ても宇藤の心に違和感が生じる事は無い。疲労時に股間が勃起するのはおかしなことではないし、健常な成人男子としては勃起しない方が不健康である。それを見て再び自分が勃起をし始める事も肯定していく。ユニフォームのままバンに乗り込み、自分の性器とユニフォームパンツの生地が擦れる感覚を楽しむ。宇藤の両サイドにガヤさんとヒデが座り、丁度挟み込まれる形になった。少し窮屈で、どうして誰も助手席に座らないのだろうと宇藤は思ったが、乗せて貰っている立場なのでその考えもすぐに消えてしまう。3人の汗臭い香りが車内にムッと立ち込める。男は自分だけ優雅に運転席に座り、エンジンをかけた。 「ちょっと掛かるんで、『楽しんで』下さいね」 バンの後部座席の窓はスモーク張りになっており、人から見られる心配はない。そんなことを宇藤は考え始めていた。勃起をしているのだから、一発抜いてこの場を収めたい。先程まであんなに射精を見られていた人たちだから、1回くらい構わないのではないか。『楽しんで』とはそういう意味ではないのだろうか。だが、やはりほとんど初対面の人の前でそんなことをする訳には。 「どうしたんですか、宇藤さん」 ガヤさんが声を掛ける。心配そうに宇藤を覗き込み、具合でも悪いですか、と重ねて質問をしてくる。いえ、と答えようとした宇藤の目に入ったのは、ツナギの上からぐりぐりと勃起した陰茎を揉みしだく無骨な右手だった。宇藤ははっきりと理解した。この男は俺の心配をしながら、同時に俺をオナニーのズリネタにしているのだと。目線の先に気がついたガヤさんは少し気まずそうに笑った。 「いや、先程の立ち姿があまりにも魅力的だったもんで」 「それ!ほんとに俺も思ってた!!学校の『先公』なんかやめて、『マネキン』やればいいのに。スポーツ用品店とかの、ガタイの良いヤツ。最高に似合うと思うけどなあ」 ヒデがテンションも高く会話に割り込んでくる。彼もまた、ツナギの中でそそり立つ陰茎を持て余しているようだった。 「へへ、たまんねえな。宇藤さん。めちゃかっこいい」 「そ、そんなこと……」 否定するも、宇藤の中で『マネキン』として感じていた見られる快感は消えない。かっこよかった。エロい。雄臭い。賛辞とも思えないようなものまで、いちいち反応をしてしまう。躊躇いなくヒデがツナギのジッパーを下ろしていくと、そこにはシャツ一つ着込んでいない、汗でぬめついた裸体が現われた。ヒデの肉体はバキバキに引き締まっており、8つに割れた腹筋が収縮を繰り返す。 「俺、ボクシングやってるんですよ」 「へえ」 ジッパーが最後まで降り切ると、そこには宇藤が予想していた通り、パンツなど穿いておらず、そのまま陰茎がずるりと飛び出した。陰毛は綺麗に剃られ、男性器の付け根に銀色に光るリングがきつく嵌められている。睾丸はパンパンに膨れ上がり、若い精を大量に蓄えていることが窺える。反り返った陰茎にはピンク色のコンドームが装着されており、精液だまりは既に精子でぷっくらと膨らんでいる。 「ほら、仕事中に射精すると困るじゃないですか。でもさっき、宇藤さんで一発……ちゃんと我慢してたんだけど」 ヒデは相変わらず人懐っこく笑った。まるでちょっとした失敗を恥ずかしがる子どものようだった。 「あ、そう……ですか。嬉しい、です」 自分の教え子とそう変わらない歳のヒデに褒められ、満更でもないという表情を宇藤は浮かべる。 「もう仕事も終わりましたしね、宇藤さんも、車を汚す前に……」 「ああ、恐れ入ります……」 ガヤさんからピンク色のコンドームを受け取ると、宇藤は今までの躊躇が嘘だったかのようにズボンのベルトを緩めていった。先程の射精でぬめついた雄竿を取り上げると、手慣れた動作でコンドームを装着していく。ガヤさんもツナギを開け放ち、毛むくじゃらの体毛に汗をたっぷり滴らせながら、自分のゴム付きチンコを弄り倒していた。ヒデと同じように、コックリングを閉め、股間周りの体毛は剃られている。宇藤は興奮しながらも、密かに自らのふしだらさを恥じていた。はしたない程、射精を繰り返してしまった自分の姿を。 「最初はみんなそうでしたよ」 男がバックミラー越しに宇藤へ言った。 「宇藤センセにも、リングのストックがありますから。家着いたら着けて見ましょう」 「そう、ですか……ありがとうございます、何から何まで」 宇藤は素直に頭を下げた。 「良いんですよ、そんな……『楽しんで』ください。ヒデも、ガヤさんも」 「はい」 「はい」 「……はい」 従順に応じる二人に遅れて、宇藤も返事を返す。ヒデの若々しい陰茎が震え、ガヤさんの精液だまりがみるみる膨らんでいく。手を一切触れず、それでいて顔は恍惚としている。宇藤は自分にも同じことが出来るだろうか、と少し不安に思ったが、なんのこともなく、両腕を組んだまま失禁にも似た感覚で射精に至った。むせ返る様な精液の匂いの中、三人は互いに触れあわず、虚空を見つめて何度も射精を繰り返す。運転席の男は、その従順な在り様にほくそ笑んだ。